アイドルとしてデビューし、『進め!電波少年』や『DAISUKI!』で大ブレイク。現在も『ヒルナンデス!』などでお茶の間を楽しませるタレントの松本明子さんは、香川県高松市の空き家となった実家を売却するまでに空き家の維持に25年、かかった費用は1,800万円だったと言います。よくよく話を伺うと、長い月日をかけて実家を維持した理由も見えてきました。
実際に実家を相続することになった時、考えるべきことはたくさんあります。松本さんの実体験をケーススタディにしながら、不動産コンサルティングマスターで上級相続診断士の小島一茂さんと、空き家となった実家問題について話し合いました。
松本明子さん
1966年、香川県生まれ。1982年に『スター誕生!』チャンピオン大会で合格し、翌83年、歌手デビューし、明るく親しみやすいキャラクターで人気を確立。現在はバラエティ番組のほか、ドラマや映画、舞台と幅広く活動中。香川県高松市の実家問題についてはバラエティ番組でも数多く取り上げられ、専門家と一緒に考える著書『実家じまい終わらせました!』(祥伝社)も記した。近著に『この道40年あるもので工夫する松本流ケチ道生活』(アスコム)などがある。
小島一茂さん
1968年、埼玉県生まれ。株式会社コジマの代表取締役社長。不動産コンサルティングマスター、上級相続診断士。不動産の管理、売買・賃貸の仲介・代理、コンサルティング、リフォーム、空き家・空き地の有効活用など、不動産の専門家として幅広く活動している。2021年には「片付け整理ドットコム」を立ち上げ、家の整理全般のサービスを提供。著書に『“負動産”にしないための実家の終活』(同文舘出版)。ほかにも、宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、1級建築施工管理技士補、遺品整理士など、多くの資格を持つ。
松本さんが遠方の実家を継いだワケ
小島 松本さんのご実家は、香川県でしたよね。どんなご自宅だったのでしょうか。
松本 実家は、昭和一桁生まれの父の念願のマイホームでした。敷地は約90坪、総檜造りの平屋建て5DK。高松市内が一望できる高台に建っていました。父の家に対するこだわりようはすさまじく、宮大工さんにお願いした釘を一本も使わない木組みの家で、瓦葺屋根で凝った欄間や床の間がありました。純和風の家でしたね。
小島 瓦葺屋根で宮大工さんにお願いしたんですか。素晴らしい家ですね。今ではその技術のある職人さんが本当に少なくなりましたよね。
松本 父の“我が城”とも言うべき実家に私が住んだのは、幼稚園生の6歳から歌手デビューの上京を控えた中学3年生まででした。私には10歳上の兄がいるのですが、兄は高校までは香川で、大学から東京に出て、そのまま東京で就職、結婚、家を建てて。実際に2年半しか住んでいない実家に対しては、それほど思い入れがなかったみたいでした。
デビューから10年経った頃、ようやく『進め!電波少年』や『DAISUKI!』などで、忙しくお仕事をさせていただくようになりました。それで27歳のときに、定年退職したばかりの父と母にやっと親孝行ができると思い、思い切って香川から両親を呼び寄せて。東京で3人の賃貸アパート暮らしが始まって、そこから香川の実家が誰も住まない空き家になっちゃったんですね。
小島 ご両親はその造り込んだ香川のご実家から、よく東京に来られましたよね。
松本 私は親ととにかく仲が良くて。両親も一緒にいたかったようでした。香川の実家を残したのは、親戚もいるし、お墓もあるしというのはもちろんですが、年老いたら高松に戻るつもりでいたみたいです。あと、私が浮き沈みの激しい芸能界にいるので、実家さえ残しておけば、娘のためになるだろうと。高松の家がいつか戻る場所になると漠然と考えていたので、誰一人実家の問題提起をしませんでした。
小島 仲の良い親子関係だったんですね。どんなご家庭でも実家じまいの話をするのはハードルが高いものですが、そんな方には昔話をする感覚でフランクに子どもの方から実家の話を切り出したり、エンディングノートを子どもが書いて見せたりするのをオススメしています。
松本 その後、両親は香川の実家に戻ることなく、東京で他界してしまうんです。2003年、父から亡くなる間際に、病室で「明子、実家を頼む」と言われまして。この言葉は重かったですね。父の城である実家を残すのは母の願いでもあったので、高松の家は母が相続しましたが、兄の了解を取ったうえで、実家や持ち物を私に残すと定めた公正証書遺言も作成しました。
小島 お父様、お母様の気持ちを最優先したいという気持ちで、実家を残されたのですね。当時の松本さんにとっては、全く間違っていないジャッジだと思います。
ご両親が健在なうちにできる対策のひとつが遺言です。実家をどうしたいのか、親御さんの希望をきちんと聞くことですよね。ご実家をお兄様ではなく、松本さんで一本化して相続すると決められていたのも素晴らしいと思います。
昔は長男が跡目を継ぐ家督相続でしたが、今は兄弟が平等です。実家の土地などを兄弟で共有名義にする人もいますが、これが結構トラブルのもとになります。自分たちが亡くなった後に、下の世代が良好な関係を続けられるとは限らないからです。だから次の世代に迷惑をかけないよう、実家の土地の共有名義はできるだけ避けた方がいいんですよね。
松本 父が亡くなった2003年は、私の子どもが3歳のとき。母は2007年に他界しますが、それまで仕事をして子育てをして、母の介護をして、時々香川の実家に帰って空気の入れ替えをして……と、両親の不在を悲しんでいる暇がないというか。母の相続が始まると、また10ヵ月までは手続きに追われて、役所に銀行に保険に……と駆け回るうちに一周忌。2年目には三回忌。父が亡くなってから、毎年法事の連続で大変だなと思っていました。それが終わってやっと実家のことを考えるか……という感じですよね。
小島 松本さんのおっしゃる通りで、周忌が実家問題を考えるけじめなんですよね。四十九日から始まって、だいたいの人は三周忌が終わると一段落する。そこまではやることが満載なんですから。
一番良いのは、ご両親のうち片親が亡くなったときに実家問題に着手することです。最初の相続が発生するタイミングなので、そこで家をどうするのかという話し合いのチャンスができますよね。
実家のリフォーム、どこから始める問題
小島 ご両親が他界した後、松本さんは高松のご実家をリフォームされたんですね。
松本 2011年に東日本大震災が起きたことがきっかけです。原発事故が起きたことで、高松の実家をいざというときのシェルターにしよう。そう考えて、すぐに住めるようにリフォームしました。かかったお金が350万円。当時は既に40代半ばになっていたので、東京〜高松の往復と度重なる業者さんとの打ち合わせは体力的にキツかったです。
でも今考えると、震災が起きたことで、実家を手放さなくていい理由を自分の中に見つけちゃったのかもしれないですよね。
小島 でもあの震災のときは、西へ住まいを移す方も多かったですから、仕方のないことだと思います。実家を売らない理由は、人それぞれです。売ると決意したときが一番のタイミングじゃないでしょうか。結局のところ、意識イコール行動ですから。ご本人にその意識がないと、実家じまいという大変な作業になかなか着手できないと思うんですよね。やっぱり腑に落ちてこそです。
松本 私はリフォームにあたって水回りから着手したのですが、一般的にはどこから手をつけるのがオススメなんでしょうか。
小島 故障しているところがあるならばそこからですが、そのほかであればまず外観がオススメです。美観の問題もありますし、屋根と外壁から雨漏りなどがしていれば、内部を改修する意味がないですから。外観をキレイにするだけで、家が生まれ変わったように印象が良くなります。建物そのものの防水性を良くするために、一般的な二階建ての自宅の外壁塗装を施すには、80〜150万円程度が必要ですね。
次に水回り。水回りの設備は10年で古くなります。だから松本さんが水回りに着手したのは、ものすごくポイントだったと思います。松本さんは水回りのリフォームを一気にやられていましたが、かなりお金がかかります。ですから、今年はキッチン、来年はバスルームと順番に取り組んでいくのも1つの手です。
松本 実はお風呂場の改修は1回で済まず、2017年にもう一度リフォームしているんです。実家を売っても貸しても、自分で住んでもいいようにと思って改修したら、また250万円もかかってしまって。その多くがお風呂場の修繕で、100万単位でお金がかかりました。
空き家のリスク、体力的な限界……実家じまいのきっかけとは
小島 松本さんは最終的に実家じまいをされましたが、それを決意したきっかけは何だったのでしょうか。
松本 2015年から空き家問題を考えるバラエティ番組に呼んでいただけることが多くなって、そこで空き家は放置されると倒壊や放火の危険があるということを知って、徐々に考え始めましたね。
理由はひとつじゃないんです。息子は東京生まれ、東京育ちなので、四国に就職したり、住んだりということは考えにくい。それと親戚の人たちに郵便受けのチェックや空気の入れ替えも手伝ってもらっていましたが、「もうそろそろ本腰を入れて、実家問題を考えたら?」と、やんわり言われていたこと。
さらに、父が亡くなった後に、高松市役所から「お隣の敷地まで庭の木が伸びているので、庭木の剪定をしてください」と督促の連絡が来て、剪定に結構なお金が毎年かかっていたこと。また「手入れをせずに、特定空き家に指定されたら、税金も上がりますよ」と行政の方から言われていたこと……。
小島 今、松本さんがおっしゃった行政から指導が入ったケースって、実家じまいの理由に挙げる方がすごく多いんです。
空き家は不法侵入、放火、不法投棄のおそれがあるため、2015年に空家等対策特別措置法が施行されました。自治体が空き家の管理状況を調査して、「倒壊の危険がある」「衛生上有害」「管理が行われず景観を損なう」「周辺の生活環境の保全に不適切」のいずれかに該当すると、特定空き家に指定され、家の持ち主を指導する。従わないと行政の勧告となって、固定資産税が大きく跳ね上がることになるんですよね。
松本 でも一番の理由は、60代になってからの実家じまいは体力的に無理だと思ったことでした。1回目のリフォームのとき、既に40代半ばで東京〜高松の行き来が大変でした。自分が元気なうちに実家を片付けないと身がもたないですよね。
実家を手放すにしても、選択肢っていろいろあります。売るのか、貸すのか、はたまた更地にするのか……こういうのって、どのタイミングで考えるのがベストなんですか?
小島 考えるタイミングで一番良いのは、相続前。相続は10ヵ月しかありませんから、そこで何も決まらないと実家は空き家になるわけです。その前に何らかの話し合いができれば良いですよね。
実家の選択肢で一番多いのは、売却です。売却の中でも家を壊して、更地にするのが一番売りやすい。しかも早い。早く売ってスッキリしたい方は、金額にこだわらずにスピード感を重視なさっていると思います。
松本 私、更地にしたら「追加で500万円かかる」と言われました。
小島 更地にするとしても地方に行くほど、費用は高くなります。相場は200万〜300万円ぐらいでしょうか。
松本 更地にするにもお金がかかるから、空き家が増えざるを得ないんですよね。売却や賃貸以外にも、考えられる選択肢はありますか?
小島 「リースバック」はトレンドですよね。これは、 家主が健在のうちに自宅を不動産業者に売却して現金化した後、不動産業者から賃貸という形で自宅を借り、そのまま住み続けるというもの。次の世代に実家の建物を残さないと決めているのであれば、売却代金をもらって、そのまま住めるので、メリットは大きいです。しかもご近所からは売却したことがわからない。
ただ不動産業者が購入するため、個人に売るよりも売却金額は下がります。自分の家に賃貸で住み続けることになりますが、普通の賃貸よりも値段が高い場合があるようです。また、会社によって普通借家契約と定期借家契約で異なるため、注意が必要です。
松本 えー!そうなんですか?
小島 メリット・デメリットがあるため、契約内容はよく確認していただきたいですね。また、リースバックの最大のメリットは、売却してもそのまま住み続けられることなので、誰も住まない空き家には適さないかもしれません。
譲り先がなかなか見つからない!? 空き家売却・賃貸のリアル
松本 実家の売却を視野に入れ、高松市の不動産屋さんを訪ねたら、評価額が「建物0円、土地200万円」と言われて愕然としました。実家は1972年に建てた日本家屋で、当時かかったお金は土地1,000万円、家屋は2,000万円。しかし30年以上経つと、減価償却もあって家屋に価値がないのだそうです。
小島 木造住宅の法定耐用年数は22年と決められています。実は、現在の建売住宅の多くは30年も持ちません。ただ松本さんのご実家は立派で、手入れをすれば100年、150年と持つ住宅ではあるのですが。
松本 父が自分の城として贅を尽くして建てた家ですし、できればどなたかに住んでいただきたい。リフォームも総額600万円かかりましたから、とにかく600万円で売却して元が取れたらと思いました。
まず親戚に「タダでいいから住んでほしい」と聞いて回ったのですが、全員「間に合っています」と(笑)。知り合い、街のうどん屋さんまで広げて、声をかけるも丁重にお断りされて。
松本 そこで自治体が運営している空き家バンクに、賃貸10万円、売却600万円で登録しました。住所、築年数、外観と内観の写真を、何十という空き家バンクのサイトに出しましたね。
小島 空き家バンクを利用してみて、どうでしたか?
松本 調査にも立ち会ったのですが、審査は細かったです。ビー玉を実際に転がすなどして、床が歪んでいないかとか。そのほかにも壁にヒビが入っていないか、耐震性に問題がないかとか、土台に問題はないかとか。地元のきちんとした不動産屋さんを通した物件のかもチェックされました。
ただ空き家バンクのサイトに載せても、「10〜20年マッチングしないのが常です」と自治体の方に釘を刺されましたね。
小島 空き家バンクに登録すると、自治体のサイトだけでなく、一般的な不動産会社の「空き家バンク」専門ページにも掲載されます。登録は無料なので、ローコストで集客ができるのが魅力ですね。
ただデメリットは自治体運営の制度のため、申込みから賃貸募集までの手続きが煩雑で面倒なこと。実際に不動産管理会社で入居者募集をかけた方が、早く入居者を見つけられることが多いでしょうね。
松本 私の場合は、意外にも登録から購入希望者や賃貸の希望者が現れました。ただし購入しても350万円、250万円。賃貸も月に15,000円、25,000円と、希望額に折り合わない状況で。
しかし、空き家バンクに登録してから3ヵ月過ぎた頃、私の実家エリアのみを探していた関西在住の高齢のご夫婦から連絡が入りました。老後は生まれ育った高松で暮らしたいというご希望があったそうです。内見では「宮大工さんの建てた総檜造りがしっかりしていて、リフォームされていて設備が新しくて、すぐに住める。ここにあと30年住みたい」と言ってくださり、こちらの希望額600万円で購入いただけることになりました。
小島 松本さんのご実家が希望額で売れたのは、やはりそれだけの建物の価値があるからなんですよね。しかもすぐ住める状況で、設備もお金をかけているし、建物はしっかりしている。住みたい方からしてみれば、むしろ安い住宅だったんでしょう。今は建築資材が高騰しているので、松本さんのご実家を実際に建てたら数千万円では済まないと思います。
松本 実家の維持に25年間、1,800万円と、時間とお金はかかってしまいましたが、最終的には家を残せてよかったなと。実家に残されていた遺産の片付けも大変だったけれど、無事引き渡すことができました。
小島 お話を聞いていて思ったのは、リフォームにしても売却にしても、その時々で最適解を松本さんなりに考えてこられたんだということ。実家は家族の想いがこもった場所ですから、相続した方が納得して実家じまいを行うことが大切なことなんですよね。そういう意味では、松本さんの実家じまいも、決して間違いなんかではないと思いましたよ。
松本 紆余曲折ありましたが、そう言っていただけて嬉しいです。本日はありがとうございました。
※金額は、すべて2023年時点のものです。
(取材・執筆=横山由希路、撮影=小野奈那子、編集=モリヤワオン/ノオト)