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どうなる!?「米大統領選挙」のゆくえ…日本人も「無関係」とはいえない納得の理由【専門家:武者陵司が解説】

どうなる!? 「米大統領選挙」のゆくえ…日本人も「無関係」とはいえない納得の理由【専門家が解説】
武者 陵司

執筆者

株式会社武者リサーチ代表

武者 陵司

1949年9月長野県生まれ。1973年 横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社し、調査部に配属。87年まで企業調査アナリストとして繊維、建設、不動産、自動車、電機・エレクトロニクスを担当。ニューヨーク駐在の大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年1月ドイツ証券入社し、調査部長兼チーフストラテジスト、2005年副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーに就任。2009年7月株式会社 武者リサーチ設立、現在にいたる。

11月5日に迫った米国大統領選。バイデンVSトランプだった当初は「トランプ氏優勢」とみられていたものの、現在は支持が拮抗し、ハリス氏・トランプ氏どちらが勝ってもおかしくない状況となっています。では、それぞれが大統領となった場合、米国経済はどのように変化するのでしょうか。株式会社武者リサーチの武者陵司氏が考察します。

ハリスVSトランプ…拮抗する米国大統領選

ハリスVSトランプ…拮抗する米国大統領選

もうすぐ、米国大統領選挙が行われる。衰えを隠し切れなかったバイデン氏に対してトランプ氏は優勢であり、とりわけトランプ狙撃事件直後の共和党全国大会の際には、トランプ勝利がほぼ確定したかにみえていた。

しかし、バイデン氏の辞退とハリス氏の登場、トランプ対ハリス討論でのハリス氏の優勢以降、支持は拮抗し勝敗が見通せなくなっている。

とはいえ、米中対立をもっとも重要な戦略の柱に据え、長期的に中国を抑え込んでいくという基本戦略の継続は両者共通しており、どちらが勝利しても、現在の好調な米国経済は維持され、高株価と高金利、ドル堅調の流れは続くだろう。

日本株にとっては為替が重要であるが、米国のソフトランディングが明確になり、利下げが小幅にとどまりつつあることでドル高反転となり、日本株には円安+米株高でダブルの恩恵が期待されよう。

米国経済で起こっている「2つ」の大きな構造変化

米国経済で起こっている「2つ」の大きな構造変化

米国の経済社会の底流で大きな構造変化が起きている。それは、テクノロジーの進歩と国際分業の進展による「雇用構造の変化」と「中間層の消失」である。かつての中間層を支えた製造業はグローバリゼーションによって劇的に海外への供給依存を強め、雇用が減少した。

50年前の1970年代まで、米国は衣料や玩具等の軽工業から鉄鋼、造船、化学などの重工業、電気、通信、半導体などのエレクトロニクス産業、機械、自動車産業等すべての製造業分野で世界最大の規模を擁していた。そのころの米国の製造業製品(財)輸入依存度は1割にすぎなかったが、いまでは8~9割を輸入に頼るようになり、圧倒的に雇用が失われた(図表1参照)。

それを埋めた新規雇用は、高賃金のビジネスサービスや金融、情報通信産業と、スキル度が低く相対的低賃金の個人サービス、外食、娯楽、医療・介護など多様で格差がある産業群であった(図表2参照)。

[図表1]製造業製品輸入依存度/[図表2]セクター別雇用者数の増減
[図表1]製造業製品輸入依存度/[図表2]セクター別雇用者数の増減
出所:米商務省、武者リサーチ

その結果、労働分配率が60%弱から50%弱へと低下し、賃金上昇にもブレーキがかかり、家計は収入の多くを賃金ではなく社会保険や公的扶助、株式など資産所得に依存するようになる。それは、“資産保有者”と“持たざる者”の格差を拡大させることとなった。

「AI革命」が雇用を奪う…米国が直面する「課題」

他方、米国はAIインターネット革命で世界をリードし、企業は高収益を謳歌し、海外からはデジタル収益の増加もあり、経常収支の赤字が改善しはじめた。

しかしデジタル分野は新規雇用創出力が弱く、企業には「自分だけでは使い切れない所得」が蓄積されている。この状態が放置されれば技術の発展が雇用を奪い、格差の拡大と社会分断を決定的にするという危険と隣り合わせの状況にあるのだ。

いま米国が直面している最優先の経済課題とは、AI革命の下で新規雇用を創造することである。

AI革命で大企業・先端企業に蓄積される貯蓄をどう再分配し、新規需要と雇用につなげるか。下記、3つのチャンネルが考えられよう。

1. 政府による所得再配分と需要創造
2. 株式市場による所得還流と需要創造
3. 労働分配率の引き上げ

両陣営ともに継続される「高圧経済」

そこで展開されているのが、「高圧経済政策」である。高めの需要圧力を維持し、タイトな労働需給を維持することで、雇用と賃金を高めて家計所得を確保しなければならない。

そのためには、拡張的財政政策や株価・住宅価格などの資産価格の上昇、強いドルによる有利な交易条件の維持が必要である。トランプ氏であれハリス氏であれ、必須であり追求されるだろう。

トランプ政策、ハリス政策それぞれの特徴

トランプ政策、ハリス政策それぞれの特徴

トランプ政策は企業家、資本家支援、反環境政策に特徴

ここで、トランプ・ハリス両候補の経済政策と市場への影響を考えてみたい。トランプ氏は「資本主義を強くし雇用を増やす政策」を標ぼうし、ビジネス支援、エルネギーの反脱カーボン政策を強調している。

まず、トランプ氏の主要な経済政策は下記のとおりだ。

 ①景気・雇用をさらによくする金融緩和と減税
  ……法人税を21%から15%へ引き下げ、2017年減税の恒久化

②中国抑制
  ……MFN取り消し、関税60%~100%へ引き上げ

③反環境政策
  ……化石エネルギー増産・逆オイルショックを引き起こし、原油依存のロシア弱体化とソーラーパネル、EV、バッテリー新エネ産業に強い中国経済に打撃を与える

④資本主義強化
  ……ウォール街寄りの金融規制緩和、BIS規制の緩和

⑤ドル覇権の強化
  ……脱ドル化を進める国々へのペナルティー

ハリス政策は分配重視、企業・富裕層に荷重

それに対してハリス氏は「富裕者・企業に負担をかけて、弱者を優遇する政策」を標ぼうする。「分配重視の社会主義的政策」とトランプ氏が批判することも一面正しい。その中身を概観すると、次のようになっている。

壮大なバラマキ
  ……子供手当を2,000ドルから3,000ドルへ増額、新生児補助6,000ドル創設、住宅購入者補助(最大25,000ドルの頭金支援、10,000ドルの税額控除)、医療費支援(補助上限の引き上げと処方薬自己負担引き下げ)

②企業・富裕層に対する増税
  ……法人税を21%から28%へ引き上げ、自社株買い税を現行の1%から4%に引き上げ、富裕層向け増税⇒長期キャピタルゲイン税20%から28%へ引き上げ(年間所得100万ドル以上が対象)、金融資産の含み益に25%課税(純資産1億ドル超が対象)

③価格統制
  ……食料品に対する価格統制

④スタートアップ企業支援
  ……初年度5,000ドルの所得控除、累計50,000ドルまでの税額控除 

トランプ・ハリスの経済政策それぞれの問題点

トランプ・ハリスの経済政策それぞれの問題点

トランプ政策は、専門家からは経済合理性や首尾一貫性という観点でハリス政策よりも高く評価されている。

しかし、3つの問題点が指摘されている。まず第1に、財政赤字が増えそうなこと。もしそうなれば金利が急騰し、株安をもたらす懸念がある。

また第2に、一律輸入関税10%は選挙用のレトリックであり、同盟国からの反発、米国輸入物価上昇などの問題もあって実現は困難だろう。

第3に、米国に製造業を取り戻すという政策も無理がある。米国需要を高圧気味に維持しようとすれば、低付加価値の製造業製品供給は他国に依存せざるを得ない。

トランプ政権時に対中関税が引き上げられ、それによって対中赤字は減ったものの、他国からの輸入が増え米国の赤字は減らなかった(図表3参照)。またTSMCのアリゾナ工場の建設が遅延する等、米国での製造業基盤は大きく衰えている。新規雇用はサービス業で推進することになるだろう。

[図表3]低失業率でも低下しない米国財政赤字、財政の役割変化
[図表3]低失業率でも低下しない米国財政赤字、財政の役割変化
出所:ブルームバーグ、米議会予算局(CBO)、武者リサーチ

他方、ハリス氏の政策の問題点は、分配バラマキ政策によって「富を築くモチベーション」を削ぐことである。法人税増税、自社株買い課税強化はすぐさま株価にマイナスに作用する。

ただ、増税スキームが多いこともあり、財政赤字はトランプ氏のケースほど拡大しないだろう。またハリス氏は「アメリカの雇用のほとんどを創出している企業との関わりも必要。私は資本主義者だ。自由で公正な市場を信じている」と左寄りのスタンスを中道にシフトさせている。

右傾化か左傾化か…もう1つの注目点である「社会思想上の対立」

右傾化か左傾化か…もう1つの注目点である「社会思想上の対立」

経済とは別に、現在の米国に大きな社会・思想上の分断が起きている。多様化(ダイバーシティ)、包摂化(インクルージョン)の浸透と過激化である。

人権、弱者保護、公平性、多様なメンバーが違いを尊重されることで働きがいを共有できる環境づくり運動、SDGsやESGとも共通する理想の追求が過激化・左傾化した。

白人は生まれながらに差別という原罪を背負っているというCritical Race Theory(批判的人種論)、BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動、人種によって合格点に差をつけるというような過度な弱者への配慮、建国の父たちを奴隷所有者として否定するなどの反歴史主義など、左傾化、理想主義、建前主義の弊害が極まっている。

また、それによる“逆差別の被害者意識”が、マイノリティに転落する寸前にある白人の低学歴層で高まっているのも事実だ(白人比率は1965年の84%から2020年には58%へと急低下したが、2060年には5割を下回ることが確実視されている)。それは過激な脱化石燃料化に対する反発とも共鳴している。

白人と黒人、ヒスパニック等マイノリティとの格差は、近年失業率で見ても平均賃金で見ても縮小している。またコロナパンデミック以降、トラック運転手やウェイター、ウェイトレスなどあまり熟練度を求められない低賃金の大卒未満の職業分野で労働需給がひっ迫し、全体として賃金格差が縮小している。

そのなかでマイノリティ優遇批判の声が強まっているのである。トランプ氏の支持の背景には、この社会思想の急激な左傾化に対する反発がある。

この思想上の対立は、世界的影響力を持つことになる。トランプなら右傾化が、ハリスなら左傾化が世界的に進行する。経済とともに社会思想上のトレンドを決するものになる。それは日本の社会にも無視できない影響をおよぼすであろう。

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