相続財産に「不動産」が含まれている場合、遺産分割協議は難航しがちです。相続税の申告期限は10ヵ月。揉めているあいだにも期限は刻々と迫ってきて……。本記事では、遺産分割協議がまとまらないことによる不動産相続トラブルの問題点とともに、トラブルを防ぐための事前準備について、不動産相続に精通する山村暢彦弁護士が解説していきます。
10ヵ月という期間は短い

相続税の申告期限は、被相続人が亡くなった日から10ヵ月。思っている以上に時間は早く過ぎていきます。被相続人が亡くなったあと、悲しみに暮れる間もなく、葬儀の手配や年金の停止手続きなど、やらなければならないことは山積みです。
そのうえで相続手続きに入ろうとすると、①戸籍等の収集、②預貯金・有価証券等の金融機関の残高確認手続き、③不動産の評価額を算出する必要があります。
特に不動産が絡む相続手続きになると、法務局での相続登記手続きが必須になるため、一般的には司法書士に依頼することが多いでしょう。そうすると、これらの手続きを依頼する司法書士を選び、見積金額を把握して、実際に依頼する必要があります。
そして、親族が亡くなったからといって仕事を長期間休めるわけでもないため、日常生活をこなしながら、プラスアルファでこれらの手続きをこなさなければなりません。
特に、①戸籍等の収集、②預貯金・有価証券等の金融機関の残高確認手続きは時間さえあれば、一般の相続人の方でも対応できると思います。ですが、仕事をこなしながら対応していくのは一苦労であるため、①と②もあわせて司法書士、税理士、行政書士等の士業に遺産承継業務を依頼することが多いでしょう。
しかしながらこれらの手続きは士業に依頼したとしても、筆者の実感として、3~6ヵ月ぐらいの時間が必要な印象です。細かくは踏み込みませんが、要領よく手続きが進められて2~3ヵ月。
士業に依頼するような相続手続きの場合、不動産数が多い、親族関係が複雑など、込み入った事案を想定すると、やはり場合によっては5~6ヵ月かかると説明せざるを得ないかと思います。
さてそうすると、税務の申告期限が10ヵ月ですから、おおむね9ヵ月前後には分割内容を確定して、調印手続きに入っていかなければ申告期限に間に合いません。そのため、実質的には親族間で正確な相続財産を把握して話し合う期間は約3ヵ月前後しかないというケースが多いのです。
しかも、平日は仕事をしながらですから、顔を合わせて親族間でゆっくりと話し合う時間は、2~3回ぐらいしかないことも多いと思います。これが、「10ヵ月」という期間が短いという理由です。
遺産分割協議は「全員の承諾」が必要
さて、相続財産を分配する遺産分割協議とは、相続人全員で遺産の分け方を話し合う手続きです。協議は口頭でも成立しますが、実務上は「遺産分割協議書」という書面を作成するのが必須です。不動産の名義変更や金融機関での手続きには、協議書の提出が求められるためです。
遺産分割協議は法律上、相続人全員の合意が必要で、一人でも欠けると無効になってしまいます。したがって、たった一人でも意見が合わない相続人がいると、協議が成立しないというリスクがあるのです。
遺産分割がまとまらない典型パターン、3つ

実際に、遺産分割協議がまとまらない原因には、次のようなものがあります。
パターン1:不動産が主な遺産の場合
現金や預金と異なり、不動産は簡単に分割できません。そのため、「誰が取得するか」「売却して分配するか」「共有にするか」など、意見が割れやすくなります。
パターン2:相続人に認知症や判断能力が低下している方がいる場合
判断能力が低下している相続人がいると、そもそも有効な協議ができません。この場合、成年後見人の選任が必要になり、さらに手間と時間がかかります。その他、連絡できない方がいるパターンでは、不在者財産管理人等が必要になるケースがあり、このパターンはほとんど10ヵ月以内にまとめることができません。
パターン3:感情的な対立が根深い場合
遺産分割は「感情のもつれ」が障害になることもあります。兄弟姉妹間の確執、親の介護への不満、生前贈与に対する不公平感など、感情的なしこりが話し合いを難航させる原因になります。また、生前贈与や介護負担への不満があり「自分だけが介護をしたのに」「あの人だけ生前に多額の贈与を受けていた」という思いが対立を深めることも珍しくありません。
まとまらない場合

遺産分割協議がまとまらずとも、10ヵ月の相続税申告期限はやってきます。その場合には、未分割という状態のまま、法定相続分に応じた申告を行うほかありません。この状態に移行してまとめるためには、裁判所を利用しようということで弁護士へと相談にいらっしゃることが多いです。
特殊な争点が含まれていなければ、1年~2年前後ぐらいに終結することが一般的です。ただ、根深い争いになるものや特殊な論点が含まれるものは、裁判所利用と一言にいっても、複数の裁判手続きが必要になるケースもあります。その場合、3年、5年を超えるような長期化に陥るケースも少なくありません。
遺産分割トラブルを防ぐための事前準備

では相続発生後、遺産分割協議がまとまらないことによる不動産相続トラブルを防ぐためにはどのような対策ができるでしょうか?
財産の「見える化」・共有の解消
財産の一覧を整理し、相続人間で情報を共有しておくことが重要です。特に、不動産の共有名義は後々大きなトラブルの火種になるため、早期に整理しておくべきです。
また、「預貯金通帳等がどこに保有していたかわからない」「どの証券会社に、どのような証券があるかわからない」こうしたケースも非常に多く、調査手続き自体に時間と労力が必要なケースも少なくありません。そのため、財産の一覧を整理して相続人が把握できるようにしておくことは、非常に重要だといえます。
親族の状況確認
感情的な対立については、如何ともしがたい部分もありますが、判断能力が低下している方が含まれている、相続人と連絡がつかないといったケースは、事前に把握しておくと幾分手続きをスムーズに進めることができるでしょう。
弁護士が裁判所を利用するケースでも、感情的な対立、紛争があるようなケースだけではなく、連絡が取れない相続人が含まれていたり、相続人が10人を超えるほど多く、裁判所を利用しなければ意見の集約が困難といった事情の案件も多いです。状況を把握できていても、その問題を解決できないケースもあるかもしれません。しかしそれならそれで、最初から裁判所を利用せざるを得ないということが想定できるため、相続人らのストレスを軽減することができるでしょう。
効果的なのは遺言書
やはり不動産相続のトラブル対策として、絶対に先に備えておくべきことは遺言書です。遺言書があれば、相続人の全員の同意が必要な遺産分割協議ではなく、自筆証書遺言等により、遺産承継手続きを完了させることができます。
遺言書の中でも、公正証書遺言を作る際には、先に相続財産になる予定のものを生存している被相続人の方から実際に聞いて財産を把握、整理することができるため、財産調査手続きが比較的容易になるケースが多いです。
遺言書を作成した際に、遺留分に配慮されていないと、遺留分に関する紛争が発生することもあります。ただ、その場合であっても先にいったん相続手続きを完了させることができ、その後、遺留分の紛争が残るほうが、不動産を多数含む相続の場合には、現実的な選択肢といえるでしょう。
遺言書で権利移転を終えていないと、賃貸アパート等の管理運営に支障が起きてしまい、相続人らが余計に大きなストレスを抱えることになるためです。
おわりに
自分が相続人となる相続手続きは、人生に1~2度程度になる方が多いでしょう。自分で経験していないと、なかなか相続手続の大変さもイメージしづらいのが実情だと思います。
遺言書を作成する“財産を残す側”にしても、自分の人生で遺言書を書く場面は、多くないです。相続対策に遺言書が効果的なのは間違いないのですが、その遺言書を作成する側の心情やストレスを考えると、専門家としても、論理面と心情面の板挟みを感じることがあるのも正直な気持ちです。
ただ本記事でご紹介したように、トラブルが大きくなってしまうと、相続人らのストレスが大きくなり、余計に親族間に大きな溝を作りかねないことにもなるため、一人でも多くの方が、相続手続きの大変さを知って向き合っていただけるとよいなと感じます。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。