大切な不動産を、あなたの想いどおりに次の世代へ確実に残したい―そう願うなら、「遺言書の作成」は非常に重要です。しかし、不動産相続の現場で目にするのは、書き方一つで遺言書が無効になったり、親族間の争いを招いたりといった悲惨なトラブルです。本記事では、遺言書の基礎知識とともに、不動産を確実に承継するための実践的なアドバイスを、不動産相続に精通する山村暢彦弁護士が解説します。
不完全な遺言書

筆者は弁護士として経験を積むなかで、残念ながら、遺言書の作成が不完全であったために、裁判所が関与せざるを得ないほどの係争になったケースをいくつも経験してきました。具体的にどのような背景でそのような事態に陥ってしまうのでしょうか? 多くの家族で起こり得る事例の一部を紹介します。
相続財産の書き漏れ
遺言書があるにもかかわらず、紛争化する典型的なケースです。たとえば、特定の相続人に多数の相続財産を配分するような遺言書を作成していたものの、一部の財産を書き漏らしていたような場合です。この場合、完全に遺産分割を行うためには、遺言書の記載がない部分の財産について、相続人全員で遺産分割協議書を作成しなければなりません。
このケースの問題点としては、遺言書で特定の相続人が優遇されているため、残った遺産の分割協議の場面で、優遇されていない他の相続人が「法定相続分以上に支払わなければ手続きに応じない」といった交渉をしてくることがあります。
わかりやすくイメージするために具体的な例を挙げます。仮に1億円のマンションを特定の相続人に相続させる遺言書を作成していたとします。そのマンションを売るためには、目の前の私道とセットで売ることが必要でしたが、その私道が遺言書の記載から漏れていました。
私道自体は、ほとんど金銭評価できないような土地ですが、その私道の遺産分割協議で、1億円のマンションに対して本来受けるはずだった法定相続分を要求される場面が散見されます。
遺言書の最大のメリットは、相続人らの意向を確認せずとも、遺言書に示された意思によって相続手続きを完結できることです。
他方、遺産分割協議が必要となれば、相続人全員の同意がない限り、最悪の場合は裁判所による遺産分割審判を受けなければなりません。このように、遺言書作成時のエラーが原因で、結局は遺産分割調停・審判等の裁判手続きを経ることになるのは本末転倒です。
遺言書で指定された相続人の死亡
次によくあるのが、遺言書で相続財産を受け取る者として指定された相続人が遺言書作成者よりも先に死亡するケースです。
たとえば祖父が遺言書を作成しており、その相続を受ける者として、配偶者である祖母と、その子ども二人が指定されていたものの、実際に祖父が死亡して相続が開始された際には、先に祖母が亡くなっていた――このようなケースです。
受取人として指定された相続人が先に死亡している場合、「その部分の遺言が無効」となります。結果、「祖母が受け取るはずだった財産」については、祖父が死亡した時点での相続人らによって、遺産分割協議を行わなければなりません。
相続財産を書き漏らしたケースと同様で、無効になった部分については、遺産分割協議を行う必要が生じます。
遺留分の問題
遺言書を作成すれば、基本的に遺言書単独で相続手続きを完結できると前述しました。しかし遺言書の内容次第では、相続手続きを完了したうえでも「遺留分侵害額請求の余地が残る」といえ、本当の意味では相続手続きに関する紛争が完了しないケースもあり得ます。
少々語弊があるかもしれませんが、筆者としては遺言書にて「不動産や金融資産等の相続財産の移転」が一応完了しているのであれば、遺留分侵害額請求等の紛争が残ったとしても、相続手続自体はひとまず完了したと評価してよいと考えています。
預貯金、有価証券等については、遺留分侵害額請求を受けるか否かにかかわらず、引き出し・現金化できますし、不動産についても、遺留分侵害の請求を受けるかどうかにかかわらず、収益不動産の管理や売却が可能になるからです。
遺言書を作成していない場合、預貯金・有価証券等を現金化できない、収益不動産等の管理がデッドロックされたうえで融資の返済が始まるなど、地獄のような状態が想定できるため、収益不動産を保有する人は基本的に遺言書を作成しておくべきだと思います。
さて、遺留分についてです。弁護士として経験を経た筆者としては、なかなかコメントが難しく、「中途半端に遺留分を意識して作成して揉めてしまった事例」も多数みました。
加えて「最初から遺留分侵害を起こす遺言書はトラブルのもと」という主張も理解できますので、各事案と遺言書の意向によっては、遺留分侵害が生じるのは致し方ない部分もあるのかなと考えております。
まず現時点において、「遺留分に配慮しきった完璧な遺言書」というのは、ほぼ存在しないという技術的な問題があります。
なぜなら遺留分は、被相続人の死亡時の相続財産評価額にて算定するというのが判例であり、いくら「遺言書作成時の評価」を前提に遺言書を作成しても、相続財産の評価額がずれることにより、遺留分がずれてしまうという問題があるためです。
さらに、遺留分に配慮したところで、遺留分は法定相続分の2分の1です。つまり、それ自体が本来的な法定相続分より低いため、遺留分に配慮しても相続人間の感情的対立が残る、という問題もあります。
「遺言書を作成したのに…」揉めて、後悔しないために

上記以外にも、遺言書がありながらトラブルになったケースはいくらでもあるのですが、キリがないので対応策に続きたいと思います。
不動産相続における「遺言書」の大きなメリット
まず、遺言書のメリットを再確認したいと思います。遺言書は完全に相続人間の感情的な対立等まで防止できるものではなく、あくまで「遺言書単独で、一応の相続手続きを完了させられること」が大きなメリットです。
仮に遺留分侵害額請求によるトラブルが発生したとしても、預貯金の引き出し、有価証券の現金化、不動産の管理・処分を進められます。遺留分による紛争まで完全沈静化することは基本的に難しく、そのようなリスクがないのは、兄弟姉妹相続であり遺留分が発生しないような特殊なケースのみです(※遺留分は兄弟姉妹の相続では発生しない)。ただ、それでも特に収益不動産が含まれる相続では、非常にこのメリットは大きいでしょう。
「不完全な遺言書」を防ぐには
さてそのうえで、前述の不完全な遺言書についてですが、指定された相続人が死亡しているようなケースでは、次の相続人を指定しておくことができます。
たとえば、長男に相続させる旨を指定していたら、長男が先に死亡した場合には、長男の子どもである孫を指定しておくことも可能です。公正証書遺言でも、ここまで踏み込んで作成されていない遺言書が散見されます。
相続財産の漏れについては、遺言作成者も認識していないようなケースもあり、事案によりますが、やや複雑な経緯による不動産所有であれば、厳密に隣接不動産等に調査範囲を広げることで対応することが可能です。
いずれの場合でも、自分で作成する自筆証書遺言では難しく、公正証書遺言を前提にしても、遺言書作成件数の多い経験値の高い専門家に依頼しないと、難しい将来が待っているかもしれません。
おわりに
本記事では、遺言書の問題について深掘りしましたが、筆者は、
① 自筆証書遺言でもよいから、収益不動産を保有しているならば遺言書があったほうがよい
② 紛争になったときのことを考えると数百万円の費用が発生するため、コストがかかるが極力、公正証書のほうがよい
③ ①②を踏まえたうえで、前述のようなトラブルまで含めて対応できるような経験値の高い相続に馴染んだ専門家に公正証書遺言は依頼したほうがよい
と考えます。どのような士業に依頼すべきかどうかは、士業ごとの特色を説明した記事もございますので、そちらを参照ください。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。