アパート経営において、入居者トラブルは避けて通れない課題です。特に、深夜の生活音や子どもの足音、楽器やテレビの音量など、騒音に関するトラブルは後を絶ちません。
音の感じ方には個人差があり、一方には「日常の音」でも、もう一方にとっては「耐えがたい騒音」となり得るからです。
とはいえ、対応を誤ると退去や空室リスクにつながり、最悪の場合訴訟に発展する可能性もあるため、この問題を軽視してはいけません。
そこで今回、騒音トラブルにおけるオーナーの法的責任の範囲から、訴訟を避けるための具体的な対処法までを、大家経験のある弁護士が解説します。
入居者間の騒音トラブルの現状と大家が抱えるリスク

賃貸物件で最も多いクレームの一つが「騒音トラブル」です。管理会社や大家のもとには、夜遅くのテレビ音、スマートフォンの通話、子どもの足音、ペットの鳴き声、さらには深夜の来客など、生活音に関する相談が絶えません。
騒音は数値で完全に測定できるものではなく、人によって「許容できる音」と「耐えられない音」が大きく異なるため、問題がこじれやすいのです。
さらに、こうしたトラブルが一度発生すると、当事者同士での話し合いが感情的になり、解決どころか関係悪化を招くケースも少なくありません。
そして大家が放置すれば、「管理の行き届かない物件」として評判が下がり、ほかの入居者の退去や空室増加、賃料相場の下落につながるリスクがあります。
さらに深刻なのは、被害を訴える入居者が「静かに住む権利が侵害された」として、大家や管理会社に法的責任を問う場合です。
とはいえ、大家自身が騒音を発生させているわけではないため、実務上ただちに損害賠償責任を負うことは少ないでしょう。
しかし、長期間クレームを放置したり、適切な対応を怠ったりした場合、「賃貸人には入居者に物件を静穏に使用収益させる義務(民法601条)がある」として、一定の責任を問われる可能性があります。
つまり、騒音トラブルは「大家が直接加害者ではないから関係ない」とは言い切れず、リスク管理の観点から正面から向き合う必要があります。
大家の法的責任はどこまで?

騒音トラブルに直面した大家にとって、最も大きな懸念点は「自分が法的責任を負うのかどうか」という点でしょう。
結論からいえば、大家は騒音を直接発生させているわけではないため、通常は騒音による損害賠償責任を負いません。被害を受けている入居者が加害側の入居者を相手に損害賠償請求を行うのが原則です。
しかし、大家には「賃貸物件を入居者に使用収益させる義務」が民法601条で定められています。そのため、異常な騒音の原因を放置すればこれを怠ったと評価され、責任を問われる可能性があるのです。
たとえば、繰り返しの苦情が寄せられているにもかかわらずなにも対応しなかった場合や、騒音が明らかに通常の生活の範囲を超えている状況にもかからず、これを放置した場合などです。
こうしたケースでは被害者側から「大家の義務違反だ」と指摘されかねません。
さらに問題となるのが「信頼関係破壊の法理」です。これは、賃貸借契約において、入居者の行為が信頼関係を著しく破壊するほど重大である場合に、貸主が契約を解除して退去を求めることを認める考え方です。
騒音トラブルも度を超えれば、この法理に基づいて退去請求を検討できます。ただし、裁判所は入居者保護の観点から、簡単には解除を認めません。
単発の苦情では足りず、長期間・繰り返しの迷惑行為があり、大家が注意や指導を行っても改善がみられない、といった事情が必要です。
つまり、大家に求められるのは「責任を負わない」姿勢ではなく、「適切な対応を積み重ねる」姿勢です。苦情を受けた際にはまず事実確認を行い、改善を求める記録を残しましょう。
そうすることで、万が一訴訟となっても「大家としてできる限りのことはした」と主張でき、責任追及を回避しやすくなります。
管理会社を挟んだ場合の大家の対応と注意点

アパート経営では、多くの大家が管理会社に業務を委託しています。
管理会社の活用は、入居者からの苦情受付や一次対応を担ってもらえるという大きなメリットがあります。一方、騒音トラブルの場面では「管理会社に任せきりで安心する」のは避けるべきです。
なぜなら、管理会社の対応範囲は、委託契約の内容により異なるためです。一般的な「集金管理」や「一部委託」では、入居者対応やトラブル処理が含まれていない場合もあります。
その場合、クレームが来ても十分な対応がなされず、結果的に「オーナーが放置した」と評価されてしまう恐れがあるのです。
また、管理会社が間に入ることで、大家と入居者との距離感が広がり、トラブルの実態が正確に伝わらないケースもあります。報告を受けたら必ず記録を確認し、必要に応じて「書面で注意してほしい」「内容証明を準備したい」など、具体的な指示を出すことが大切です。
結局のところ、最終的な責任はオーナーに帰属します。管理会社はあくまで「管理代行」にすぎず、大家の姿勢が裁判所から問われることを忘れてはいけません。
任せる部分と自ら関与すべき部分を切りわけ、管理会社との連携体制を整えておくことが訴訟リスクを避ける第一歩です。
訴訟リスクを避けるための対応フロー(注意・指導・調停)

騒音トラブルは、いきなり裁判に持ち込むべきものではありません。裁判所も「入居者保護」の立場を取るため、事前に段階を踏んだ対応が不可欠です。訴訟リスクを避けるためには、以下のような流れで進めるのが基本となります。
まずは事実確認です。被害を訴える入居者の主張をうのみにせず、ほかの入居者からの聞き取りや現地確認を行い、騒音が社会通念上問題となるレベルかどうかを把握します。
実際には、騒音被害を訴える入居者のなかには、感じ方の個人差から過敏に反応しているケースも見られます。また、そもそも、「騒音があったこと」を証拠上残すためには、騒音の計測器による記録化も必要になります。
次に、問題があると判断できる場合は口頭での注意や書面での通知を行い、改善を促しましょう。ここでの記録は、後の法的手続きにおいて重要な証拠となります。
それでも改善がみられない場合には、内容証明郵便での警告や賃貸借契約違反を理由とする是正要求に進みます。
この段階で多くは改善が図られますが、なおも騒音が続く場合には、裁判前に調停手続きを利用するのも有効です。第三者が介入することで、当事者同士では困難だった合意形成が可能になることもあります。
最終的に、改善がなく「信頼関係が破壊された」と認められる場合に限り、明渡請求訴訟を検討することになります。
大家にとって重要なのは、こうしたプロセスを踏んだうえで「できる限りの対応を尽くした」と示すことです。それにより、裁判になった場合でも不利に扱われるリスクを大きく減らすことができます。
大家として「責任をもった対応」を

騒音問題は、①証拠が残りにくい、②被害の感じ方に個人差が大きい、という理由から、裁判での解決が難しいトラブルです。
ただし、大家としては苦情を受けた際に適切な行動をとる義務がある点を忘れてはいけません。実際に裁判まで進むケースはまれで、特殊事情がある場合に限られることが多いですが、日常的には「住民がうるさいから大家が対応してほしい」という要望は頻発します。
重要なのは、入居者からの苦情をを放置せず、段階を踏んで適切に対応を積み重ねることです。ここまで紹介した対応フローや予防策を参考に、冷静に記録を残しながら一つずつ対処することで、訴訟リスクを回避し、安定したアパート経営につなげていきましょう。
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