価値のない、あるいは管理が困難な「負動産」は、故人の相続財産についていっさい受け取らない「相続放棄」を選択することがあります。
では、相続放棄をすれば、不動産の管理をする責任もまるごと“放棄”したことになるのでしょうか。
この点、司法書士の近藤崇氏は、「相続した不動産が空き家である場合、たとえ相続放棄しても管理する責任が残る場合がある」と指摘します。
そこで今回は事例とともに、不動産の相続放棄後に残り得る管理義務と、その現実的な対処法について解説します。
近年広く認知されるようになった「相続放棄」

「相続放棄」という言葉は、いまや広く認知されるようになりました。その背景には、少子化の進行や全国的に増加している空き家問題、特に過疎地域における不動産の扱いが難しくなっている現状があると考えられます。
司法書士である筆者は、実務のなかでも相続放棄に関する相談や依頼を受ける機会がよくあります。
相続放棄とは、法律上「初めから相続人でなかったものとして扱われる」効力を生じさせる手続きです。
単に財産を受け取らない意思表示というわけではなく、民法第915条に基づき、故人(被相続人)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ申述(申請書類の提出)することで、はじめて法的に成立します。
この手続きを行えば、プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も含めて、すべての相続を回避できる強力な効力を持ちます。特に、故人の負債が多いことが明らかである場合、相続放棄は非常に有効な手段となります。
ただし、相続放棄には期限があります。相続が開始したことを知った日から3ヵ月以内に、家庭裁判所へ申述しなければなりません。この期間を過ぎてしまうと、特別な事情がない限り、相続放棄は認められません。
相続財産のなかに「空き家」があると、相続放棄後も“無関係”ではいられない?

さて、そんな相続放棄と不動産の関係について考えてみましょう。
相続放棄した場合、先述のように原則として相続とはいっさい無関係となることから、故人(被相続人)の財産や借金を引き継ぐことはありません。
しかし、相続財産のなかに「空き家」が含まれている場合には、話が少し複雑になります。
相続放棄が認められた人は、法律上はじめから相続人ではなかったものとして扱われます。
ただし、相続人となるべき人全員が相続放棄をし、かつ次順位の相続人も存在しない場合には、最後に放棄した人に限って、空き家などの不動産について最低限の「管理義務」が生じると解されています。
そのため「相続放棄をすればすべてから解放される」とまではいえません。
この管理義務とは、空き家を放置した結果、近隣住民に被害が生じた場合に、管理状況について過失の有無を問われ得るという趣旨のものです。
求められるのは、あくまで「自己の財産を扱う場合と同程度の注意」であり、特別に重い負担が課されるわけではありません。
当然、不動産は物理的な資産である以上、放置すれば建物はどんどん傷んでいきます。したがって、最後に相続放棄をした人物は、この“負動産”について一定程度管理する責任が課されてしまうのです。
とはいえ、すべての空き家が“負の遺産”になるとは限りません。実際には、老朽化が進んでいたにもかかわらず、思いがけず売却に成功したケースも存在します。
相続人間での押し付け合いで15年放置…横浜の「特定空き家」売却成功事例

司法書士でありながら宅建業者としても活動している筆者ですが、実務をしているなかで感じるのは、場所によっては一見酷い状態にみえる不動産でも、ある程度の財産価値があるケースが少なくないということです。たとえば、下記のようなケースがありました。
相談者Aさんの空き家は、神奈川県横浜市の中心部からすこし外れた、接道が取れていない場所に建っていました。厳密にいうと接道は取れているのですが、途中に段差があるため車でのアクセスができない立地でした。
しかも裏手は地盤が弱く、やや崖地になっていて、管理も大変です。この土地は、相続人間での押し付け合いもあり、15年ほど放置されていました。
筆者が現地を確認したところ、家屋は著しく老朽化しており、もはや居住は現実的ではない状態でした。それほどの建物が、横浜市内の比較的便利な場所にありながら、実に15年ものあいだ放置されていたのです。
さすがにこれだけ長期間放置されていると行政としても見過ごすわけにいかず、この物件は横浜市から「特定空き家」の指定を受け、それをきっかけにAさんは筆者に依頼をしたというわけです。
解体費用「300万円」も、“現実的な買い手探し”で叶った「黒字売却」
このような場合、そもそも相続発生から時間が経ちすぎていて、相続放棄すらできないケースも少なくありません。とはいえ、まずは現状把握です。
当然、車での接道が取れない土地ですから、高値での売却は難しいのが現実です。しかし、立地は横浜市内ですから、この物件がまったくの無価値かと問われると疑問が残ります。
一方、家屋については、傷みが激しいため解体以外の方法が残されていません。車が入れないため、解体時もどうしても手作業が中心となり、費用が膨らむ可能性が高いです。解体費用の見積もりを取ると、撤去費用を含めて約300万円であることがわかりました。
それと並行して、筆者は「この土地をいくらなら買い取ってもらえるか」という現実的な価格での買い手探しも進めました。高値は望めませんが、それでも一縷の望みにかけるしかありません。
すると、意外にも買い手が見つかりました。具体的には、「500万円ならば引き取る」という業者がみつかったのです。解体費用は300万円の見込みですから、相続手続きさえ進めば、少なくとも赤字にはなりません。
ゴールがみえたことで、これまで無視を決め込んでいたほかの相続人にも協力を得ることができ、15年間放置されていた相続手続きをようやく進めることができました。
「解体コスト:売却益=ほぼ“プラマイゼロ”」でも売却を選択

相談者Bさんの物件は、ある地方都市の駅前に建つビルでした。
ビルの解体はただでさえコストがかかるのですが、その物件はいわゆる駅前のアーケード街に位置しており、前面に商店街のアーケードがあるため重機が入れず、解体作業が非常に困難な状況でした。
Bさんが見積もりを取ったところ、解体には1,000万円ほどかかることが判明。一方で、更地としての売却価格もほぼ1,000万円と見込まれ、収支はほとんどプラスマイナスゼロです。
それでもBさんは「このままにしておくわけにはいかない」と、責任感から解体費用を立て替え、売却までこぎつけました。
このように、相続した不動産がどんな状態であれ、売れるか売れないかは実際の収支を試算しなければわかりません。そのため、まずは専門家などに相談し、現実的な収支をシミュレーションしてみることが重要です。
また、このときに大事なのは、仲介業者などが提示しがちな相場より高めの“希望価格”ではなく、実際に買い手が付く現実的な価格を前提に計算することです。
どうしても仲介業者としては、契約が欲しいばかりに高めの価格を提示する傾向があるため、鵜呑みにすると収支が大きく崩れ、結果的に赤字になる可能性があります。
相続放棄後の現実的な「空き家」対処法

相続した不動産の収支が厳しい場合には、相続放棄を検討せざるを得ないこともあるでしょう。では実際に、相続放棄をしたにもかかわらず、故人の財産に空き家が含まれていた場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
この点、相続放棄とあわせて「相続財産管理人」や「相続財産清算人」の申立てを検討することが選択肢の一つです。
以前の民法では、相続財産管理人が財産の清算までを一括して担う強い権限を持っていました。しかし改正後は、財産の保存・管理を行う「相続財産管理人」と、売却・換価などの清算までを担う「相続財産清算人」に区分されています。
これらはいずれも、相続放棄によって相続人がいなくなった場合や、相続人が不明な場合などに、家庭裁判所へ申し立てることが可能です。
ただし、この制度には注意すべき点があります。申立ての際には、裁判所に「予納金」を納める必要があるのです。
これは、今後選任される弁護士や司法書士などの報酬に充てるための立替金であり、数十万円程度かかるのが一般的です。この予納金の負担がネックとなり、申立てを断念するケースも少なくありません。
とはいえ、筆者がこれまでに担当した事例のなかには、たとえば亡くなった方の通帳に一定額の預貯金が残っていて、その預貯金を予納金に充ててほしいという申立てが実務上認められたケースもあります。
相続放棄をした場合、預貯金がどれくらい残っていようが、いっさい手を付けることはできません。したがって、こうした申立てを通じて、相続放棄をしてもなお残ってしまった空き家の管理の責任から解放される手段として検討できるのではないでしょうか。
「相続土地国庫帰属制度」を活用する手もあるが…
また、2023年から施行された「相続土地国庫帰属制度」を活用するという方法もあります。これは、相続した土地を国に引き取ってもらうことができる制度です。
しかし、制度の創設当初は大きな期待が寄せられていましたが、実際に利用するには多くの厳しい要件を満たす必要があります。
たとえば、隣地との境界確定(地籍調査・測量等)を済ませておくことに加え、建物が残っている場合は事前の解体が原則です。
さらに、申請が認められた後も、申請者が一定の管理費用を納付しなければならないなどの負担があります。こうしたハードルの高さから、現時点では当初の想定よりも利用が進んでいないのが実情です。
「不動産×相続放棄」は判断が難しい…悩んだら専門家に早めに相談を

不動産が含まれる相続において、相続放棄は非常に判断が難しい制度です。
ただし、今回みてきたように、一見すると「価値がない」と思えるような不動産でも、専門家が収支を試算してみると、多少なりともプラスになる、あるいは少なくともマイナスにはならないというケースも実際に存在します。
また、売却に至るためのそもそもの相続手続き、相続人が多すぎるなどの問題も、法律の専門家に相談すれば解決できるケースがあります。
相続放棄には「3ヵ月以内」という期限があるため、特に不動産が含まれている場合には、不動産取引にも詳しい専門家のサポートが不可欠です。
制度の誤解や対応の遅れが損失につながることもあるため、不動産の扱いに悩んでいるという方は、早い段階で不動産と相続の双方に詳しい専門家へ相談することをお勧めします。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。