日本の工場に、産業用ロボットが盛んに導入されたのは、1990年代のことでした。オートメーション化が進んだ一方で、終身雇用・年功序列なのでクビになる心配もなく、働く人々の仕事が楽になりました。しかし、今後AIやそれを搭載したロボットが、オフィスや工場に大量に入ってきたら、どうなるでしょうか。飲食店などのサービス業でも、ロボットの接客や調理の方がかえって喜ばれるかもしれません。そこで今回、これからのAI時代に幸せに生き抜く方法を紹介します。
1.AI時代のこれから
AIによって仕事がなくなるのではないかと、インターネットやテレビなどで日々語られています。残念ながら、AIによってなくなる仕事がたくさんあるということは、もはや変えようのない事実です。この事実に目を背けず、まずは素直に受け入れましょう。その上で、次に向けてどのように準備し、どう動き出すかの方が重要です。人間がAIに勝つ、負けるというスタンスでいるよりも、AIと共に働くスタンスに切り替えるのです。AIによって仕事がなくなったら、新時代の新しい職種が待っているという前向きな姿勢でいきましょう。これまでの歴史を振り返ってみても、新しい技術が生まれてそれが社会に定着したとき、いくつかの職種がなくなってきましたが、その一方で新しい技術を使ったこれまでに無かった新しい仕事が生まれてきています。
例えば、冷蔵庫ができて、氷屋さんが仕事を失った一方で、電気屋さんの仕事が生まれました。車ができて、馬車乗りの仕事を失った一方で、運転手や車販売の仕事が生まれました。
ITが普及して、書類整理をする事務職が仕事を失った一方で、IT関連の仕事が生まれました。産業革命、モータリゼーション、IT革命といった大きな技術転換のタイミングでも、旧来職種がなくなり新職種が生まれてきました。AIでも同様のことが起きると、考えて良いでしょう。AI時代においても、新しいタイプのAI職が多く生まれるはずです。
そしてIT関連職と一言にいっても、たくさんの細かい職種が存在するように、AI関連職もバラエティに富んだ新しい職種が生まれてくるはずです。AIによる失職を補う、新しいAI職の誕生は必ず起こりますので、心配することはありません。ただ、一番リスクが高いのは、AIによる失職を恐れ今の仕事に執着しすぎて、身動きが取れなくなることです。この状態にならないように気を付けなければいけません。自身の職種は大丈夫だろうかと心配しているくらいならば、新しい時代に向けて柔軟に動き出すために、今持っているスキルや経験や業界の知識を用いて、AIと共に働けば良いといった気持ちに切り替えていきましょう。
2.AIって、そもそもなに?
AI失職についての漠然とした恐怖や不安から脱するために、まずは一歩を踏み出しましょう。その一歩とは、AIのことをもっと知り始めるということです。AIをよく知れば恐怖がなくなるどころか、AIを使いこなす側になることができます。AIを知ることこそ、AI 失職から解放され、AIを使いこなす第一歩です。
2-1. AIとは
「AI」 という言葉は、英語の Artificial Intelligence の頭文字をとった略語です。Artificial が「人工的な」、 Intelligence が「知能」 という意味です。一般的には、人工的に作られた知能を持つコンピュータ、つまり「人工知能」 と解釈されています。AIについてまず理解すべき重要な点は、AIには技術的な定義がなく、単なる「概念」 であるということです。
AIの研究者の間でも合意された定義がなく、何らかの人の知的な活動を自動化したものが、通り名として「AI」 と呼ばれています。このようにAIは一番広い意味をもっている言葉で、その中に「機械学習」 が含まれます。また、機械学習のひとつとして「ディープラーニング」 があります。ただ、このディープラーニングが特別な存在であったからこそ機械学習が脚光を浴び、AIの世界がこの数年、急速に発達したのです。
分かりやすくロボットの世界で例えてみましょう。「ロボット」 は一番広い意味をもっている言葉で、その中に「人型ロボット」 が含まれます。また、人型ロボットのひとつとして「ドラえもん」 がいるわけです。ただ、このドラえもんが特別な存在であったから人型ロボットが脚光を浴び、ロボットの世界も急速に発達したのです。
機械学習とは、「データからパターンやルールを機械自身に見つけさせる仕組み」 です。ここでいうパターンやルールとは、たとえば「平日より休日の来店客が多い」 「男性より女性のほうがある商品を購入しやすい」 「過去に商品Aを購入した人はその後商品Bも購入しやすい」 といった傾向のことです。これらのデータから発見したパターンやルールにもとづいて、人が行うような判断を機械に行わせることが機械学習の主な目的になります。
機械学習が活用される場面で、最も多いのが「識別と予測」 です。識別とは、判別済みのデータ (「犬」というラベルがついた画像) と未判別のデータ (ラベルがついていない画像)があるという状況で、未判別のデータを正しく識別するというタスクです。たとえば、犬が写っている画像に「犬」、猫が写っている画像に「猫」というラベルがついたデータを学習させ、ラベルがついていない画像に「犬」か「猫」のラベルを付与するといったことが可能です。
予測とは将来の販売数など、過去のデータにもとづいて将来どれくらい売れそうかなどの「観測されていない未来の値を予測するタスク」 です。そのほかにも、似ている商品やユーザーをデータの特徴のみから「グループ分け」 することや、同じ商品を買っている人は似たような嗜好を持っているという仮説から類似ユーザーにおすすめ商品を提示する「レコメンド」、ゲームなどでどのような状況でどう行動するのがよいかという 「戦略を学習する」 など、さまざまなシーンで機械学習が活用されています。
次にディープラーニングとは、「機械学習の一種で人間の脳の神経細胞(ニューロン)を模した学習法から発展したもの」 です。人の脳はニューロンと呼ばれる多数の神経細胞で構成されており、ニューロンが複雑に結合することによって情報処理が行われていると考えられています。この情報処理ネットワークを模したモデルがニューラルネットワークです。ニューラルネットワークはニューロンに該当する多数のユニットから構成されます。各ユニットは入力に対して、ユニット間の重みを加味した非線形な演算を行った結果を出力するという構造を持ちます。
このときニューラルネットワークの層を多数重ねたものを「ディープニューラルネットワーク」 と呼び、ディープニューラルネットワークを用いた機械学習の手法を「ディープラーニング」 と呼びます。
この人間の脳を模した学習法を用いることによって、多くの問題に対して旧来型の機械学習モデルが追随できない精度を達成するようになってきました。特に画像や自然言語、音声データに対する学習の精度が飛躍的に向上しています。
2-2. AIの歴史
「人工知能」という言葉が誕生したのは、1956年に科学者たちにより開催されたダートマス会議にさかのぼります。当時、アメリカのニューハンプシャー州にあるダートマス大学で数学の教授であったジョン・マッカーシーが「人間のように考える機械」 を「人工知能」 と名付けました。
AIの概念が生まれた当初は、コンピュータがゲームやパズルを解いたり、迷路のゴールを探させたりする程度のものでした。これが第一次AIブームでした。
1980年代に入ると専門家の知識をAIに教え込むエキスパートシステム作りが目指されました。これが第二次AIブームと呼ばれる時期です。ただし例外の処理などに対処できず、なかなか実用化ができなかったことからそれほどAIの注目度は高まりませんでした。この時代からしばらくAIは冬の時代に入ったといわれます。
第二次AIブームの時代に苦戦した理由として、AIに例外も含めたさまざまな情報を人がインプットしてあげなければいけない点がありました。これを解決したのがAI自らが学習するという発想から生まれた機械学習です。人が例外も含めたすべてをインプットしなくても、一定のデータにより機械が学習することによって解答の精度を上げるというものでした。
2000年代に入り、マシンの処理速度も高性能化していったことで実用化も進んでいきます。ただし、その当時に生まれた機械学習は、一旦人が特徴を定義してあげた学習データを元に学んでいくタイプのもので、多くの過程で人のサポートが必要でもありました。
2000年代における第三次AIブームの火つけ役となったのが機械学習の一種であるディープラーニングです。特にAIに画像を認識させる場合の例が分かりやすいのですが、旧来型の機械学習が、人による特徴の定義が多くの場合必要だったことに対し、ディープラーニングでは、人が特徴を定義するというサポートをしなくても、マシンそのものが特徴づけも行ない、自ら学習を高い精度で進めていくことができるようになったのです。
ディープラーニングを動かすには多くのデータを長時間扱う必要があったので、2000年代のはじめの頃は、なかなか実用的ではないと判断されていました。しかし、2016年以降はビッグデータの取り組みが広がったり、マシンの処理スピードが上がり高性能化することによって、ディープラーニングの取り組みが急速に広がりました。大量の学習データを確保することができ、しかもそれを学習する時間も短縮することができるようになったので、ディープラーニングの実践活用度が高まり、第三次AIブームがさらに過熱し、大きな社会現象にまでなったのです。
2-3. AIによる働き手への変化
会社も変われば、自ずと働き手にも変化が訪れます。AI社会で職を失わないためには、この働き手に対する変化にもっとも注目すべきかもしれません。なお、働き手の変化には大きく2種類あります。ホワイトカラーに及ぼす変化と、ブルーカラーに及ぼす変化です。知能労働とされるホワイトカラーに及ぼす変化としては次のようなことが起こる可能性があります。
- メール対応はAIによる自動返答で対応
- 営業電話はAI音声電話が代行
- AIが業務タスクの優先度を判断し業務を振り分ける
- 作成書類のチェックは上司でなくAIが担当
- ミーティングのアジェンダ作成や議事録、ToDo管理はAIが行う
- 数値管理や着地予測はAIが代行
- ホワイトカラーの仕事の大部分がAIの管理業務になる
また、ブルーカラーに及ぼす変化としては、次のようなことが考えられます。
- AIの指示に沿って作業をする
- 業務の多くがAIとの共同作業
- パワーアシスト機能を備えたAI搭載装置を働き手が装着することによって業務効率が高まるようになる
- AI搭載ロボットをメンテナンスする仕事が増える
- 工場などではAIとロボットによって代替される
このようにAIは働き手に大きな変化を及ぼしそうです。予想される変化は、はるか遠い先の話でも、ご自身に関係ない話でもありません。自分たちの生活や働き方にすぐに関係してくることになるでしょう。
2-4.AIを活用した技術の一例
データから人が先の予測を行ない判断を下していた作業をAIが代行する利用例として、ローンの審査やネットワーク監視などがあげられます。
住宅ローン、金融ローン、企業への融資など、人や企業の取引状況やその他情報によって、これまでは担当スタッフが融資判断を行なっていた作業をAIが代行します。ローン契約後に対象者がしっかり返済をしてくれる確率がどれくらいなのか、融資後に企業からの返済の滞りがないか、などをこれまで人間のデータ把握と過去の経験などにより判断していましたが、人の量と時間の両方がかかっていたのが課題でした。これをAIによって自動審査することができるようになりました。
また、携帯会社の通信ネットワークの状況を自動監視する事例もあります。携帯会社による通信は1時間以上通信の品質が低下したり止まったりすると、国から重大事故と認定されてしまうこともあり、深夜も含めた24時間、常に抜け漏れの許されない監視を行なう必要があります。この仕事は人間が担ってきました。携帯電話網は大量で数万というサーバを対象に監視をしなければいけないのですが、これをAIによってムラなく状態検知することができるようになり、人が苦労していた仕事を代行してくれるようになりました。
3.AI時代に幸せに生きる
AIが普及してくると、人間とAIが共に働く仕事がたくさん生まれてきます。AIのことをよく知れば分かることですが、AIは得意なこともたくさんある一方で、業務内容によっては、まだ人間の仕事をすべて置き換えるほど完全でない場合が多くあります。AIの不完全な部分を知り、人間が補ってあげる必要があるのです。
人間が得意とする仕事とAIが得意とする仕事が業務内容によって分かれてきますので、人間とAIが共に働き、補い合うパターンはいくつも存在してきます。人間の不得意をAIが補う場合もあれば、AIの不完全な部分を人間が補う場合も出てきます。人間とAIが共に働くスタイルは、AIにどれくらいの割合で業務を渡すのかという視点でパターンを分類することができます。具体的には次の5つに分けることができます。
- 人だけで仕事をする
- 人の仕事をAIが補助する
- 人の仕事(不得意なこと、できないこと)をAIが拡張する
- AIの仕事(得意なこと)を人が補助する
- 人の仕事をAIが完全に代行する
また、5つのパターンは共働きの段階とも考えられます。人だけで仕事をする状態から人の仕事をAIが完全に代行する状態までには、AIはあくまで人のサポートでしかない状態や、逆に人がAIのサポート役に回ったりすることがあるわけです。AIに仕事を任せていく比率のコントロールは人間側で行なうことになります。人間とAIの共働きのスタイルを最適なものにするのは人間の大きな役目となってきます。この役目を担うのが、新しく生まれるAI職になるのです。
人間とAIの共働きをうまくコントロールするのがAI職の役割です。そして、その役目を果たすには、AIのことをよく知ること、また、あらためて人間が得意なことや不得意なことをしっかりと認識することが必要です。変化を恐れて心配するのではなく、一人ひとりがとにかく行動しましょう。行動こそが、人間とAIの共働き時代を幸せに生きるための唯一の特効薬です。そして、この変化の速い時代の中で、できるだけ早くAIとの共働きスキルを習得していきましょう。
・おわりに
会社や社会では、さまざまな役割の人がいてはじめて上手くいくことがたくさんあります。AIの活用においても、同じことがいえるのだと思います。新しい技術分野においては、コア技術を磨くことや技術の中身の議論に偏ってしまうことがありますし、教育環境においてもその偏りがそのまま反映されることもあります。ここ最近、日本では先行してAIを作る専門家だけが増えていく傾向にあったのは仕方がないことかもしれません。しかし、これからの本格的なAI社会では、AIを作る専門家だけでなく、AIのことをよく理解し、的確にAIを使う人材も重要なポジションを担うことになります。特に社会経験が豊富で、難しい局面も乗り越えてきたタフさをもったミドルシニア世代がAIネイティブになった際の推進力ははかり知れないものがあるでしょう。