「貯蓄から投資へ」。これまでにこのスローガンを見たり聞いたりされた方はいらっしゃるでしょうか。ゼロ金利が続いている中、ご自身の資産を増やすことは勿論のこと、守る、維持するためにも預貯金から投資へとシフトしていくことが必要な時代といわれています。そうはいっても、お金について何か教えてもらっていないほとんどの方にとって「投資」は、よく分からないもの、怖いもの、損する、というイメージが先行して手を出せないでいることと思います。
「貯蓄から投資へ」というスローガンが掲げられてから20年。しかし政府が思っているほど個人マネーは投資に向かっていないようです。様々な理由が考えられますが、日本人は「マネーリテラシーが低い」といわれていることもその1つといえるでしょう。また若い人を中心に「FIRE」を目指す人が増えていますが、マネーリテラシーが低いままFIREを目指すのは危険だと思っています。
そこでこのコラムでは合計3回にわたり、マネーリテラシーを上げていただくために必要なことを説明していきます。
1. 「貯蓄から投資へ」
「貯蓄から投資へ」。これが政府方針として明確に取り上げられたのは2001年、小泉内閣の時です。2001年6月の「骨太の方針」において「個人投資家の市場参加が戦略的に重要。貯蓄優遇から投資優遇への金融のあり方の切り替え」と明記されたのが始まりです。これを受け、金融庁は2003年からこれをスローガンに1人ひとりが資産形成を行っていくことを目標にしています。
このスローガンが取り上げられた頃は、後に「失われた20年」と称される時期でもあり、経済財政をめぐる様々な政策課題が健在化していました。2000年にはITバブルが崩壊し3ヵ月で株価は8,000円も下落、景気後退局面を迎えていたのです。そこで政府は、家計資産が株式、債券、投資信託等の証券投資を通じて国内産業に回り、その果実がキャピタル・ゲイン、インカムゲインとなって家計を潤すという資金循環を実現させるために、このスローガンを取り上げたのです。そしてこれを実施させるために、証券・金融税制の緩和策、投資信託等の銀行窓販の解禁、金融商品取引法の制定、会社法の改正などの証券投資が健全に進められるためのインフラ整備が行われてきました。
ところがこのスローガンが取り上げられてから20年、個人マネーはそれほど投資には向かっていないのが現実です。日本銀行調査統計局が発表している「資金循環の日米欧比較」により、2001年3月末と2021年3月末の家計の金融資産構成割合を比較してみましょう。
【資金循環の日米欧比較】
現金・預金 | 債務証券 | 投資信託 | 株式等 | 保険・年金・定型保証 | その他 | |
2001年 | 54.3% | 4.5% | 2.4% | 7.1% | 27.5% | 4.3% |
2021年 | 54.3% | 1.4% | 4.3% | 10.0% | 27.4% | 2.7% |
いかがでしょうか。現金・預金の家計の金融資産に占める割合は、20年経っても変わらず過半数となっています。前述のように証券投資が健全に進められるためのインフラ整備が行われてきているにもかかわらず変わらないのはどうしてかお分かりですか?
様々な理由が考えられますが、日本証券業協会が公表している「証券投資に関する全国調査(個人調査)」からうかがい知ることができます。この調査は3年毎に行われており(直近だと2018年)、その結果は以下の通りです。
●「金融商品で重視する点」については、複数回答で「いつでも出し入れができる」が47.5%で最も高く、
「元金が安全なこと」、「利回りが良いこと」が上位に挙がった(「値上がりが期待できる」は9.5%)
●興味を持っている金融商品については、「預貯金」が55.6%で最も高かった
●証券投資の必要性は、「必要とは思わない」が74.6%となり「必要だと思う」を大きく上回った
●必要とは思わない理由は複数回答で以下のものが上位になった
・「損する可能性がある」
・「金融や投資に関する知識を持っていない」
・「価格の変動に神経を使うのが嫌」
・「ギャンブルのようなもの」
これらから「安全志向が強いこと」が理由として挙げられますが、投資に関する知識や経験がなく偏ったイメージを抱いているともいえます。それは、「証券投資教育を受けたことがあるか」については約8割の方が「受けていない」と回答していることからも分かります。つまり「マネーリテラシーが低い」ということがいえるでしょう。
ところで、「マネーリテラシー」とはどういうものかご存知でしょうか?これについて、次で解説します。
2.マネーリテラシーとは
最近「ITリテラシー」、「情報リテラシー」という言葉が使われるようになっていますが、この「リテラシー」という言葉をご存知ですか?リテラシーとは、「物事を正確に理解し活用できる能力、ある手段を適切に活用するための知識やスキル」を指します。本来は「読み書きの能力」という意味でしたが、それが転じてご紹介したような意味で使われるようになっています。すなわち「ITリテラシー」、「情報リテラシー」とは「情報を自己の目的に適合するように使用できる能力のこと」を指します。
すなわちマネーリテラシーとは、お金と上手に付き合っていくために必要な知識やスキル、お金について正確に理解し活かせる能力、のことをいいます。そして、マネーリテラシーが低いということは、お金についての知識が少なく、活用する能力が低いということになります。
マネーリテラシーについては、金融庁が「最低限身に付けるべき金融リテラシー」を公表しています*。その中では「金融リテラシーを身に付けるためには、 知識の習得に加え、健全な家計管理・生活設計の習慣化、金融商品の適切な利用選択に必要な着眼点等の習得、必要な場合のアドバイスの活用などが重要です。」として、それぞれの分野について以下のように説明しています。
① 家計管理:適切な収支管理の習慣化
② 生活設計:ライフプランの明確化及びライフプランを踏まえた資金の確保の必要性の理解
③ 金融知識及び金融経済事情の理解と適切な金融商品の選択
④ 外部の知見の適切な活用:金融商品を利用するにあたり、外部の知見を適切に活用する必要性の理解
特に③については
・金融取引の基本としての素養
・金融分野共通
・保険商品
・ローン・クレジット
・資産形成商品
と項目を分けて説明しています。
*金融庁金融研究センターが2012年以降7回にわたり「金融経済教育研究会」を開催し、研究報告書としてとりまとめられたもの。
政府広報オンライン「金融リテラシー」って何? 最低限身に付けておきたいお金の知識と判断力
3.マネーリテラシーを上げることのメリット
さて、なぜマネーリテラシーを上げる必要があるのでしょうか。「お金のことって難しそう」、「自分には関係ない」と思われている方もいらっしゃるかもしれないのでご説明します。まず、意義や目的については、金融経済教育のあり方について検討を行ってきた金融庁の「金融経済教育研究会」が2013年4月に公表した報告書*にまとめられていますので、それをもとにご説明します。
報告書では、マネーリテラシーを向上させることの意義・目的として以下の3つを挙げています。
① 生活スキルを高める
② 健全で質の高い金融商品の供給を促す
③ 我が国の家計金融資産の有効活用につながる
最初の項目についてはお分かりいただけるかと思います。私たちは生きている限りお金と付き合っていくことになります。仕事をしてお金を稼ぎ、必要なもの、欲しいもののためにお金を支払い、万が一のためにと保険に入り、将来のためにと財形貯蓄をし、投資をし・・・、と様々な付き合いをしていますが、このようなときマネーリテラシーが重要なスキルとなり、とても役に立つのです。実体のない儲け話を持ち掛けられた場合でも適切に対処してトラブルを避けることができます。
2番目については、お分かりでしょうか?1番目があっての2番目なのですが、私たちのマネーリテラシーを上げることによって金融商品や金融サービスを選別する目を持てるため、それによってより質の高い金融商品や金融サービスが提供され普及されることが期待できるというわけです。金融商品や金融サービスの利用者を保護するために政府が規制してしまうと、イノベーションを阻害する恐れが出てきてしまいます。そこで私たち利用者がリテラシーを上げることによって、規制とは異なるプレッシャーを開発者に与え、質の向上を期待するということです。
3番目は、先述した「貯蓄から投資へ」という行動を促すということです。「家計資産が株式、債券、投資信託等の証券投資を通じて国内産業に回り、その果実がキャピタル・ゲイン、インカムゲインとなって家計を潤すという資金循環を実現」させるためには、インフラ整備だけではダメだということに気付いたともいえると思います。
実質私たちに関係があるのは最初の項目だけですが、ここからマネーリテラシーを向上させることのメリットを考えると、以下のことがいえるでしょう。
・生活の質が向上する
適切な収支バランスを保って余裕を持った家計管理ができるようになり、結果生活の質が向上する
・資産形成がしやすくなる
自身に適した金融商品がわかり、勤労収入以外の収入を得られる可能性が高まる
・金融トラブルを回避しやすくなる
商品を見抜く目を持つことで特殊な金融詐欺に遭いにくくなる
お金とうまく付き合う術を身に付けておいて損はありません。メリットをしっかり理解し、マネーリテラシーを上げることにつとめていただけたらと思います。
*詳しくお知りになりたい人は、こちらをご覧ください。
4.金融教育事情
近年お金について学ぶ「金融教育」が世界で注目されています。
日本では家庭でのお金についての教育というと、ほとんどの方は親から「無駄遣いしてはいけません」、「貯金しておきましょう」、「お小遣い帳をつけましょう」といわれたことくらいでしょう。学校でもお金についてのカリキュラムはなく学ぶ機会はこれまではありませんでしたが、2022年度から実施される高校の新学習指導要領で、家庭科の学習内容に資産形成が加わり、やっとお金に関する教育がスタートします。少なくとも学ぶ機会が与えられることは喜ばしいことですが、お金のことは学ぶことが色々とあり高校のカリキュラムだけでカバーできるものではありません。高校で学んだことをベースに、その後も学び続けることが大切です。また教えられる内容、教える人など色々と気になる点はありますが、まずはどんなものなのか様子を見守りたいと思います。
おわりに
今回は、マネーリテラシーの概要や上げることの必要性などをご紹介しました。現状や、なぜ上げることが必要なのかといったことはご理解いただけたでしょうか。
マネーリテラシーを上げていくためには、学ぶことが色々とあり、中には段階を踏まないと分からないこともあります。次のコラムではリスクとリターンについてご紹介いたします。
マネーリテラシーを上げよう(その2):リスクとリターンについてはこちらから