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定年後のお菓子づくりデビュー。80代パティシエに聞く、ケーキに込める思い
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定年後のお菓子づくりデビュー。80代パティシエに聞く、ケーキに込める思い

東京都目黒区中目黒にあるチーズケーキの名店「ヨハン」。創業から約半世紀にわたり、ユダヤ伝統のレシピを継承し、その味を守り続けています。

働くパティシエは、なんと平均年齢72歳、定年を迎えた男性たちです。ヨハンに勤めるまではケーキづくりなど一切したことのないメンバーが、コツを覚え、日々おいしいケーキを作り続けています。

「自分がパティシエになるなんて、予想外だった。」そう語る小林隆吉さんは、20年以上ヨハンで働き続けています。

なぜセカンドキャリアとしてヨハンを選んだのか、ヨハンでの日々や働きがいとは。ヨハンが「おじさんパティシエ」を雇い続ける理由も聞きました。

tokushu17_プロフィール

ヨハン 小林隆吉さん

 

83歳。定年退職後、ヨハンのパティシエとして働いている。ヨハンは1978年創業の老舗チーズケーキ専門店。創業者・和田利一郎氏がアメリカの友人に振る舞われたチーズケーキに魅了され、退職後に友人の協力を得て、同年代の仲間と共に開業した。

お菓子作り未経験!企業戦士からパティシエへ

——会社で働いていた頃はどんなお仕事をされていたのでしょうか。

総合メーカーで働いていました。会社員をしていたのは今から25年前のことなので、時代的にも「24時間仕事人間」かのような企業戦士でした。当時は料理も全くせず、家のことは妻に任せて、仕事ばかりしていましたね。スイーツも当時は特に好き、ということはありませんでした。

会社では、電話機のハード部分を作る工場で材料の調達や品質保証の仕事をしたり、総務を担当したり。いろいろな部署に勤めていましたが、「ものづくり」という経験は、したことがありませんでした。

お菓子作り未経験!企業戦士からパティシエへ

——パティシエとは全く関係ないお仕事だったのですね。ヨハンに勤めるようになったきっかけを何でしょうか。

会社の先輩が定年後に勤めていて、声を掛けていただいたことがきっかけで勤めることになりました。定年後はどこかで働こうと考えていたので、ご縁があり幸いでした。

——全く違うお仕事をすることに対して、不安はありましたか。

当時は多くのOBがヨハンで働いていたんです。誘ってくださったのは知っている先輩でしたし、当時厨房にいた方たちも、7人のうち3人が顔見知り。気心の知れた先輩たちばかりで、安心して入ることができました。

ただ、パティシエという仕事というのは、自分でも予想外のキャリアでしたね。

2日に1度の休みで無理なく働く。アットホームな雰囲気も魅力

——今はどのようなタイムスケジュールで働いているのでしょうか。

2日出勤して、1日休みというペースで働いています。朝は6時半出勤ですが、お店がまだオープンしている15時頃に我々パティシエは業務終了となり、早く帰宅できます。

その日の分の生産が終わったら、次の日の仕込みなども行います。工程が一段落したら休憩タイム。昼休みも何時からといった決まりはありません。食事時間もゆっくりとっていますね。

2日に1度の休みで無理なく働く。アットホームな雰囲気も魅力

——無理のないペースでは働いていることが伝わります。小林さんは、どのようなところに、ヨハンの魅力やお仕事のやりがいを感じていますか。

ヨハンの魅力は、こぢんまりしつつも大家族のようなアットホームな雰囲気の中で働けることです。居心地がいいですね。

仕事内容については、商品を完成させるところ、販売できる姿までつくりあげることができる点が喜びです。うまく焼き上がると、嬉しさもひとしお。ただ手作りなので、いつでも完璧!と思うものができるわけではありませんね。

難しいのは湿度や温度にあわせて計量すること。日によって天気も気温も変わるので、同じ品質になるように材料を調合するのが難しいのです。あと、焼き上げる時間をセットするのも難しいですね。焼きすぎて焦がしたケーキを見てガッカリする経験をしながら、一人前になっていきます。

2日に1度の休みで無理なく働く。アットホームな雰囲気も魅力

——ちなみに、1人前になるまでどれくらいの時間がかかるのでしょうか。

だいたい4〜5年でしょうか。ケーキは4種類あるのですが、最初は作り方を覚えるのにも苦労しました。ケーキ作りが一通りできるようになると仕事が楽しくなります。

自分は古くからいてキャリアも長いので、今は後輩にも教えるようになりました。

——定年後の方というのは色々なキャリアを歩まれていると思います。教えるときに心掛けていることはありますか。

ヨハンには色々な会社出身の人がいます。定年まで勤め上げて、自分なりの働き方や、立場を確立してきた方ばかり。ここでは新人ですが、それぞれプライドもあると思います。だからこそ、教えるときは、うまく伝えるように気を付けています。

定年後の紳士にふさわしい職場で働き続ける

定年後の紳士にふさわしい職場で働き続ける

——ヨハンさんが、定年後の男性を採用し続けているのは何故なのでしょう?

ヨハンの創業者である和田利一郎は、1978年に定年退職後、「まだ何か仕事ができそうだ」との思いで、多くの方々のご意見やご協力をいただき、チーズケーキの製造販売にたどり着いたそうです。

チーズケーキの製造には量、温度、時間の絶対的正確さが求められます。 社会的にひとつの仕事を完結され、さらに健康で、何か違ったことに挑戦してみたいと考える定年後の方に、パティシエは相応しい仕事だと思います。

立派な定年後の紳士ばかりの職場ですが、年齢を考慮しつつ、無理なく楽しんで働ける職場環境になっていると思いますね。

——小林さんのこれからの目標があれば教えてください。

元気で家族に迷惑を掛けないようにしたいですね。健康のために、休日は6時半からラジオ体操をやっていますし、ウォーキングもするようにしています。月2〜3回は散歩会に参加して12キロほど歩いているんです。あと、頭の体操と指の運動のために、マージャンもやっています。

仕事の方では、これからもレシピを守って、その通り後輩に教えて、習得してもらえるようにしていきたいです。昔から続いてきたヨハンの味を間違いなく、この先も受け継いでいって欲しいと考えています。

オーナーは働けるうちは働いていいと言ってくださっています。材料の分量を決める際、暗算が必要なのですが、この計算ができて元気なうちは、長く働いていたいですね。

定年後の紳士にふさわしい職場で働き続ける

——退職後に、再就職をしたいと考えている人へ、何かアドバイスはありますか。

自分の場合は、「知っている先輩がいる」という働く環境、そして人間関係が大きく影響して、すんなりと次のキャリアへ進めたと思います。しかし、ヨハンに勤めている人の中には、チーズケーキを買いに来ていた「元お客様」という人もいました。

もし気になる職場があれば、ダメ元でも声を掛けてみるのも良いのではないでしょうか。ご縁というのは、どこかに必ずあると思います。

また、定年後は、あまり間を置かずに働き始めることをオススメします。自分は定年後、半年ほど休んでから入りました。あまり休みすぎると「このままでいいや」と考えてしまい、気持ちの張りがなくなって早く老いてしまいます。

遅くとも1年以内に次のキャリアを考えていった方がいいでしょう。そこで一歩踏み出せるかどうかが、セカンドキャリアを構築できるかどうかの鍵になるのではと思います。

(取材・執筆協力=ミノシマタカコ 撮影=栃久保誠 編集=モリヤワオン/ノオト)