以前のように気軽に旅行を楽しめる機会が増えてきたので、「そろそろ親と旅行に行きたい」と考えている方もいるかもしれません。しかし、張り切って計画したのに、途中で親が疲れてしまった、旅行先で喧嘩してしまったなんて悲しいトラブルも。
今回は日本トラベルヘルパー協会・会長でシニアツアーの専門家である篠塚恭一(しのづか・きょういち)さんに、親も子も心から楽しめる「親孝行旅」のコツを伺います。親の気持ちに寄り添った旅行工程の考え方、親に事前に確認しておくこと、親孝行旅でのトラブルあるある、さらには2023年春におすすめの旅先もご提案いただきました。
篠塚恭一さん
特定非営利活動法人 日本トラベルヘルパー協会 会長、株式会社SPI あ・える俱楽部 代表取締役。大手旅行会社での添乗員経験を経て、1991年に株式会社SPI あ・える俱楽部を設立。高齢者や障害者向けの介護旅行サービスを専門とし、数多くのメディアでも話題に。2006年には介護旅行のさらなる認知、普及と人材育成を目的に特定非営利活動法人 日本トラベルヘルパー協会を設立。誰もが安心して旅行できる環境づくりを目指し、日々取り組んでいる。
世代によって「旅行」の常識が異なるって本当?
――withコロナの意識が少しずつ広がり、旅行に出掛ける方も増えてきました。ここ数年で旅行のあり方も変化してきたように感じます。まず、日本における旅行スタイルの変化から教えていただけますか?
今では誰もが国内外問わず、気軽に行けるようになった旅行ですが、広く海外旅行が一般に楽しまれるようになったのはほんの40年ほど前のことなんです。それ以前は「一生に一度の海外旅行」と言われているほど貴重なものでした。
旅行会社が航空券やホテルを手配するパック(ツアー)旅行が主流。また現地を歩くにも添乗員さんがお供するのが当たり前だったんですよ。
インターネットが普及し始めた2000年代からは、個人旅行が中心となりました。各々がPCやスマホから飛行機やホテル予約が簡単にできるようになり、卒業旅行などを通じて若い世代でも海外へ行く方たちが増えてきました。
さらにここ数年は、コロナ禍の影響もあり一人旅の需要が増えています。誰もが好きな場所へ、好きな時に旅行できるようになったといえるでしょう。
――たった40年で旅行スタイルは大きく変化したんですね!
そうですね。70代以降の祖父母世代は「旅行はパック旅行」という価値観があった方たちです。その子どもの世代である30〜40代は「旅行は個人旅行」とすでに世代間でのギャップがあります。2世帯で旅行にいく場合、どんな旅行を想定しているのか擦り合わせておくことも大切でしょう。
親孝行旅の主役は、親御さん。自分のやりたいことを強要しないで
――ちなみに、親孝行旅を計画しようとしている場合、どんなことに注意したら良いでしょうか?
注意することをお伝えする以前に、大切な確認事項が2つあります。
1つは、本当に親御さんも「一緒に旅行したい」と思っているかどうかです。「親孝行をしたい」という思いが先行して、その気持ちを聞かぬまま旅行してしまうとさまざまな場面でトラブルを招きます。旅行先を決める以前に、本当に親子で旅行に行きたいのか意思確認をすることが大切です。
そしてもう1つが、「親が主役であることを忘れない」です。よくあるトラブルが、移動だけで疲れてしまって宿に着くなり親から「帰りたい」と言われて「せっかく連れてきたのに!」とお子さんが怒ってしまうケースです。当然ながら親は自分たちよりも歳をとっています。体力面、精神面での衰えをカバーしてあげましょう。親御さんと同居している方は、日々の生活リズムの変化を感じ取れますが、多くの場合別々に暮らしている親子がほとんどでしょう。15年ぶりに親と一緒に過ごす……なんて親子も少なくないはずです。
もし可能なら、事前に実家に帰省し親御さんの「今」の生活習慣を把握しておくのがおすすめです。好きな食べ物が変わっていたり、飲む薬が増えていたり、寝具が布団からベッドに変わっていたり、夜トイレに起きていたり、朝起きる時間が早朝になっていたり、自分の知っている親の生活リズムではなくなっている可能性もあります。せっかくだからと、同部屋で川の字で寝ようと計画しているとトラブルになってしまうことも……。
関係性や生活リズムの違いから、親御さんとは別々の部屋にする、食事の時間はそれぞれのタイミングでなど、お互いに干渉しない方が気持ち良い旅行になる場合もあるでしょう。
――「主役は親」というのは忘れがちな点かもしれません……。
いっそのこと「疲れたら途中で帰ってもいいよ」くらいの自由さがあってもいいと思います。1から10まで一緒にいる必要はないので、1泊だけでもいいよとか、現地集合にしようとか、お互いに旅行を楽しむために工夫したいところです。
あと、この旅行を楽しみにしていた親御さんだった場合、ず〜っとおしゃべりが止まらないなんてこともあるかもしれません。年齢的にちょっぴり物忘れが始まっている方もいるでしょう。同じ話を繰り返された時に、「その話は聞いたから!」と否定するのはNGです。あくまでも「主役は親」。親孝行すると決めたなら、話も何度でも最後まで聞き、全力で喜んでもらう旅行にしましょう。
――「気持ちの部分」がとても大事なことがよく分かりました。旅行先や宿泊施設の選び方で気を付けることはありますか?
元気な親御さんであっても、トイレとベッドは気を付けておくのがおすすめです。
外出中に大人用おむつをしているのであれば安心ですが、したくない親御さんもいらっしゃいます。その場合は、移動中だけでも尿もれパッドの使用を勧めたり、好きなタイミングでトイレに行ける交通機関を使ったりすると安心です。ローカル線に乗る場合、車両にトイレが付いていないなんてことも。ここはデリケートな部分なので、「おむつをつけて」とお願いするのではなく、いつでもトイレに行ける移動方法、旅行先を選んであげるのが親切です。
親御さんの嗜好に合わせて老舗旅館を予約する方もいるかもしれませんが、75歳以上の方の多くがベッドで寝ています。なるべくベッドがある部屋を選ぶようにしましょう。高齢者だと足腰など全身の筋肉が衰えているため、布団だと起き上がるまでが大変なんです。またお座敷でご飯の方がいいだろうとお部屋食を希望したら、「正座ができないから、椅子じゃないと食べにくい」なんてことも。前述したように、今の生活スタイルを把握しておくことが大切です。
――バリアフリーなど気を付けておくことはありますか?
日本国内でいえば、東京オリンピック・パラリンピックや大阪万博に備えて主要な観光地はかなりがバリアフリー化されてきました。車椅子の方が利用可能な多目的トイレも導入されているので、マイカーで行く方も、公共交通機関を使う方もそこまで気を張らずに楽しめるでしょう。
高齢な親の心配を解消する、「トラベルヘルパー」という選択肢
――ここまで親子で行く親孝行旅についてお話を伺ってきましたが、親御さんの体調面の心配から、旅行を諦めているご家族もいるかもしれません。
確かに、「身体の具合が悪くて」「旅行先に〇〇が無かったらどうしよう」と健康・環境面での心配を抱える方も少なくはありません。本当は旅行に行きたくても行けないという方には、トラベルヘルパーを活用するのがおすすめです。
――「トラベルヘルパー」ですか? はじめて聞きました。
高齢者や障害を持っている方など、日常生活の中で介護状態にある方の、食事やトイレ、入浴など旅先で介助するサービスのことです。トラベルヘルパーは、介護士と添乗員、両方の知識を持ったエキスパートが対応しています。入浴や食事の介助など、宿泊施設でだけサポートだけしてほしいというピンポイントなサポートから、旅の始まりから終わりまで同行してお手伝いをすることも可能です。
――高齢な親御さんがいる場合にはとてもうれしいサービスですね。
旅先での介護は慣れないことも多く、お子さんも介護が中心となってしまっては、せっかくの旅行も辛く悲しいものになりかねません。トラベルヘルパーという第三者が入ることで、楽しい思い出づくりのお手伝いが可能になります。ぜひ旅行する選択肢のひとつに加えてみてほしいですね。
人混みを避けて非日常感を味わえる観光地がおすすめ
――ここからは、篠塚さんに「2023年春におすすめの観光地」を教えてもらいます。どのように選ぶのが良いでしょうか?
旅行の目的に合わせて、どんな場所なら親御さんが喜ぶか、行きたいかという視点から選んでみましょう。
暖かくなると少し身体を動かしたいと思う方も多いはず。そんな方には、日帰りからでも楽しめる東京の高尾山(八王子)や御岳山(青梅)はいかがでしょうか。車いすを使う方には駅員や運転手が手助けしてくれます。ケーブルカーもあるので、山頂からの景色だけを楽しみたい方にもぴったりです。もちろん、健脚な方ならハイキングを楽しむこともできます。
御岳山なら宿坊で精進料理や温泉も楽しめます。都会の喧騒を忘れて、ゆっくり親子の時間を過ごしたい方にもおすすめです。
関西方面なら、選択肢も広がりますよね。伊勢神宮も人気スポットですし、美味しい食事をと考えるのであれば城崎温泉から丹後半島をはさんで若狭湾、北陸方面もおすすめです。
ご年配の方も一緒なら、メジャーな温泉施設で朝から晩までゆっくり過ごすのもいい親孝行になると思いますよ。
――私も親孝行旅を考える際には、どこに行くかよりも、何をしたいかから考えてみます!
他にも新型コロナウイルスの感染を気にする高齢者の方も多いので、なるべく人混みを避けて移動したいという方も増えています。
そんな時には、島や離島もいいですよ。船に乗って移動するのも楽しいですし、人が少ないので家族でのんびりとした時間を過ごせます。関東であれば伊豆諸島、関西であれば淡路島など瀬戸内海の島めぐりでしょうか。美味しいものもたくさんありますしね。
この2〜3年、家の中に閉じこもっている方も多いので、安心して羽を伸ばしてもらえるような親孝行旅を計画するのが良いかもしれませんね。繰り返しになりますがこの旅で大切なのは、みんなが本当に旅行に行きたいか?という気持ちです。誰のための旅行なのか、計画前から考えておくことがポイントですよ。
(取材・執筆協力=つるたちかこ イラスト=タカヤユリエ アイキャッチ画像=サンノ 編集=ノオト)