家計を直撃する「値上げ」に、私たちはどう対処すれば良いのでしょうか。手取り20万円・38歳食品メーカー勤務の男性の一般的な家計を例に、2023年も続くと予想される、値上げラッシュに負けない資産形成術を1級ファイナンシャル・プランニング技能士の川淵ゆかり氏が解説します。
止まらない値上げ…電気・ガスも大高騰
2022年は記録的な値上げの年となりました。原料高・原油高・円安の「トリプルパンチ」で、多くの方々の生活を圧迫しました。食品だけでも主要飲食料品メーカー105社における2022年の価格改定品目数は最終的に20,822品目、値上げ率平均14%という結果です。中でも10月には約6,700品目の飲食料品が値上げし、突出しています。
食品値上げによる影響は非常に大きく、標準的な1世帯あたりの家計負担額は、帝国データバンクの試算で、1ヵ月あたりでは平均5,730円、年間になると68,760円もの増加となっています。
2023年も値上げラッシュは止まりません。2023年1月から4月まで値上げが決定している品目数は約7,400品目に上っており、これは前年同期比で約1.6倍の品目数となっています。企業が価格に転嫁しきれていないコストはまだまだ多い、との予想もあり、企業努力で吸収しきれない分が、再値上げ・再々値上げといったかたちで今後も続くものと思われます。
電気やガスなどの光熱費も上昇しています。電気代では、石油や天然ガス(LNG)、石炭の値上げが響いています。電気もガスも価格の変動が影響する天然ガスでは、2021年4月と2022年10月の価格を比較すると3倍近く価格が高騰しており、ウクライナ情勢や円安の影響が非常に大きくなっています。東京電力が電気代3割値上げの認可申請をしたニュースは記憶に新しいですが、今年の夏は懐がさらに厳しいものになりそうです。
今後も値上げが続くと予想される日本
筆者は相談者から「この値上げはいつまで続くのか……?」という質問を受けますが、長期的に見ますと、昨年のような急激な値上げはないにしろ、値上げは緩やかにでも続くものと考えます。
理由のひとつは、日本で急激に進んでいる人手不足です。人手が足りないと賃金を上げざるを得なくなり、これがさまざまな商品やサービスの値上げにつながります。賃金が低いと、海外からの働き手もなくなります。人口減少の影響は今後さらに大きくなり、経済の衰退が円の価値を下げることから、円安も進み値上げは止まりません。
また、日本は人口減少が進みますが、世界的に見ると人口は増え続けています。2022年11月に世界の総人口は80億人を突破しましたが、2058年頃には100億人に達する、といわれています。人口が増えると食糧の問題が発生しますが、食糧自給率が38%と輸入に頼っている日本では、この問題がさらなる値上げにつながります。特に仕事を退職し、老後の生活に入ってからの食料品の値上げはさらに厳しいものとなるでしょう。
物価高とボーナスカットが家計を直撃!困窮するAさん家族
Aさんは食品製造業に勤務する38歳、6年前に結婚した33歳の奥様との間には5歳の息子さんがいます。Aさん自身の年収は400万円少々(毎月の手取りは約20万円)。奥様は扶養内に収まるように働いており、年収100万円程度(毎月の手取りは約8万円)で、300万円ほど定期預金に預けっぱなしにしていることも気になっています。
Aさん家族も他の家庭と同様、食料品や光熱費の値上げに悩んでいました。Aさんの勤務している食品製造業も円安の影響を大きく受け、ボーナスカットとなり、家計はダブルパンチを受けていました。
「息子の成長に伴いお金がかかってくる。自分も40歳に手が届くようになり、会社の状況を考えると定年まで無事に勤め上げられるかどうかもわからない」――不安にかられたAさん夫妻が、筆者の事務所へ訪問されたのは昨年の暮れのことです。
Aさん夫婦から受けた印象は、Aさんは責任感が強く真面目で、奥様は聡明でしっかりしたイメージでした。そんなお二人は、息子さんの教育にも熱心で、すでに3つの習い事(英語・サッカー・幼児教室)に通わせており、特に奥様は「将来は海外の大学に進ませたい」との希望もあります。いろいろとライフプランをシミュレーションしましたが、どうしても将来の家計状況は厳しいものでした。
Aさん夫婦に対しては主に次の提案をしました。
・習い事を減らす
息子さんのことを思い、小さいうちから習い事をさせる方も多いですが、大きくなって大学進学資金が足りず、奨学金の返済負担を息子さんに抱えさせるのは本末転倒です。
・定期預金での運用見直し
超低金利ではほとんど増えず、インフレ負けしてしまうため、投資信託やNISA、iDeCoを活用した分散投資での運用をアドバイスしました。
・学資保険の見直し
低金利時での学資保険加入は受取金がほとんど増えていないかマイナスになってしまうものもあります。海外進学も希望とのことで、外貨での積立運用をすすめました。
・奥様の収入を増やす
収入を扶養内に抑えている家庭は多いですが、稼げる力のある奥様ならフルタイムで働くのがこれからの時代はベストです。Aさんの奥様は英語も堪能で、結婚前は営業でバリバリ働いていたことがわかりました。
奥様の希望を聞き、息子さんの小学校入学時からフルタイムで働くことを仮定してシミュレーションした結果、Aさんの定年時には貯蓄額が1,000万円近く増えることがわかりました。
インフレで資産が目減り!? 若いうちからの長期運用の重要性
インフレは当然ですが、家計に大きな負担となります。Aさんの家計を例にしますと、現在の毎月の支出が約20万円ですが、毎年2%ずつ値上げや増税等で支出が増えていくと、10年後には約243,000円、20年後には約297,200円と増えていくことになります。収入を増やしたり、支出を減らしたりしなければ難しいですが、Aさんの年齢や息子さんのこれからの教育費増を考えると簡単ではありません。
また、インフレは資産価値を目減りさせる悪影響があります。例えば、200万円の車が2%ずつ値上がりしていくと、10年後には約244万円となります。しかし、200万円を定期預金に預けていると(今の金利が続くと仮定すると)、10年後でも合計400円(税引前)しか利息が付きません。これは、同じ200万円でも10年後にはものの価値に比べ、お金の価値は18%も下がってしまうことを表します。
Aさんには定期預金で300万円ほどの資産がありますが、上記の定期預金の例だと10年後でも6,000円、20年後でも12,000円の利息となります。定期預金は安全だ、というイメージがあるかもしれませんが、「インフレリスク」というリスクが存在することを忘れないでください。もし、Aさんが年3%複利での運用が達成できた場合、この300万円は、10年後には約403万円、20年後には約541万円まで増やすことができます。
これまで日本はデフレが長期間続きましたから、まとまった預貯金のあるご家庭は特に「投資」や「資産運用」など意識しなくても生活できていました。しかし、インフレに転じてしまうと、上記の例のように超低金利の悪い面が出てきてしまい、何もしなくても勝手にお金がどんどん減っていってしまうことと同じになります。
これは、リスクの取れない高齢者にはかなり厳しいものです。まだまだお金に余裕のあるイメージの高齢者ですが、これからは財布の紐はかなり固くなるものと思われます。しかし、高齢者になると資産を増やせなくても、現役世代のリスクの取れるうちはまだまだインフレに負けずに増やせるチャンスがあります。現役世代のうちに、いかにインフレや増税に負けない資産作りができるかが勝負になってきます。
NISAやつみたてNISA、iDeCoといった税金が非課税になる運用方法もありますので、必要に応じて専門家や金融機関に相談するなどして、ご自身に合った運用方法を見つけましょう。
「長期投資」×「複利運用」で雪だるま式に増やす!
資産作りでまず重要なのが、複利運用です。利息の計算方法は、「単利」と「複利」の2種類がありますが、単利は元本部分にしか利息が付かないのに対し、複利は付いた利息を元本に組み入れて利息を生み出す方法です。こうすることで利息が出るたびに元本が増えていきます。つまり、雪だるま式に増やすことができるのです。しかし、金利が低かったり、期間が短かったりすると、複利の恩恵が受けられるとは限りませんのでご注意ください。
30歳なら30年以上、40歳でも20年以上、資産を増やせるチャンスがあります。複利計算というと難しそうですが、計算が苦手な方にも簡単にできる方法がありますので、紹介していきます。
「72の法則」を使って複利計算をする
「72の法則」というものがあります。資産を2倍に増やすために必要な金利や期間を求めることができます。
金利(%)×期間(年)=72
こちらの計算式で算出します。
例えば、まとまったお金を年2%で運用していくなら2倍にするのに36年かかる、3%で運用していくなら24年かかる、というものです。今の一般的な定期預金の金利は0.002%ですから、2倍にするためには36,000年かかることがわかりますよね。
この計算式はインフレ計算でも使えます。毎年2%ずつ値上げや増税で家計支出が増え続けると、36年後には2倍、3%だと24年後に2倍の生活費が必要、となるわけです。あなたの老後は問題ありませんか? 72の法則を使って確認してみましょう。
まとまったお金がなくても大丈夫!「長期積立」で資産作り
まとまったお金を運用することで、インフレ率に負けない運用率で資産を増やし続けることができれば良いのですが、まとまった資金が手元にない方もいます。そんな方は、Aさんの教育資金作りのように毎月の積立投資で増やし続けていきましょう。
なお、今年は景気後退により、昨年に引き続き株価の下落が予想されます。株価が下落すると、投資に不安になって積立てを止めてしまう方も少なくありませんが、毎月定額での購入は「安いときに多く買える」チャンスであり、将来、株価が上がったときに大きく増やすことも可能となります(これを「ドルコスト平均法」といいます)。
まとまったお金を一時に投資してしまうよりも、投資の時期を分けて運用することは「時間を分散」することになり、これも分散投資のひとつの方法で、リスク低減を見込むことができます。銘柄も時間も分散して投資できるのは、積立投資の大きな利点といえるでしょう。