自筆証書遺言保管制度は、令和2年7月10日より始まった新しい制度ですが、法務局で自筆証書遺言を保管してもらえるため、家庭裁判所の検認が不要になる他、遺言書紛失や利害関係者による改ざんを防げるメリットがあります。
このコラムでは自筆証書遺言保管制度の概要について解説するとともに、制度を利用する際のメリットやデメリット、注意点などについてもお伝えします。
この記事のまとめ
令和2年7月10日より始まった「自筆証書遺言保管制度」には改ざんや隠ぺいの危険性がなく、家庭裁判所での検認手続きが不要になるなど、メリットが少なくありません。ただし、内容までは法務局が証明してくれるわけではなく、申請時、あるいは相続時に行うべき手続きが煩雑になるというデメリットもあります。そのため、自筆証書遺言保管制度の利用を考える際には、あらかじめ書式も含め注意点や流れを押さえておくことが大切です。スムーズな相続のためにも、ポイントを押さえて手続きを行っておきましょう。不明点がある場合は、専門家に相談するのもひとつの方法です。
自筆証書遺言の保管制度とは?概要をわかりやすく紹介
自筆証書遺言保管制度とは、法務局にある保管所に自筆証書遺言を保管してもらえる制度です。保管申請時には、自筆証書遺言が民法の定める形式に合っているかどうか、遺言書保管官に外形的にチェックしてもらえる他、遺言書自体も原本に加えて画像データとして管理されます。ちなみに管理期間は原本が遺言者の死亡後50年間、画像データについては遺言者が亡くなった後150年間です。
通常の自筆証書遺言との違いを表にしてみましたので、参考にしてください。
自筆証書遺言 | 自筆証書遺言保管制度 | |
作成者 | 本人 | 本人 |
作成方法 | 自筆 | 自筆 |
秘密性 | あり | 法務局の職員に内容を知られる |
偽造や改ざんのリスク | あり | なし |
保管場所 | 自宅など | 法務局内保管所 |
家庭裁判所の検認 | 必要 | 不要 |
自筆証書遺言の保管制度のメリット
自筆証書遺言保管制度を利用することによって、通常の自筆証書遺言に比べて大きなメリットがあります。
主なメリットは、以下のとおりです。
- 相続人による改ざん・隠ぺいの危険性がない
- 家庭裁判所で検認の手続きが不要になる
- 公正証書遺言よりも費用が安い
- 遺言の内容を誰にも知られずに作成できる
- 遺言書が保管されている旨が相続人全員に通知される
これらのメリットの詳細について、次項で詳しく説明します。
相続人による改ざん・隠ぺいの危険性がない
自筆証書遺言の場合、作成した遺言書を自宅内のどこかに保管しておくことになります。
もし、遺言書を作成したことや、また遺言者を保管している場所を知っている相続人がいた場合、自分に不利な遺言内容になっていないか、またなっていた場合はそれを改ざんするといった可能性があります。そのほか、遺言書を破棄したり隠したりするケースも考えられます。
自筆証書遺言保管制度を利用することで、遺言書の原本は法務局内の保管所に保管されますので、他人に改ざんされたり破棄されたりするリスクを回避できます。
家庭裁判所で検認の手続きが不要になる
通常、自筆証書遺言の場合、遺言書が見つかったとしても勝手に開封することはできません。自筆証書遺言については、民法によって「家庭裁判所に検認を請求すること」と規定されており、検認を行う前に開封した場合は50,000円以下の過料に処せられます。
また、検認の手続きは1~2ヵ月程度かかることもあり、その分相続手続きの時間が延びてしまいます。
特に相続放棄などは相続の開始を知ってから3ヵ月以内に行わなければならないため、できるだけ検認を早く行う必要がありますが、検認の申し立てに必要な書類を集める時間などの手間がかかるため、どうしても1ヵ月程度は必要です。
また、検認期日には申立人と相続人が立ち会い、検認を行った後、家庭裁判所に検認済証明書を発行してもらわなければ、預貯金の払い戻しや不動産の名義変更などといった手続きが行えません。
検認が不要で遺言書を開封できるとなると、検認にかかる費用や時間、手間などを省くことができ、相続手続きを早く進められる点からも大きなメリットになります。
公正証書遺言と比較して費用が安い
公正証書遺言とは、公証役場にて2人の証人の立ち会いのもとで公証人に遺言書を作成してもらう方法です。
公証人が作成してくれ、原本は公証役場で保管されるため、形式に不備があるなどで遺言が無効になるリスクや改ざんや隠ぺいのリスクは回避できますが、公証人手数料が財産の金額に応じて数万円から十数万円程度かかります。
その点、自筆証書遺言保管制度を利用すると、遺言書の作成費用は基本的に不要ですし、保管申請時の手数料が3,900円かかるだけで済ませられます。
ただし、法務局では遺言書がきちんと形式にそったものかはチェックしてくれますが、遺言の内容まではチェックしてくれません。そのため、遺言内容によっては無効になる可能性は否定できません。遺言の内容が有効かどうかを判断してもらうために専門家にチェックを依頼する際には、別途費用が必要になります。
遺言書の内容を誰にも知られずに作成できる
自筆証書遺言の作成者は本人です。また、公正証書遺言のように証人の立ち会いも不要です。
そのため遺言書の内容を誰にも知られずに作成できるというメリットがあります。証人の立ち会いが必要だと、何かのきっかけで証人から遺言書の内容が相続人に知られるリスクもゼロではありません。
同じように遺言書の内容を誰にも知られずに作成する方法として、秘密証書遺言という選択肢もありますが、保管場所が自宅になるため、改ざんや隠ぺいのリスクがあるほか、公証人手数料が11,000円かかるというデメリットがあります。
遺言書が保管されている旨が相続人全員に通知される
自筆証書遺言保管制度を利用する場合、一定の場合に保管所から相続人全員に対して遺言書が保管されている旨が通知されます。ここでいう一定の場合とは、以下の場合です。
- 遺言者の死亡後に相続人が遺言書を閲覧もしくは遺言書情報証明書の交付を受けたとき
- あらかじめ遺言者が希望した場合に、遺言書保管官が遺言者の死亡の事実を確認したとき
せっかく自筆証書遺言保管制度を利用しているのに、相続人が遺言者の存在を知らずにいると遺言書を作成した意味がありません。自筆証書遺言保管制度によって、遺言書の存在が通知されるため、遺言書の内容にそった相続が行われる点もメリットです。
自筆証書遺言の保管制度のデメリット
自筆証書遺言保管制度には、上で紹介したメリットもありますが、デメリットもある点に注意しておきましょう。
自筆証書遺言保管制度のデメリットには以下のものがあります。
- 特定の法務局でしか保管できない
- 内容について法務局はチェックしてくれない
- 遺言書の様式・書式に規定が存在する
- 住所や名前の変更をした際に再度手続きが必要になる
- 公正証書遺言と比較して相続発生後の手続きに負担がある
- 本人が申請のために法務局に出向く必要がある
- 手続きにいろいろな書類が必要
- 手数料がかかる
これらのデメリットの詳細について、次項で解説します。
特定の法務局でしか保管できない
自筆証書遺言保管制度は法務局内の保管所にて保管してもらえますが、どの法務局でも保管してもらえるわけではありません。保管する法務局は、以下の三つから選ぶことになります。
- 遺言者の住所地を管轄する保管所
- 遺言者の本籍地を管轄する保管所
- 遺言者が保有する不動産を管轄する保管所
内容について法務局はチェックしてくれない
自筆証書遺言を保管するにあたり、法務局の保管官は次をチェックします。
- 遺言書が自筆で書かれているか
- 遺言書に署名捺印がされているか
- 日付が記載されているか
あくまでも、民法で定められている自筆証書遺言としての要件を満たしているかどうかをチェックするだけですので、遺言の内容までチェックしてもらえるわけではありません。
また、要件を満たしていない自筆証書遺言は預かってもらえませんので、再度書き直して保管の申請を行う必要があります。
遺言書の様式・書式に規定が存在する
自筆証書遺言には、民法によって様式が決められています。
- 遺言書の全文、遺言書の作成日および遺言者の氏名を、必ず遺言者が自書し押印する
- 作成日は日付が特定できるよう正確に記入する
- 財産目録は自書ではなくても構わないが、自書でない場合は全てのページに署名押印が必要
- 訂正箇所や追加箇所は、その場所が分かるようにした上で、訂正または追加した旨を記載後署名し、訂正および追加箇所に押印する
さらに自筆証書遺言保管制度上のルールも設けられています。
用紙については
- A4サイズ
- 記載した文字が読みづらくなるような模様や彩色がないもの
- 必ず、最低限上部5mm、下部10 mm、左20 mm、右5mmの余白をそれぞれ確保する
としており、また
- 記載は片面のみとする
- 各ページにページ番号を記載する
- ホチキスなどで綴じない
ことが求められます。
規定された様式でないとその遺言書は無効となりますので、遺言書を作成する前に様式の内容をきちんと理解しておくことが大切です。
住所や名前の変更をした際に再度手続きが必要になる
自筆証書遺言保管制度を利用する場合、最初の保管時に氏名および住所を登録します。そのため、保管後に住所や名前が変更になったときには変更届を提出しなければなりません。
最初の保管時に登録する内容は以下のとおりです。
- 遺言者の氏名、住所、本籍
- 受遺者の氏名、住所
- 遺言執行者の氏名、住所
- 死亡時通知人の氏名、住所
これらの登録内容に変更が生じた際には、変更の届け出を行う必要があります。
公正証書遺言と比較して相続発生後の手続きに負担がある
公正証書遺言の場合、家庭裁判所の検認は不要ですので、遺言者が亡くなった後、開封して相続手続きに取りかかれます。自筆証書遺言保管制度を利用した場合は、遺言者が亡くなった後、相続人が目的に応じて以下の手続きを行います。
- 遺言書保管事実証明書の交付請求
自筆証書遺言は遺言書保管所に預けられているかを確認する。 - 遺言書情報証明書の交付請求
遺言書の内容の証明書を取得する。 - 遺言書の閲覧請求
相続人に関係する遺言書を見る。
また、各種請求の際には遺言者の戸籍謄本(出生から死亡まで全て)や相続人全員の戸籍謄本など、準備しなければならない書類もあります。
公正証書遺言保管制度を利用したからといって、簡単に開封して内容が確認できるわけではありません。
本人が申請のために法務局に出向く必要がある
遺言者は法務局に対し、ご自身の自筆証書遺言にかかわる遺言書の保管申請を行い、遺言書を預けることができます。遺言書の保管申請ができるのは遺言者のみで、代理人による申請はできません。また、郵送による申請も受け付けていませんので、遺言者本人が法務局に赴き、申請を行わなければなりません。
病気や外出が困難な場合は、保管制度の利用自体を諦めざるを得なくなります。
手続きにいろいろな必要書類が必要
保管の申請の際には、住民票の写しや顔写真付きの身分証明書が必要ですし、相続人が遺言書の存在を確認したり、内容の証明書を取得したりする際には、以下が必要です。
そのほか請求者の顔写真付きの身分証明書などが必要になります。
- 遺言者の出生から死亡までが記載された戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 相続人全員の住民票の写し
特に相続人全員の戸籍謄本を揃えるには、相続人の人数が多いほど手続きの手間がかかります。
手数料がかかる
自筆証書遺言保管制度を利用するには手数料が必要です。保管を依頼する際には3,900円かかりますし、原本の閲覧には1回につき1,700円の手数料が必要です。
また相続人が証明書などの交付を請求する際には、1通につき1,400円の手数料がかかります。
自筆証書遺言の保管制度を利用する際の注意点
自筆証書遺言保管制度を利用する際には、以下を注意するようにしましょう。
- 自筆証書遺言の作成時のポイント
- 自筆証書遺言の保管制度を利用する際の様式
それぞれの注意点について、次項で解説します。
自筆証書遺言の作成時のポイント
自筆証書遺言は、民法に定められた形式や要件を満たしていなければ、無効となってしまいます。事前に形式や要件を確認し、形式や要件にそって作成するようにしましょう。
作成の仕方が分からない場合は専門家に相談することをおすすめします。
自筆証書遺言の保管制度を利用する際の様式
自筆証書遺言保管制度の利用に当たっても、独自の決まりがあります。特に遺言者本人しか保管の申請ができず、郵送での申請が認められていない点には注意が必要です。
自筆証書遺言の保管制度はどんな方におすすめ?
自筆証書遺言保管制度は、自分で遺言書を作成したいと思っており、かつ、作成した遺言書を安全に保管しておきたいと考える方に向いています。ただし、作成方法によっては遺言書の内容が無効になる可能性がありますので、無効になるのを防ぐためにも専門家へ相談することも考えましょう。
逆に細かい形式や要件が分からないため、専門家に作成してもらいたいと考える方は公正証書遺言を選ぶことをおすすめします。公正証書遺言は法律のプロである公証人が作成してくれますし、家庭裁判所の検認も不要なため、相続手続きを早く始めることができ、相続人にとってもメリットのある方法といえるでしょう。
自筆証書遺言の保管制度を利用するときの流れ
- 遺言書の作成
民法に定められている形式や要件に基づいて、自書で作成する。 - 遺言書を保管する場所を決める
遺言書を保管できる要件を満たす法務局でなければならない。 - 保管申請書の作成
遺言書を保管してもらうための申請書を作成し、必要書類も合わせて準備する。 - 保管申請の予約
自分の都合のいい日時で申請できる保管所を決め、インターネットもしくは電話や窓口で予約する。 - 保管申請を行う
保管申請は遺言者本人が、遺言書を保管する法務局に赴いて手続きを行う。 - 保管証を受け取る
保管申請が終わったら、保管証を受け取る。
遺言作成でお悩みなら「セゾンの相続 遺言サポート」へ
自筆証書遺言保管制度は便利な制度ではあるものの、遺言書自体は自分で作成しなければなりません。遺言書の作成においては民法上で細かく形式や要件が定められており、形式や要件を満たさない遺言書については無効になる可能性があります。
遺言書を自分で作成するならば、できるだけ専門家のサポートを受けることをおすすめします。費用はかかりますが、せっかく作成した遺言書が無効になることを防げます。
自分で遺言書を作成したいと思っているものの、形式や要件についてサポートを受けたいと思っている方は、ぜひ「セゾンの相続 遺言サポート」にご相談ください。
まとめ
自筆証書遺言保管制度は令和2年に始まった比較的新しい制度ですが、自筆証書遺言の内容の有効性については自己責任になります。形式を満たしているか保管の申請時に保管官によってチェックしてもらえますが、満たしていない遺言書を受け取ってもらえないだけで、どこが間違っているのかを教えてくれるわけではありません。
自筆証書遺言の形式そして要件は細かく定められており、法律の知識がないと理解が難しいところもあるでしょう。せっかく自筆証書遺言を作るなら、法的に有効な内容にするためにも、専門家のサポートを受けることを考えるようにしましょう。