相続が開始されると、被相続人の相続財産を相続人に引き継ぐ手続きが必要です。相続財産には、資産だけでなく負債も含まれるため、内容によっては「相続放棄」を選択すべきケースもあります。とはいえ、相続放棄をすることで、デメリットや注意すべきポイントはあるのでしょうか。
このコラムでは、あとで後悔しないためにも、相続放棄の概要・デメリットとともに注意すべき点についても解説します。
この記事のまとめ
相続が発生した場合、相続人は被相続人の相続財産について、何もしなければ「単純承認」されますが、負債状況や他の相続人との関係で「限定承認」や「相続放棄」といった選択も可能です。被相続人の相続財産のうち負債が多い場合には、相続人自身の生活を守るためにも、すべての相続財産を相続しないという意思表示として相続放棄は有効です。ただし、一度申し立てが受理されると、撤回できない点や他の相続人に影響を与えるなどデメリットもあります。単独で家庭裁判所に申し立てることができ、手続きは比較的容易ですが、くれぐれも後悔のないよう慎重な判断をしたいものです。
相続放棄の概要をおさらい
民法では、「相続」は人が亡くなったことにより発生(開始)すると定められています(民法882条)。相続が発生すると、死亡届の提出といった一般的な手続きの他、亡くなられた方の相続財産を相続人へ引き継ぐための話し合いや手続きが必要です。
相続手続きの過程において、「すべての相続財産を引き継ぐ(単純承認)」が原則ですが、相続財産には、不動産や金融資産の他、負債も含まれるため、内容によっては、相続人のその後の生活に影響を与えかねません。
そのため、「プラスの資産の範囲内でマイナスの負債も引き継ぐ(限定承認)」「すべてを引き継がない(相続放棄)」という選択をすることも可能です。ただし、こうした意思表示は、相続の発生から3ヵ月以内に家庭裁判所に申述する必要があります。まずは、「相続放棄」についておさらいしておきましょう。
相続放棄とは?
相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)の相続財産について、相続する権利を放棄することです。つまり、相続財産をいっさい承継しないという意思表示を相続放棄によって行います。
放棄の対象となるのは被相続人のすべての相続財産であり、相続を放棄すると、プラスの資産とマイナスの負債、いずれも相続人が引き継ぐことはありません。被相続人が多額の借金を残していた場合などには相続放棄が有効です。
相続放棄は、相続発生から3ヵ月以内に家庭裁判所に必要な書類を提出することで認められます。相続放棄は単独ですることが可能です。
単純承認と限定承認との違い
相続が発生した場合の相続財産を引き継ぐ方法としては、すべての相続財産を受け継ぐ「単純承認」が原則です。すべての相続財産には、プラスの資産だけでなくマイナスの負債もすべて相続の対象です。
一方で、相続財産にプラスの資産とマイナスの負債が混在しており、負債が明確になっていない場合には、資産額に限定して負債を相続する「限定承認」という選択肢もあります。
例えば、相続財産のうち、預貯金が1,000万円あるものの、負債が800〜1,200万円程度と漠然としているようなケースを想定してみましょう。
負債額が確定した時点で800万円であった場合、単純承認および限定承認であれば、負債を完済した後に200万円について相続人のものとなりますが、相続放棄をしていた場合には受け取ることができません。
一方で、負債額が1,200万円で確定した場合には、単純承認の場合には相続人が200万円を捻出することになります。限定承認であれば、1,000万円を負債返済に充てることで完結するため負担はありません。
つまり、限定承認は、プラスの資産を超えない範囲に限りマイナスの負債を相続するという考え方です。
限定承認は、相続発生から3ヵ月以内に、「相続人全員」で家庭裁判所へ共同して申し出なければなりません。なお、相続放棄や限定承認の手続きを行わなければ、単純承認を選択したことになります。
相続放棄のメリット
では、具体的に、相続放棄にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
マイナスの相続財産を放棄できる
被相続人に借金がある場合、単純承認した場合には、承継した相続人が返済の義務を負うことになりますが、相続放棄すると、相続人の権利も義務も放棄するため、借金などの返済義務も放棄できるのです。
被相続人の相続財産のうち、プラスの資産とマイナスの負債を比較して、負債が多い場合には、相続放棄をすることで負担を回避することができます。
もし、被相続人の資産だけでは返済しきれないほどの負債を引き継いだ場合には、相続人の今後の生活に大きな影響を与える可能性がありますので、こうしたケースでは、相続放棄による負担回避を検討すべきでしょう。
相続争いに巻き込まれずにすむ
被相続人の相続財産には、その方の想いがあるものですが、全てを相続人が理解することは難しいです。相続人が複数である場合には、たとえ家族であってももめ事に発展するケースもあります。
こうした「争族」に巻き込まれたくない場合には、相続放棄も選択肢のひとつでしょう。遺産分割協議や遺産分割手続きなどの煩わしさからも解放されるでしょう。
相続放棄を行った方に子どもがいたとしても、その子ども(被相続人にとって孫)が代襲相続(相続放棄した方の代わりに相続財産を引き継ぐこと)することはありません。そのため、将来にわたっての相続トラブルを回避することも可能です。
なお、家庭裁判所は相続開始前の相続放棄を認めていないため、相続人が相続開始前に相続を放棄することはできません。相続人の間で「自分は相続しない」という意思表明をすることがありますが、実際に相続放棄を行う場合には手続きが必要です。
相続放棄をするデメリット
相続手続きにおいて、ご自身を守るための選択肢として相続放棄は有効な手段であるものの、デメリットについても知っておく必要があるでしょう。デメリットをふまえたうえで、選択肢として検討することをおすすめします。
すべての相続財産を相続放棄しなければならない
相続放棄は、被相続人が遺した相続財産すべてが相続できないことを意味します。被相続人の所有する家に居住していた場合、所有権を引き継ぐことができないため、場合によっては退去しなければならないこともあり得ます。軽はずみな相続放棄は避けるべきでしょう。
一度相続放棄すると撤回できない
相続放棄が認められると撤回することができず、後になって被相続人の資産が見つかったとしても継承することはできません。
家庭裁判所へ書類を提出すれば、認められる手続きですが、慎重に判断すべき手続きです。提出したものを受理される前に撤回する「取り下げ」、詐欺や強迫といった事由が認められれば受理後の「取り消し」ができる場合もありますが、あくまでも例外であり、かなり限定的といえるでしょう。
相続権が移る
誰が相続財産を相続する権利があるのか、相続人の順位について民法で決められています。配偶者は常に相続人となりますが、第1順位は「子」、第2順位は親などの「直系尊属」、第3順位は「兄弟姉妹」といった優先順位があり、順位の高い順に相続人となります。
例えば、多額の借金がある夫が亡くなり、遺された妻と子どもが相続放棄をした場合、相続権は第2順位の親に移ります。もし仮に、多額の借金があることを知らずに、親が単純承認をした場合、親が借金を抱えることになってしまいます。
そのようなことにならないよう、事前に調整しておきましょう。
生命保険金などに対して非課税が適用されない
原則として、生命保険金は受取人固有の財産と評価されるため、相続を放棄したとしても、保険金を受け取れます。ただし、相続放棄した方が受け取る場合には、非課税枠は適用されません。場合によって相続税を支払う必要があります。
生命保険金や死亡退職金には、その後の遺族の生活資金という目的があることから、それぞれ「500万円×法定相続人の数」で算出した金額に対しては課税しないという非課税枠があります。なお、この非課税枠は生命保険を受け取る相続人で按分されますが、相続放棄をした方には按分されません。
なお、非課税枠の計算式における「法定相続人の数」には、相続放棄した方の数も含まれます。法定相続人が兄弟2人のみであり、弟が相続放棄をした場合は、兄は「500万円×2人」で1,000万円までの非課税枠を利用することが可能です。
プラスの相続財産も相続放棄しなければならない
相続は、被相続人の負債も含めたすべての相続財産を引き継ぐことであり、負債が多い場合には、相続放棄をすることで自分自身の生活を守ることが可能です。ただし、資産と負債のバランスが不透明である場合には迷うことでしょう。
相続放棄をしたあとに、資産の方が上回っていることが判明した場合には、得られるはずであった資産も得られず、相続人にとっては不利となります。このような場合には相続放棄よりも限定承認を検討したいところです。
裁判所での相続放棄の手続きが必要
相続放棄をするためには、相続が発生してから3ヵ月以内に家庭裁判所で手続きをしなければなりません。
申述書を作成し、戸籍謄本など必要書類とともに家庭裁判所に提出(申し立て)します。ご自身で行う場合、印紙代や交通費なども確認しておきましょう。
いずれにしても、被相続人の遺した相続財産(資産と負債)について十分に把握する必要があります。
相続放棄できないケースもある!
相続放棄は、相続手続きの過程において選ぶことのできる手段ですが、相続放棄ができないケースもあります。具体的にどのようなときに、どのようなことが原因で相続放棄できないのかについても知っておきたいものです。
相続放棄可能な期日を過ぎた場合
相続が発生すると、自治体への死亡届の提出や葬儀など悲しむ間もなく、やらなければいけない手続きに追われることとなります。相続放棄など家庭裁判所への申し立てには、3ヵ月という期限が設けられており、期日を過ぎると相続放棄ができなくなるのです。
ただし、被相続人との関係性や相続権の有無、生活拠点の距離といった問題点の他、そもそも相続財産の把握が困難といったケースでは、「相続放棄のための申述期間伸長の申請」を行うことで期限の延長が可能な場合もあります。
あくまでも裁判所の判断によりますが、負債が資産を上回る状態であることを認識しつつ、仕事が忙しいことを理由に期限を過ぎてしまったというケースでは、熟慮期間の伸長が認められる可能性は低いでしょう。
単純承認が成立した場合
相続放棄の問題点として、相続放棄をするつもりでいても、期限である3ヵ月以内の期間中に、相続財産の処分や一部でも隠匿・消費などの行為をしてしまった場合には、単純承認と見なされますので注意が必要です。
(民法第921条) 法定単純承認
1項 相続人が相続財産の全部、または一部を処分した場合
3項 相続人が限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部または一部を隠匿、私的に消費した場合、または悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかった時
民法に定める上記のような場合には、単純承認が成立します。つまり、負債も含めた相続を認めることになるため相続放棄はできません。
相続放棄の基本的な流れ
相続放棄の概要やメリット・デメリットについてお伝えしてきましたが、ここでは、相続放棄の基本的な手続きの流れについて確認しておきましょう。
必要な書類を用意する
相続放棄するために必要な書類は、以下のとおりです。
- 相続放棄の申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人の戸籍謄本
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本
「相続放棄の申述書」のフォーマットは、裁判所のWEBサイトからも入手できます。
家庭裁判所へ申述する
相続放棄は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てを行いますが、その際収入印紙代(800円)が費用としてかかります。
相続放棄の申述が裁判所に受理されると、数日〜2週間程度で、裁判所は「照会書」を送付します。相続放棄をする場合は、この照会書に書かれている事項に回答し署名押印したうえで、裁判所へ返送します。照会書を返送後、特に問題がなければ「相続放棄申述受理通知書」が郵送され、この通知書の受け取りをもって、相続放棄の手続きは完了です。
「相続放棄申述受理証明書」は、相続放棄の申述が受理されたことを公的に証明する書面であり、相続放棄をしたことの証明となりますので、紛失などしないよう大切に保管しておきましょう。
ご自身での手続きが難しい場合にはプロに相談を
相続放棄の手続きはご自身でも可能です。申述書についても記載項目はそれほど多くないものの、定型のフォームに従って、申述の理由などを要領良く記載する必要があります。
場合によっては、追加で事情説明書など説明資料の提出を求められることもありますので、難しいと思う場合には、「セゾンの相続 相続手続きサポート」にご相談ください。専門家とともに、お客様のお悩みに最適なプランを知識や経験のある専門家とともにご提案いたします。まずはお気軽にご相談ください。
おわりに
相続が発生した場合、一連の手続きの過程において、相続人は被相続人の相続財産を引き継ぐのか、どう引き継ぐのか、引き継がないのかについて意思表示をする必要があります。それぞれ「単純承認」「限定承認」「相続放棄」といいますが、被相続人の相続財産のうち負債が多い場合などは、相続人自身の生活を守るためにも相続放棄という選択肢が有効です。
ただし、一度申し立てが受理されると、撤回できない点や他の相続人に影響を与える点などデメリットも。単独で家庭裁判所に申し立てることができ、比較的手続きは容易ですが、くれぐれも後悔のないよう慎重な判断を心がけましょう。