憧れのマイホーム購入。住宅ローンを組む際に悩むのが、「変動金利」「固定金利」のどちらの金利タイプを選ぶか、という点です。双方に善し悪しがありますが、昨今の経済情勢を踏まえると、結論、どちらのほうが有利なのでしょうか?長岡FP事務所代表の長岡理知氏が、「変動金利」を選んだAさんの事例をもとに解説します。
バブル期は8%超、現在は0.3%…長年低金利が続く日本
住宅購入を検討したことがある方なら、昨今の住宅ローンの金利の安さを目にしたことがあるでしょう。2023年3月現在、ネット銀行では「0.289%」という金利もあるほどです。1980年代のバブル期に都市銀行で8%を超えていたことを考えると、現在の金利の低さには驚きを隠せません。
これらは「変動金利」と呼ばれる仕組みで、この30年ほどずっと低水準のまま推移してきました。
住宅営業マンからは、「金利が安い今が買いどきですよ」と決断を促される場面も多いのではないでしょうか。例えば、4,000万円を35年返済で借りた場合、金利8%の時代の毎月の返済額は約280,000円でした。これに対して金利0.289%であれば毎月約100,000円と、約半分に抑えられます。
しかし、この変動金利は言葉のとおり、そもそも「変動」していく仕組みです。今後金利はどうなっていくのでしょうか。
「変動金利」が低水準を続けてきた背景
では、この30年ほどなぜ変動金利が低く抑えられていたのかについて簡単に振り返ってみましょう。
日本では、1994年に銀行が預金金利などを自由に決められる「金利自由化」が完了しました。ただし、自由化とはいっても、日本銀行のオペレーションによって方向性を誘導されているのが実情です。
1999年からはいわゆる「ゼロ金利政策」、2013年からは「量的・質的金融緩和」政策によって景気対策が打たれています。その結果、住宅ローンの変動金利を決める指標となる「短期プライムレート」が2009年から変動しなくなりました。変動するはずの変動金利がこの十数年間変動しないのは、このように国の金融緩和政策の影響を受けているためです。
加えて、ただでさえ低く抑えられている変動金利に、各銀行が競ってさらに金利を安くする「優遇金利」を提供するようになりました。都市銀行や地方銀行のみならずネット専業銀行の参入も相次ぎ、結果的に金利は現在の異次元の低さまで到達しました。
しかし、2022年12月に日本銀行の方針転換により、10年国債金利が急上昇する事態が起きました。これによって、今後住宅ローンのうち「長期固定金利(代表例:『フラット35』」と呼ばれるタイプの金利が上昇していくのは必至です。
変動金利に直接影響のある「短期金利」が上昇につながる政策はまだ打ち出されていませんが、大手シンクタンクでは2028年ころから少しずつ上昇するのではと推測されています。
「絶対に変動金利!」の勧めを信じ“まさか”の事態に
もしも変動金利が上がったらどうなるのか、ある家庭を例にとってシミュレーションしてみましょう。
【A一家の基本情報】
- Aさん……36歳/会社員/年収650万円
- A妻……34歳/契約社員/年収350万円
- 娘……高校生/医学部進学を目指す
- ローン借入額……5,500万円
- ローン金利……変動金利で0.5%
- 毎月の返済額……142,771円
Aさんは大手住宅メーカーでマイホーム購入を決断。住宅ローンについて検討しているときに、ファイナンシャルプランナー(以下、FP)を紹介されました。
そのFPは、「住宅ローンを組むなら、絶対に変動金利です。日本経済は低金利から抜け出すのに何十年もかかります」と断言します。Aさんはその勢いに押され、変動金利で借り入れをすることにしました。金利は0.5%で、毎月の返済額は142,771円。A一家にとって「ギリギリ支払える額」という感覚でした。
しかし5年後、変動金利は1.0%に上昇。返済額は153,485円に増加しました。「10,000円くらいなら」とAさんは支払いを続けましたが、そのさらに5年後には金利が2.0%まで上昇。返済額は172,618円になりました。わずか10年で、当初より30,000円も返済額がアップしてしまったのです。
こうなると、「一部繰り上げ返済」で元金を減らすのがリスク回避の鉄則です。しかし、Aさんには繰り上げ返済にすぐに使える現金が手元にありませんでした。資産の多くが投資信託と保険でしたが、娘が医学部進学を目指しているため、学費用の投資信託を解約するわけにいきません。
FPのすすめを信じて、現金での貯蓄はごくわずか。「現金は生活費3ヵ月分を残し、残りは投資(投資信託と変額保険)に回すべき」という指南を受け、それを実行していたのです。
変額保険は、解約すると手元に戻るお金は払込保険料の累計額を下回ります。さらには、新型コロナウイルス流行の影響で勤務先の業績が低迷しており、年収が予想どおりに上がっていない状況にありました。
これ以上の金利上昇を受け入れることはできないため、Aさんは固定金利の「フラット35」に借り換えを検討し始めました。しかしAさんは、2年前に初期の大腸がんで手術をしたことがあります。団体信用生命保険に加入できないことがわかり、借り換えは不可能に。
Aさんの家計は、身動きが取れずカツカツの状態です。変動金利の緩やかな上昇とともに、A一家は「家計破綻」へと突き進んでいくのでした……。
注意すべき「変動金利」のリスク
上記はあくまでも架空の話ですが、今後変動金利が上昇し続ければ、多くの家庭が破綻へと向かっていくことになります。変動金利でローンを組む際は、まさにその「金利が変動する」リスクに注意しなければいけません。
変動金利においては、返済額の急激な上昇を抑えるために「5年ルール」と「125%ルール」が規定されています。
- 金利が上昇しても返済額は5年間変わらない
- 返済額の上昇幅は従前の125%まで
Aさんのケースでも、金利上昇率は従前の125%に収まっていますが、ギリギリの家計であれば125%以下でも耐えられなくなります。この規定があっても、決して安全というわけではないということです。
「金利が上昇したら固定金利に借り換えればいい」と指南する住宅営業マンも多いのですが、これを前提とするのは無理があります。年齢が1歳上がるごとに審査は厳しくなり、もしも大きな病気を経験していればもう借り換えは不可能と思っていいでしょう。
“安く・手軽”なイメージの「ネット銀行」にも要注意
また、金利や手数料の低さから、ネット銀行の変動金利の住宅ローンを検討する方も多くいらっしゃいますが、ここにもリスクが存在します。
- 「つなぎ融資※」に対応していない
- 事務手数料が「元金×2.2%」と高額である
- 担保価値が低い物件では断られやすい
- アフターケアが不安
※つなぎ融資:住宅を建築する過程で必要な資金や中古住宅購入後にリフォームする過程で必要な資金などへの支払いに利用する融資のこと
「つなぎ融資がない」ということは、注文住宅を買いたい方は利用できないということです。利用できるのは、マンションか建売住宅を検討する方に限られるでしょう。また、ネット銀行の審査は物件の「担保価値」を重視する傾向にあるため、地方のへんぴな立地では断られる可能性が高いといえます。
さらに、ネット銀行はアフターケアが乏しいため、大きな災害が起きたときなど万が一の場合に対応してもらえるかどうか不安があります。東日本大震災の際、債務の減免や猶予の対応をすぐに行ったメガバンクや地方銀行がありましたが、このような迅速なアフターケアをネット銀行には期待しづらいのが現実です。
こういった変動金利のリスクを回避するためには、固定金利の住宅ローン「フラット35」が選択肢のひとつとなります。
物価高にも負けない…「フラット35」の隠れたメリット
「フラット35」は、借り入れ当初から全期間にわたって固定金利の住宅ローンです。金利が固定されているということは、毎月の返済額が完済時まで変わりません。これは、家計を管理するうえで大きなメリットです。
昨今は著しい物価高に見舞われ、電気料金が月100,000円を超えた家庭もあります。このように、社会情勢に変化があっても住宅ローンの返済額に変化がないというのは、強い安心感があります。
フラット35と聞くと、「金利が高い」とイメージする方も多いでしょう。たしかに、変動金利と比べるとフラット35の金利は高めに設定されています。そのため、「金利が低いから変動金利がいい!」と安易に考えてしまいがちですが、実は目先の比較では気づかないフラット35のメリットがあるのです。
それは、建物の「要件」の部分です。2023年4月から制度が改定され、フラット35を利用できる建物の要件が厳しくなります。これまで「断熱等性能等級2相当以上」とされていたものが、「断熱等性能等級4以上」になるのです。したがって、性能が低い建物では、フラット35を利用することができません。
これはつまり、「フラット35を利用できる家=断熱性能が高く光熱費が低く抑えられ、長寿命で建て替えの不安がない」という意味になります。フラット35を利用して住宅ローンを組めば、単純な金利の比較だけでは見えてこない「ランニングコスト」が低く抑えられるでしょう。さらに、「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」の場合は金利の引き下げもあります。
フラット35のデメリットとしてよく語られる「金利の高さ」ですが、このように金利変動のリスクやランニングコストを含めて「変動金利」と「固定金利」を比較してみると、固定金利型のフラット35が不利とは決していい切れません。
住宅購入時、複数の住宅メーカーを比較する際には、その家の性能だけでなく「ランニングコスト」を重視してみてはいかがでしょうか。