2年前に夫に先立たれ、マンションに1人で暮らす71歳のAさん。悲しみは癒えませんが、貯蓄も十分あり、老後の暮らしには申し分ないはずでした。しかし、ある日自宅に届いた「電気使用量のお知らせ」に唖然としてしまいます……。
FP Office株式会社の渥美功介FPが、Aさんの事例をもとに、物価上昇を考慮した老後資金の準備方法について解説します。
夫に先立たれ、ようやくひと段落の矢先…
埼玉県に住むAさんは、71歳で年金暮らし。年金以外の収入はありませんが、居住用のマンションを所有しています。2年前に夫を亡くしており、住宅ローンはありません。そのため、贅沢ではないものの、自分なりにゆとりのある生活を送っていました。
夫に先立たれてからは1人暮らしとなったため寂しさはありますが、ようやく自分の時間を楽しめるようになってきました。そんな矢先、自宅に届いた光熱費の請求書を見て、ふと不安がよぎったのでした。
手にとった「電気使用量のお知らせ」に唖然
Aさんが手にとったのは、電気使用量のお知らせです。そこに記載している請求予定金額を見て、衝撃を受けました。これまでは月5,000円程度だった電気代が、1万円を超えていたのです。
Aさんは、ガス代と合わせて1万円程度が光熱費と考えていたので、電気代だけで1万円を超えるとは思ってもみませんでした。たしかに連日、テレビで物価高騰のニュースを目にしてはいましたが、まさか自分にこんな影響が出るとは……。
実際、Aさんの年金収入は、月額で15万9,000円ほどあります。大手企業の会社員として働いていたため、年金収入自体は、日本の平均額である14万3,965円※に比べると高い水準です。
※ 厚生労働省「令和3年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」より
しかし、趣味である旅行の頻度も増えていた手前、これほどまでの光熱費の高騰は、不安が募ります。
光熱費が上がると、「老後2,000万円」あっても“足りない”?
現状のAさんの家計の収支は、[図表1]の通りです。
出所:筆者作成(単位:円)
Aさんはこれまで、毎月の収支に関しては、月2~3万円程度の取り崩しであれば問題ないだろうと高を括っていました。なぜならAさんの手元には、夫の死亡保険金の500万円と、退職金の残りの900万円、さらに自身で貯めてきた500万円の計1,900万円があったからです。
ニュースでも「老後2,000万円問題」といわれていましたから、今の資産から考えても自分自身はある程度大丈夫だろうと考えていました。
確かに、現状の貯蓄を考慮すると老後長生きした場合でも収支上は問題ないかもしれません。ただし、実際には、物価上昇や家電の買い替え、税金・社会保険料を考慮する必要があります。光熱費高騰前の家計の収支を試算してみると、90歳時点で資産残高は約417万円となります。(図表2)
※物価上昇1%、家電買い替え40万円(8年に1回)、税金・社会保険料20万円として試算
出所:筆者作成(単位:円)
しかしながら、光熱費が高騰すると、[図表3]のように毎月の収支が大きくマイナス(34,600円)となります。
出所:筆者作成(単位:円)
上記図表だけをみると貯蓄があることを考えると、やはり一見大きな問題はなくみえます。
前述した条件同様に、光熱費高騰後の収支を試算したところ、90歳時点で資産残高は約285万円に減少し、その差は実に132万円にのぼります。(図表4)
※物価上昇1%、家電買い替え40万円(8年に1回)、税金・社会保険料20万円として試算
出所:筆者作成(単位:円)
さらに、日銀が目指す物価の上昇率は2%といわれていますので、仮に物価上昇を2%で収支を試算すると、89歳時点で資産が枯渇してしまうことがわかりました。(図表5)
つまりAさんは、今後もさらなる物価上昇が続いたり、病気やケガで急な資金が必要になったりした場合、より早期に家計が破綻してしまう可能性があるのです。
※物価上昇2%、家電買い替え40万円(8年に1回)、税金・社会保険料20万円として試算
出所:筆者作成(単位:円)
今あるお金を長持ちさせたい…考えられる2つの対策
光熱費の高騰をきっかけに焦ったAさんは不安な日々を過ごし、「いまあるお金をなんとか長持ちさせたい」と考えました。夫が懇意にしていた証券会社の担当者からは、投資に関する案内を定期的にもらっていたものの、投資経験がなく、抵抗があったAさんは、手をつけられずにいました。
そこで、藁をもつかむ思いで、生命保険の担当者に連絡します。すると、担当者から定期預金よりも利回りの高い貯蓄保険商品を勧められました。早速加入手続きを行いましたが、1年前に患った病気の影響もあり、加入見送りの連絡を受けてしまいました。
Aさんは肩を落とし、なにか方法はかないかと銀行に行った際、目に入ったのが「リバースモーゲージ」のチラシでした。「リバースモーゲージ」という単語は、テレビのコマーシャルで何度か聞いたことがありましたが、はたして自分にとって有効なものなのでしょうか。疑問を持ちながらも、Aさんは説明を受けてみることにしました。
リバースモーゲージ
「リバースモーゲージ」とは、自宅に住み続けながら、その自宅を担保に融資を受けることができるサービスです。説明を聞いたAさんは、「老後に備える資金源として有効ではないか」と思いました。
返済については、元本部分は契約者の死亡後・または契約期間終了後に、担保不動産の売却代金で返済ができ、存命中は利息のみを毎月返済していく仕組みのため、家計への負担も少ないと考え、さっそく検討を始めました。
しかし、自分の死後を考えた際、不動産の売却代金を使ってお金を返済することや、状況によっては相続人である娘の預貯金で一括返済となることを知り、煩わしさを感じてしまいました。娘は一人娘であり、神奈川に住んでいるため、そもそも売却するとなると、それだけで迷惑がかかってしまうかもしれません。
また、リバースモーゲージは、使途が制限されることがある(老人ホームの入居やリフォーム等)、マンションの場合は利用できない場合もあると知り、銀行から仮審査を進められるも、決めきれずにいました。
リースバック
Aさんが最終的にたどり着いたのは、「リースバック」という方法でした。Aさんと同じように夫を亡くした旧友がリースバックで自宅を売却したと聞き、話を聞いてみたのです。
「リースバック」とは、自宅を売却して現金化し、売却後も賃料を支払うことで、自宅に住み続けることができるという商品です。住み慣れた自宅で生活しながら、まとまった資金を調達することができる仕組みになっています。
Aさんは、自宅の売却を考えたこともありましたが、自分の死後に自宅を売却する必要がなく、相続の際に娘の手間にならないのであれば、リースバックが最も自分に合った方法なのではないかと考えました。
ただし、リースバックの場合、売却価格が通常の売却より低くなることが多いと聞いたため、まずは見積もりをとってみることにしました。
出所:筆者作成
売価は、相場価格の7割程度という見積もり結果でしたが、大きな資金を即座に手にすることができるという納得感はあります。
一方で、リースバックを利用して売却した自宅に住み続けるためには、賃料が発生します。Aさんは住宅ローンを完済していたため、家賃の負担が新たに発生することに懸念はあるものの、2万3,500円のマンション管理・修繕費や、固定資産税といった税金は支払う必要がなくなります。
リースバック利用前の試算では89歳で資産が枯渇していましたが、実際、リースバック利用後の賃料を考慮して、前述した条件と同様に収支を試算した場合、仮に物価上昇が2%の場合でも、94歳まで資産は枯渇せずに暮らすことが可能となることがわかりました。
※物価上昇2%、家電買い替え40万円(8年に1回)、税金・社会保険料20万円として試算
出所:筆者作成(単位:円)
Aさんが何よりも安心したのは、いまの預貯金にプラスして大きな資金を得ることができた点です。これにより、病気やケガといった緊急を要する資金が必要になった場合でも、手元の資金で準備ができます。また、今後も物価上昇が続いた場合でも、90歳を超えても手元資金が残っているという安心感から、最終的にメリット・デメリット双方を考慮したうえで、思い切ってリースバックの手続きを進めることにしました。
リースバックを選択したAさんの未来は…
光熱費の高騰をきっかけに、日々不安を抱えていたAさん。最終的にリースバックという選択をし、手元にも大きな資産をもちながら、以前よりもさらに気持ちに余裕をもって過ごすことができるようになりました。
気持ちの余裕ができたことで、いっそう健康にも気を使うようになったほか、お金についても興味が湧き、遠ざけていた投資の勉強も始めたそうです。
こうして、以前にも増して充実した生活を送り始めたAさん。ただし大きな資金を得ると、財布の紐が緩み、家計が破綻してしまうというケースもあります。大きな資産を手にしたからこそ、資産の守り方や、家計の収支を改めて考えることが重要です。
また、リースバックを選択する際は、リバースモーゲージとの違いや、仕組みを理解して選択することが欠かせません。検討の際には、まずはファイナンシャルプランナーをはじめとした専門家への相談を推奨します。