ニュースや経済新聞などでよく目にする「マネタリーベース」や「マネーストック」という言葉ですが、みなさんはこの2つの違いや意味をちゃんと理解できているでしょうか?「マネタリーベース」と「マネーストック」とは、結論からいうと『世の中に出回っているお金』のことを指します。
今回のコラムでは、景気・物価動向や先行きを判断する重要な指標のひとつである「マネタリーベース」と「マネーストック」の違いや関係性について解説していきます。
1.「マネタリーベース」とは?
「マネタリーベース」とは、『日銀が民間銀行を含む、世の中全体に流しているお金の量』のことを指します。具体的には、世の中に出回っているお金である流通現金(「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」)と「日銀当座預金」を合計したものになります。
※日本銀行当座預金とは、日本銀行が取引先の金融機関等から受け入れている当座預金のことです。
2.「マネーストック」とは?
「マネーストック(旧:マネーサプライ)」とは、『金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量』のことを指し、簡単にいうと『民間銀行から世の中に出回っているお金』のことです。
※マネーストックは2008年まで『マネーサプライ』と呼ばれていましたが、マネーストックに変更されました。その際に通貨の保有・発行主体や金融商品の対象が見直され、主な変更点として、通貨保有主体の対象範囲から、証券会社・短資会社や非居住者が除外されています。
※参照元:日本銀行HP見直し・訂正等のお知らせ 2008年/マネーストック統計のFAQ
具体的には金融機関と政府を除いた経済主体(個人、企業、地方公共団体)が保有する通貨の総量で、景気や物価の動向・先行きを判断するための指標のひとつです。
マネーストックは、通貨の範囲や金融機関の範囲によって、分類されたM1、M2、M3、広義流動性の4つの指標があります。
2-1. M1(エムワン)
【M1=現金(日本銀行券発行高+貨幣流通高)+預金(要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備)-調査対象金融機関保有小切手・手形)】
M1は、1番狭い範囲の通貨量を表しています。現金は日本銀行が発行したお金とその流通高のことを指し、預金は私たちが銀行に預けているお金のことを指しています。
2-2. M2(エムツー)
【M2=M1+準通貨+譲渡性預金(CD)(発行元が国内銀行)】
M2とはM1と準通貨の合計のことで、準通貨とは定期預金・据置貯金・定期積金などの現金化しやすい金融資産のことを指します。また、譲渡性預金(CD)とは、金融市場で自由に譲渡できる定期預金のことです。一般の定期預金のように譲渡禁止の特約がありません。
2-3. M3(エムスリー)
【M3=M1+準通貨+譲渡性預金(CD)(全預金取り扱い機関)】
M2とM3の違いは「M2」が預金通貨、準通貨、CDの発行者が国内銀行等に限定されているのに対して、「M3」は全預金取扱機関(海外も含める)が集計対象になっていることです。
2-4. 広義流動性
【M3+流動性を有する資産】
「流動性を有する資産」とは、投資信託、銀行発行普通社債、国債、外国債券、金銭信託、金融債、金融機関発行CP(コマーシャルペーパー)のことを指します。
3.マネタリーベースとマネーストックの違い
「マネタリーベース」と「マネーストック」をまとめると、マネタリーベースは日銀が民間銀行を含む、世の中全体に流しているお金の量に対して、マネーストックは民間銀行が世の中全体に流しているお金の量でした。
この2つの大きな違いは、『どの銀行がどこにお金を流しているのか』というところにあります。
一方でこの2つの統計には関係性があり、以下のように表すことができます。
マネタリーベースが世の中に存在する通貨の合計、マネーストックは世の中に流通する通貨の合計となり、日銀が発行した通貨が実際にどのくらい世の中に流れているかを示す指標となります。
関係性としては、マネタリーベースはマネーストック統計の一部であるということです。
3-1. マネタリーベースが増えればマネーストックも増える?
日本銀行が「マネタリーベース」を増やせば、民間銀行がそれに応じて融資を増やし「マネーストック」が拡大することで社会が好景気になる。というように一般的には解釈されていますが、実際にはそう上手くいっているとは言い切れません。
マネーストックのマネタリーベースに対する比率を「信用乗数(貨幣乗数)」といい、以下のような計算式で表すことができます。
この公式を踏まえて、「マネタリーベースが増えれば、その信用乗数倍マネーストックが増える」という考え方がありました。
しかし、実際は下記のグラフの通り「マネタリーベースだけが急増し、マネーストックは緩やかな伸びにとどまり、信用乗数が右肩下がりになる」という現象が起きています。
(2008年から2023年までの3月を基準に作成)
出典:日本銀行
https://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/index.htm
https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/mb/index.htm
これは、日本銀行がマネタリーベースを増やしても、「日銀当座預金(民間銀行が日銀に預けているお金)」が増えるばかりで、社会に出回っていないことを表しています。
4.マネタリーベースと物価、金融政策の関係
前述したように「マネタリーベース=世の中の通貨の合計」です。日本銀行は、貨幣供給量の調節や金利の上げ下げによって、景気や物価を安定させる役割を持っているため、マネタリーベースと物価・金融政策の関係についても知っておく必要があります。
4-1. マネタリーベースと物価
マネタリーベースの拡大は物価を上昇させるため、景気を拡大させます。物価が上昇してインフレを起こすことで、国内の雇用や消費を回復させるためです。
【世の中の物価はモノとお金の量のバランスで決まる】というのは資本主義経済の原則となります。
例えば、世の中にサービスやモノが溢れているのに対しお金の量が少ない場合、お金の希少性が高くなるため「サービスやモノの価値<お金の価値」となりデフレーションという状態になります。
デフレーションにより世の中の消費が低下することでさらに物価が下がってしまい、経済が停滞します。デフレーションから脱却するには、世の中のサービスやモノよりもお金の量を増やして「サービスやモノの価値>お金の価値」という状態にし、お金の価値を下げる必要があります。
そのためには金融緩和によって、インフレーションを起こさなければいけません。インフレーションは基本的に消費を活性化させ、経済に好循環を与えます。ただし、供給力の低下や、過度な通貨発行によって起こるハイパーインフレーションには警戒する必要があります。
※インフレやデフレについては詳しく解説しているこちらのコラムをぜひ合わせてご覧ください。
「マネタリーベース=世の中の通貨の合計」ですから、中央銀行は国内の生産量に合わせてマネタリーベースを適切に拡大し、経済を好循環させる役割を持ちます。
4-2. マネタリーベースと金融政策
日本銀行や中央銀行がマネタリーベースの量をコントロールすることで景気を調整することを『金融政策』といいます。マネタリーベースは、金融政策によって調整されることで景気に大きな影響を及ぼします。
景気を良くしたい時にはマネタリーベースの拡大を行い、反対に景気を冷ましたい時にはマネタリーベースの縮小を行います。マネタリーベースの拡大を「金融緩和」、マネタリーベースの縮小を「金融引き締め」といいます。
マネタリーベースを操作する具体的な方法として「公開市場操作(オペレーション)」と呼ばれる手法が使用されます。がマネタリーベースを拡大する時には『買いオペレーション』によって市場の金融資産を購入し、縮小する時には『売りオペレーション』によって金融資産を売却します。
『買いオペレーション』は、おもに日本銀行が民間銀行から日本国債を購入し、日銀当座預金に資金を供給していくことで実施されます。民間銀行はその対価として日本銀行からお金を受け取ります。
このように、民間の日銀当座預金の金額が増えたり、株式が購入されることで世の中全体のお金の量(マネタリーベース)が増えるという仕組みです。
4-3. マネタリーベース拡大のメリット・デメリット
マネタリーベースの拡大、「金融緩和」には主に以下のメリットが挙げられます。
■マネタリーベース拡大のメリット
1)借り入れがしやすくなる
金融緩和政策が行われると、長期固定金利などのレートが下がるため、借入にかかる金利が小さくなります。金利が低くなることで、企業が借入をしやすくなり、設備投資や新たな事業へお金を使うことできるため、市場での消費が活性化されます。
2)輸出が増える
金融緩和により金利が大きく下がるため、他国の貨幣に比べ円安となります。そのため、円をドルなどの金利が高い通貨に変える人が増えるため、ドルの需要が高まりドル高円安が進みます。
円安になることで、海外からは日本の商品が安い状況になり、日本の輸出品が伸びるというメリットがあります。
3)景気の回復
金融緩和により金利が低くなると、お金を借りる人が増えるため、市場に出回るお金が増えます。そのため消費が拡大するにつれ結果として景気が回復する傾向があります。
しかし、金融緩和は景気の回復を図るために有効な政策となりますが、リスクも存在します。
■マネタリーベース拡大のデメリット
量的金融緩和は、物価上昇率が目標に達するまで続けますが、終了のタイミングを見極めるのが困難だといわれています。終了するタイミングが遅すぎると効果が見込めなかったり、想定以上のインフレが発生する可能性があります。
また、金融緩和政策では、民間銀行による金利を下げて、設備や事業に投資したい企業や住宅ローンを組みたい個人へお金を貸しやすくしますが、金利が0に近くになるということは、民間銀行の利益が減るということでもあるため、銀行の経営状況を悪化させる要因にもなることがあるのです。
5.マネタリーベースとマネーストックの景気との関係
3章や4章でも前途している通り、マネタリーベースとマネーストックと景気の関係では、結論、マネーストックが増えると物価が上昇して景気が上向きます。
通貨の流通量(マネーストック)が増えれば、企業利益は上がり、賃金が増え、消費が拡大するため、政府と日本銀行はマネーストックを増やすために、金融政策を実施します。
しかし、ただマネタリーベースを増やしたところで民間銀行が貸し出しを増やさなければ、マネーストックはすぐには増えません。一般的にマネタリーベースの拡大がマネーストックの拡大に向かうにはタイムラグがあり、マネーストックはゆっくりと増えます。
マネタリーベースの拡大によるマネーストックの拡大にすばやくつなげるためには、たとえば近年導入された「マイナス金利政策」などのような補完的な金融財政政策が必要になるのです。
※【マイナス金利政策】とは…
マイナス金利政策は、日銀当座預金の一部にマイナスの金利をつけることで、銀行が民間への貸し出しを増やす催促を狙った政策です。民間の銀行が日銀当座預金にお金を預けているお金の一部にマイナスの金利をつけることで、銀行がお金を貸し出しに回さないと損をする環境を作ったものとなります。
6.株価との関係とは
資産を守るため、将来への投資や積み立てを考えていく上で、マネタリーベースやマネーストックの変化は大きな判断材料となります。
マネーストックの伸びは、物価のみならず資産価格も上昇させます。インフレで日本円の価値が下がることで、現金だけで持っていると損をしてしまう可能性があります。そのため、世の中の投資家たちはインフレで損をしないために、現金を株式や不動産、外貨に変えるなどして別の資産での運用にシフトするのです。
日本銀行がマネタリーベースを拡大したり、日本政府が財政支出を拡大するなどして、マネーストックを増やす経済政策の動向を見れば大きな株価や不動産の先行が見えてきます。
金融資産のなかでも株価は先行指標と呼ばれて、投資家の予想をすぐに織り込む傾向があるため、日銀政策決定会合の結果や国会予算の成立のニュースは押さえておいたほうがいいでしょう。
資産運用には、政府と日本銀行が実施している金融財政政策を確認しておくことで、リスクを大きく低減することができます。
おわりに
いかがでしたでしょうか?今回のコラムはマネタリーベースとマネーストックについてご紹介しました。
このコラムをきっかけにお金の流れの基礎を知るきっかけになれば幸いです。
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