ゲスト:中尾ミエさん 聞き手:依田邦代 撮影:junko ヘア&メイク(中尾さん):杉村 修
今年6月に喜寿を迎え、ますます活躍中の中尾ミエさん。20年以上前、50代で白髪を染めないと決めたグレイヘアのパイオニア的存在でもあります。
周りから何と言われようと自分の気持ちに正直に生きる強さは健在で人生の持ち時間が長くなった今の時代をどう生きていけばいいか、私達に指針を示してくれる存在です。勇気を与えてくれる、数々の言葉をいただきました。
中尾ミエ(なかお みえ) 歌手・俳優・タレント
1946年、福岡県生まれ。1962年、デビュー曲『可愛いベイビー』が大ヒット。伊東ゆかり、園まりとともに「スパーク3人娘」を結成し、一躍トップスターに。豊かな表現力と話術で数々のドラマ、映画、舞台やバラエティー番組で活躍。
介護をテーマとした舞台『ヘルパーズ!』(2008年~)、『ザ・デイサービス・ショウ』(2015年~)の企画・プロデュース・主演を務め、2019年、22年には日本版ブロードウェイミュージカル『ピピン』に出演。
2019年、73歳で鍛え上げた肉体を週刊誌のグラビアで披露。近著『76歳。今日も良日』(アスコム)がベストセラーに。TOKYO MX『5時に夢中!』の金曜コメンテーターとしてレギュラー出演中。
2023年6月、東京・丸の内のコットンクラブで、芸能界デビュー60周年と自身の喜寿を祝うバースデーライブを開催。70代の挑戦はとどまるところを知らない。
「健康」の秘訣は意外にシンプル
—ドレス、素敵です!二の腕の筋肉もカッコいいです。
この服、昔のなのよ。
—そうなんですか?昔の服が着られるということは体形が変わっていないということですね。
そうそう。だから洋服屋さんが嘆くの。もう充分に元取って、おつりまで来てるんじゃない?って(笑)。
でもね、今日も悩んだんですよ。「肌出しても大丈夫? みっともなくない?」って。二の腕の「振袖」をなんとかする努力はしてますけど…。まわりの人が不快じゃなければ出しちゃいます。
先日、俳句の会でこんな句を詠んだの。「二の腕のシワを眺めし夕涼み」(笑)。
—体形も維持されていますし、70代でますますご活躍されてますよね。秘訣はありますか?
月並みですけど「健康」ですね。健康だからいろいろできるし、若い人とも付き合える。何かやろうという意欲や気力も健康だから湧いてくる。とにかく「健康」に尽きます。
—健康を維持するために心がけていることは?
規則正しく早寝早起きして、ちゃんと3食食べて、運動するっていう、当たり前のことをやっているだけです。
—2019年と2022年、日本版ブロードウェイミュージカル「ピピン」では、逆さ吊りで歌を歌うという、アクロバティックな演技を披露されました。そのために相当ハードなトレーニングをなさったとか。
今もとりあえずトレーニングは続けています。やめようかとも思ったんだけど、結局、自分の健康のためになるので、週2回、ジムでパーソナルトレーナーについてもらっています。
それに加えて、毎朝、犬の散歩コースの公園で懸垂とかをしていたら、同じ公園でラジオ体操をしていたご近所の方たちが一緒にやりたいと集まってきて、やめるにやめられなくなってしまって。
—通称「ミエ道場」ですね。
そうです。80歳過ぎの人もいるんですよ。はじめ鉄棒にぶら下がることもできなかった人が、私がぶら下がって足を上げているのを見て、毎日真似するうちに、休み休みでも30回できるようになったり。皆、それぞれ成長しています。
—いくつになっても変われるんですね。
できる範囲のことでいいから、毎日やるって大事。まさに継続は力です。
—わかっていても、続けるのはなかなかむずかしくて…。
ひとりじゃできない。私もみんなが6時45分に迎えに来るから行きますけど。
—仲間がいることが継続の秘訣なんですね。
そうそう。ひとり暮らしの方もいて、一日中誰ともしゃべらないことがあるそうなんです。だから朝、皆としゃべるのが一日の元気の源になるとおっしゃる。
膝を手術した人もいらして、出かけることがリハビリになるから、「皆いるから出かけていらっしゃい」って言うの。
—皆に会えると思うと、モチベーションが上がりますね。
あとね、私、結構、ヴィヴィッドな格好で行くんですよ。そうすると、みんなも古い服を引っ張り出し着て来たりするわけ。80歳過ぎの人が赤いTシャツを着たり。
「いいじゃない、かわいい!」と言うと「そーぉ?30年も前のものなんだけど。もっと派手なのもあるのよ」って。「絶対着た方がいいよ」と言っていたら、みんなどんどん大胆になって、負けそうです。いくつになってもおしゃれするって楽しいじゃない。街に行くわけじゃなくて、公園で体操するんだから、少々派手でも抵抗ないし。
—「朝活」、楽しそうですね!
継続のカギは「仲間」と「目標」
—今年6月にミエさんの喜寿とデビュー60年のお祝いの記念ライブをされたんですよね。東京・丸の内のコットンクラブで。
公園の仲間たちも来てくれたんです。何日も前から「何着て行こうか」ってウキウキして。その姿を見て、みんな出かけたいんだなってわかった。だから「今度は映画の舞台挨拶をするから来ない?」とか、なるべく声をかけています。
—「われらがミエさん」を応援する、ご近所ファンクラブ。「推し活」は生きがいになりますね!
元気だったら出てきてほしい。生活に張りが出ますから。
—水泳は50歳で始められたんですよね?
泳げなかった私が1年でアマチュア女性対象の「ウーマンズ・マスターズ水泳競技大会」に出場しました。目標があると頑張れるタイプなので、無理やりにでも目標を作って猛練習するんです。その後のイタリアやオーストラリアで開催された世界大会では、銀メダルを取ったんですよ。
—仲間や目標をつくることが「ミエ流・継続のコツ」なんですね!お食事はどんな工夫を?
朝は365日ほとんど同じメニュー。ミューズリーにナッツ類やビタミンCやプロテインをミックスしたものと、小松菜・にんじん・トマト・バナナ・パイナップルのスムージーにミドリムシの栄養素が摂れるユーグレナを加えて。それに豆乳、ゆで卵、シナモンティー。決まったメニューだと考えなくていいからラクよ。
あと、サラダはおなかいっぱい食べますね。お豆腐とか、お肉とかスクランブルエッグとかいろんなものを乗せて。オリーブオイルとバルサミコ酢やレモンをかけて、お塩はあまり使わずに。それで充分。
年2回受けている健康診断で何も言われないから、今のところ、これで大丈夫みたい。
—睡眠はどうですか?
夜10時には寝るようにしています。寝つきはいいんですけど、4時過ぎくらいに目が覚めてしまうので、昼寝できるときは15~20分ぐらいします。その方が、あとの効率が全然いいんです。
昔の「70代」イメージにとらわれない
—ミエさんはグレイヘアの草分け的存在。ずいぶん前から染めるのをやめていらっしゃいますね。
そうね、50歳を過ぎた頃からだから20年前くらいに。
—客観的に自分を見て、肌などが加齢していくのに髪だけ黒々していたら不自然だと思ってやめたと聞きましたが。
それよりもね、面倒くさいのよ。テレビって細かいところまで写るでしょ。1ミリでも白髪が伸びていると目立つから、染めないといけない。だんだん隠してごまかしている自分がイヤになったのね。どっちみちそっちにしか進んでいないんだから、もう出しちゃえ!と。
—躊躇はなかったんですか?
ないです。周りの反対はありましたけどね。「まだ早いんじゃない」とか。でも、それが自分だから。自然のままでいるのが一番ラクでしょ。変に繕わなくてもいいし、頑張らなくてもいいし。まだ後ろの方が黒いから、美容院では逆にそこの色を抜いて白くしているんです。
—20年前はグレイヘアという言葉もないですし、勇気が必要だったのではと思います。仕事が減るんじゃないかという心配はありませんでしたか?
仕事が減るもなにも、若い役は若い人がやるから、競っても意味ない。逆に私たちじゃなきゃできない仕事をすればいいわけだから。
—「白髪枠」?
そうそう。そういう仕事増えてきましたよ。一昔前だったら、「おばあちゃん、うちでゆっくりしていてください」と言われる歳だけど、今は必要がられて忙しい。私も「おばあさん役は一手に引き受けます」という心意気でいます。この歳でなきゃできないことがあるので。
—おばあさん役といっても、ドラマ『三千円の使い方』では70代で仕事を始めるアクティブなおばあさん。ミュージカル『ピピン』では主人公の祖母役だけれども、空中ブランコのアクロバティックなシーンがある。今までのおばあさん像とはかなり違いますね。
『ピピン』は世界中で上演されていますが、あの役では私が最年長だったようです。
—『ピピン』で歌った「No Time At All」の「さあ、好きなこと始めよう。ぐずぐずしてる暇ないから。春はすぐ秋になってしまう。あっというまに」という歌詞は、ミエさんの考えと同じですか?
残りの時間を大事に、楽しまないと、というのはまさに私の考えと同じ。そういうことはどんどん発信していかないと、と思ってCDにしました。
ドラマ『三千円~』やその前の『その女ジルバ』の衣装合わせでは、「私が普段着ているような服で」って提案したの。見ている人も、いわゆる「おばあさんっぽい服」より、その方が楽しいでしょ。
でも、私が若い頃に、この歳でこの格好していたら顰蹙(ひんしゅく)を買ってたわよね。いい歳してって。
—時代が変わりましたね。
今は考え方が変わってきたし、自分が当事者になったから、自分がいいと思えば、まわりも納得してくれる。
少し前は、お葬式にマニキュアして出たらマナー違反といわれたけれど、今は誰もそんなこと言わない。常識は変わるのよ。この歳になったら自分が世の中を変えていくんだという気概でいます。
—今までの常識を打ち破る新しい70代像を身体を張って示してくださっている。ミエさんを見て、勇気が出たり、肩の荷が下りたり、自由になる人が増えるといいですね。
そうね。さっきも言ったように、少々派手でもOKとなれば、昔の服を引っ張り出して着ることもできる。しまってあったってしょうがないんだから。何十年前の服がまだあるのには驚くけどね。この年代は、断捨離でもしない限り捨てずに持っている人が多い(笑)。
—これからグレイヘアにしてみようかな、という人にはどういう方法をおすすめしますか?
伸びてきた白髪にメッシュを入れて、少しずつ白髪の分量を増やしていけばいいと思います。要は自分の目が慣れればいいわけだから。いきなり白髪が増えると自分がついていけないので、全部染めずに、少し白髪を残して染めていけばいいのよ。
—グレイヘアになると、派手な服も似合うようになりますね。
グレイヘアだと似合う色の幅が広がる、というか似合わない色がなくなるわね。
—ヴィヴィッドな色もパステルカラーもモノトーンも似合うようになりますね。
あと肌のツヤがあれば老けて見えない。老けて見えるのは白髪のせいじゃないのよ。「健康」は肌艶にも出るから。うまく歳をとるためには、それなりの努力は必要ね。
—ありのままだと、背中も丸くなっちゃいますし…。
どの世代でも、人より少し良く見せたいと思ったら努力は必要なのよ。
—楽しみながら努力できるといいですね。
「好奇心」が元気の源
―子ども時代は、書店を経営されているご両親がお忙しかったこともあって、習い事をたくさんされたんですよね。
6人兄弟、皆、いろいろしていました。私はバレエとピアノとタップダンスを習っていて、子どもの頃から結構、忙しかったの。でも結局、習い事を生かしているのは私だけね。
学校の勉強は嫌いだったけど、歳を重ねてくると、学ぶことの大切さを痛感します。教わるのは好きなんです。こう見えて案外、素直なんです(笑)。
—「広く浅くでいい」とおっしゃってますね。興味を持ったら即、躊躇せずにやる、と。何事もエッセンスを吸収するのが速いんだと思います、ミエさんは。
だって、まだ経験したことなんてほんのわずかで、知らないことは数えきれないほどあるわけだから。限りある人生、チャンスがあれば試してみたいじゃない。暇な時間がもったいないと思っちゃうの。
この前、テレビで「地方にいったときは何が楽しみですか?」って質問されて、みんな食べ物とか答えていたけど、私は人に会いたいんです。なるべく自分とは違う世界の人に。誰もいなければ、紹介してもらってでも。そして、話を聞きたい。
16歳でデビューして、高校には行かないと自分で決めたから、中学までしか出ていないの。だから、今になって、いろんな人の話を聞いて社会勉強している。経験を増やしたいのね。ちょっとでもかじっておけば話できるじゃない。偉そうに、話にも加われるじゃない。
—好奇心が旺盛なんですね。
俳句もやっていて、永遠の凡人だけど、やっているということで世界がひとつ広がるの。 好奇心は「元気の源」なのよ。「元気」であれば、若くいる必要はない。元気でいることが大事だと思いますね。
—新しいことを知って、今まで体験した点と点が結びつく瞬間ってありますよね。
そうそう、もうこの歳になったら点をつなげていかなきゃもったいないのよ。全部がぶらぶらぶら下がったままじゃ意味ないから。そこに横糸が通った時に今までやってきたことが無駄じゃなかったんだと思える瞬間が嬉しいんです。
—「経験が多い」イコール「点が多い」ということだから、歳を重ねれば重ねるほど、新しい経験をした時にそれらがパパパッとつながって「合点、合点」となる可能性が高いですね。
身体もそうだけど、脳もいくつになっても変わるのよね。
—それを身をもって示していらっしゃいますね。
任せて!(笑)
「私はコレができます」が自信に
もう無駄使いできないから、自分でできることは何でも自分でやろうと思って。DIYを始めました。
—無駄使い、って時間のではなくお金のですか?
いろいろなもののね。この間は、うちのボロボロになったソファを捨てて、ベンチを自分たちで作ったんですよ。自分たちで作れば大したものじゃなくても愛着が湧くでしょ。
—「自分たち」というのは、ミエさんが大家さんをしているアパートの住人の方たちですか?
そう。私、人を引き込むのがうまいの。新しい遊びにまた巡り合えたっていう感じで楽しいですよ。いずれは、空き家を再生できたらいいなって思っているんです。電動ドリルを使えるからって、そう簡単にはいかないだろうけど(笑)。夢があるじゃないですか。
—昔から家がお好きなんですよね。
そうなんです。昔は家を建てることに関心があって、建てるだけで満足してました。内装とかには興味がなくて人任せだったけど、今、そこに興味が湧いてきて。
そして、お金をかけるんじゃなくて知恵や手間をかけたいと思う。豪華なものはもういらないの。どうせあと何年か使えればいいだけなんだから。どう考えたってみんな寿命はあるわけだから。
何を贅沢とするかですけど、高価じゃなくても、自分たちの創意工夫で楽しめればいいなと。手作りでどこまでできるかやってみたいのね。
—ベンチの図面はミエさんが引いたんですか?
アパートの住人の人が描いてくれたの。10年くらい住んでいる人なんだけど、そんな才能があったなんて初めて知りました。お父さんが設計関係だってことも初耳だったし。彼の本業は車のディーラーなんですけど。
—ついに隠れた才能を発揮するタイミングがきたわけですね。
掃除大好きで片付け上手な人や、料理がうまい人など、いろんな人がいるんです。
—なんて重宝な。心強いですね。
しょっちゅう行っていた近所のレストランのシェフと気が合って、「あなた、うちのアパートに住まない?」と半ば強引に住人に(笑)。アパートは4部屋だけなんですけどね。
—今、お金がなくて老後が不安という人がたくさんいますけど、人とのつながりがあればお金がなくても不安が減るのかなと思います。
最終的にはお金じゃなくて自分たちで何とかできればいいと思うんです。人はひとりでは生きていけないし、歳をとればとるほど誰かに助けてもらわなくてはならないことが増えてくる。
だから、心を許せる友達がいると心強いわね。たくさんいる必要はなくて、私は親友はひとりいればいいと思っています。できれば、自分にないものを持っている人だとなおいいですね。
—ということは、自分も人の役に立つ何かをもっていないと、ということですね。
そうそう。私は若いときにいろんな人に会うチャンスがあったんです。極端な例では、政治家とか大企業の社長とか。そうすると、自分は学歴もないし半端な年齢だし、ものすごく卑屈になっちゃうのね。
でもあるとき、「そうだ、私は自分の仕事を頑張ることで、その人にない才能を身につけることができる」と思ったんです。自信を持てるものがあれば、誰に会っても卑屈にならずにすむ、と。
例えば、この歳でミュージカルでアクロバットをやると、皆が尊敬してくれて、自信につながるんです。今さら勉強しても、政治家や社長と対等に話ができるようにはならないけれど、自信のあるものをひとつでも持っていれば、いろんな人と渡り合えるし、そこでまた勉強して、新しいことを知ればいい訳だから。
最期まで夢を持ち続けたい
—先ほど、「空き家の再生」をしてみたいとおっしゃっていましたが、東京を離れるという選択肢もミエさんの中にあるんですか?
都会で暮らしていると、制約が多くて、知らず知らずのうちに考え方がいびつになってしまうと思うんです。働いている間は仕方ないとしても、リタイアしたら都会にいる必要はないんじゃないかしら。
地方に行くと、空き家は、向こうから使ってくださいというくらい余っているわけだから、利用しない手はない。それを楽しみながらリフォームして、住みたい人が住めたら、無駄がなくなって、みんながハッピーになれる。
今はリモートで仕事できる人も増えたし、飛行機ですぐ移動できるから、若い人でも地方に住む人が増えているようですね。できるのよね、やろうと思えば。踏ん切りというか、勇気がないだけ。
今までの生活を壊せないっていう人が多いけど、思い切って壊しちゃった方が幸せってこともあると思いますよ。家賃が高くて狭いところに住まずに、広々したところでのびのびと生活したほうが人は幸せよ。空き家とかひとり暮らしの問題に、何かいい解決策があればいいのに、と思います。
—ミエさんのこれからに、ますます目が離せません。
私たち位の年齢になると、悩んでる時間が無駄なのよね。やりたいことがあったら、すぐやらないと。自分もまだこれからいろいろな経験をするだろうし、したいと思う。それは限りなくあると思うんだけど、最近よくいうのは、「志半ばで死ぬのが一番幸せだと思う」ということ。
お葬式に行くと、よく「志半ばで、さぞ残念だったことでしょう」と言うけれど、生きている限り志はあった方がいい、と思うの。常に励みになる何かが。そして、そこに到達したら、また次の何かを志す。
—常に何かに向かっているんですね。
生きている限り何か目標がある方が楽しいと思うから、志半ばで死ぬのが本当は理想よね。最期まであれがしたい、これがしたいと思いたいじゃない。そして、その過程を楽しみたい。やり遂げられなくてもいいのよ。夢を持ちながら人生を終えられればそれが一番。だから、私もそういうお悔やみの言葉を言うのはやめようと思って。
人生100年時代といわれるけど、ただ寿命だけ延びてもね。楽しみながら生きたいわよね。健康に気をつけて、好奇心を持って、これからも頑張っていきたいと思います。