「推し活」に勤しむ42歳の独身女性。給料のほとんどは「推し活」に使ってしまうため、42歳になった現在の貯蓄はゼロです。そんな彼女が老後に向けた資産形成を決意しますが、果たしていまからでも間に合うのでしょうか?
本稿ではファイナンシャルプランナー(FP)の山中伸枝氏が、42歳のおひとりさま女性の事例とともに40代貯金ゼロからの資産形成について解説します。
給料はほぼすべて「推し」につぎ込んできた、42歳おひとりさまの女性
かおりさんは42歳。教育教材を製作する会社に勤めています。勤続15年、社内ではもうベテランでその働きぶりも一目置かれています。
同時に後輩の教育も担当していますが、「若手との距離が近く頼れる先輩」としても評判です。独身生活を満喫しているかおりさんは、面倒見がよいだけではなく、「推し活」を通し若手との会話も弾むところが魅力なようです。
しかしかおりさんの「推し活」に対しては、ご両親をはじめ、同年代の友人からは苦言も多いのが現状です。なにしろ、年期の入った推し活は、凝りに凝ったグッズを自作して近場だろうが遠方であろうが構わずライブに行ったり、販売されるさまざまな商品も大人買いしたりと、費用が膨らむ一方だからです。
かおりさんの収支状況
かおりさんは35歳まで実家暮らしでしたので、給料はほぼすべて推しにつぎ込んでいました。しかし3歳年下の妹さんが里帰り出産をしたのを機に、ご両親から「そろそろ独立してくれ」と言われ現在は都内の賃貸マンションに一人暮らしをしています。
年収は600万円と恵まれたほうかも知れませんが、「いつでもライブに行けるように」と都心に借りたワンルームマンションの家賃は16万円、通信費、水道光熱費と食費日用品は、できるだけ抑えていますが、それでも10万円程度はかかっています。
そして、問題は「推し活」費用です。ライブチケット代、交通費、宿泊費、グッズ購入費と実際どのくらい使っているのか、かおりさん自身にもわからない状態です。
かおりさんいわく、「推し活」があるから毎日が豊かに前向きに暮らせるので、自分にとって「推し活」は命。そのためここにかかる費用は決して浪費ではないとのことです。また、ただお金を使うだけではなく、ダブって買ったグッズなどは転売して、日々やりくりを考えているとおっしゃるので、推し活を辞めて貯蓄をという単純な話にはなりません。
42歳貯蓄ゼロ…いまから資産形成は手遅れ?
そんなかおりさんですが、同窓会で昔の友人と会い、自分の将来、特に老後に不安を感じるようになりました。かおりさんは、女子大出身。同窓会で20年振りに友人たちと再会できることを楽しみに出席しましたが、「大人」になったかつての友人たちの話に危機感を募らせました。
よく一緒に遊んでいた5人のうち、おひとりさまはかおりさんのほか1人。1人はバツイチで子ども2人を抱えるシングルマザー、1人は社内女性初の役職者として期待されるキャリア女性。残り2人は専業主婦ですが、子どものお受験話で盛り上がっていたそうです。
「何かいつまでも学生気分でいるのは私だけで、みんな大人になっていて取り残されたような気持ちになりました」とそのときのショックをかおりさんはファイナンシャルプランナーの筆者に伝えました。
42歳貯蓄ゼロでこれからの未来に絶望するかおりさん。「家族からは浪費だ」と言われる推し活は辞められないとのことですが、今から老後に向けて資産形成していくには、いったい何をしたらいいのでしょうか?
まずは「目に見えない資産」を確認
筆者はまずはねんきん定期便で「目に見えない資産」を確認するところから始めました。
かおりさんは、これまでの年金加入歴より現時点で老齢年金は86万1,000円が約束されていることがわかります。そして今後会社員を継続することにより、この年金は基礎年金、厚生年金ともに増やしていくことができます。
たとえば今後60歳まで年収600万円で継続して働くと、厚生年金が59.4万円(600万円×0.55%×18年 老齢厚生年金簡易計算法により計算)増額の106万円、また基礎年金は満額を80万円と仮定すると合計186万円の年金が受け取れる試算になります。
やはり正社員としてこれまで頑張ってきたので、それなりに将来の年金が受けられるのは大きなメリットだと思います。さらに長く働くことや受給繰下げをすることで月23万円くらいの年金は確保できそうです。この金額は、将来認知症等によりグループホーム等に入居する費用として目安となるものです。
独身の方は、もしかしたらこれから結婚するかもしれないと、ライフプランが描けない理由にしがちですが、どんな方であろうともまずはご自身が経済的に自立することを考えるべきです。自立していれば、将来的に結婚してもしなくても、経済的な不安を抱えずに暮らすことができます。
従って、まずかおりさんには改めてご自身の人生を支える基盤が働くことであるということをご認識いただき、収入を維持しながらできるだけ長く働くことを決心していただきました。
家計から「積立額」を捻出
次に、家計から将来に向けての積立額を捻出していきましょう。支出の把握ができていないのでまずはご自身の価値観とお金の使い方を考えてもらいました。推し活まで一気に切り込んでしまうとリバンドしてしまう恐れが強いので、先に家賃に着目します。現在の都心のワンルームは16万円です。これはかおりさんにとって価値ある16万円なのかどうか、伺ってみます。
「うーん、駅直結で寝坊しても安心ですし、建物も綺麗なので後輩たちもよくライブのあととか遊びに来てたまり場と化してはいます。でも16万円を寝るだけの場所にかける必要があるかと言われると、違うような気はします」とおっしゃるかおりさん。
仮に5万円、家賃が下げられたとしましょう。それをiDeCoとNISAに半分ずつ振りわけます。比較的リスクを抑えて運用したとしても3%の運用益が見込めるとすると65歳までに約2,000万円になります。
65歳まで就労収入、公的年金は70歳まで受給を繰下げて月20万円強を確保すれば、無年金期間が5年です。もし月20万円を必要生活費と見込めば1,200万円が必要資金ですから、2,000万円の積立ができれば、予定外の支出にも備えられるでしょう。
かおりさんの給与明細を見せていただくと、財形貯蓄5,000円とありました。ご本人も忘れていたようですが、入社時に人事の方が「やっておいたほうがいい」と勧めてくれて、おつきあいで始めたことを思い出されました。
かおりさんは勤続15年ですから、恐らく残高は90万円にはなっているでしょう。一般財形はいつでも引き出せますから、ここから引っ越し資金を出しても残りを緊急予備費として手元に置けば安心して積立投資にお金を回せます。
かおりさんは「知らないうちにこんな貯金をしていたなんて、驚きです。積み立て最高ですね」と笑顔を見せてくれました。
お金がたまる仕組みを作ることが重要
貯蓄ができない人こそ、お金がたまる仕組みを作ってしまうことがとても重要です。口座から毎月決まって金額が引き落としされ、それが運用に回る仕組みです。老後資金としてはiDeCoを利用し、それ以外の目的の資金はNISAを利用します。
かおりさんには、まず引っ越しという大きな課題をお願いしましたが、浮いた家賃を投資に回すことでいままでどおりに推し活を楽しみながらお金が貯まる仕組みを実感していただきたいと思います。そのうえでさらに将来に向けての計画を精査し、本格的な資産形成のステージに向かうことをお勧めしました。
まとめ
同窓会をきっかけに、自分自身の将来について考えるようになったかおりさん、まずは資産形成をスタートするきっかけができて本当によかったと思います。また自分だけで抱えずに、ファイナンシャルプランナーに相談するという第一歩を踏み出した勇気も、時間を効率的に使うためにも賢明でした。
かおりさん、資産形成に取り組むとともに、おばあちゃんになっても推し活を続けるという新たな目標もできたとのことですので、ぜひ頑張って欲しいと思います。