難しいポーズはとらず、身体が「気持ちいい」と感じる範囲で行われる「シニアヨガ」は、シニア世代の身体の不調の改善をはじめ、予防医療にも最適だといわれています。
そもそも、自分の心身と向き合い、精神を落ち着かせる目的で行われてきたヨガは、身体や生活の変化を感じる場面の多い中高年世代にぴったり。そこで、「シニアヨガ」のメリットや具体的な方法について、シニアヨガインストラクターの中井まゆみ先生に聞きました。
中井まゆみさん
2004年にシンガポール移住を機にヨガを始め、アシュタンガヴィンヤサ、アイアンガー、パワーヨガなどの練習に励む。帰国後、淡路島でヨガ教室をオープン。高齢者や身体の硬い方にも難しいポーズを頑張らせることに疑問を感じ、誰でも取り組みやすい独自のヨガメソッドを確立。現在はオンラインを中心にレッスンを行い、幅広い世代から支持を得ている。監修本に、『素敵なあの人特別編集 60歳からのヨガ入門』(宝島社)
身体の硬い方やシニア世代に無理をさせないヨガを
――まずは中井先生がヨガを教え始めたきっかけを教えてください。
私がヨガを始めたのは40歳直前、夫の転勤で赴任したシンガポールです。当時は小学生から社会人までバレーボールをしていた影響で前腿がかなり張っていて、バランスをとって歩くために、腰が反ってしまっていました。さらに、子どもを4人産んだことで骨盤も緩んでいたため、慢性腰痛を患っていました。
そんな状態のときにヨガを始めたところ、徐々に姿勢が整い、腰痛もかなり改善したんです。
――ヨガでご自身の不調が改善されたのですね。そこからどうして指導者を志されたのでしょう。
自分自身が長く続けていくための方法を模索したときに、「指導者になれば続けられるのでは」と思ったのが始まりです。いつかは地元・淡路島に帰るとわかっていたので、「少子高齢化が進み、農業や漁業に携わる方が多い島で、身体のメンテナンスの役にたてるかもしれない」とも考えました。
それで、帰国後すぐに教室を始めました。50・60代の生徒さんが来て熱心にヨガを練習してくれたのですが、生徒さんがうまく実践できない「アーサナ」(ヨガのポーズ)がたくさんあって……。だんだん、「自分はできるのに、なぜ教えられないのか」「相手に無理をさせる練習を続けていいのか」という疑問が湧いてきたのです。
――無理がきかない方や、元々身体が硬い方もいらっしゃいますよね。
そうなんです。それで指導法を見直そうと、一度ヨガ教室を辞めました。その時に出会ったカイロプラクティックの先生が、骨や筋肉の動きに基づく身体の調整方法の知識をシェアしてくれたんです。
おかげで、「関節が動くと、それに対して筋肉がどのように伸び縮みして、結果としてどう身体が動くのか」といった、科学的な観点から身体を見る重要性に気づくことができました。
そして改めて、「何らかの動きができないのには理由がある。それを改善するよう、人体の構造に沿って身体を動かす」ことにフォーカスしてヨガの動きを考えたところ、「ゆっくりラクに、快適に動かすのが一番」という答えが出たんです。
これを応用する形で、必死に練習をしなくても身体が動くようになる独自のスタイルを追求していったところ、自然に「シニアの方にあったヨガ」になっていました。
疲れないように休み、「快適なところで止める」が大前提
――シニア世代がヨガを行うメリットを教えてください。
まずは姿勢が良くなることですね。以前通われていた生徒さんは90代でしたが、背筋がいつもシャンと伸びていてかっこ良かったです。
ヨガでインナーマッスルを鍛えることで、冷え性が改善した方もいます。実は私も冬は家の中でもダウンを着るくらいの冷え性だったのですが、ヨガを始めたことで改善されました。筋トレなどで身体の外側につく筋肉は冷えやすいのですが、インナーマッスルは身体を内側から温め、冷えにくい体質に導いてくれるのです。インナーマッスルを鍛えることで、お通じが良くなったという話もよく聞きますね。
筋肉をほぐすことで血流が良くなり、肩こり、腰痛の改善も多くの方が実感されているようです。姿勢や代謝が改善されたために疲れが取れやすくなった」という話もよく聞きます。
他にも、「筋力がついて、歩くのが楽になった」という方や、身体が柔らかくなって筋肉の可動域が増えるため、「肩、腕が上がりやすくなった」という方も多いですね。
関節や筋肉は動かさないとどんどん硬くなってしまいます。だから簡単なポーズでいいので毎日動かして、現状を維持する必要があるのです。
50・60代になると、それが加速して体力も落ちてきますから、ヨガを元気なうちに始めて、習慣化されるのがおすすめです。みなさん続けていくうちに、現状維持だけでなくプラスの効果も得られ、ハツラツとされていきますよ。
――精神面にも良い影響があるとよく聞きます。
私がよく聞くのは、「イライラが減った」「不安が解消して、よく眠れるようになった」という声です。というのもヨガは本来、「自分自身の心身と向き合う時間」として生まれたものです。ヨガはアーサナや呼吸で身体に意識を向け、集中して練習に取り組みます。取り組むほどに自分以外の世界への雑念が減り、「もうあんなイライラどうでもいい」と思えてくるようです(笑)。
ヨガに取り組んだ後は気持ち良く脱力でき、脳がリラックスしてエネルギーがチャージされた感覚もあります。一般的なスポーツではエネルギーが消費され、疲れますよね。でも、シニアヨガは疲れないように休み休み行うのが基本。来た時より足取り軽く帰れる運動です。
ヨガマットなしでもOK!準備運動をしてから取り組むと安心
――ヨガを始める上で、揃えておくべきアイテムはありますか。
特別な物は必要ありません。ヨガマットは、あれば足元が滑りにくいので便利ですが、なくても大丈夫!発祥の地であるインドでも、元々はヨガマットなんて使わず、ゴザのようなラグを敷いて行っていたそうです。
寝転がるポーズであれば、絨毯や畳、布団の上でも大丈夫です。フローリングだとちょっと身体が痛いので、その時はバスタオルを敷いてください。
――中高年世代やシニアの方が、いきなりヨガに取り組んで怪我をしないために、おすすめの準備運動があれば教えてください。
ウォームアップせずにいきなり取り組むと筋肉に負荷がかかりやすいので、まずは身体を温めましょう。はじめにゆっくりと腿上げを。その後、余裕があれば後ろに脚を蹴り上げると、前後で動かす筋肉のバランスが取れますよ。ちょっと身体が温まってきたな、と思えるくらいまでやってみてください。
気楽にできるポーズを、できれば毎日続けて
――ここからは、朝・昼・晩に分けて、おすすめのポーズを伺いたいと思います。まずは朝、自宅で気軽に取り組めるポーズを教えてください。
朝は、首や背中の筋肉が固まってしまっている方が多いので、その筋肉をほぐすアーサナがおすすめです。目覚めたらお布団の上でやってみてくださいね。
まずは仰向けで両膝を立て、片側に倒して約10秒止めて、反対側も同様に。
次に両腕を横について支え、お尻と腰を持ち上げ、10~15秒止めます。その後しばらく両膝を抱えます。
首の後ろから腰、背中がよくほぐれますよ。
もうひとつ朝のおすすめが、朝食前に行うアーサナです。まず正座をして親指を中に握り拳を作り、それを下腹部に当てて、息を吸いながら背中を伸ばします。次に顎を前に出し、息を吐きながら身体を前に倒して楽なところで止め、約30秒お腹を圧迫します。
腸が適度な刺激を受けて動きやすくなるため、便秘気味の方や、便秘予防にもおすすめです。
これは他のヨガもそうですが、食後1時間は消化のための時間なので、避けたほうがベター。空腹時に行いましょう。
――お昼や午後におすすめのポーズはありますか?
活力を生み出す、後屈や後ろに反るポーズですね。これは解剖学の先生に聞いた話ですが、後屈や後ろに反るポーズは、鬱々とした気持ちを改善するのに効果的だと言われています。だから、仕事や家事のやる気がなくなりがちな午後にぴったりだと思います。
初めての方は、寝転がって行うポーズが安心です。うつぶせで頭を持ち上げて、右腕と左足を無理のないところまで上げて、約15秒キープ。終わったら息が整うまで休み、反対側も同様に。こうすると、背中側を鍛えると同時に、やる気も高めてくれるんです。
――気持ちを落ち着けたい夜や、寝る前におすすめの運動も教えてください。
副交感神経を優位にし、リラックスできるといわれている前屈がおすすめです。ただ、ハードルが高い方もいらっしゃると思いますので、ちょっと膝を曲げたり、タオルや古いネクタイなど長めで幅のあるものを足裏に引っ掛けて、両手で引っ張りながら足で押し返したりするスタイルもおすすめです。肩甲骨周辺や肩の筋肉も伸びますよ。
前屈は、倒す時に息を吐くとさらに伸びます。適度に伸びたところで約1分キープ。終わったら反対側も同様にします。ポイントは、顎を上げないことです。
両足同時に行うのが辛い方は、仰向けになり、片足ずつタオルを掛けて、気持ちの良いところまで足を上げるのもいいですね。これも約1分キープして、反対側も同様にします。
それから寝る前、「足がむくんでいるな」「今日は疲れたな」と感じる方にぜひやっていただきたいのが、仰向けで両足を壁に上げるアーサナです。目安は約30秒程度。足が上、頭が下になる「逆転のポーズ」という種類のアーサナで、頭を下げて内臓や足を上げ、血流を促すことで、むくみの解消や、疲労回復につながります。簡単で気持ち良いですよ。
――ありがとうございます。最後に、これからヨガを始められる方に、アドバイスをお願いします。
「こうでないといけない」というルールはヨガにはありませんので、自分がラクに快適にできるのが一番です。テレビを見ながらする「ながらヨガ」でもいいので、無理なく簡単なポーズを、できれば毎日続けてみてください。すると、だんだん身体が楽になるのが感じられて、どんどん楽しくなりますよ。
(取材・執筆協力=笹間聖子 撮影=古木絢也 編集=ノオト 撮影協力=ヨガアカデミー大阪)