認知症は、治療ができない病気と思っている方も多いかもしれません。確かに、未だに根本的な治療法のない疾患が多いのが現状です。しかし、“治療可能な認知症”として、治療法が見出されている疾患もありますし、特に直近では画期的な新薬も注目されています。今回のお話は、認知症治療の現状について、最新の情報をご紹介いたします。
認知症は治療が可能?
認知機能が落ちている方の中には、脳の細胞そのものが死んでしまっていたり、脳の血管が詰まったりしていることが原因ではなく、他の要因によって一時的に脳の機能が低下してしまっているだけの方がいます。その場合、原因を取り除くことによって、低下していた認知機能が回復することがあります。これが、“治療可能な認知症”と呼ばれるものです。
興味を持っていただけた方は、詳しくは、以前に私が書いた「認知症は治るの?気になる疑問を徹底解説」という記事をご参照いただけますと幸いです。
ただ、認知症全体の中では、この“治療可能な認知症”の割合は多いとはいえないため、日常よくみられる認知症の多くには、それぞれに合った対応が必要になります。次で詳しく説明していきます。
認知症による主な症状と治療法の種類
専門家は、認知症の症状を「中核症状(認知機能障害)」と、「行動・心理症状」に分けて考えています。
「中核症状(認知機能障害)」とは、認知症という疾患によって、直接的に起こる認知異能の低下を指しています。従って、認知症の進行に伴って必ず見られる症状ともいえます。具体的には、新しい事を覚えられなくなる“記憶障害”や、いつ・どこで・だれががわからなくなる“見当識障害”や、段取りが立てられなくなって日常の計画ができなくなる“実行機能障害”や、物の名前が出て来なくなる“失語(しつご)”などが挙げられます。
「中核症状(認知機能障害)」は、その内容によって周囲の接し方を変えることが望ましいとされています。例えば、記憶障害が目立つ方には、必要な情報を必要なタイミングの直前でお伝えしたり、音声ではなく、紙に書いて部屋に貼っておくことなどが有用です。また、実行機能障害が目立つ方には、一度にたくさんの話をすることを避けて、ひとつの要求の後は、しばらく“待つ”事が大切です。混乱や失敗を避けて、一つひとつ話題を進めていくと良いと思います。
「中核症状(認知機能障害)」に対する治療として、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンの4つの薬剤が使用されています。ドネペジルについては、2023年に新しく貼付剤として「アリドネ」が発売されています。このアリドネを除けばいずれも後発品が出ているため、もしご家族がこれらの薬剤を使っている方で、薬価が高いと感じる場合は、後発品への切り替えをかかりつけ医の先生に相談しても良いと思います。薬剤選択のポイントとして、認知症の原因や、患者さんごとの認知症の進行度や既往歴、許容できそうな副作用などに基づいて、かかりつけの先生から適切なお薬が処方されます。
一方で「行動・心理症状」とは、「中核症状(認知機能障害)」以外の認知症による症状を指します。「行動・心理症状」は、認知症患者さんの全員に起こるわけではないことが特徴です。疾患の重症度や進行に伴って出現するというよりは、患者さんの置かれている環境や、周囲の方の接し方で大きく変わることが大きなポイントです。具体的には、昼と夜が逆転する”昼夜逆転”や、なんでも食べようとする“食行動異常”や、大きな声を出して手を挙げようとする“暴言・暴力”や、ものを盗まれたという“妄想”や、いない人の声が聞こえたり、実際に存在しないものが見えてしまう“幻覚”などが挙げられます。
「行動・心理症状」は、感情などの保たれている機能を介して患者さんに働きかける対応が、まず第一です。精神的な安定をもたらし、昼夜のリズムを整えるなど、環境を調整するだけで和らいでいく方も少なくありません。それでも症状が目立ち、ご本人やご家族がつらい思いをしている場合は、薬物治療も検討されます。
「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第2版)」がひとつの目安になっており、関係者の要望を聞きつつ、ご本人の尊厳にも配慮して必要最小限の薬物治療が行われます。必要最小限としているのは、これらの薬物介入には副作用を伴うことも少なくないためです。
認知症の治療薬
ここでは、認知症に対する薬物治療のなかでも、「中核症状(認知機能障害)」へのお薬について、もう少し詳しくお伝えします。
まず、さきほど「中核症状(認知機能障害)」に対する治療として紹介した、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンの4つについては、いずれも認知症で神経細胞が死んでいく原因に対して、直接的に作用する薬剤ではありません。いずれも脳内の神経伝達物質を調整する薬剤です。従って、認知症の根本的な治療薬とはいえず、疾患別に治療満足度を検討した研究でも、代表的な認知症疾患であるアルツハイマー病の治療満足度は相当低いのが現状です。また、治療に対する薬剤の貢献度も低いと判断されています。
しかし、2021年に米国で、ごく初期段階のアルツハイマー病の方を対象として、「アデュカヌマブ」という薬剤が承認されました。このアデュカヌマブは、アルツハイマー病の発症において非常に重要な役割を果たしていると考えられているアミロイドβを除去して、認知機能を改善させることを目標として創薬されています。
アデュカヌマブはより直接的にアルツハイマー病の原因に作用する薬剤であり、その意味で従来の薬剤とは一線を画した薬剤といえます。しかし、アデュカヌマブはアルツハイマー病に関連した画像や脳脊髄液の検査に一定の改善効果を示したものの、認知機能の改善効果は明確にできませんでした。そのため、米国においても使用は非常に限定的で、現時点に至るまで日本でも承認は見送られています。
この「アデュカヌマブ」に続いて、2022年に「レカネマブ」という薬剤も注目されています。このレカネマブは、レケンビという商品名で既に米国で使用されています。現在、日本でもレカネマブ承認に向けて専門機関で検討が進んでいます。レカネマブもアデュカヌマブと同様にアミロイドβに対する薬剤ですが、「中核症状(認知機能障害)」までも従来の薬剤よりも改善させたという点で、非常に注目が集まっています。また、副作用の観点でも、アデュカヌマブよりも目立たなかったという結果が示されています。
さらに2023年には、同じくアミロイドβをターゲットとした「ドナネマブ」という薬剤の研究結果も示され、副作用も少なくないものの、レカネマブ以上に効果が期待できる可能性が示されています。
非薬物療法による認知症の治療
薬以外に、認知症への効果が期待される対応についてもお伝えします。ただ、ここで述べることは、“認知症になってから”というよりは、“認知症になる前”に行うことがすすめられる内容ですので、どちらかといえば“予防”という表現の方がふさわしいかもしれません。
2020年に公表されたLancetという医学雑誌の研究結果では、45歳までの教育歴、45~65歳までの肥満、過剰飲酒、高血圧、頭部外傷、難聴、そして66歳以上の糖尿病、大気汚染、運動不足、社会的孤立、抑うつ、喫煙が認知症の発症に関わっており、ライフステージ別に全て解消できれば、認知症の40%は予防できると記されています。
気になるところから自分の生活環境を変えていけると、将来の認知症の予防ができそうです。
認知症の疑いがある場合の対応
認知症かなと心配になっても、慌てないでください。まずはかかりつけの先生に相談してみるところから始めてみてはいかがでしょうか。認知機能の低下は、なかなか自分では判断しにくい症状です。一人で抱え込んでしまうより、まずは専門家に相談してみることをおすすめします。
認知症の方に関わる人が治療について理解を深めることが大切
認知症について、“治らない病気”、“予防できない病気”という誤解は、医療者の中でも少なくないと思います。また、認知症の新薬についても、2023年8月時点ではまだ日本で承認されていないことから、まだまだ知られていないと思います。
我々認知症の専門家も、医療の進歩についての情報をしっかりとキャッチして、広めていくことも重要な役目だと思っています。
おわりに
今回は、認知症の症状の分類と、特に「中核症状(認知機能障害)」への治療薬の現状について、詳しく解説いたしました。特に「レカネマブ」は、遠くないうちに日本でも承認される可能性が高く、今後の認知症診療を大きく変えていく可能性が期待されています。認知症の早期発見の意義は、今後ますます高まっていくと思います。また、認知症の予防も、治療以上に重要な役割を果たすともいえます。皆さまの生活の中で、取り組めるところからひとつでも多くの環境改善を行っていただければ幸いです。