認知症の相続人がいるため、相続手続きをどのように進めれば良いか迷っている方もいるでしょう。認知症の相続人がいる場合は、成年後見制度を利用すれば遺産分割協議を進められます。
本記事では、成年後見制度の概要や利用する流れ、早めに進めておきたい相続対策を解説します。最後まで読んでいただければ、認知症の相続人がいるときの遺産分割方法がわかり、スムーズに手続きを進められるでしょう。
この記事を読んでわかること
- 認知症の相続人がいるときは、判断能力がないとみなされ、遺産分割協議が進められない
- 成年後見制度を利用すると、認知症の相続人がいても遺産分割協議を進められる
- 成年後見制度は、後見人の選任に時間がかかり、報酬を支払い続けるデメリットがある
- 認知症の相続人がいる場合、遺言書の作成や生前贈与などの対策を早めに進めるのがおすすめ
認知症の相続人がいると遺産分割協議ができない
認知症の相続人がいる場合は、遺産分割協議を進められません。本章では、遺産分割協議の概要と認知症を発症している場合に協議が進められない理由を解説します。
そもそも遺産分割協議とは?
遺産分割協議とは、相続が発生した際に相続人全員が財産の分け方について話し合うことです。全員が協議内容に合意しなければ、無効となります。
遺産分割協議で取り決めがあれば、法定相続分とは異なる割合で相続できます。法定相続分とは、法律で定められた相続人の財産の取り分です。
遺産分割協議に期限は設けられていませんが、相続税の申告納付期限が相続開始から10ヵ月以内となっているため、早めに手続きを進めましょう。
また、被相続人(亡くなった方)の配偶者が利用できる配偶者控除などの税額控除が利用できなくなる恐れがあります。
なぜ認知症の相続人がいると遺産分割協議が無効になるのか?
相続人が認知症を発症していると遺産分割協議が無効となる理由は、判断能力が低下し、意思能力が失われているとみなされるためです。
意思能力がない方に対して、一方的に不利な遺産分割協議を成立させ、利益が奪われるのを防ぐ法律上の考え方に由来しています。
認知症だけでなく、未成年者や障がいなどで意思能力がない方も遺産分割協議に参加できません。
ただし、認知症も状態によって判断能力があるとみなされる場合があります。
なお、認知症の方に相続放棄をしてもらい、遺産分割協議に参加させないことは認められていません。認知症を発症していると、遺産分割協議と同様に相続放棄をする判断能力がないためです。
裁判所に相続放棄の申請をしても、無効となります。
【注意!】認知症の方に代わって署名・捺印すると罪に問われる
認知症になった相続人の代わりに、家族が署名・捺印をすると、協議は無効になります。また、私文書偽造の罪として、3ヵ月以上5年以下の懲役に処される恐れがあります。
認知症になった相続人がいる場合は、成年後見制度を利用することが一般的です。
認知症の相続人がいる場合は成年後見制度を利用して遺産分割協議を行う
認知症の相続人がいるときの遺産分割の進め方として、成年後見制度を利用する方法があります。本章では、成年後見制度の概要と手続きの進め方について解説します。
成年後見制度についておさらい
成年後見制度とは、認知症や知的障がいなどの理由で判断能力が不十分な方を保護・支援する制度です。判断能力がない方に後見人を立てることにより、老人ホームの入居や遺産分割協議の手続きなど財産管理や、身上監護を行ってもらえます。
「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類がある
成年後見制度には、法定後見制度と任意後見制度があります。2種類の制度の概要や申し立て方法は、以下のとおりです。
法定後見制度 | 任意後見制度 | |
制度の概要 | 本人の判断能力が不十分になった際に、家庭裁判所によって選任された後見人が支援する | 本人の判断能力があるときに、後見人や委託内容を定めておき、本人の判断能力が不十分になった後に後見人が支援する |
申し立て | 家庭裁判所に後見等の開始の申し立てをする | ・本人と後見人が代理権を与える契約(任意後見契約)を公正証書で作成する ・本人の判断能力が不十分になった後に、家庭裁判所に任意後見監督人の選任の申し立てをする |
申し立てできる方 | ・本人 ・四親等以内の親族(配偶者、子、孫、両親、兄弟姉妹、甥姪など) ・市区町村長 | ・本人 ・四親等内の親族(配偶者、子、孫、両親、兄弟姉妹、甥姪など) ・任意後見人となる方 |
後見人の権限 | ・法定後見制度の範囲内で代理できる ・本人の判断能力により「後見」「保佐」「補助」に分かれ、「代理権」「同意権」「取消権」が定められた範囲で行使できる | ・任意後見契約で定めた範囲内で代理できる ・本人が締結した契約を取り消しできない |
任意後見監督人とは、任意後見人が後見契約の内容に沿って適切に仕事をしているか確認する方です。
認知症の程度によって後見人の種類が変わる
法定後見制度は、本人の判断能力の程度によって、後見人の種類が異なります。それぞれの種類ごとの特徴は、以下のとおりです。
後見人の種類 | 認知症の程度 | 後見人の権限 |
後見人 | 精神上の障害により、判断能力を常に欠く状態 | 財産に関するすべての法律行為 |
保佐人 | 精神上の障害により、判断能力が著しく不十分である状態 | 家庭裁判所が審判した判定行為 |
補助人 | 精神上の障害により、判断能力が不十分である状態 | 家庭裁判所が審判した判定行為 |
後見人の種類は、医師の診断書や状態に基づき、申し立てをした家庭裁判所が判断します。
成年後見制度を利用した場合の遺産分割協議の進め方
法定後見制度を利用した場合の遺産分割協議の進め方は、以下のとおりです。
- 申し立てに必要な書類を集める
- 家庭裁判所に後見人選任を申し立てる
- 医師による鑑定を受ける
- 後見人が決定する
- 申立人と後見人に審判書謄本が郵送される
- 審判が確定し、後見開始の登記が行われる
- 後見人を含めて遺産分割協議を行う
申し立てには、以下の書類が必要です。
- 本人の財産がわかる資料
- 親族関係図
- 親族の意見書
- 診断書
- 本人の戸籍謄本
- 本人の住民票
本人の財産がわかる資料とは、不動産の納税証明書や通帳、証券会社の書類などです。申し立ては、本人の住民票の住所を管轄する家庭裁判所に申し立てます。
申し立てから後見人の選任まで2〜4ヵ月かかるため、成年後見制度の利用を考えている方は早めに動きだしましょう。
成年後見制度で知っておきたいデメリット
成年後見にはメリットも多い一方で、以下のようなデメリットがあります。
- 後見人に親族が選ばれるわけではない
- 後見人へ報酬を支払わなければならない
- 後見人の選任まで時間がかかる
- 遺産分割協議後も成年後見制度が継続する
それぞれのデメリットを解説します。
後見人に親族が選ばれるわけではない
法定後見制度では、後見人に親族ではなく法律の専門家が選ばれるケースが一般的です。裁判所の調査によると、弁護士や司法書士などが選出されるケースが8割を超えています。
申し立てをするときに親族を候補者として挙げていても、審判が終わったときに面識のない司法書士や弁護士が選定されていることがあります。成年後見人を変更することはよほどの理由がなければできないため、本人が亡くなるまで後見人と契約が続きます。
もし、相続人である親族が後見人に選ばれた場合、本人の代理として遺産分割はできません。後見人も相続人であり、利益相反関係となるためです。相続人の親族が代理人に選ばれた場合は、後見人の代わりに遺産分割協議に参加する特別代理人を、家庭裁判所に選任してもらう必要があります。
なお、任意後見制度を利用している場合、相続人の親族が後見人でも、後見監督人が遺産分割協議に参加できるため、特別代理人の選任は不要です。
後見人へ報酬を支払わなければならない
法定後見制度の後見人が選定されたら、毎月報酬を支払わなければなりません。後見人の報酬の相場は、以下のとおりです。
管理財産の金額 | 後見人の報酬の相場 |
1,000万円以下 | 月10,000~20,000円程度 |
1,000万超〜5,000万円以下 | 月30,000~40,000円程度 |
5000万円超 | 月50,000~60,000円程度 |
また、任意後見制度の後見監督人がいる場合にも、報酬を支払う必要があります。任意後見制度の後見監督人に支払う報酬の相場は、以下のとおりです。
管理財産の金額 | 後見監督人の報酬の相場 |
5,000万円以下 | 月5,000円~10,000円程度 |
5,000万円超 | 月25,000円〜30,000円程度 |
後見制度は本人が生きている限り止められないため、報酬を亡くなるまで支払い続ける必要があります。
後見人の選任まで時間がかかる
法定後見制度の後見人の選定までには、2~4ヵ月程度の時間がかかります。相続放棄や相続税の申告など期限が定められている手続きを進めるときは、早めに動き出しましょう。
認知症が軽度・重度の場合、家庭裁判所での鑑定が省略されることがあり、後見人の選定は早く終わることがあります。
なお、任意後見制度は後見人が決まっているため、申し立て後約1ヵ月で後見契約が始められます。
遺産分割協議後も成年後見制度が継続する
成年後見制度は、本人が亡くなるまで終了しないため、遺産分割協議後も継続します。遺産分割後も財産の管理などの報酬を支払い続けなければなりません。
相続人の中に認知症の方がいるときの遺産分割対策
認知症の方が相続人にいる場合、遺産分割協議に成年後見制度を利用する必要があります。ただし、デメリットがあるため、他の相続対策を考えておくことが重要です。成年後見制度以外に押さえておきたい対策は以下のとおりです。
- 遺言書を準備しておく
- 生前贈与であらかじめ財産を分けておく
- 家族信託の利用を検討する
それぞれの対策を詳しく解説します。
遺言書を準備しておく
被相続人の意思を反映させるには、遺言書の作成が有効です。遺言書に分割方法を記載しておくことで、遺産分割協議を行わなくても希望どおりに遺産を分けられるためです。
しかし、遺言書を作成しても、内容や書き方に不備があれば無効になります。法律の専門家である公証人が作成する公正証書遺言にすると安心でしょう。
公正証書遺言とは、遺言を残したい方が遺産の分割方法を口頭で伝え、公証人が書き起こす遺言です。公正証書は、相続が発生すると遺言書に基づいて直ちに遺産を分割できます。
また、遺言内容に従って実行する遺言執行者をあらかじめ指定しておくと、スムーズに手続きを進められます。
専門的な知識が必要な公正証書遺言を作成するときは、「セゾンの相続 遺言サポート」にご相談ください。相続に強い専門家が、遺言書を作成するための手順や家族でトラブルにならないための分割方法を提案します。
相続に関するセミナーや相談を無料で受け付けているため、遺言書の作成に迷っている方でも安心して利用いただけます。生前対策から相続後の手続きまで相談に乗っており、幅広いサポートを受けられるのが特徴です。
生前贈与であらかじめ財産を分けておく
亡くなる前に生前贈与で、不動産や預金などを分けておくと相続の手続きがスムーズに進みます。ただし、贈与税がかかる可能性があるため、注意が必要です。
生前贈与は、暦年課税(れきねんかぜい)と相続時精算課税の2つの受け取り方があります。暦年課税は1月~12月までの1年間に受け取った財産が基礎控除の110万円を超えた分に対して、贈与税が課税されます。
相続時精算課税制度は、受け取った金額が2,500万円を超えた分に対して贈与税がかかる制度です。60歳以上の父母・祖父母から、18歳以上の子・孫に財産を贈与した場合、相続時精算課税制度が利用できます。
どちらの制度を利用するかは、財産額や相続人の人数などによって異なるため、税理士に相談しましょう。
なお、死亡前3年以内に贈与すると相続財産とみなされ、相続税の課税対象となりますが、令和5年の税制改正で相続税の持ち戻し対象の期間が3年から7年に延長されています。
相続税は以下の基礎控除を越えた場合に課税されます。
- 相続税の基礎控除=3,000万円+600万円×法定相続人の人数
例えば、相続人が配偶者と子ども1名の場合、基礎控除の金額は4,200万円です。
家族信託の利用を検討する
家族信託とは、ご自身で資産を管理するのが難しくなったときのために、家族に財産管理の権限を与える仕組みです。
家族信託は、委託者・受託者・受益者の三者で行います。
- 委託者:今後家族に財産管理を託す方
- 受託者:委託者から財産の管理を任される方
- 受益者:信託財産に含まれる株式の配当や不動産家賃収入などの利益を受け取る方
家族信託はあらかじめ家族信託の契約をすることにより委託者の判断能力が不十分になった時に受託者である家族が、株式や不動産を運用できる点がメリットとして挙げられます。
家族信託を口約束で済ませると、家族間のトラブルになりかねないため、契約書を作成しましょう。トラブルを防ぐために、契約書は公証人が委託者の財産管理を託す意志を確認して作成する「公正証書」にするのをおすすめします。
おわりに
認知症の相続人がいる場合、判断能力がないとみなされるため、遺産分割協議は進められません。もし認知症の相続人がいる場合に遺産分割協議が必要なときは、成年後見制度を利用しましょう。
ただし、成年後見制度は、後見人の選任までに時間がかかるほか、後見人の費用を支払わなければなりません。
デメリットも多い制度のため、事前に他の相続方法を考えておくことが重要です。例えば、遺言書や生前贈与、家族信託などです。どの制度を利用するとしても、準備に時間がかかるため、早めに対策を進めましょう。