本記事では自筆証書遺言について解説します。公証役場で作成する公正証書遺言に比べて、自筆証書遺言の方が作成しやすいですが、無効な遺言になりやすいです。法改正により、法務局による保管制度もありますが、形式的な確認しかされないので、「争族」防止の観点での確認はしてもらえません。
自筆証書遺言の作成時には、司法書士などの専門家に相談・確認をしてもらった方がいいでしょう。
この記事を読んでわかること
- 自筆証書遺言には、氏名を自書した「署名と押印」が必要
- 印鑑は、後の紛争を予防するために「実印」を使うことが望ましい
- 自筆証書遺言は、公正証書遺言に比べて、有効無効を裁判所で争われることが多い
- 自筆証書遺言は無効になりやすいので、作成時には司法書士などの専門家に相談するのがいい
自筆証書遺言は署名のみで印鑑なしは有効?
自筆証書遺言は、簡単に言えば、自分で書く遺言書です。筆記用具と印鑑があれば、今すぐに作ることも可能です。
ただし、有効な遺言書を作成するには、民法(民法968条)が自筆証書遺言の形式要件を厳格に定めているので、その要件を満たしていなければなりません。
【自筆証書遺言の4つの要件】
- 全文
- 日付
- 氏名
- 押印
日本の民法において、遺言者が「自書(=自分で書く)し、これに印を押さなければならない」と規定されているため、押印は原則として「必要」です。押印のない遺言書は無効になる可能性が高いです。
例外的に、押印のない遺言書も有効とされた判例が存在しますが、一般的には押印を欠く遺言書は認められません。後に事例を紹介しますが、押印は要件の一部として重要です。
関連記事「自筆証書遺言とは?守るべき要件や正しい書き方・保管方法まで詳しく解説」
印鑑が必要な理由
なぜ、遺言書には印鑑が必要とされるのでしょうか。その理由は民法第968条に「印を押さなければならない」と定められているためです。
過去に押印がない遺言書が有効とされた事例があります。最高裁昭和49年12月24日判決で「文書の作成者を表示する方法として署名押印することは、我が国の一般的な慣行であり、民法968条が自筆証書遺言に押印を必要としたのは、右の慣行を考慮した結果であると解されるから、右の慣行になじまないものに対してはこの規定を適用すべき実質的な根拠はない」としています。これは外国人が遺言者である場合の判決で例外的なものといえます。
つまり、ほとんどの場合遺言者(遺言の作成者)を表示する方法として、署名押印が一般的な習慣、古い習わしであると述べています。そのため、遺言者の押印があれば、遺言者本人が書いた遺言だと社会通念上、認定しやすくなるということです。
押印は、この遺言はあなたご自身が書いたものだという真実性を担保し、紛争の予防にも効果があります。自筆証書遺言が無効にならないよう、押印は忘れずにしましょう。
では、押印の「印」とはどのようなものでもいいのでしょうか。実印ではなく、認印や指印であってもいいのでしょうか。次の章で解説します。
印鑑がない場合は無効?
例外的に認められるケースもありますが、原則押印がない場合、その遺言書は無効です。以下に押印がなくても認められたケースを紹介します。
押印はないが、指印が押されている場合
押印がなく、指印の遺言書が有効とされた有名な最高裁判所の判例(最判平成元年2月16日)です。
事件名 | 遺言無効確認請求事件 |
判示事項 | 自筆遺言証書における押印と指印 |
裁判要旨 | 自筆遺言証書における押印は、指印をもつことで足りる。 |
参照法条 | 民法968条1項 |
この判例では、指印による遺言も有効であるとされましたが、押印が指印であったために裁判で争われました。ご自身が亡くなった後、相続人たちがもめないために遺言書を作成したということであれば、その目的は果たせなかったということです。このような紛争にしないためにも、指印ではなく、対照用の印影が登録されている実印で押印しておくことが重要です。
遺言書自体には押印がないが、封筒に押印がある場合
遺言書に押印がなく、封筒の押印があった場合に遺言書が有効とされた有名な最高裁判所の判例(最判平成6年6月24日)です。
事件名 | 遺言無効確認 |
判示事項 | 封筒の封じ目にされた押印により自筆証書遺言の押印の要件に欠けるところはないとされた事例 |
裁判要旨 | 遺言者が、自筆証書遺言をするにつき書簡の形式を採ったため、遺言書本文の自署名下には押印をしなかったが、遺言書であることを意識して、これを入れた封筒の封じ目に押印したものであるなど原判示の事実関係の下においては、右押印により、自筆証書遺言の押印の要件に欠けるところはない。 |
参照法条 | 民法968条1項 |
このように、押印のない遺言書が有効とされた事案は非常に特殊な場合といえます。相続人たちが裁判所で争うことになるような遺言書は、「もめないために」という目的において書いた遺言書としては、あまり意味がありません。
実印で押しておけば、裁判所で争うことになっても、「遺言書は有効」と判断される可能性が高くなります。偽造防止・紛争防止のためにも、遺された相続人が困らないようにしておくためにも、実印で押印をしておきましょう。
自筆証書遺言に押す印鑑の種類
では、自筆証書遺言に押す印鑑は、どの印鑑でもいいのでしょうか。
一般的に遺言書に押す印鑑は、「実印でなければならない」と思われがちですが、実は、遺言書に押す印鑑は、実印でなくても、認印や銀行届出印なども使えます。遺言書としては有効になりえますが、無用な詮索や疑念、後の紛争を避けるためにも、やはり実印を使うのがいちばん安全で望ましいといえます。
実印
実印は、市区町村の役所に登録されている印鑑のことです。
市区町村が発行する印鑑証明書(印鑑登録証明書)で陰影が確認できるので、公的に認められた印鑑とされています。
この実印を押すことで、「確かに遺言者本人が実印を使って押印した遺言書」であると認められやすくなります。
遺言書の有効無効を争う裁判など、「争族」を防ぐためにも実印で押印しておきましょう。
認印
認印とは、届出をしていない個人の印鑑のことです。認印であっても有効ではあります。
市区町村の役所に印鑑登録をしていないので、実印に比べると法定効力が低くなります。一般的には、郵便物の受け取りや社内の書類、請求書や領収書などに使われます。
自筆証書遺言の押印に認印が使われている場合、状況によっては押印に使われた認印が本人のものではなく、他人が押印したものだと言われる可能性があります。よって、遺言無効確認の訴えなど裁判所で争われることがあります。
特に、登録した実印があるのに実印ではない認印で押印していると、余計な詮索や疑念を招くことにもなりえます。
もし、実印を使わないのであれば、後の紛争を予防するためにも、実印を使わなかった理由を自筆証書遺言の付言事項に書いておくといいでしょう。
指印
指印とは、手の指先に朱肉をつけて、印鑑の代わりに押すものです。
「遺言無効確認請求事件の判例(最判平成元年2月16日)」では、遺言書に指印があれば、押印がなくても遺言書は有効とされました。
とはいえ、遺言書の発見が遺言者が荼毘に付された後である場合など、指印では遺言者本人のものと証明するのは難しいこともあります。認印と同様に指印にした理由を自筆証書遺言の付言事項に書いておきましょう。
自筆証書遺言に署名・押印がないとどうなる?
ここで再度、民法の条文(第968条)を確認しましょう。
「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」
氏名を自書するというのは、署名のことです。自筆証書遺言書には、「署名・押印が必要」と法律上定められているため、自筆証書遺言に署名・押印がない場合には無効となる可能性が高くなってしまいます。
関連記事:「自筆証書遺言は無効になる可能性も!作成時の注意点とは」
自筆証書遺言に押印が全くなくても有効とみなされた事例
押印が全くない遺言書が有効とされた有名な最高裁判所の判例(最判昭和49年12月24日)です。
事件名 | 遺言書真否確認等請求 |
判示事項 | 遺言者の押印を欠く自筆遺言証書が有効とされた事例 |
裁判要旨 | 英文の自筆遺言証書に遺言者の署名が存するが押印を欠く場合において、同人が遺言書作成の約一年九か月前に日本に帰化した白系ロシア人であり、約四〇年間日本に居住していたが、主としてロシア語又は英語を使用し、日本語はかたことを話すにすぎず、交際相手は少数の日本人を除いてヨーロッパ人に限られ、日常の生活もまたヨーロッパの様式に従い、印章を使用するのは官庁に提出する書類等特に先方から押印を要求されるものに限られていた等原判示の事情(原判決理由参照)があるときは、右遺言書は有効と解すべきである。 |
参照法条 | 民法960条,民法967条,民法968条 ・遺言者は、日本に帰化したばかりのロシア人 ・日常会話は外国語、交際相手はほぼヨーロッパ人 ・遺言者には、印章を使用する文化がなかった |
以上のように裁判要旨をまとめると、非常に特殊なケースであることがわかります。裏を返すと「原則、押印は必要」といっているようなものです。押印のない遺言書が有効とされることはほとんどないともいえます。また、有効とされるとしても、相続人である家族の間で裁判をすることによる、精神的苦痛は計り知れません。裁判費用も、判決が出るまでの時間も相当かかるでしょう。
民法に「印を押さなければならない」と規定されているのですから、通常の場合には、「押印のない遺言は無効」になると思っておいた方が良いでしょう。また、自筆証書遺言の作成時には、実印で押印する方がより安心です。
おわりに
自筆証書遺言について解説いたしました。相続は実際に発生してからでは遅く、遺言書や不動産売買の方向性など生前に対策しておくことで、相続トラブルを減少させることができます。
その時に不可欠なのは専門家の存在です。「セゾンの相続 遺言サポート」を利用し、自分が相続の発生までに何をすべきか、準備を進めるようにしましょう。セゾンの相続では、遺言書の作成や家族信託など、争族対策からおひとりさまの終活まで生前に検討するべきことを、幅広く相談することができます。
遺言に関することで少しでも不安のある方は、一度相談してみましょう。相続の経験豊富な提携専門家のご紹介も可能ですので、お気軽にお問い合わせください。