企業の経営を次の世代に受け継ぐ際には多くの場合、株式の譲渡を行うことになります。親族内承継に伴う株式の譲渡にはいくつかの方法があります。この記事では、それぞれの方法がどのようなものかについての知識を得ることができます。また、各方法が持つメリットやデメリットについてわかりやすく説明しています。
この記事を読んでわかること
- 親族内で株式譲渡を行う場合でも、適正な価格を設定する必要がある。
- 親族内での株式譲渡には、「相続」「生前贈与」「売買」という3つの異なる方法がある。
- 株式譲渡の3つの方法にはそれぞれメリットやデメリットがあり、後継者が負担することになる税や他の相続人との間に生じうるトラブルなどについて考慮して、適切なものを選ぶ必要がある。
そもそも親族内での株式譲渡とは
株式譲渡とは、自社の株式を対価と引き換えに他者に譲り渡すことです。企業がM&Aを行う際によく利用されている手段でもあります。
親族内での株式譲渡はその一種であり、現経営者が保有している会社の株式を配偶者や子といった後継者に対して譲り渡すことを指します。同族企業であることが多い日本の中小企業では、後継者である子に経営権を移譲する際にこの手法がよくとられています。
会社の経営では、持ち株の比率によって株主の権限は変わってきます。具体的に言うと、株主総会の普通決議を単独で成立させるためには50%より多くの株式を、特別決議を単独で成立させるためには3分の2(66.7%)より多くの株式を後継者が保有するように株式譲渡を行う必要があります。後継者の経営力などをもとに、あらかじめ譲渡する株式数を決定しておくことが大切です。
親族内承継に伴う株式譲渡の注意点
親族内承継に伴う株式譲渡には、いくつか注意すべきポイントがあります。ここでは、それぞれの注意点について解説していきます。
不適正価格を設定しない
後に詳しく述べますが、親族内承継に伴う株式譲渡には相続、生前贈与、売買の3つの方法があります。この中で売買によって株式譲渡を行う際、不適正価格を設定しないことに注意する必要があります。
株式売買の際には経営者はその売買価格を決めることができます。親族内で売買を行う際は、安く買ってほしいという思いや後継者の資金不足から、低い価格を設定したいと考えるかもしれません。
しかし、企業価値などから算出された適正な価格を大きく下回る価格で売買を行った場合、適切な価格と設定した価格の差額分は贈与されたとみなされ、後継者に贈与税が課される可能性があります。
想定外の税務リスクを避けるため、親族内での売買であっても適切な価格で売買価格を決定するべきです。
贈与税や譲渡所得税を比較した上で売却価格を設定する
売買価格の設定は、発生しうる税金について考慮しながら行っていく必要があります。具体的な税金の種類としては先ほど挙げた贈与税の他に、売主に課される譲渡所得税が挙げられます。それぞれの算出方法について簡単に説明します。
贈与税は毎年1月1日から12月31日の間に受け取った財産の総額をもとに、以下のような計算式で算出することができます。「1年間に譲渡された財産の合計額-110万円(基礎控除額)×贈与税率-控除額」
売り手にかかる譲渡所得税は、売却で生じた譲渡益に定められた税率をかけることで算出することができます。譲渡益は「株式の譲渡価格-(株式の取得価格+取得に要した費用+手数料)」という式で算出されます。また、株式の譲渡所得税は分離課税であるため、税率は20.315%に固定されています。
- 所得税:15%
- 住民税:5%
- 復興特別所得税:0.315% ※2037年までの時限税
このうち取得費とは、株式の取得にかかった費用のことをいい、非上場株式では、相続や贈与などの過程を経ていると株式の取得費用が判明しないケースもあるため、その場合は譲渡価格の5%を取得費用として算出します。
例えば、譲渡価格が2,000万円、必要経費が400万円の場合
- 譲渡益 2,000万円-400万円=1,600万円
- 譲渡所得税 1,600万円×0.20315=325万400円
売却価格を適正より低く設定するほど売り手に課される贈与税が増え、高く設定すると売り手にかかる譲渡所得税が増えることになります。両者を比較したうえで適正な売却価格を決定する必要があるでしょう。
自社株の時価を適切に評価する
株式売買を親族内で行う場合、価格を適正より低く設定した場合は贈与税が、高く設定した場合は譲渡所得税が高額になってしまいます。このようなデメリットを軽減するため、自社株の時価を適切に設定する必要があります。
非上場株式を親族内で譲渡する場合、時価の設定は所有者の裁量で行うことができますが、不適切な時価を設定すると税務署に目をつけられて思わぬリスクが生じる可能性があります。
税法上の時価の算出方法に従い、従業員数や資本金額などから適切な方法で時価設定を行うようにしましょう。公認会計士などによる評価を受けているのであれば、参考にしても良いでしょう。
親族内で株式譲渡を行う方法
親族内で株式譲渡をする際には、3つの方法のうちから1つを採用することになります。以下では、それぞれの方法について解説していきます。
相続
相続は、現在株式を保有している経営者が死亡した後に、後継者となる親族が株式を承継するという方法です。遺言によってあらかじめ相続人が定められている場合はその親族に株式が相続され、遺言が無い場合は相続人全員で遺産分割協議を行って株式を承継する割合を決定する必要があります。
生前贈与
生前贈与とは、現経営者が存命の間に後継者との間に株式贈与契約を結び、保有する株式を無償で後継者に譲渡する方法です。後継者は贈与税を負担するのみで経営権を承継することができます。
売買
最後に挙げられるのは、親族間で株式譲渡契約を結び、現経営者が後継者に株式を売却するという方法です。非上場株式の場合は売り手である現経営者が価格を設定し、後継者がそれに応じて金銭などの対価を支払うことで経営権を承継します。
株式譲渡を親族内で行うメリット
株式譲渡を親族内で行うメリットとして、次の3つがあります。
- 生前贈与:計画的に贈与することで贈与税を抑えることができる
- 相続:遺言書の作成によって資産の引き継ぎ先が明確にできる
- 売買:多額の売却益を得られる
それぞれのメリットを解説していきます。
生前贈与:計画的に贈与することで贈与税を抑えることができる
現経営者が存命中に承継を行う生前贈与では、計画的に贈与を進めることで、後継者にかかる負担を最小限にすることができます。
生前贈与を行う場合、後継者は贈与された株式にかかる贈与税を納める必要がありますが、暦年課税制度には年間110万円の基礎控除があります。つまり、一年で贈与された株式が110万円分以下である場合は、贈与税を負担する必要がないということです。数年かけて計画的に贈与を行えば、課税負担を大きく減らすことが可能です。
また、60歳以上の父母や祖父母から20歳以上の子に対して生前贈与を行う場合、相続時精算課税制度を使うことができます。
この制度は贈与者の死後、生前贈与されていた財産と相続した財産にかかる税金を合算し、相続税として一括で払う代わりに、生前贈与の際に2,500万円の特別控除を受けることができるというものです。また、税制改正により2024年1月1日以降、年間110万円の基礎控除が追加となりました。この制度も計画的に利用することによって、後継者が負担する贈与税を抑えることができるでしょう。
相続:遺言書の作成によって資産の引き継ぎ先が明確にできる
相続の大きなメリットは、遺言書を作成することで相続財産の引き継ぎ先を明確に定めておくことができるというものです。現経営者の死後に行われる贈与ではありますが、遺言書によって資産を誰に引き継がせるかを現経営者が決定することができます。
また、相続は被相続人の死亡によって自動的に行われるものなので、株式の相続者を決め、それに従って株式の名義変更を行うだけと、必要な手続きが少ないという利点があります。
相続税の計算においては「3,000万円+600万円×法定相続人数」の基礎控除があるので、支払う税金を少なくすることができるということも、相続のメリットといえるでしょう。
売買:多額の売却益を得られる
売買によって株式を譲渡する場合、売り手である現経営者は多額の売却益を得ることができます。株式を売却することで現経営者は、後継者から株式の対価として金銭などを受け取ります。
所得税や住民税を負担する必要がありますが、手元に残った売却益は引退後の老後資金や自分の相続対策資金、新しい事業のための資金などさまざまな用途で利用することができます。
また、取引によって株式を引き継ぐ場合は他の相続人が遺留分を主張するなどのトラブルが起こらないため、資金を持つ特定の後継者に対して円滑に経営承継が行えるということも、売買による株式譲渡の大きな利点です。
株式譲渡を親族内で行うデメリット
前項では、親族内で株式譲渡を行う方法それぞれのメリットを解説しましたが、もちろん、それぞれの方法には留意すべきデメリットも存在します。
以下では、生前贈与と相続に着目して注意が必要なデメリットについて解説します。
生前贈与:贈与する株式の時価が高いと課税額が高くなる
生前贈与のデメリットは、贈与する株式が高額になるほど贈与税率が高くなり、贈与税が高くかかる可能性があるということです。
贈与税は暦年課税制度で1年間110万円の基礎控除しか認められていません。110万円を超えた控除後の課税価格が増加するほど、贈与税率も上がってしまいます。
課税価格と贈与税率の関係は、一般的には以下の表のようになります。
基礎控除後の課税価格 | 200万円以下 | 300万円以下 | 400万円以下 | 600万円以下 | 1,000万円以下 | 1,500万円以下 | 3,000万円以下 | 3,000万円超 |
税率 | 10% | 15% | 20% | 30% | 40% | 45% | 50% | 55% |
控除額 | 10万円 | 25万円 | 65万円 | 125万円 | 175万円 | 250万円 | 400万円 |
祖父から孫、父から子といった直系尊属からの贈与は控除額が上がると特例税率が適用されますが、課税価格が増えるほど、かなり税率が上がってしまうことになり、後継者にかかる負担が大きくなってしまいます。
また、相続が発生した際に、生前贈与された株式が特別受益としてみなされる可能性があるという点もこの方法のデメリットです。
特別受益とは、特定の相続人が被相続人から特別に利益を受けていることをいいます。財産が特別受益であると認められた場合、他の相続人から一定の相続財産を受け取る権利である遺留分を主張され、株式の権利が一部損なわれるリスクもあります。
相続:相続争いが起こる可能性がある
複数の相続人が存在している親族で、被相続者が遺言で指名したひとりを指名して相続を行った場合、他の相続人に反感を買い、相続争いがおこってしまうリスクがあります。
相続争いが起こると、経営権の引き継ぎやその後の会社の運営に大きく支障をきたすことになるかもしれません。被相続者は遺言書を書くだけで安心するのではなく、相続の後に起こりうる事態を予想しつつ、他の相続人や会社の従業員に対して相談や説明をしておく必要があるでしょう。
また、生前贈与の場合と同じく、相続の場合も他の法定相続人から遺留分を主張される可能性があることも、相続のデメリットといえます。
おわりに
この記事では、親族内承継に伴う株式譲渡の際に利用することができる3つの方法について解説してきました。それぞれの方法にメリットや注意すべきデメリットが存在し、どの方法が最適といえるのかはケースごとに異なります。株式譲渡をどのように行っていくか、さまざまな点を考慮しながら自信を持って判断することは大変かもしれません。
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