遺産相続において不利益や不公平を感じると、相続人間でもめることになりかねません。そこで重要になるのが「特別受益」です。特別受益分を無視して相続を行うと不公平になるため「持ち戻し」によって調整する必要があります。
この記事では、特別受益とは何か、持ち戻しの計算手順や注意点を解説し、よくある疑問にお答えします。
(本記事は2023年12月25日時点の情報です)
この記事を読んでわかること
- 特別受益は相続において特定の相続人だけが受け取った利益であり、公正な相続を保つために法理で定めがある
- 相続財産に特別受益を加え、法定相続分と遺留分を計算する「持ち戻し」を考慮する必要がある
- 特別受益になるもの、ならないものは状況によって異なるため専門家に相談するのがおすすめ
そもそも「特別受益」とは?
特別受益とは、一部の相続人だけが被相続人から受け取っている利益のことです。例えば、贈与・遺贈・死因贈与が挙げられます。
被相続人から特定の相続人への贈与等があった場合、その贈与等を相続分の前私とみて、計算上その贈与等を相続財産に加算して相続分を算定すると法律で定められています(民法第903条)。これは、相続人間で公平に遺産を相続できるようにするのが目的です。
特別受益に該当するもの
特別受益に該当するものは、下記のとおりです。ただし、被相続人の経済状況や社会的地位、生活水準によって特別受益の対象になるかどうか判断が分かれます。
生前贈与
生前贈与の内容はさまざまですが、特別受益に当たる生前贈与は「生計の資本としての贈与」「婚姻もしくは養子縁組のための贈与」の2種類です。
「生計の資本としての贈与」とは、生計を別にしている子に対する生活資金や事業資金、不動産などの贈与のことです。特別受益になるかどうかは贈与金額や趣旨などから判断されますが、判断基準となるのが親族間の扶養的金銭援助を超えるかどうかです。
「婚姻もしくは養子縁組のための贈与」とは、婚姻や養子縁組の際の持参金、または支度金のことです。結納金や挙式費用は、一般的には特別受益にはなりません。結納金は相手方の親に対する贈与であり、挙式費用も親と挙式会社との契約費用だからです。
死因贈与
死因贈与とは、被相続人と受贈者の合意に基づく贈与のことであり、贈与者が死亡したときに贈与の効力が生じます(民法第554条)。
死因贈与は、受贈者が相続人であるかどうかを問わずに財産を与えることが可能です。ただし、受贈者が特定の相続人であれば、贈与分が特別受益となります。死因贈与は口頭での合意でも成立しますが、トラブルを防ぐために死因贈与契約書を作成すると良いでしょう。
ただし、死因贈与によって他の相続人が遺産を受け取れないなどの問題がある場合、遺留分に満たない遺産しかもらえなかった相続人は「遺留分侵害請求」により、差額を請求することができます。遺留分とは、相続人のために法律上確保されている最低限度の財産のことです。
遺留分を有するのは、兄弟姉妹以外の法定相続人(民法第1042条第1項)、つまり配偶者、子、直系尊属です。
なお、遺留分侵害額の負担順序は、遺贈、死因贈与、生前贈与です。
遺贈
遺贈とは、遺言により人に遺言者の財産を無償で譲ることです。被相続人の遺産を相続するのは基本的に法定相続人ですが、遺贈により法定相続人以外に無償で財産を譲ることができます。
遺言で指名されて遺産を譲り受けたのが相続人の場合、この遺贈は特別受益に該当します。贈与と死因贈与との違いは、契約の有無です。
遺贈は、遺言書の中で「自分が亡くなったら〇〇に△△の財産を贈る」と、被相続人の一方的な意思表示を記載しておけばできますが、死因贈与では財産を渡す側ともらう側の双方の合意、つまり死因贈与契約が必要です。
特別受益に当たらないもの
特別受益に当たらないものには「少額の生前贈与」「死亡退職金・生命保険」「おしどり贈与」「相続人ではない方への贈与」が挙げられます。以下、具体的に見ていきましょう。
少額の生前贈与
生前贈与は、すべて特別受益になるわけではありません。前述の通り、特別受益に該当するのは親族間の扶養的金銭援助を超えた大きな贈与の場合です。家族として一般的な生活費や学費、医療費などを負担するのは当然のことという考え方から、特別受益には該当しません。
死亡退職金・生命保険
死亡退職金は、企業から法令に則って支払われるため、個人からの贈与とはみなされません。また、生命保険の受け取りに関しても法的に遺産とは別と解釈されるため、特別受益に該当しないのが基本です。
ただし、死亡退職金、生命保険ともに高額で相続人間に著しい不公平が生じる場合は、特別受益とみなされる場合があります。
例えば、死亡退職金の趣旨は遺族の生活保障が目的だと考えられているため、死亡退職金は遺産分割の対象とならないのが基本です。ただし、税法上は「みなし相続財産」として課税対象になります。
生命保険金も保険契約に基づいて受け取るため、受取人固有の財産と考えられますが、保険の契約内容によってはみなし相続財産となる場合もあります。
おしどり贈与
おしどり贈与とは、正式には「贈与税の配偶者控除の特例」といい、贈与税の非課税制度のひとつです。婚姻期間が20年以上の夫婦間で、一定の要件を満たす住居用不動産あるいは居住用不動産の購入資金を贈与した場合に適用されます。
通常、暦年贈与を行った場合、年間110万円の基礎控除を上回った金額に贈与税が課されますが、おしどり贈与の場合は110万円の他に最大2,000万円まで控除することが可能です。
おしどり贈与は、2019年7月の民法の改正により遺産分割や遺留分の対象から外れ、特別受益として考慮されなくなりました。
相続人ではない方への贈与
特別受益は相続人間の不公平をなくすための制度なので、特別受益が認められるのは相続人に限られます。そのため、相続人ではない方が生前贈与をされていても特別受益にはあたりません。ただし、相続人でない方への贈与が相続人の遺留分を侵害している場合、相続人は遺留分侵害額請求を行うことができます。
特別受益の「持ち戻し」とは?
特別受益を受けた相続人が他の相続人と同様に残りの遺産を相続すると、相続人間で不公平になります。そこで、特別受益を相続財産に加算して各相続人の相続分を算定することで、相続人間の不公平を解消しなければなりません。このように、相続財産に特別受益を加えて法定相続分と遺留分を計算することを「持ち戻し」といいます。
特別受益の持ち戻しの計算は、以下の手順で行います。
- みなし相続財産を計算
- 法定相続分をかけて具体的な相続分を計算
- 特別受益を受けた方から特別受益分を引く
ただし、相続人全員が特別受益を主張しない場合、持ち戻しが行われないこともあります。
特別受益の持ち戻しの計算手順
ここでは、下記の条件で特別受益の持ち戻しを計算していきます。
【条件】
相続財産 | 8,000万円 | |
法定相続人3名 | 長女(Aさん) | 結婚資金:500万円 |
長男(Bさん) | 不動産:3,500万円相当額 | |
次女(Cさん) | なし |
①みなし相続財産の総額を計算する
みなし相続財産とは、相続もしくは遺贈(遺言書による贈与)によって受け取る財産ではなく、被相続人の死亡をきっかけとして受け取る財産のことです。(この内容は相続法上のみなし相続財産)「亡くなった方が持っていた財産以外でも、相続財産の対象とみなす財産」のことです。今回は特別受益の持ち戻しの計算のため、遺産分割において対象となる【相続財産+特別受益分】として総額を計算します。(民法上のみなし相続財産)。
みなし相続財産を計算する方法は、下記のとおりです。
みなし相続財産=相続財産+特別受益分
条件を当てはめて計算すると、相続財産は以下のとおりです。
相続財産:8,000万円+(Aさん:500万円+Bさん:3,500万円)=1億2,000万円
②1人当たりの相続分を割り出す
次に、1人当たりの相続分を割り出します。計算式は、以下のとおりです。
1人当たりの相続分=みなし相続財産÷法定相続人数
条件を当てはめて計算すると下記のとおりです。
みなし相続財産:1億2,000万円×1/3=4,000万円
③特別受益分を差し引く
次に、1人当たりの相続分から特別受益分を差し引きます。
上記の例では、Aさんは結婚資金500万円、Bさんは不動産3,500万円相当が特別受益分です。Cさんは特別受益がありません。それぞれの相続分は4,000万円です。
そのため、Aさんは3,500万円、Bさんは500万円、Cさんは4,000万円を相続できます。
特別受益の持ち戻しを計算する際の注意点
特別受益の持ち戻しを計算する際には、以下の点に注意してください。
特別受益の持ち戻し免除が指定されている場合がある
被相続人の意思表示によって、特別受益の持ち戻し免除を行うことができます(民法第903条第3項)。
例えば、遺言書に「この特別受益は持ち戻ししないでほしい」と指定がある場合、特別受益を考慮せずに遺産分割を行わなければなりません。このように遺言書や生前贈与契約書などで明確に記載されている場合、被相続人の意思を尊重するために特別受益の持ち直しが免除されるわけです。
意思表示の方法には法律上の決まりはありません。そのため、書面だけでなく口答での持ち戻し免除が認められる場合もありますが、遺言書や生前贈与契約書など証拠が残る形で意思表示を行わなければ、遺産分割審判などの際に持ち戻しの免除が認められない場合もあります。
また、持ち戻し免除により相続人の遺留分を侵害する場合は、相続人は遺留分侵害額請求ができます。
特別受益には時効がない
特別受益には時効がありません。そのため、どれだけ昔に行われた贈与であっても特別受益として持ち戻しされます。
ただし、民法に規定されている遺留分に関する計算の際には、被相続人が亡くなる10年前以上の贈与は計算に含めません。遺産分割をする場合には特別受益に時効がありませんが、遺留分を計算する際には10年間の期限があるので区別する必要があります。
特別受益の持ち戻しに関する疑問を解決
特別受益の持ち戻しの際に、よくある疑問を見ていきましょう。併せて解決方法も解説します。
相続人が特別受益を認めてくれないときはどうする?
特別受益を受けた相続人がそれを認めれば、証拠は特に必要ありません。そうでない場合は、証拠を提出して家庭裁判所にて特別利益を認めてもらう必要があります。
特別受益の内容によって証拠が異なるため、証拠集めが難航する可能性があります。そのため、相続人が特別受益を認めない場合は弁護士など専門家に依頼するのが賢明です。代理人として資料を請求し、相続人ご自身では取得できない資料を集められる可能性があります。
相続人全員の合意が得られなかった場合、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる必要があります。
調停でも意見がまとまらない場合は、遺産分割審判に移行するのが一般的です。
遺産分割が終わった後に特別受益が発覚したら?
遺産分割が終わった後に特別受益が発覚した場合、その特別受益をどのように取り扱うことにするか考える必要があります。取り扱う方法としては、遺産分割協議をやり直す、もしくは遺留分侵害額請求を行うことが想定されます。
遺産分割協議を選択した際は協議が難航しやすいので遺産分割が終わった後に新たに発覚した特別受益の取り扱いについて、事前に対応方針を決めておくことが望ましいでしょう。
遺留分侵害額請求を行う場合には請求権が消滅してしまう時効があることに特に留意する必要があります。
このように特別受益が遺産分割後に新たに発覚した場合、上記を踏まえて対応する必要があります。ただし、このようなケースでは専門的な知識を要する場合が想定されるため、弁護士等の専門家に相談することをおすすめします。
特別受益が法定相続分より多かったら戻すべき?
特別受益が法定相続分を超えている場合を「超過特別受益」といいます。超過特別受益は、他の相続人に返還する必要はありません。被相続人が法定相続分を超える財産を渡していたということは、その相続人により多くの財産を相続させたいという意思があったことを尊重するためです。
ただし、超過特別受益を戻す必要はなくても、それによって他の相続人の遺留分を侵害している場合、遺留分侵害額請求をされる場合があります。生前贈与や遺贈が法定相続分を超えているだけでなく、他の相続人の遺留分まで侵害している場合は他の相続人に返還することになるため注意が必要です。
特別受益や生前贈与などの相談は「セゾンの相続」へ
相続の際に特別受益があると相続人間に不公平が生じ、遺産分割協議が遅々として進まない可能性もあります。こうした事態を回避するためには、相続の専門家に相談するのがおすすめです。
セゾンの相続 相続対策サポートでは、相続対策に強い専門家と提携しておりますので、信頼できる専門家との無料相談や最適なプランのご提案が可能です。相続前だけでなく、相続時、相続後も専門家が継続的にサポートいたしますので、今すぐ依頼を考えていない場合でも、ぜひ一度ご相談ください。
おわりに
特別受益は、相続の不公平を生む可能性があるため、注意が必要です。どのような場合に特別受益となるのか、持ち戻しについてもあらかじめ理解しておくことで、遺産相続をスムーズに進められるでしょう。生前贈与や遺贈などでのちのちトラブルに発展しないよう、相続について専門家のアドバイスを受けることも検討してみてください。