当記事をお読みの皆様の中には、どなたかの葬儀に参列したり、あるいは時代劇などをご覧になったり日本史関連の本をお読みになったりなどして、ふと「享年(きょうねん)」と「行年(ぎょうねん)」「没年」などの表現と、それらの語の意味はどこがどう違うのかなどの疑問をお持ちになったことがある方もいらっしゃることでしょう。当記事は、そうしたさまざまな年齢の数え方に関するトリビアにご興味がおありの方にもおすすめです。
この記事を読んでわかること
「享年」とは故人が亡くなった時の年齢を意味し、仏教用語で「天から授かった年数」という意味があります。日本での年齢の数え方には現代のような満年齢と伝統的な数え年がありますが、享年は一般に数え年で年齢を数えます。一方、やはり故人が亡くなった時の年齢ですが「人の世で修行を積んだ年数」の意味がある「行年」は、現在では多くの場合満年齢で書きます。現代では「享年」は寺院にあるお墓、「行年」は特定の宗教宗派によらない霊園式の墓地のお墓で使われることが多いです。ただ、実際にはほとんど区別はなく画数の少なくわかりやすい満年齢の「行年」が好んで使われる傾向にあります。
「享年」とはどんな意味?
どなたかの葬儀に参列したり、訃報を見たり、また本などを読んでいると、よく「享年」という言葉に遭遇します。
この享年とは皆様の多くはすでにご存じかと思われますが、一言で言うと「故人が亡くなった時まで天から命を享けた年数」のことです。
なお、当記事の今回のテーマは仏教に由来する(要素の多い)言葉なので、仏式葬儀を前提としたくだりが多いことをご了承ください。
享年の意味
この語の読み方は「きょうねん」であり、そもそもは仏教用語のひとつで「天から享けた(うけた、つまり授かった)年数」という意味です。ただし、詳しくは後述しますが前近代〜近代初頭には使用例がそれほど多くありません。
享年の数え方
日本も含む東アジアの年齢の数え方には、伝統的な「数え年」と現在法律上の手続きなどを始め日常的に使われる満年齢があります。
日本の場合、享年は基本的に数え年で表すのが一般的です。ただし、地域や宗教宗派、さらには同じ宗教宗派でも各寺院や教会などの指導者によって考え方が異なる場合もある(近年では、宗教宗派を問わず数え年を使う場合もあれば満年齢を使う場合もある)ため、その点には気を配りましょう。
数え年の考え方とは
全ての人間は最初は生まれたばかりの赤ちゃんであるわけですが、この誕生直後の時点では数え年では1歳、満年齢では0歳となります。この数え方の理由には諸説ありますが、今回は割愛します。
ちなみに、落語の古典的演目に『子ほめ』という噺があります。人を褒めるには歳を若く言えば良いと教えられた八五郎が、生まれたての赤ちゃんが1歳といわれて、1より少ない数をタダと言ったという、この「数え年」では誕生の時点で1歳とするということを前提としたギャグが使われていることで有名なので、ご存じの方もいらっしゃることでしょう。
そしてここが面白くまた若干難解な点ですが、人は1月1日に歳を重ねるという考え方でもあります。そのため、4年に1度しかない閏年(うるう年)の2月29日が誕生日である人も問題なく歳を重ねることができるというわけでもあります。
つまり、次のような算出方法です。なお西洋では、「誕生時の年齢を1歳として、最初の誕生日で2歳となる」式の数え年を中世頃まで使っていました。
- その年の誕生日を迎えるまでは、満年齢に2歳プラスする
- その年の誕生日を迎えたら、満年齢に1歳プラスする
より具体的には、次に見ていきましょう。
1月1日の時点で満88歳の方の享年は?
数え年による享年の算出方法ですが、ここで具体的な例を挙げて見ていきます。
例えば、1月1日の時点で満88歳のAさんがいるとします。7月1日がAさんの誕生日として、Aさんが89歳の誕生日を迎える年に亡くなったとしましょう。この場合、次のようになります。
Aさんが亡くなったのが1月1日~6月30日までの間とすると、88歳+2歳で享年90
7月1日(誕生日)~12月31日までの間に亡くなった場合、89歳+1歳で享年90
インターネット上には、享年計算表や享年計算サイトも複数あります。もし迷った場合は、参考にしてみても良いでしょう。
一般的に享年では「歳」はつけないことが多い
正式な表現では享年には歳をつけません。なぜなら、「享年」にすでに「年」の語が使われているので、「左に左折する」「顔を真っ赤にして赤面する」のような二重表現になってしまうからです。
ただし、言葉というものは変化するものなので近年ではつける場合もあります(さらに言うと、これは墓石や墓誌の文言の例ではないですが、江戸時代後期に活躍した作家で一流の知識人として知られていた曲亭馬琴の作品の中にも「享年○歳」という表記があるので、そもそもあまり気にされていなかったようです)。
「行年」や「没年」との違いに注意
「人が亡くなること」と「年」に関する言葉で、享年と同じくらいよく見る言葉に、「行年」や「没年」などがあります。この「行年」はともかくとして、「没年」はしばしば「享年」と混同されがちなので注意しましょう。
まず没年についてですが、没年はそもそも年齢ではなく、「故人が亡くなった年次」を意味します。ただ極めて稀にですが、故人が亡くなった時の年齢を指す用例も存在するので「絶対に誤っている」わけではありません。
例えば1960年に亡くなった方の場合、その方の没年は1960年になるわけです。行年については、次の項で詳しく説明します。
「行年」とはどんな意味?
ここでは、前項のラストで申しましたとおり、享年と似た言葉として使われる機会が多いが意味などが若干異なる「行年」の読み方や意味などについて紹介します。
行年の意味
行年とは、「ぎょうねん」または「こうねん」と読み、享年と同じく故人が亡くなった時の年齢を意味する言葉です。
この行年も本来仏教用語であり、「娑婆(しゃば。現世=いわゆる人の世、この世のこと)で修行を積んだ年数」という意味、あるいはより単純に「人の世で経てきた年数」の意味があります。
行年の数え方
先述のように、今の日本に存在する年齢の数え方には満年齢と数え年がありますが、現代では行年は基本的に「満年齢」で表す傾向があります。これは、人がこの世で修行を積む、あるいはこの世で時を過ごすことは、誕生の瞬間に始まるとする考え方のためです。
ただし、地域や宗教宗派及び寺院などによっては現代でも行年を数え年で表記するしきたりがある場合もあります。ネット上の行年表も、数え年表記のものが多くあります。
満年齢の考え方とは
現代で一般的な満年齢は、生まれた時点を0歳とし、誕生日を迎えるごとに年齢を加算する数え方であり、歴史的にいつ頃、どこで使われ始めたのかは不明です。
しかし数学上の「0(ゼロ)」の概念は7世紀のインドの数学者ブラーマグプタによって発見・定義されたので、少なくとも7世紀以降に使われ始めたことは確かなようです。
かつては違った
当たり前と言えば当たり前ですが、行年もかつて満年齢が使われていなかった時代は享年と同じように数え年で計算されており、両者の区別はほとんどされていませんでした。
明治時代の日本社会は、いわゆる文明開化によって西洋近代文化を取り入れて近代化を進めていきましたが、その頃政府によって「取り入れるべき」とされた西洋近代文明の産物の中に、満年齢もあったわけです。
そのため1902年に『年齢計算ニ関スル法律』が施行され、満年齢が日本社会に根付く第一歩となりました。
しかしながら数え年が何百年間も一般的だったこともあり、この時点では法律上の手続きはともかく、それ以外の場面では満年齢はあまりポピュラーなものにはなりませんでした。
その後、戦後復興期に当たる1950年に『年齢のとなえ方に関する法律』が施行されました。これが追い風となってようやく満年齢の考え方が一般的になり、行年に満年齢が採用されるケースが現れ、享年と区別されるようになりました。
一般的に行年では「歳」をつけることが多い
一般的に、行年は享年とは異なり「歳」をつける表記が多いです。
「享年」と「行年」使い分けは必要?
先述のように、元々は享年と行年は使い分けがほとんどされていませんでした。
では、現代の実際の使用法はどうなのでしょうか?以下にて解説します。
享年が使われるシーン
享年の語は、仏教寺院の檀家としてのお墓(墓石)や位牌・葬儀などで使用されることが多いです。
ちなみに、神式の葬儀でも必ずしも一般的ではありませんが、「享年」を使う場合があります。享年とはそもそも「人智を超えた絶対的な存在によって授かった年齢」という意味があるので、神式でも違和感を余り感じないからかもしれません。
なおキリスト教式の場合は、墓石には故人の年齢は単に「○歳」とだけ表現することが多いです。
行年が使われるシーン
行年の語は、特定の宗教宗派とは関係ない霊園やお墓などで使用されるケースが多いです。
先述のように、そもそも行年とは「人の世で修行を積んだ年数」という意味であるとされますが、より単純な「人の世で過ごした期間」程度のニュアンスでの解釈もされるため、特定の宗教宗派によらない弔いにふさわしいとされるようです。
あえて区別せずわかりやすい数え方を優先する場合も
そもそも享年と行年は区別されていなかった時期の方が長く、現代でも厳密には決まりがなく区別されていない場合も少なくありません。
画数が少ないため、記載(=石材加工)の手間が省けるといった理由で墓石には行年が刻まれるケースもあります。
こうしたことは結局信仰する宗教宗派によって違う場合もあるので、一概にはいえないこともあります。
また、日本仏教の宗派の中でも浄土真宗(特に大谷派)には、真言宗や曹洞宗などの他の宗派にはない独特の「人が亡くなった時の年齢」を意味する語があります。それは「寿算(じゅさん)」という語で、故人がより高齢で亡くなった場合に使われる傾向があります。
寿算は数え年・満年齢のどちらの数え方も使われ「寿算○歳」と表記します。
「享年」を使った例文をチェック
ここでは、具体的な「享年」の語の使用例を紹介します。
喪中はがき
年末年始に喪中にある場合、年賀状の代わりに出すいわゆる喪中はがきなどで故人の享年に言及する場合は、「本年〇月に父××が享年△△にて永眠いたしました」などのように書きます。
位牌
仏式の位牌の場合、表面には戒名(法名・法号など宗派により異なる呼称)、裏面には俗名(故人の本名)、享年(または行年)が彫られるのが一般的です。
なお、故人の没年月日は基本的に東日本では表面に、東海〜西日本では裏面に記載します。享年とする場合、歳はつけず「享年八十八」のように表記します。
また、いわゆる無宗教式でも、戒名なしの位牌(俗名位牌)が作られることもありますが、その場合一般に享年は裏面に記載します。
墓石
無宗教式も含めた宗教宗派を問わず、墓石に故人の亡くなった時の年齢を記載する際に「享年」という表現を使う場合、「享年〇」とし基本的に「歳」はつけません。
実は「享年」という表現自体、割と新しい時代にメジャーになった!?
「享年」と「行年」の語自体が、実は比較的新しい時代になって一般化されたふしがあります。
例えば、墓石に故人の享年を記載するケースは、宗教宗派や地域による差は若干ありますが、明治期前半頃までは故人がある程度の有力者層に属する場合であっても必ずしも一般的ではありませんでした。
享年を記載する場合も「年○」「年○終」「歳○卒」などさまざまなバリエーションがあり、あくまでそれらの中の必ずしもメジャーではないケースのひとつに「享年」あるいは「行年」があるに過ぎなかったことがわかっています。
また、幕末〜明治期に活躍した浮世絵師月岡芳年の手になる、日本の神話上・歴史上の武人をテーマとするシリーズ物の浮世絵『大日本名将鑑』(1877〜1881)の「詞書」で絵の主人公となった人物の享年について言及する際も、「年○」が使われています。
このことからも、「享年」あるいは「行年」が一般的に使われるようになったのは、早くても明治期後半以降であったと言えるでしょう。
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おわりに
当記事のテーマである「享年」という言葉に関するさまざまな決まり事もそうですが、葬儀その他の故人供養には「伝統」とされてはいるものの、実際には世間でイメージされている以上に新しい時代になって他の文化などから取り入れられたり、あるいは創作されたりしたいわゆる「作られた伝統」が案外多いものです。しかし、そうした作られた伝統だから「劣っている・悪い・誤っている」ということではありません。真の意味で大切なのは、故人への真心がこもっているかということです。
<参考文献>
関根達人『墓石が語る江戸時代 大名・庶民の墓事情』吉川弘文館、2018