「私の財産はすべて愛人の〇〇に相続させる」このように、ご家族が他のご家族に一切財産を相続させない遺言書が出てきたら面食らってしまうかもしれません。しかし、このような遺言書が出てきても、財産の一部を受け継ぐ余地はあるのです。
今回は、遺留分を無視した遺言書が出てきた場合の対処法について、遺留分の意味も含めて解説します。これから相続を迎えたり、相続に向けて準備したりしている方は参考にしてください。
この記事を読んでわかること
遺留分を侵害している遺言書が出てきた場合でも、配偶者・子ども・親・祖父母など一定の関係にある法定相続人は、遺留分侵害額請求を行うことができます。
本来であれば生前から話し合いをし、遺留分を侵害しない形で遺言書を遺すか、遺留分を侵害することに納得してもらうのが望ましいでしょう。しかし、お金が絡むデリケートな問題だけに、慎重に進める必要があります。司法書士などの専門家も交え、早い段階から準備しましょう。
そもそも遺留分とは?
遺言書にどんな内容が定められていたとしても、亡くなった方(被相続人)と特定の関係にあった方に関しては、遺産について一定の取り分が認められています。
この取り分のことを遺留分といいますが、詳しく解説しましょう。
遺留分とは法律で定められた権利
遺留分とは、法定相続人に、最低限保証される遺産の取得分のことです。本来、相続人の財産の処分は、遺言書に沿って行われますが、民法の定めにより一定の制限が課せられています。
そのため、仮に遺言書に特定の人物にのみ遺産を相続させる記述があったとしても、遺留分を受け取ることは可能です。
逆に、ご自身が遺産を一切受け取れないなど、遺留分を侵害した遺言書であっても、請求をしない限りはそのまま実行されてしまいます。遺留分の請求は、遺言書の存在と内容を知り次第、すぐに行いましょう。
法定相続人のなかで誰が請求できる?
法定相続人であっても、遺留分を請求できるのは以下の立場にある方に限られています。
- 配偶者
- 子ども・孫・ひ孫(直系卑属)
- 父母・祖父母(直系尊属)
遺言者の兄弟姉妹は、法定相続人であっても遺留分が認められない点に注意が必要です。
また、例え遺留分を請求できる法定相続人であっても、以下のいずれかに当てはまる場合は相続欠格として扱われ、遺留分も請求できません(民法891条)。
- 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
- 被相続人が殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がない時、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であった時は、この限りでない。
- 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
- 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
- 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
遺留分の割合の違い
遺留分として相続できる割合は、法定相続人の立場によって異なります。法定相続分と併せて一覧にしてみました。
相続人 | 法定相続分 | 遺留分 |
配偶者のみ | 全て | 2分の1 |
配偶者と子 | 配偶者2分の1、子2分の1 | 配偶者4分の1、子4分の1 |
配偶者と父母 | 配偶者3分の2、父母3分の1 | 配偶者3分の1、父母6分の1 |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1 | 配偶者2分の1 |
子のみ | 全て | 2分の1 |
父母のみ | 全て | 3分の1 |
兄弟姉妹のみ | 全て | なし |
遺言書と遺留分はどちらが強い?
遺言書があっても、その内容に納得がいかないご遺族の間でトラブルになることは充分に考えられます。特に、遺留分を全く無視した内容だった場合は、早急に解決を図るのが望ましいでしょう。
ここでは、遺言書と遺留分のどちらが強いのか、そして、遺留分に相当する財産すら受け取れない状態だった=侵害されていた場合の対処法について解説します。
遺留分が優先される
結論からいうと、遺言書があっても遺留分が侵害されていたケースでは、遺留分を確保することが優先されます。ただし、遺言書の内容自体が無効になるわけではない点に注意してください。
遺留分が侵害されるとはどういうこと?
遺留分が侵害されるとは、遺留分に相当する財産を受け取れない状態になっていることです。
例えば、配偶者は常に相続人になりますが、遺言書に「配偶者には一切財産を相続させない」と書かれていた場合、配偶者の遺留分が侵害されていることになります。
遺留分侵害の具体例を2つ紹介しましょう。
具体例1 夫婦+長男・長女・次男の5人家族の家庭で、夫が他界。遺言書には「長男と次男に遺産を2分の1ずつ相続させる」旨が書いてあった。この場合、妻と長女が、長男と次男に対し遺留分を請求することが可能。割合は配偶者が4分の1、長女が12分の1(4分の1×3分の1)となる。 |
具体例2 夫婦+長女の3人家族の家庭で、妻が他界。遺言書には「自分の財産はお世話になった知人に全て相続させる」旨が記載されていた。この場合、夫と長女は知人に対し遺留分を請求することが可能。割合は配偶者が4分の1、長女が4分の1となる。 |
遺留分が侵害されている場合、いつまでに請求したら良い?
遺言書の内容が遺留分を侵害していた場合は、裁判所に遺留分減殺請求による物件返還請求調停を申し立てることができます。
収入印紙1,200円分と切手、必要な書類を用意して相手方の住所地の家庭裁判所で手続きをしましょう。当事者間の合意があれば、相手方の住所地の家庭裁判所でなくてもかまいません。
なお、申し立ては相続開始及び減殺すべき贈与又は遺贈のあったことを知った時から1年以内又は相続開始のときから10年以内に行う必要があります。
後述する対処法を試すには意外と時間がかかるため、遺留分が侵害されていることがわかり次第、すぐに動くと良いでしょう。
遺留分が侵害されていた場合の対処法
「自分は法定相続人のはずなのに、一切遺産が受け取れないことになっていた」など、遺留分が侵害されている場合はしかるべき対処をしましょう。
もちろん、いきなり相手方と話し合いをしても解決は難しいかもしれません。
以下に示すように、しかるべき手順を踏んで進めていきましょう。
調査する
まずは以下の3点について調べましょう。
- 誰が相続人になるのか
- 遺留分が認められる相続人は誰か
- 相続財産はどのぐらいあるのか
ご自身で調べるのが難しい場合は、司法書士などの専門家に相談しましょう。
遺留分侵害額請求の通知
調査の結果、遺留分が侵害されている可能性が高い場合は、相手方(侵害している方)に遺留分侵害額請求の通知をします。「遺留分の請求をします」という意思表示をすることですが、通知方法に決まりはありません。しかし、通知した証拠を残すという意味で内容証明郵便を利用すると良いでしょう。
なお、内容証明郵便は扱える郵便局が限られている上に、1行の文字数の上限などについても細かい決まりがあります。郵便局で確認したうえで作成しましょう。
話し合い
相手方に遺留分侵害額請求の通知が届いたら、話し合いに移ります。返還額や返済期限など、細かい条件のすり合わせを行いましょう。
お互い条件に合意できるなら、ここで解決です。後々トラブルになることを防ぐために話し合いで合意した内容は書面に起こし、当事者全員が署名してコピーを控えておくことをおすすめします。
話がまとまらない場合は調停や訴訟へ
話し合いができなかったり、話し合いをしても条件に合意できなかったりした場合は、調停や訴訟に移ります。前述した遺留分減殺請求による物件返還請求調停は、簡単にいうと調停委員を交えた話し合いです。証拠となる書類も参考にしながら調停委員が話を聞き、解決を目指すことになります。
万が一、調停で解決できなかった場合は訴訟になります。この場合、家庭裁判所ではなく地方裁判所もしくは簡易裁判所に訴状を作成して提起する流れです。
なお、訴えを提起する際にかかる手数料は遺留分の額によって変わるため、裁判所で確認しましょう。
遺言書作成時にできる遺留分対策
特定の方に財産を渡したくないご事情がある場合は、遺言書を作成する段階で対策を講じましょう。実際に相続が発生した段階で起きるトラブルを軽減できるはずです。
ここでは、遺言書作成時にできる遺留分対策として、以下の8つを解説します。
付言事項を加える
付言事項とは、遺言書における法的効力を与えることを直接の目的としない記載事項のことです。
「今までありがとう。家族みんなこれからも仲良くね」といった家族へのメッセージや葬儀・納骨に関する希望などを考えるとわかりやすいでしょう。
遺言書に付言事項はなくても構いません。しかし、感謝の気持ちを付け加え、感情に訴えることができるのは大きなメリットでしょう。
遺言書作成前に相続人と話し合う
遺言書を作成する前に、相続人になりうるご家族と話し合うのも重要。そもそも、遺留分侵害額請求が起きるのは、相続人が納得できない遺言書が作成されたからです。まずは話し合いをし、相続人が納得できる遺言書を作成しておく方がトラブルは避けられます。
この際、全ての相続人になりうる方から話を聞くことが大切です。一部の方だけから話を聞いて遺言書を作成したのでは、後々「生前に話し合いできなかった」という理由でトラブルにつながります。
遺留分計算対象外の生命保険を利用する
どうしても特定の方に多く財産を残したいという場合は、生命保険も上手に活用しましょう。生命保険の死亡保険金は受取人の固有財産になるためです。
つまり、財産を残したい方を死亡保険金の受取人に指定すれば、原則としてその方が受け取れるようになります。ただし、生命保険金が遺産全体のかなりの割合を占めていた場合は、他の相続人との間に著しい不公平が生じるので、遺留分の対象と判断されるかもしれません。
例えば「ご夫婦+子ども2人」というご家庭で、ご主人が亡くなったとしましょう。ご主人の相続財産は200万円でしたが、奥様のみを死亡保険金の受取人とする生命保険に加入していました。
死亡保険金が1億円だった場合、生命保険金が遺産のほとんどを占めていることから、不当に高いと判断される可能性は十分にあります。
相続人廃除を利用する
折り合いが悪く、遺産を相続させたくないご家族がいる場合は、相続人の廃除の手続きをしておきましょう。
相続人の廃除とは、相続人から虐待や重大な侮辱を受けたり、その他の著しい非行があったりした場合、被相続人が家庭裁判所に請求を行い、相続人の地位を奪うことを指します。虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行の具体例をいくつか挙げてみました。
- 相続人による被相続人へのDV、モラハラが常態化していた。
- 相続人がギャンブルで多額の借金を作り、被相続人に肩代わりさせていた。
- 被相続人の財産を相続人が黙って処分していた。
- 配偶者が愛人と同棲して家庭を顧みないなど不貞行為を働いていた。
なお、相続人の廃除をするためには、生前にご自身が家庭裁判所に申し立てるか、遺言書にその旨を盛り込むかしないといけません。遺言書を使う場合は、遺言執行者を選任し、家庭裁判所での手続きを行ってもらうことになります。
遺留分放棄してもらう
相続人を説得し、遺留分の放棄をしてもらうことも考えられます。生前に行う場合は、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所で遺留分権利者本人が申し立てをしなくてはいけません。
その際には以下の書類が必要になります。
- 家事審判申立書
- 不動産の目録
- 現金・預貯金・株式などの財産目録
- 被相続人予定者の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
なお、本来は認められるはずの権利を奪う手続きである以上、どのような場合でも認められるわけではありません。他者が強要してはいけないのはもちろん、生前贈与をしたり、借金を肩代わりしたりなど、相応の代償が必要です。
早めに生前贈与を利用する
どうしても財産を渡したい方がいる場合は、生前贈与を活用しましょう。
ただし、相続開始前の1年間に行われた相続人以外への生前贈与は、遺留分を算定するための財産に含めることができる決まりになっています。
生前贈与をした分が遺留分の計算に含まれないようにするには、できるだけ早めに生前贈与を行うのが望ましいです。
遺留分を減らす
前述したとおり、生前贈与などで相続財産を減らせれば遺留分も減らせます。それ以外の方法として考えられるのは、養子縁組で法定相続人を増やすことです。
例えば、相続人が子ども(長男・次男)2人で、お孫さんが1人いたケースを考えてみましょう。本来、孫は法定相続人になりませんが、養子にすれば法定相続人になります。この場合の法定相続分と遺留分は以下のとおりです。
法定相続分 | 遺留分 | |
配偶者 | 2分の1 | 4分の1 |
子ども | 2分の1 | 4分の1 |
子ども1人当たり | 6分の1 | 12分の1 |
遺言執行者に法律の専門家を選任する
遺言執行者に司法書士など法律の専門家を選任するのも有効です。遺言執行者とは、遺言に記載された内容を実現する役割を負う方のことです。財産目録を作成したり、預貯金を払い戻したりなどの手続きを一手に引き受けます。
司法書士などの専門家は第三者的な立場から関与することになるので、客観的な話し合いをしたり、アドバイスを与えてくれたりするでしょう。
相続対策の相談は「セゾンの相続 遺言サポート」へ
相続はお金が絡むデリケートな問題です。生前は仲の良かったご家族でも、相続を迎えるとトラブルが頻発するのは珍しくありません。
調停や裁判にもつれこむと、元通りに仲良くするのはかなり難しくなります。トラブルを避けるためにも、生前からできる準備はしておきましょう。
「セゾンの相続 遺言サポート」は、遺言書の作成や生前贈与の相談など、相続に関するあらゆるお悩みに対応しています。まずはお話を伺ったうえで、最適な方法をご提案させていただきますので、お気軽にご相談ください。
おわりに
遺留分を無視した遺言書が見つかったとしても、遺留分を取り戻す余地はあります。しかし、できれば生前から話し合いをし、相続に関して納得がいかないというご家族が出ないようにしておく方が親切です。
このコラムで紹介した方法を試し、相続に関わる全ての方が納得のいく結論を出せるようにしましょう。ご家族やご親族だけで話し合いがまとまらない場合は、司法書士など専門家のサポートを受けるのをおすすめします。