遺産分割協議書作成後にトラブルが発覚し、相続分に納得できず悩んでいる方もいるでしょう。遺産分割協議書の内容の取り消しや協議のやり直しをするには、法律上の条件を理解する必要があります。
本記事では、遺産分割協議書作成後に起こりうるトラブルの具体例と対処法を詳しく解説します。最後まで読んでいただければ遺産分割協議書を取り消しできるかどうかの判断基準がわかり、トラブルへ適切に対応できるでしょう。
この記事を読んでわかること
- 遺産分割協議書作成後にトラブルが発覚した場合、騙された事実などを証明できれば取り消しできる
- 遺産分割を取り消すには、他の相続人に意思表示して取消権を行使する必要がある
- 相続税の申告期限などは遺産分割をやり直しても延長にならないため注意が必要
- 法律の規定を守らなければ遺産分割協議が無効になるため、プロのサポートを受けるのがおすすめ
遺産分割協議で騙された場合は、意思表示を取り消せる
遺産分割協議書は、相続人全員が遺産分割について合意したことを示す法的効力のある文書です。
原則、遺産分割協議書作成後は内容を変更できませんが、他の相続人などに騙されたことが発覚した場合は取り消せる可能性があります。
民法では、以下に該当する意思表示は取り消し可能であると定めています。
- 錯誤に基づいた意思表示(民法第95条)
- 詐欺または脅迫された状況での意思表示(民法第96条)
錯誤とは、わかりやすくいうと「勘違いした状態」のことです。
例えば、相続人の一部が相続遺産を意図的に隠していた場合、隠された遺産を除いたものが遺産の総額であると錯誤(勘違い)していたと主張できます。
また、詐欺の事実に気づいた場合、騙されていたことを証明できれば遺産分割協議書を取り消しできる可能性があります。
遺産分割協議書作成後にトラブルが発覚した場合は、諦めずに取り消しを検討してみましょう。
参照元:
遺産分割協議書作成後に発覚!よくあるトラブル事例
遺産分割協議書作成後によく発覚するトラブルとしては、以下の事例が挙げられます。
- 相続人が遺産を隠していた
- 生前贈与があったことを黙っていた
- 相続財産の売却価格を実際より低く伝える
- 分割前の遺産を使い込み、その事実を黙っていた
それぞれ詳しく見ていきましょう。
相続人が遺産を隠していた
遺産分割協議では、被相続人の遺産の総額を把握してから分割方法を協議し、相続分を確定します。
しかし、遺産分割協議書作成後に一部の相続人が遺産の存在を隠していたことが発覚し、トラブルになることがあります。
例えば、被相続人と同居していた相続人が、他の相続人が知らないタンス預金を把握していた場合などです。
亡くなった時点で被相続人が所有していた財産は遺産分割の対象であり、本来は一部の相続人が独占してはいけません。
生前贈与があったことを黙っていた
生前贈与とは、被相続人が生きているうちに任意の相手へ所有財産を譲り渡す行為を指します。
遺産分割協議書作成後に一部の相続人が被相続人から生前贈与を受けていたことが発覚し、公平性に欠けるとトラブルになるケースが少なくありません。
民法では、一部の相続人が被相続人から受けた利益を特別受益と呼びます。
第903条には、相続分を決める際は、亡くなった時点の所有財産だけではなく特別受益も含めた金額を相続財産とみなすと明記されています。
そのため、生前贈与を受けた相続人の相続分については、本来は生前贈与分を差し引くなどの調整が必要です。
参照元:e-Gov法令検索|民法|第903条(特別受益者の相続分)
相続財産の売却価格を実際より低く伝える
被相続人の家や土地など、現物のまま分割するのが困難な遺産は、売却して現金化してから分割する方法があります。
しかし、相続人の一部が代表して売却手続きを進めたところ、遺産分割協議書作成後に売却価格を実際より低く申告していたことが発覚し、トラブルに発展する事例があります。
差額の利益を独占する行為であり、不正が疑われる場合は売買契約書などの実際の売却金額がわかる書類を確認する必要があるでしょう。
分割前の遺産を使い込み、その事実を黙っていた
被相続人の遺産を生前から一部の相続人が管理していた場合、預貯金などを自由に引き出せる状況であることも少なくありません。
遺産分割協議書作成後に相続手続きを進めているなかで、本来分割するはずの遺産が使い込まれてなくなっていることに気づきトラブルになる事例があります。
使い込んだ相続人が遺産を返還できない場合や返還する意思がない場合は、不当な利益を得たものとして不当利得返還請求などの訴訟に発展することもあるでしょう。
参照元:e-Gov法令検索|民法|第703条(不当利得の返還義務)
遺産分割を取り消す方法
遺産分割協議書作成後に内容を取り消したい場合は、以下の流れで手続きを進めます。
- 取り消し可能か確認する
- 取り消しの意思表示を行う
- 遺産分割無効確認訴訟
順番に詳しく解説します。
取り消し可能か確認する
遺産分割協議書作成後に内容を取り消すには、民法で規定する錯誤または詐欺・脅迫の状況下での意思表示であったことを証明する必要があります。
まずは、騙された事実などを客観的に証明できる書類などがあるかどうかを確認し、取り消し可能かを判断しましょう。
なお、親族間での話し合いには記録が残っていない場合も多く、事実関係を整理したり証明書類の効力を判断したりするには法律の専門知識が不可欠です。
弁護士に状況を説明し、専門的な立場から取り消し可能かどうかを確認してもらうことをおすすめします。
取り消しの意思表示を行う
民法第120条では、錯誤や詐欺などを理由に意思表示を取り消す場合、取消権を行使できるのは誤った意思表示をした本人(もしくは代理人や承継人)に限られると規定されています。
そのため、遺産分割の取り消しを希望する本人から、他の相続人に対して明確に取り消しの意思を伝えましょう。
取消権を行使した証拠を残すことが重要なため、他の相続人に連絡する際は書面の形式で通知します。また、書類を郵送する際に内容証明郵便などを利用し、記録が残るようにすると良いでしょう。
遺産分割無効確認訴訟
遺産分割の取り消しについて他の相続人全員が合意すれば、遺産分割協議をやり直します。
他の相続人がひとりでも取り消しに応じない場合は、家庭裁判所へ遺産分割調停の申し立てが必要です。
トラブルとなった状況の原因や相続人それぞれが希望する分割方法を確認しながら、調停(和解)の成立を目指します。
それでも解決しない場合は、自動的に遺産分割無効確認訴訟へ移行します。
訴訟で錯誤や詐欺の事実を証明する根拠資料を示し、遺産分割協議書の取り消しが必要であることを主張しましょう。
最終的に、裁判所の判断により遺産分割の取り消しの可否が決まります。
参照元:最高裁判所|遺産分割調停
遺産分割の取り消しに関する注意点
遺産分割協議書作成後に取り消し手続きを進める際は、以下5点に注意が必要です。
- 「納得できない」という理由だけで遺産分割は取り消せない
- 取消権の時効は5年
- 第三者に譲渡された財産は取り消せない
- 相続手続きの期限に注意が必要
- 遺産分割審判はやり直しができない
それぞれ詳しく解説します。
「納得できない」という理由だけで遺産分割は取り消せない
遺産分割協議書作成後に遺産分割を取り消せるのは、錯誤や詐欺などが発覚した場合に限られます。
遺産分割協議書に署名捺印した時点で合意したとみなされるため、あとから正当な理由なく納得できないと主張しても認められないでしょう。
遺産分割協議書の内容の見落としや理解不足などの理由でも、基本的には取り消しできません。
取消権の時効は5年
民法第126条には取消権の期限が明記されており、錯誤や詐欺の事実に気づいた時点から5年で時効を迎えます。
また、錯誤や詐欺に気づくかどうかに関わらず、遺産分割から20年が経過すると自動的に取消権は失われ、以降は遺産分割を取り消しできません。
遺産分割協議書作成後に騙されたと気づいた場合は、早期に弁護士などに相談することをおすすめします。
参照元:e-Gov法令検索|民法|第126条(取消権の期間の制限)
第三者に譲渡された財産は取り消せない
遺産分割協議書作成後、騙されたことに気づいた時点ですでに遺産が第三者に譲渡されているケースがあります。
民法第95条4項や第96条3項により、第三者が錯誤や詐欺の事実を知らなければ、第三者に対して取消権を行使できません。
そのため、相続人の間で遺産分割の取り消しが認められても、譲渡された遺産は第三者から取り戻せない点に注意が必要です。
遺産分割の取り消し手続きが遅れるほど、相続遺産を失うリスクやトラブルに発展する可能性が高まるでしょう。
参照元:
e-Gov法令検索|民法|第95条(錯誤)4項|善意かつ過失がない第三者
e-Gov法令検索|民法|第96条(詐欺または脅迫)3項|善意かつ過失がない第三者
相続手続きの期限に注意が必要
遺産分割の取り消し手続きそのものに期限はありませんが、時間がかかると相続税の申告期限などに影響する恐れがあります。
遺産分割が関係する主な相続手続きの期限は以下のとおりです。
手続きの内容 | 期限 |
相続するかどうかの選択(相続放棄など) | 3ヵ月以内 |
相続税の申告と納付 | 10ヵ月以内 |
遺留分侵害額の請求(法律上最低限保証された遺産を請求する手続き) | 1年以内 |
相続税の還付の請求 | 5年10ヵ月以内 |
※期限は被相続人が亡くなったことを知った翌日を起点とする
相続税の申告期限内に遺産分割協議がまとまらない場合は、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して仮の申告をすれば3年まで期限を延長できます。
相続税の申告期限を過ぎると、税制優遇制度や特例を利用できないだけではなく、延滞税などのペナルティを課される恐れがあるため注意しましょう。
なお、相続手続きの期限は、遺産分割協議が取り消しになっても延長されません。
参照元:
e-Gov法令検索|民法|第915条(相続の承認または放棄をすべき期間)
e-Gov法令検索|民法|第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
国税庁|相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続き
遺産分割審判はやり直しができない
家庭裁判所の調停や審判を通して遺産分割が決まった場合、遺産分割の内容は法律に基づいた裁判所の判断であり、相続人たちの意思で自由に決めたものではありません。
そのため、錯誤や詐欺などを主張してあとからやり直しを求めても認められないでしょう。
なお、どうしても決定内容に不服がある場合は、高等裁判所へ即時抗告と呼ばれる不服申し立てができます。
即時抗告の申し立て期限は、家庭裁判所の審判がおりてから2週間以内と比較的短いため注意しましょう。
参照元:最高裁判所|即時抗告
【その他】遺産分割協議のやり直しが必要なケース
ここまでトラブルをきっかけに遺産分割協議書作成後に取り消し手続きをするケースを解説しました。一方、以下のケースでは遺産分割協議そのものが無効になり、やり直しを求められます。
- 全ての相続人が協議に参加していなかった
- 意思能力のない相続人が参加していた
- 新たに相続人が現われた
- 親子の利益相反がある
- 遺産分割協議書が勝手に作成された
順番に見ていきましょう。
全ての相続人が協議に参加していなかった
遺産分割協議には、相続権のある相続人全員が参加して遺産分割方法に同意する必要があります。ひとりでも相続人が協議に参加できていなければ遺産分割協議は無効となり、やり直しが必要です。
見落としやすい相続人としては、以下の例が挙げられます。
- 被相続人の元配偶者の子
- 被相続人が認知した婚外子
- 養子縁組した子
- 異父・異母の兄弟姉妹
また、消息不明の相続人や遺産分割協議に応じない相続人がいる場合は、以下のいずれかの方法で対応する必要があります。
- 戸籍から現住所を確認して連絡を取る
- 家庭裁判所に依頼して不在者財産管理人(行方不明者の財産を代わりに管理する者)を選任する
- 失踪宣告(生死が7年以上不明な者を法律上死亡したものとみなす)をする
戸籍が複雑な場合は相続人を正確に判断するのが困難です。不安な方は司法書士などの専門家に相続人調査を依頼することをおすすめします。
参照元:最高裁判所|失踪宣告
意思能力のない相続人が参加していた
民法第3条の2では、意思能力を有しない者の法律行為は無効となる旨が明記されています。
例えば、協議に参加した相続人が重い精神病や認知症患者であった場合は、意思能力を有しない者とみなされるため遺産相続協議のやり直しが必要です。
協議をやり直す際は相続人の代理として成年後見人を選任し、手続きを進めます。
新たに相続人が現われた
相続人調査で見落としがなくても、遺産分割協議書作成後に新たな相続人が現われるケースがあります。
例えば、被相続人の非嫡出子(法律上の婚姻関係がない相手との間の子)が亡くなったあとに認知された場合、出生時点から効力が生じるため非嫡出子は相続人です。
また、胎児も相続人と認められるため、妊娠が発覚した際に新たな相続人となります。なお、死産になった場合は相続人にはなりません。
すでに作成した遺産分割協議書は無効になり、新たな相続人を含めてあらためて遺産分割協議のやり直しが必要です。
参照元:e-Gov法令検索|民法|第886条(相続に関する胎児の権利能力)
親子の利益相反がある
被相続人に未成年の相続人がいる場合は、遺産分割協議が利益相反行為に該当する可能性があるため注意が必要です。
利益相反行為とは、利益が相反する立場の者が生じる行為を指します。例えば、被相続人に配偶者と未成年の子がいる場合を考えてみましょう。
相続人は全員が遺産分割協議に参加する必要がありますが、未成年である子は参加できません。そのため、親権者である母親(被相続人の配偶者)が代理人になります。
しかし、母親と子は遺産を分割するため、一方の相続分が多ければもう一方が少なくなる利益相反の立場です。
母親が子の代理人として遺産分割協議を進めると、故意に相続分を操作する可能性があります。
そのため、利益相反行為に該当する場合は、民法第826条により家庭裁判所に請求して特別代理人を選任しなければいけません。
利益相反行為に気づかず遺産分割協議を終えてしまった場合は無効になり、やり直しが必要です。
参照元:
最高裁判所|特別代理人選任(親権者とその子との利益相反の場合)
遺産分割協議書が勝手に作成された
相続人の同意なく作成した遺産分割協議書は無効となり、遺産分割協議のやり直しが必要です。
本来は相続人全員の署名と捺印が必要であり、代筆したり勝手に押印したりした場合は私文書偽造罪などに問われる可能性があります。
ただし、勝手に押印された事実を証明することは難しいため、複雑なトラブルに発展することも多いでしょう。
遺産分割協議書が勝手に作成された事実を知った場合は相続人当事者同士で解決しようとせず、弁護士などに相談することをおすすめします。
参照元:e-Gov法令検索|刑法|第159条(私文書偽造等)
遺産相続に関するお悩みはセゾンにご相談ください!
遺産分割協議書作成後にトラブルが発覚すると、相続人同士の関係が悪化してスムーズに相続手続きができなくなる恐れがあります。
家庭裁判所を通した訴訟まで発展すると時間やお金もかかるため、取り消しややり直しをせずに済むように遺産協議の前に事前準備を徹底しておくことが大切です。
「セゾンの相続 相続手続きサポート」では、経験豊富な提携専門家のご紹介も可能です。平日のみ対応の役所の手続きや、行方不明の相続人がいる場合の不在者財産管理人選任など、面倒で複雑な手続きの代行を司法書士へ依頼することも可能です。
遺産分割協議書の作成サポートも対応しているため、相続手続きに不安を感じている方はぜひご検討ください。
おわりに
遺産分割協議書作成後にトラブルが発覚した場合、騙された事実などを客観的に証明できれば取り消しできる可能性があります。
遺産分割を取り消すには、まず書面などの記録が残る形で他の相続人に対して取り消しの意思を明示しましょう。すべての相続人の同意を得られなければ、家庭裁判所を通した調停や訴訟が必要になります。
なお、遺産分割の取り消しには時効があり、手続きに時間がかかれば相続税などの申告期限にも影響します。
また、遺産が第三者に譲渡されれば取り戻せない恐れもあるため、トラブルに気づいたらすぐに弁護士などに相談しましょう。