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連載第12回いつ始めてもいいし、始めなくてもいい。「グレイヘア」の選択は自由
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「グレイヘア」始めました~ムリせず自然で美しい歳の重ね方って?|第12回いつ始めてもいいし、始めなくてもいい。「グレイヘア」の選択は自由

1.つらい移行期も、のど元を過ぎれば…

もう白髪を染めない、と決意してから丸5年が経ちました。グレイヘアへ移行中は不安や葛藤が心に渦巻いて、かなりモヤモヤしていたはずですが、正直、その記憶は薄れています。伸びかけの白髪を「染めなきゃ」と追い立てられるストレスから完全に解放された今、「よく律儀に染めてたなぁ」と過去の自分に感心します。そして多分、そこには戻れないと感じるのです。

移行期はヘアサロンで「白髪ぼかし」(髪を縫うように筋状にすくい、ブリーチとカラーを部分的に入れてメッシュのようにして、新しくはえてきた白髪を目立たないようにするもの)を施術してもらったり、出掛ける前に髪用の着色スプレーを吹きかけたり、帽子をかぶったり、あの手この手でごまかしながらなんとか乗り越えました。

白髪ぼかし
美容室で「白髪ぼかし」中。

白髪染めをやめた当初は、人の目が気になって仕方がなかったのですが、思いのほか人は自分に関心がないことも分かり、安堵したり、拍子抜けしたこともありました。

あれこれ試行錯誤しながらあたふたしているうちに白髪も伸びて、染め忘れているのかあえて染めていないのか不明な、もっとも中途半端な時期を通過。明らかに「自分の意思で白髪を染めていない人」という見た目になった頃には目も慣れて、「まぁ、こんなもんか」と年相応の自分を肯定する気持ちが大きくなっていきました。

2.染めていた過去から脱皮していく快感

自分でも驚いたのは、美容室でカットするとき、染めていた毛先が床にバサッと落ちるのを見るたびに、徐々に脱皮しているような不思議な快感が芽生えたこと。それは自分でも想像しなかったすがすがしい感覚でした。それまでの着ぐるみを脱いで、中から本当の自分が出てくるような…。いつしか「早く全部、自分の髪色になれ!」と待ち焦がれるようにさえなっていったのです。

染めていた毛先が床にバサッと落ちるのを見るたびに、徐々に脱皮しているような不思議な快感が芽生えた
切り落とされた髪は「過去の抜け殻」?

新しく生まれてくるのは、偽らない本当の自分。

それまでは、知らず知らずのうちにあるべき姿に自分を重ねて、はみ出ているところを隠したりひっこめたり、足りないところを無理して伸ばしたり、あるように見せかけてきたんだなと思えました。求められる母親像、職業人像、主婦像、妻像などに合わせるべく、一生懸命がんばってきた自分に気づいたのです(特に誰からもそうしろとはいわれていないのですが、自ら…)。

子どもの独立や自分の定年退職など、だんだんとそういった社会的お役目から自由になる年齢に差し掛かったこと、そして無理してがんばることがだんだんつらくなってきた頃と「白髪染めをやめたい!」と心底思ったタイミングがちょうど重なったわけです。

これは、ストレスでしかない白髪染めをがんばって続ける意味はどこにあるんだろう?と、考え直すいいチャンスになりました。

3.いつグレイヘアにするか?それが問題

何歳でグレイヘアにするのか?それは個人の自由で、人にとやかくいわれることではないと思います。私の場合は50代後半でしたが、人によってはそれがもっと早かったり、遅かったりして当然です。もちろん一生、染め続けるという人がいてもいいのです。40歳ではまだ早いとか、60歳になればもういいんじゃない?とか、誰かにジャッジされる筋合いはなく、はっきりいって余計なお世話です。

「もう白髪染めをやめたい!」と心から思ったとき、それがやめどき。いくらグレイヘアが流行っているといわれても、やりたくなければやらない、それだけの話です。

やっかいなのは、人だけでなく、自分の中にも「40歳では早い」とか「60歳になればいい」とささやく「ささやき女将」がいること。本当に自分が「まだ早い」と思うならそれでいいのですが、それがはたして本心なのか、胸に手を当ててよく考えてみる必要はありそうです。

もし、「仕事の都合でどうしても白髪NGだから、仕事をやめたらグレイヘアにする」など自分で考えて納得できた結論ならOKですが、女将の正体は、無意識のうちに刷り込まれた世間の常識や既成概念だったり、髪さえ染めておけば若く見られるという安易な思い込みだったりする可能性もあるからです。一見、親切そうな女将のささやきよりも、自分の心の声に耳を傾けたほうが、本当の心の平穏を得られる確率は高いと思います。

知り合いの女性で「染めるのがつらくて今すぐやめたい。でも職場には白髪で行けない…」と悩んだ末、フルウィッグという選択をした人もいました。職場では誰もその人がウィッグだとは気づかず、私も「いつもヘアスタイルが決まっていて、ツヤ髪で素敵な人!」と思っていました。仕事とプライベートで頭を使い分けるのも、二拠点生活ぐらい気分が変わって楽しそうです。

4.歳を重ねたなりの美しさ、もあると信じたい

「若く見られたい」とは誰もが願うことですが、最近では、それよりも「年齢相応に見られたい」という女性が増えているのだとか。

一時期、「美魔女」がもてはやされたことがありました。いつまでも若く美しくあろうと努力する姿勢は尊敬します。でも、それにも限界があると思います。臨界点を超えるとただの「イタい人」に見えてしまうところが難点です。自分でそれを客観的に見られなくなるのも困りものです。しかも払わなくてはいけない努力の量は年齢に比例しますから、だんだんと負担は大きくなるわけです。

それならいっそ、「年相応」でいいんじゃないの?と思ったりします。過度な努力や無理はストレスになり、かえってエイジングの原因にもなりそうです。身だしなみやフィットネスに適度に気を配りながら、加齢による変化を楽しめるようになれたら…と思います。

そして、歳を重ねたなりの美しさがあるはずと信じたい。

俳優さんなどでも、若いときより味が出て、明らかに素敵になっている人を見かけます。「いい歳の重ね方をしているなぁ」と感じさせてくれる、さまざまな経験を経てきたからこそのしわが、ふとした表情にも深みを与え、演技力が豊かになっていることに感動を覚えます。

若いときには若さゆえのはつらつとした美しさがあります。でも、加齢によって現れる白髪やしわなども否定せず、自然なことと受容できる自分でありたいと思います。グレイヘアという選択はその第一歩。年齢なりの素敵さを目指して、努力を続けていけたらいいなと思うのです。無理せずに、前を向いて。

歳を重ねたなりの美しさ、もあると信じたい
グレイヘアは「自分らしく歳を重ねる」第一歩。