ゲスト:近藤サトさん 聞き手:依田邦代 撮影:田中みなみ
2018年、白髪を隠さずメディアに登場したことで注目を集めた近藤さん。その年の新語・流行語大賞にノミネートされた「グレイヘア」を代表するアイコン的存在となりました。「自分にとって自然なことだった」と言う「グレイヘア」を始めたきっかけやそこに至るまでの思い、近藤さんのその後にどのような変化を与えたのかをグレイヘアブームを作った編集者・依田がお聞きしました。
Profile:近藤サト(こんどうさと)
1968年、岐阜県生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。
91年、フジテレビにアナウンサーとして入社。
98年からフリーに。以後、アナウンサー、ナレーターとして幅広く活躍。母校の放送学科で特任教授も務める。2003年に結婚。一児の母。
公式You Tubeチャンネル「サト読ム。」で、着物企画や名作朗読などを発信中。著書に『グレイヘアと生きる』(SBクリエイティブ)がある。
Twitter:@satokondoh
Instagram :@sato_greyhair
公式YouTubeチャンネル:「サト読ム。」
グレイヘアも着物も孤独奮闘が楽しかった
—わぁ、今日も粋なお着物ですね! 何というお着物ですか?
「秋名バラと黒無地の大島紬」、前田紬工房というところで織られた生地なんです。「秋名バラ」の「秋名」は奄美大島の集落で、「バラ」は竹籠を図案化した絣柄のこと。昔から秋名で織られていたそうです。黒無地も奄美大島の泥染。片身変わりの着物です。
—近藤さんといえば、「グレイヘア」と「着物」がトレードマークですが、そもそも着物を着るようになったきっかけは?
私が所属しているのは声に特化した事務所で、スタイリストさんとのおつきあいがないんです。それで、テレビに出る時、最初は自前の服を着ていたんですが、すぐに底をついてしまって…。「着物ならあります」というのがきっかけです。
—最初からご自分で着ていらしたんですか?
そうです、20代後半のときに習いました。着物が好きなので、自分で着られたらいいな、と思って。たまたま新聞で見つけた「着つけモニター募集」みたいなのに応募したんです。
—えっ!?フジテレビの近藤サトさんが!?
今考えるとかなり大胆。
和装学院の先生もかなり怪訝な顔をされていましたが、非常に広い心で、無料で受講させていただきました(笑)。
—ではグレイヘア以前から着物は着ていらした?
もちろんです。ただ、20代の頃はそんなに着る機会がなくて、フリーになってからですね、よく着るようになったのは。
初めの頃、着物で出演すると、「茶道の先生や伝統芸能の人でもないのに」とか「目立つのでやめてください」と言われたこともありました。でも、「なんでもいいですよ」と言ってくださるところにどんどん着ていくうちに「近藤サト=着物」のイメージが定着したんです。
グレイヘアも着物も、どちらも孤軍奮闘みたいなところが楽しいと思ってしまうたちなんです(笑)。
グレイヘア世代はもっと着物を楽しんで
—その後、グレイヘアにされたのですか?
20代後半から白髪が出始めたので、着物を着始めた時期と被っているんですが、テレビに出る時はシューッとスプレーで隠していましたから、わからなかったと思います。
—2018年、50歳でカミングアウトされて、それから近藤さんといえば「グレイヘア」と「着物」ですね。
嬉しいことに。ありがたいです。
—グレイヘアと着物は相性がいいですね。
今日みたいに髪をアップにすると、昔、日本人が愛したいわゆる毛筋が出るのはちょっと面白いなと思いますね。
グレイヘア世代は、着物を持っていらっしゃる方が多いと思うんです。今はYouTubeで着付けを習えますから。洋服と同じ地平で、もっと気楽に着てみるといいと思うんですよ。ブーツをはいたりしてもいいと思うし。
—身構えると着物もグレイヘアもハードルが高いけれど、もっと気軽に、ですね?
そうそう。着物がかわいそうなのは、私が今日着ている絹のような高級品ばかりが残っちゃって木綿のものが忘れられていること。奥州木綿や久留米絣など、かつては日本中で盛んに生産されていました。
でも、今も探せばありますよ、綿の着物。デニムもあります。デニムといっても、一見、小紋にしか見えない岡山デニムの品のいいものなどもあります。私たちぐらいのグレイヘア世代が、まずは気兼ねなく着られる木綿の着物でお出掛けしてみるといいのではないでしょうか。ちょっとおしゃれな浴衣でアフタヌーンティーとか。
—そうやって楽しめると素敵ですね。
人からどう思われるかより自分ファーストでいたい
—そもそも、サトさんがグレイヘアにされたきっかけは何だったのですか?
まず、3週間に1回の白髪染めでアレルギーが出てしまって、それがストレスでした。
あとはメンタルの部分で「いつまで染め続けなくてはいけないんだろう」とか「なぜ本来の姿を偽ってまで若く見せねばならないんだろう」という不安やモヤモヤがあり、そこから抜け出したかったんです。
―とはいえ、お仕事で人前に出ることも多いですよね?
ちょうどナレーションなどの声の仕事を主にして、裏方として業界に貢献していきたいと思っていた頃だったので、これからは見た目の若さは関係ない、と思い切れたことは大きかったですね。
あとは東日本大震災のとき、家庭用の毛染め剤を防災グッズの中に入れた自分に驚きと落胆を覚え、やめ時かもと思ったんです。
―仕事先や友人、ご家族など身近な人たちの反応はいかがでしたか?
白髪染めをやめるまでの1~2年は、ひとりで悶々と悩みました。悩んだ末、やめる決意をした時点で、あらゆるネガティブな状況を想定済みだったんです。
でも、実際には誰からも「染めないの?」とか「染めたら?」とは言われなかったですね。拍子抜けするくらいに。人の身体に関することって触れてはいけないという暗黙の了解があるし、ハラスメントに抵触するというイメージもあったかもしれないです。ただ、ものすごくいろいろなことを思われてはいたと思います(笑)。
—サトさんが毅然としていたので、まわりも言えなかったのかもしれないですね。
相手の顔に「はてなマーク」が浮かんでいるな、とは思っていました(笑)。
でも、人にどう思われるかよりも自分ファースト。自分が心地良くありたい、不安から抜け出したいという方が大きかったんです。誰かから何かを言われる不安よりも、自分の老いや老化現象を拒否し続ける不安の方が大きかった。自分を愛していない気がして。
人と比べたり、作られた価値に縛られないで
—「サトさんは強いから」とか「きれいだからできる」とさんざん言われたと思いますし、「私には無理」と言う人は必ずいますよね?
「サトさんだから」というのは、比較することで出てくるわけです。人と自分を比較して、「本当はこうあるべきなのに、自分は○○だからダメだ」と思ってしまう。その物差しを捨てないと。
価値観というのは時代によって変わるものです。「この方がきれい」とか「若い方がいい」というひとつの流れを作ってきたメディアの罪も大きいと思うんですが。それに飲み込まれず、心が健やかであるために私は「自分がどうしたいか」を優先しようと思ったんです。もし世界に自分ひとりしかいなかったら白髪染めはしないですから。
—人と比べたり、人の目を意識するから染めるわけですよね。
ただ、白髪は日本では平安時代から、中国では5,000年前にすでにネガティブに受け止められていたことが文献から分かっています。身だしなみとか美しさという観点もありますが、やっぱり老いですよね。
—本能的な恐れがあるのかもしれないですね。
そうです、そうです。今は人生100年時代といわれますが、昔は50歳で白髪が出てきたら寿命はあと10年じゃないですか。でも今、50歳で白髪出ても、あと50年っていったら結構あります(笑)。
50~60年生きてくると経験値も考え方も一人ひとり違うわけなのに、皆が一斉に髪の毛を染めているのは不自然ですよね。そこらへんで考え方はちょっと変わってくるかなと。
白髪を気にするよりももっと優先させたいことがある
—グレイヘアへ移行する途中の失敗談はありますか?
ソフトランディングしたいと思って、美容師さんに相談したら「グレイッシュに染めつつ、ぼかしながら伸ばしませんか?」と言われ、そうしたんですが、全然白髪が伸びないんです。
染めていたら、結局いつまでたっても自分の髪色にならないと気付いて、染めるのをやめました。早く移行したい人には、洗ったら落ちるぼかしスプレーとかをおすすめします。
—最初の頃、ブリーチして髪が赤くなったことがありましたね。
早く白髪にしたくてブリーチしたんですが、色が抜けず赤くなりました。何度もブリーチしていたら、途中で髪の毛がゴムみたいにビヨーンと伸びて、鳥肌が立ってやめました。
—なかなか真っ白にはならないものですね。
私は今も後頭部は半々みたいな感じで、まだらで別にきれいじゃないわけです (笑)。だけどそこを自分でどう落とし込むか。それよりも優先させたいことがあるかどうか、です。
—残りの人生、白髪を気にして「また目立ってきた」とか「もう染めないと」と、しょっちゅう気持ちがザワザワするんでは時間はもったいないですものね。
そうなんです。その無駄な不安が解消されてすごく楽になりました。
以前は、交通事故で病院に担ぎ込まれて1ヵ月入院みたいなことになったら白髪が1センチ伸びてみっともないとか、そんなことを考えていたんです。白髪染めをやめたら、そんな心配なくなりました(笑)。
「グレイヘア」の人は「経験値がある」人
—以前から加藤タキさんや中尾ミエさんのように染めない方もいらしたけれど、バリバリお仕事されて、自分を貫く強さを持っている人が多かった。男性からはコワイと思われてしまうような(笑)。
ははは、私もやっぱりそういう風に見られます。最初に出てくるのはそういう人たち、いわゆるファーストペンギンですよね。
—その方たちが先鞭を付けてくださり、「グレイヘア」という言葉も普及して、やりたい人はやっていい時代になったわけですね。
だと思います。でも、今日も美容室で「グレイヘアやりたいんだけどやっぱり無理」と言っているお客さんがいらして。何でかというと「外に出る仕事をしているから」と。
いわゆる世間体ですかね。世間体ってすごくいろんなものを阻んでいると思います。
—例えばCAさんとか接客のお仕事の方も、染めたほうがいいだろうな、と空気を読んで染めている場合もあると思います。
でも、男性はいいんですよね、きっと。身なりがピシッとしていれば白髪でもロマンスグレーということで経験値の豊かさとか、成功の証になる。
グレイヘアの女性のCAさんを見て、「これは信頼できるぞ」、「何かあったらこの人の言うことを聞こう」となればいいんですけど、いまだにコーヒー持ってきてくれる人とかご飯を運んでくれる人と…。そうじゃなくて、緊急事態にきちんと対応できる経験値があるとかを本来求めるべきなのに。
—女性のCAさんに求められる価値が、若さや見目麗しさだけでなく、もっと多様になればいいですね。
海外で、CAの制服を何を着てもいいとした航空会社があるんです。女性だからスカートじゃなくて男性がスカートを履いてもいいよ、ぐらいの。そのキャンペーンのビデオにはドラァグクイーンも、LGBTQの方やも障害をもった方も出ていて、実際にはこういう方がみんな乗っているわけではないし、コーポレートカラーとか基本のデザインはあると思うんですが、好きな制服を着ていいよ、と。それは社会の新しい価値観創造のための一環。
そういうことを日本の企業もやらないとどんどん置いていかれます。多様性を認める企業は海外の投資家の評価も上がるんじゃないでしょうか。
—グレイヘアも多様性のひとつということですね。
アナウンサー時代の反動は大きいかも
「グレイヘア」は私たち世代だけの問題ではなくて、突き詰めると「ジェンダーの平等」とか最終的には「個人の幸せを追求するために必要なこと」なんです。自分がどう幸せでありたいか、残された人生をどう生きていくのが自分にとってベストなのかという。
—深いですね。自分軸で考えられるようになると、グレイヘアの人も増えそうです。
「どう見られるか心配」と言う人が多いですが、思うほど、周りは気にしていないんです。実際に何か言われたわけではなく、思われているはずという思い込みや恐怖、不安に耐えられなくなるんですよね。
—それを克服した強いサトさん(笑)。そのターニングポイントはありましたか?
アナウンサーだったことの反動はあるかもしれませんね。見られる仕事であると同時に私がいた頃は特にテレビが華やかな時代で、アナウンサーは会社の顔として出演するわけで、マジョリティの頂点みたいな存在でした。
—会社員でありながら、タレントさんのような立ち位置でしたね。
例えば女優さんは強烈な個性があったり、3人には嫌われるけど3人には死ぬほど愛されるという存在でいいのですが、アナウンサーは皆が「いい」と言うマスの頂点にいなければいけない。その制約はすごかったです。歯並び然り、肌の色も髪の色も。若いのは当然、細いのは当然、賢そうに見えるのも当然。
アナウンサー10人いたら全員違うのに、アナウンス名鑑見たら全員同じ顔に見えるんです。整形とかじゃなくて、ひとつのカテゴリーに彼女たちのメンタルや外見などの全てをはめ込むからです。ものすごく狭いところに自分を入れ込んでいた、その反動はありましたね。
—本来、自由に生きたいタイプだったのに。
ええ、アナウンサー時代はとても楽しかったし、勉強になったし、いい経験をさせていただきましたが、今から思えばすごい世界だったなと。
声も然りで、今の事務所に入った時に「アナウンサーのしゃべりじゃ仕事来ないよ」と言われたんです。アナウンサーのしゃべりはCAさんの機内アナウンスと同じで、狭いひとつの表現でしかないのですが、世の中は喜怒哀楽とかもっと幅広い声を求めているわけです。
それを知らずに生きてきたら、今も白髪を染める派だったかもしれない。強烈なアナウンサー時代があったからこそ、「よし、これからは自由に生きるぞ!」となったのかもしれませんね。
リスクが転じて福となることもある
—人生って選択の連続ですけど、選択するときには何を基準にしますか?
楽しそうか楽しくなさそうかですね。よく、大変な方を選べって言いますけど(笑)
—大変な方がなんだか楽しそうに見えることもありますね?
そうなんです! グレイへアにしてネガティブな反応来るかもしれないとか、世の中にどう思われるか分からないってある意味つらいことですけど、私はそれを逆に「楽しそうかも」と思ってしまう。
未知のこと、やったことがないこと、見たことがないことって海外に行くのと同じ。日常にも未知なことや秘密がたくさんある方が楽しいじゃないですか。
—人から何か言われるのはリスクとは思わない?
あまりそうは捉えないですね。だって私たちは、リスクだと思ったことが実はそうじゃなかったり、昔大変だったからこそ今こうなれたということを体験済の世代じゃないですか。
—今リスクに見えても後からひっくり返ることがある、と知っている。
本当にバカなことやっちゃだめですよ。でも、死ぬこと以外かすり傷っていうけれど、まさにそうだと最近思うようになりました。
—サトさんの強さの秘密はそこですか?
歳を重ねるっていうのはあるかもしれないですね。あと敏感なところもありつつ、すごく鈍感なところもあるんです。世間とずれていても気付かなかったり。強いというよりは変わっているのかも(笑)。
でも、人生残り少ないんだから、世間がどう思おうと迷惑をかけなければ自由に生きさせていただきます、と思ってます。変人は得ですよ。「あの人変わってるから」で許される。サトさんだから染めてなくても仕方ないね、と。でも、グレイヘアに関しては、いろんな方が「いいね」「私も」と言ってくださったのが意外でした。
—髪って、色にしても形にしても、自由に遊べるパーツですよね。
そうなんです、いろいろ試して遊んで冒険することは大事。人生に変化は必要だと思います。
60歳からの幸せのカギは「人と比べない」こと
—現役時代はいろいろな制約があっても、そこから解放される60代以降。どうすれば幸せに生きられるかは大きなテーマですね。
リハビリは必要だと思いますよ。私も会社を辞めてから、アナウンサー的なものをしばらく引きずっていましたから。今のように白髪にするとか、わが道を行くとか、変わった自分でOKというところに到達するのに15年くらいかかりました。
—60歳定年から15年かかると75歳ですが!?
あ、1週間で終わらせてください(笑)。
自由はみんな本来持っているのに、長年、会社に染まってしまって持ち腐れている人多いですから。
—自由を使うことに罪悪感を感じたりしますよね。その辺りの考え方をチェンジして。
1週間で(笑)、そこを楽しめるようになるといいですね。
—人の評価を気にしていたら、本当に自分が楽しいかどうかもわからなくなりますからね。
おっしゃるとおりです。人と比べないことは大事です。あなたが比べているその基準は何?比べなくていいんだよと言いたいです。競争社会で生きてきて、常に誰かと比較し、され、という世の中だから、そこに自由はあるのに使えない。そろそろこの自由を使ってみよう、というときにリハビリは結構大変です。
骨折して腕を吊っていると筋肉が固まるじゃないですか。リハビリって痛いんです。でも可動域を広げようと思ったら痛い思いをしなければ。私が白髪になって自由になれたのは、他人の誹謗中傷とか世の中からのネガティブな反応を乗り越えたからです。
—かっこいいです!
ほんと?ただの変人ですけど。また強いって言われちゃう、どうしよう(笑)。
—みんな、もっと幸せになっていいし、なれる。
人と比べていると幸福になれないんです。日本人は3,000円のランチ食べていても不幸だったりするけれど、幸福度世界一のブータンの人の方がよっぽどつましく生活していますから。残りの人生、もっと自分ファーストで、幸福度を上げて生きましょう!(笑)