一度「認知症」になってしまうと、もう治らないとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。確かに、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症をはじめとした、多くの認知症は進行性の病気です。しかし、これらの認知症であっても発症を予防したり、発症しても進行を遅くする治療は多くあります。また、認知症の進み方には個人差も大きく、部分的には症状を緩和できることがあります。今回は、“治る認知症”についても合わせてご紹介します。「認知症が治る?」驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、認知症の原因によっては、治せる可能性があるのです。詳しく見ていきましょう。
認知症って治るの?
まず認知症の診察では、まず認知症であるか否かを確認します。そして、もし認知症と診断した場合は、次のステップとして、認知症の原因となる疾患を見極めていきます。この診察の過程では、全身の身体診察、神経学的な診察をしたうえで、CTやMRIなどの画像検査、血液検査、必要であれば脳脊髄液の検査などを行っていきます。合わせて、服用しているお薬や飲酒量などの確認もしていきます。
これらの検査の中で、脳そのものが傷んでいるわけではなく、何らかの原因によって一時的に脳の機能が低下しているだけと判断されることがあります。その場合、原因を取り除くことによって、低下していた認知機能が回復することがあります。これが、“治る認知症”と呼ばれるものです。
治る認知症とは?
ここでは、”治る認知症”の具体例として、アルコール性認知症/正常圧水頭症/甲状腺機能低下症/慢性硬膜下血腫について、それぞれの病気ごとの特徴や治療法について見ていきましょう。
アルコール性認知症
慢性的に多量の飲酒を続けていると、脳が萎縮して認知機能が低下していくことがあります。この状態を総括して、“アルコール性認知症”と呼びます。アルコールそのものによる直接的な毒性のほか、慢性的な栄養障害や肝機能障害なども関与していると考えられています。アルコール依存症の方は、隠れて飲酒をしたり、人に問われても飲酒量を過小に申告したりすることもあるので、その方の言い分をそのまま信じてはいけないこともあります。
アルコールが関連する認知症には、専門的にはいくつかの疾患が含まれます。その中でも、ビタミンB1の欠乏によって急性に認知機能が低下して意識障害が表れることがあり、その場合は特に“ウェルニッケ脳症”と呼ばれます。ビタミンB1は、神経機能の維持に必要なビタミンのひとつですが、糖やアルコールを代謝する際にも消費されてしまいます。従って、炭水化物とアルコールばかりを摂取していると、ビタミンB1が欠乏してしまうのです。
ウェルニッケ脳症には、3徴とよばれる3つの特徴的な臨床症状があります。必ずしもこの3徴が全て揃うわけではありませんが、アルコールをよく召し上がる方でこのような症状が出てきたときは、注意が必要です。
3徴の1つ目は、意識障害です。集中力がなくなって意欲がなくなり、質問に対する応答も不十分となりがちです。意識障害がはっきりしない場合は、日時や場所、本人や周囲の人物の名前などを尋ねると明らかとなる場合があります。2つ目は、目の動きが悪くなることです。特に目を外側に向けることが難しくなり、その際も眼球が細かく震えてしまう“眼振(がんしん)”という現象を伴いやすくなります。3つ目は、歩く時のバランスが悪くなることです。
ウェルニッケ脳症の診断は、これらの臨床症状に加えて、特徴的な頭部MRI画像の所見や、血液中のビタミンB1が低下していることなどを参考にして行います。ウェルニッケ脳症は、治療が遅れると認知機能の低下が後遺症として残りやすいため、疑われた場合は速やかにビタミンB1を補充することが大切です。
正常圧水頭症(せいじょうあつすいとうしょう)
正常圧水頭症 は、1965年に発表された論文で初めて報告されました。原因不明のものも多いですが、くも膜下出血や頭部外傷などの、頭の病気をした後に起こることもあります。
正常圧水頭症は、典型的には3つの特徴的な症状があります。ただし、必ずしも3つの症状が全て揃うとは限りません。また全部揃わないからといって、正常圧水頭症ではないという事にもなりません。これらの症状は、脳に存在する、“脳室”と呼ばれるお部屋の中に、脳脊髄液が溜まってしまう状態が原因と考えられています。この脳脊髄液が溜まった状態のことを水頭症といいます。
1つ目の特徴は、認知症様症状です。もの忘れのほか、やる気がなくなってぼーっとしたり、集中力が低下したりします。また、周囲への関心がなくなってしまうことも特徴的です。2つ目は、歩きづらくなることです。歩く際の歩幅が小さくなり、ヨチヨチ歩きになりがちです。また、その際も足の上げ幅も小さくなって、極端な例ではすり足で歩くようになります。そして、左右への歩隔は拡大して、足先が“逆ハの字型”に開いて歩くようになります。全体的にバランスが悪くなり、特に身体の向きを変える際に、より不安定になって転びやすくなります。3つ目は、尿失禁です。尿失禁は通常は3主徴の中で最後に見られます。トイレに行きたいという衝動にかられやすくなり、さっきトイレに行ったばかりなのに、すぐにまた行きたくなります。
頭部MRIでは脳室が拡大している様子が見られます。臨床症候やMRI検査でかなり疑わしいと判断できることもありますが、診断に迷う場合は、溜まった脳脊髄液を一時的に排出させることで、症状が改善するかどうかを確認します。
治療としては、持続的に脳脊髄液を排出させる手術を行うことで、術後に客観的な症状の改善が示されれば、診断が確定します。手術後でないと診断が確定できないのは、この病気の診断が難しいことによります。
甲状腺機能低下症
甲状腺の機能が低下すると、認知機能障害や意欲低下・抑うつ症状がでることがあります。認知機能は広範に障害されますが、特に記憶障害がでやすく、意欲低下・抑うつ症状を伴いやすいとされます。
診断は、血液検査で甲状腺の機能が低下していることを確認することでなされます。治療としては、甲状腺機能を改善させるお薬を内服します。甲状腺の機能が回復するに伴って、認知機能の改善が期待できます。
なお、甲状腺の機能が必ずしも低下していなくても、甲状腺に対する特殊な抗体が原因で、認知機能が低下してしまうことがあります。この病気は“橋本脳症(はしもとのうしょう)”とよばれており、認知機能の低下のほか、異常な行動や、錯乱・混乱などの精神症状などのさまざまな症状を伴うことが特徴です。治療もステロイドが良く効くことが特徴です。
慢性硬膜下血腫(まんせいこうまくかけっしゅ)
慢性硬膜下血腫は、“硬膜”と呼ばれる脳を覆う膜と、脳表面の間に血腫ができてしまう病気です。頭部に強い衝撃や外傷を負った後に見られることが一般的ですが、ケガをしてから数ヵ月後から生じることもあり、原因がはっきりしないことも多いのが実情です。
一般的な初期症状は、頭痛や頭重感ですが、慢性硬膜下血腫に特徴的というわけでもないので、この症状だけで慢性硬膜下血腫を疑うことは難しいかもしれません。さらに血腫が大きくなってくると、血腫のある側と反対側の手足が徐々に麻痺してきたり、痙攣発作を生じたりすることもあります。そして、だんだんとぼーっとしてきて、精神活動が鈍くなっていってしまうことも多いです。そのため、認知症のように見えてしまうようになります。ほかには、尿失禁や歩行障害なども伴ってくることがあります。
診断は、頭部CT/MRIなどの画像検査で、硬膜下血腫の存在を確認することでなされます。手術で血腫を除去する事が治療になります。
おわりに
今回は、“治る認知症”の具体的な原因についてまとめました。認知症の全てが治らないというわけではないことが、伝わりましたでしょうか。“治る認知症”の多くは、早期発見・早期治療が重要です。“治る認知症”であっても、治療が遅れれば“治らなくなる”こともありえます。だからこそ、もの忘れ外来などの専門外来では、“治る認知症”を見逃さないように最初に確認していくのです。気になる方は、いちどかかりつけ医にご相談いただくと良いと思います。