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「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違いとは?

「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違いとは?
矢島隆二 医師・医学博士

執筆者

医師・医学博士

矢島隆二

新潟大学医学部卒業後、幅広く臨床経験を積み重ね、新潟大学附属脳研究所で認知症研究を行い医学博士となった。現在は認知症や神経難病を中心に、リハビリテーションにも重点をおいた医療を担っている。神経内科専門医・指導医、総合内科専門医、認知症専門医・指導医、認知症サポート医、日本医師会認定産業医、日本リハビリテーション医学会認定臨床医。医学博士。講演や執筆の依頼も積極的に受けている。法曹の方々からの依頼で遺言能力を鑑定し、遺言書の有効性についての鑑定書作成もしている。https://yajima-brain-clinic.com/

認知症になりたくないと思っている方は少なくないと思います。でも、年齢を重ねていくと、ちょっとしたことが思い出せなくて自信を無くしてしまうこともあるかもしれません。そんな時、周りの人に、“私の物忘れってひどい?”とは聞きにくいものだと思います。実は人知れず、一人で悩んでいる方もいるかもしれません。そこで、今回のテーマは、「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違いについて、掘り下げていきます。最近物忘れを感じている方や、ご家族の物忘れが気になっている方は、その物忘れについて、どちらのタイプなのか、考えてみるきっかけにしていただければ幸いです。

「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違い

「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違い

「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」は、どちらも“物忘れ”である点は共通しているのですが、その質が大きく異なっています。

「加齢による物忘れ」では、体験の一部が思い出せなくなりますが、その他の大部分の記憶が残っています。そのため、自分でも“忘れた”という自覚がありますし、一緒に体験をした方からのヒントや、しばらく時間をおいてからのふとした瞬間に、思い出すことも多くあります。また、大事なことや体験の全体像は忘れにくいため、日常生活にも支障が出にくいといえます。

一方で、「認知症による物忘れ」は、体験全体を忘れてしまうという特徴があります。そのため、そもそもその体験自体の存在を認識できなくなります。結果として、“忘れた”という自覚そのものも生まれにくくなりますし、一緒に体験した方からヒントをもらっても、“そんな体験をしていない”と否定的な態度を示してしまうこともよくあります。周囲とのコミュニケーションにも影響が出てしまうため、日常生活にも支障が出てきてしまいます。

誰にでも起こりうる「加齢による物忘れ」の症状

誰にでも起こりうる「加齢による物忘れ」の症状

もう少し、具体的なエピソードを例に出して、考えてみましょう。この記事を読んでいる方の中にも、思い当たる方もいるかもしれません。

たとえば、一番最近の旅行はいつだったでしょうか?おおまかな時期や、行った場所、誰と一緒に過ごしたのかは思い出せる方が多いと思います。そして、どんなレストランやお部屋で食事をとったのかも、覚えていている方も少なくないと思います。では、その時に食べた食事の内容を全て覚えている方はいるでしょうか?もし、自信をもって“全部覚えている”と思った方は、素晴らしい記憶力だと思います。

一方で、さすがにそこまでは覚えていないと思った方も多いのではないでしょうか。そんな方も、その時に撮ったお写真や、一緒に体験した方とのお話や、何かの雑誌やテレビ番組などで紹介された際には、忘れていた事柄を思い出すこともあるのではないでしょうか?もし細部を思い出せなかったとしても、全体としての楽しかった想い出は充分に記憶に残っていると思いますし、思い出せなかったことを“自分が忘れているだけ”と自覚している方が多いと思います。これが、「加齢による物忘れ」の具体的なイメージです。

覚えておきたい「認知症による物忘れ」の症状

覚えておきたい「認知症による物忘れ」の症状

では次に、「認知症による物忘れ」を生じていた場合、同じようなエピソードに際してどんな反応を示すか探っていきましょう。「認知症による物忘れ」では、旅行に行ったことそのものを忘れてしまいます。いつ、誰と、どこに行ったのか、その記憶全体が非常にあやふやになってしまいます。その結果、一緒に体験した方から、当時のエピソードの話を振られても、“私はそんな体験をしていない”と否定的な言動をとってしまいます。その周囲の方から、さらに詳しく当時の話をされても、全く覚えていないために混乱してしまうことも少なくありません。その結果、“周りの人は噓をついている”と思い込んでしまい、関係が悪くなってしまいがちです。このような出来事が繰り返されていくと、日常生活にも支障がでてきます。

このようなエピソードは、多くの場合、最近の出来事で見られやすいという特徴があります。若い時にどこで働き、どう過ごしていたかというような昔の記憶は、認知症が進行するまでは保たれやすいという特徴があります。だからこそ、認知症の本人自身も、自分の記憶力に自信を持っていることも多いのです。しかも、“記憶”はなくなっていても、その後に日常生活に支障が出て、周囲の方々と上手な関係が作れなくなっていった場合、“嫌な気分になった”という感情は覚えていることが多いものです。そのため、“自分の記憶力は問題ないのに、周りがよってたかって嘘をついている”というような被害者意識が生まれてしまうことも珍しくありません。この被害者意識が強まっていくと、やがて“被害妄想”にまで発展することがあります。

「認知症による物忘れ」にまつわる代表的な“被害妄想”として、“もの盗られ妄想”が挙げられます。これは、自分でしまった財布や銀行の通帳などの保管場所を忘れてしまった際によく見られます。この場合、自分の記憶力には自信があるために、“誰かが盗んだのではないか”という妄想に行きついてしまうのです。特に、普段から関係の良くない近しい方がいる場合などは、“もの盗られ妄想”の標的になりがちです。

物忘れがひどくなる原因と対処法

まず物忘れが、誰にでも起こりうる「加齢による物忘れ」なのか、なんらかの病気による「認知症による物忘れ」なのかで、対処法は異なってきます。

「加齢による物忘れ」の場合は、肥満、過剰飲酒、運動不足、喫煙などの生活環境の見直しや、高血圧、糖尿病などの生活習慣病の是正などが重要です。「加齢による物忘れ」に対して、明確に治療効果を示した医薬品はないため、慌ててお薬を探し求める必要はありません。また、難聴、社会的孤立、抑うつなども物忘れに影響を与える可能性がある為、刺激のある生活を作っていくことが望ましいと思います。

そして、「認知症による物忘れ」の場合は、これらに加えて、薬物治療も検討されます。ただ、どのような薬剤がふさわしいのかは、個々人によって異なるため、まずはかかりつけ医の先生に相談して、必要に応じて専門医療機関を紹介してもらうと良いと思います。

とはいえ、「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」を、なかなか明確に区別ができないことも実際には多くあります。心配の強い方は、まずは、かかりつけの先生にご相談される事から始めてみてはいかがでしょうか。

おわりに

今回は、「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違いについてまとめてみました。物忘れは、突然に始まるものではありませんし、その日その日の体調や内服薬の影響などにも大きく左右されます。少し物忘れが気になったとしても、慌てて決めつけることなく、信頼できる方に相談してみるところから始めてみてはどうでしょうか?案外、自分で思っているよりも、周りは気にしていないという事もあるものです。どんな場合でも、生活環境の見直しや生活習慣病の適切な管理は、重要になってきます。そのためにも、定期的な健康診断の機会も大切にすると良いでしょう。

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