長らく新薬が承認されてこなかった認知症領域においても、この数年の間に、注目に値する治験結果が続々と発表されています。認知症の中でも、特に”アルツハイマー病”における新薬の動向が注目されており、本邦における実臨床でも使える日が近づいてきています。最近は報道もなされるようになってきており、興味を持っている方も多いかもしれません。
ただ、正しい治療を受けるためには、患者さんやそのご家族様においても、正しい情報を知っておく必要があります。今回のテーマは、「アルツハイマー病の最新治療薬が対象となる患者さん」について、見ていきます。ただ、非常にホットな話題だけに、状況はどんどん変わっていく可能性があります。あくまで、2023年8月末現在のお話と受け止めていただけますと幸いです。
アルツハイマー病と認知症
まず最初に、「アルツハイマー病」と「認知症」の違いから、確認してみたいと思います。まず「認知症」とは、単一の疾患を指す用語ではありません。認知症は「通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断など多数の高次脳機能障害からなる症候群」と定義されています。一言でいうと、“認知症の原因となる、なんらかの病気によって、日常生活に支障が出る程度にまで認知機能が低下した状態”を指しています。
したがって、「認知症」にはさまざまな原因疾患や病態が含まれていることになります。2017年版の認知症疾患診療ガイドラインに挙げられているだけでも、50以上の疾患名があり、その後の医学の進歩や稀な疾患も含めると、もっと多くの疾患が含まれています。
これらの認知症の中でも、もっとも頻度が高いと考えられている原因疾患が「アルツハイマー病」であり、認知症全体の60~70%を占めていると考えられています。
では、その「アルツハイマー病」について、さらに詳しく見ていきましょう。アルツハイマー病とは、脳の中にアミロイドβとリン酸化タウというタンパク質がそれぞれ蓄積していき、その結果として脳の神経細胞が死んでいく疾患です。このアルツハイマー病によって認知症に至った段階を「アルツハイマー型認知症」と呼びます。
アデュカヌマブは根本治療薬なのか?
繰り返しになりますが、先にお伝えした通り、アルツハイマー型認知症の患者さんでは“脳の中にアミロイドβとリン酸化タウというタンパク質が蓄積していった結果として、認知症に至っている”と考えられています。この順序に因果関係があるという考え方は“アミロイド・カスケード仮説”と呼ばれていて、今日までのアルツハイマー病治療薬開発の大きな礎となっています。この仮説では、脳内でこのアシロイドβが凝集・蓄積していくことで、アルツハイマー病の病理過程が進行していくと考えられています。実際、アルツハイマー病では、認知症発症の20年以上前からこのアシロイドβが脳内に蓄積し始めていることが示されています。言い方を変えると、“脳の中にアミロイドβが蓄積しないようにしたり、いったん蓄積したアミロイドβを取り除いたりすれば、アルツハイマー型認知症の発症を抑制できるのではないか”という着想の背景となる考え方が、“アミロイド・カスケード仮説”です。
これまでに、この“アミロイド・カスケード仮説”に基づいて、数多くの薬剤候補となる化合物が見出されてきました。しかし、いずれもアミロイドβを除去する力が不十分であったり、甚大な副作用を生じたりして、開発が中断されてきました。その中で、アミロイドβに結合して、アミロイドβを取り除く抗体製剤もいくつも開発されていましたが、2021年に初めて承認に至った薬剤が「アデュカヌマブ」です。当時、新聞やニュースでも大々的に取り上げられたので、名前をご存じの方もいるかもしれません。
アデュカヌマブは、これまでにアルツハイマー型認知症で使われてきた薬剤とは、大きく異なります。アデュカヌマブはアミロイドβを認識する抗アミロイドβ抗体の一種であり、病的に集まったアミロイドβを認識します。そのため、体内にアデュカヌマブが投与されると、脳内に蓄積したアミロイドβを減少させることができます。アデュカヌマブによってアミロイドβが減少する詳細な機序には、未知の部分も多いとされています。これまでにも、脳内のアミロイドβを取り除くことができる物質はいくつか確認されてきました。しかしながら、脳炎などの副作用が問題となったり、アミロイドβを取り除くものの認知機能の進行抑制はできなかったりと、実臨床での有用性を見出すには至っておりませんでした。アデュカヌマブが当時アメリカで承認された根拠となったのは、大規模な治験で、一貫して脳および脳脊髄液のアミロイドβの動態を改善させる効果が確認できたことでした。
ただし、認知機能の改善効果に一貫した結果が得られなかったため、いったん承認はされたものの、「検証試験による臨床的有用性の確認が必要」という条件がつきました。以後、欧州や日本でも承認について検討されましたが、いずれも承認されずに現在に至っています。また、アデュカヌマブには、“アミロイド関連画像異常”と呼ばれる副作用があり、脳浮腫や脳出血による頭痛、錯乱、めまい、悪心などの副作用も懸念事項とされています。
レカネマブとアデュカヌマブとの違いは?
その上で、アデュカヌマブに続いて2022年に大規模な治験結果が公表されて注目を集めたのが「レカネマブ」です。レカネマブは、アミロイドβの中でも、より毒性の高い“プロトフィブリル”と呼ばれるタンパク質にも作用する点が特徴のひとつとなっています。アデュカヌマブと同様に脳および脳脊髄液のアミロイドβの動態を改善させたのみならず、臨床的な認知症評価項目においても改善を認めた点が注目されました。
具体的に見ていくと、レカネマブの投与開始から18ヵ月の時点で、認知機能の症状悪化を27%抑制しており、これは症状の進行を7.5ヵ月遅らせることに相当しています。この改善度は、高用量のアデュカヌマブ群で認めた以上の効果であり、一方で“アミロイド関連画像異常”の出現率も、先の試験でのアデュカヌマブ群での出現率より低いものでした。
さらにこのレカネマブは、2023年1月に「レケンビ」という名前で、米国で承認・発売されました。そして、日本でもレカネマブを承認する動きが本格化しています。この記事を執筆している時点では、まだ実臨床で使用する段階ではありませんが、遠くない未来に使用できる形になりそうです。
どのような人が使える薬なのか
ある薬剤が対象とする患者さん像の事を“適応”と読んでいます。この記事を執筆している時点では、日本において、どのような人にレカネマブを適応とするのかは公表されていません。
ただ、臨床効果の科学的根拠となっている臨床治験の内容からは、かなり早期のアルツハイマー病の方に限定されると見込まれています。また、薬剤が効果を発揮する理屈からいっても、脳あるいは脳脊髄液のアミロイドβの動態を把握することが求められると考えられます。つまり、その患者さんの認知機能が落ちている原因が、“ほぼ間違いなくアルツハイマー病”であり、しかも“一定程度までの早期の状態である”ことを客観的に示すことが求められそうです。
脳内におけるアミロイドβの蓄積はアミロイドPETという画像検査で解析が可能で、脳脊髄液のアミロイドβの動態は、腰椎穿刺という背中から針を刺していく検査で脳脊髄液を採取することで解析が可能です。そのため、正確な診断をつけるために、これらの検査を行う体制が医療機関側にも求められていくと思われます。
投薬方法や副作用について
繰り返しになりますが、この記事を執筆している時点では、日本において、レカネマブをどのように投薬するかは公表されていません。ただ、本邦での治験に際しては、2週間に1回の頻度で点滴で投与する形が原則になっていました。いずれは自宅で投与できる可能性も期待されていますが、少なくとも承認された当初は医療機関での点滴投与となりそうです。
心配される副作用については、アデュカヌマブと同様に、“アミロイド関連画像異常”とよばれる現象が挙げられます。脳浮腫や脳出血による頭痛、錯乱、めまい、悪心などを生じる可能性がありますが、アデュカヌマブよりはその発生率は低いと考えられています。
日本での状況(承認されたら期待できること)
日本でも、レカネマブが実臨床で使えるようになる準備は着々と進んでいます。レカネマブが承認された際は、今まで以上に“早期発見・早期診断”が重要になってくると考えています。その最大の理由は、繰り返しになりますが、レカネマブを導入するためには“認知機能が落ちている原因がアルツハイマー病であることを客観的に証明”して、しかも“一定程度までの早期の状態である”ことを示さなければならないからです。
初期のアルツハイマー型認知症では、昔の出来事に比べて、最近の出来事についての記憶が失われやすくなります。例えば、家族や友人との約束を忘れてしまったり、普段使っている物の置き場所がわからなくなってしまったり、最近話したことを忘れて同じ話を何度も繰り返したりといったことです。このような兆しが疑われたら、早めにかかりつけ医の先生に相談されると良いかもしれません。
おわりに
今回は、「認知症の検査」についてまとめてみました。ひとことで認知症の検査といっても、内容はさまざまです。認知症の原因を調べる検査や、認知症の重症度を調べる検査があり、必要に応じて取捨選択されるものです。認知症の新しい薬が世に出る見込みが立ち、認知症の検査もますます進歩していきそうです。「どうせ治らないから」と決めつけることなく、心肺のある方は早めに周囲に相談していくと良いと思います。