ガスコンロなどの火が着用中の衣服につき、すぐに燃え広がってしまう「着衣着火」。過去5年間(2018年~2022年)の死者は合計181名にのぼり(*1)、40代から80代の間で多く発生しています(*2)。
その背景には、加齢に伴う判断能力や運動能力の低下だけでなく、「白内障」が大きく影響しているようです(*3)。白内障による見え方の変化を知っていれば、着衣着火を始めとする危険な事故を予防できるでしょう。意外と知られていない白内障の症状について、眼科医・平松類氏が解説します。
50代の半数が発症する「白内障」…知られざる“最初の症状”とは?
白内障というと「70歳ぐらいがなる病気」というイメージが強いため、「自分には関係ない」と考える中高年の方も多いようです。しかし、白内障は50歳代では50%の人がなっているので、40代・50代の方も無関係ではありません。さらにいえば、白内障は年齢とともに発症率が上がっていき、80歳を超えると99.9%の人がなっています。
白内障になると「ぼやっとして見える」「白く見える」と思われがちですが、そうでもありません。最初に起きる症状は、色の差(コントラスト)がわかりにくくなるというものです。
色の差がわかりにくくなると、例えばコンロなど、暗いところでの青い火が見にくくなります。コンロで鍋に火をかけていたりすると、鍋の下は陰になるので暗くなります。その状態で青い火が出ていても「火があることに気づかない」のです。すると、服の袖口に火が燃え移る、すなわち着衣着火が起こります。
着衣着火が起きると「何が起きたのかわからない」うちに火が袖口から洋服全体に燃え移っていきます。早急に対応しないと命にもかかわってしまう状態です。
「コンロの青い火は見逃しやすい」という事実を知っていれば避けられることですが、なかなか知られていないというのが実情です。
「コンロの火が見えにくい」だけではない…白内障がもたらす意外な見え方
1.まぶしく感じる(グレア)
白内障になると、コンロの火のように色合いの差が少ないときに見にくくなる(=コントラストの低下)以外にも、「グレア」という問題があります。これは何かというと、目に入ってきた光を異常にまぶしく感じてしまう症状です。
白内障で目のレンズ(水晶体)が白く濁るというと、レンズが均一に真っ白に濁る様子をイメージする方がいますが、実際はそうではありません。白髪が生えるとき、一気に真っ白になるのではなくまだらに白くなっていくように、白内障もまだらに白く染まっていくことが多いのです。
レンズに白く染まった部分とそうでない部分ができて、均一ではなくなります。すると、入ってきた光が乱反射するようになります。傷ついたガラスに光が当たると、光が反射してキラキラして見えるという現象に似ています。
このような現象が起きると、平時は問題なく見えるのだけれども「対向車のライト」や「夕日や朝日」などが目に入ると、白内障のない人よりもまぶしく感じ、目がくらんでしまいます。特に夜間運転中だと事故の原因となります。
2.モノが2つ・3つに見える(複視)
また、モノが2つや3つに見える場合があります。なぜ白内障になるとモノが2つ、3つに見えてしまうのでしょうか?これもレンズが不均一に汚れることから起こる症状です。
目に入ってきた光はレンズで屈折し、網膜の上に集まります。ところが白内障になると、光が白く汚れたところに当たってしまい、本来とは異なる方向に屈折するなどして、ちょっとズレてしまいます。その結果、複数の像が見えてしまうのです。
白内障では、よく「月が2つ3つに見える」と言う患者さんが多いです。月は「暗いところで明るいものを見る」というシチュエーションなのでわかりやすいのでしょう。ちなみにこの場合は「片目ずつ見たときに2つ3つに見える」ということが起きます。これは目のレンズそのものの問題だからです。
一方で、目の位置がズレる「斜視」などの場合は、片目で見るときちんと1つに見えるが、両目で見てみると2つに見えるということが起きます。ですから、モノが2つ・3つに見えるという場合は、「片目で見えるのか?」「両目で見えるのか?」というのが重要な違いになります。
「このような症状が起きているのだから視力も落ちているのでは?」と思いたくなりますが、そうでもありません。コンロの火を見逃す「コントラストの低下」や、まぶしく感じる「グレア」、モノが2つ3つに見える「複視」というのは、視力が1.0出ていても起きてしまうことがあるのです。
そのため、検診で「私は視力が1.0出ているから大丈夫」という方がいますが、そんなことはありません。視力が1.0と出ていても、白内障になっていることがあるのです。
白内障を放置したらどうなる?
人によっては「白内障なんて怖い病気じゃないんだから、放置すればいいのでは?」と思うかもしれません。確かに白内障というのは、将来的にきちんと治療をすれば失明に至ることは稀です。けれども、症状が進みすぎてしまうと、歩行もできないぐらい見づらくなります。そして、かなり悪くなると治療も難しくなってしまいます。
一般的に白内障の治療は手術で行われます。非常に小さい傷口から汚れたレンズを吸い出し、代わりに人工のレンズを入れるという方法です。白内障が強すぎると汚れたレンズを吸い出すのが困難になり、手術時間が伸びたり、目の状態が悪くなったりして、いわゆる「手術の難易度が上がる」事態になってしまいます。
さらには、白内障がひどくなるとレンズが白くなるだけではなくて、レンズの厚みが増してしまいます。すると目の玉の中に占めるレンズの容積が大きくなってしまい、目の玉の中に流れる水の排水が悪くなり、緑内障を発症してしまう場合もあります。緑内障は日本人にとって失明の原因第一位の病気です。
目に関するリスクはわかっていただいたかと思いますが、白内障の放置が引き起こすのは、実は目の問題だけではありません。
白内障によって起こる問題として、認知症と骨折(寝たきり)があります。経緯としては、まず白内障によって目が見にくくなります。しかし突然変化するわけではなく、徐々になるので「見にくくなったな」と改めて思うことはありません。何となく見にくくなるだけなので、放置されてしまいます。
すると見にくいために目から情報が入ってこなくなります。本来であれば、目を使って何かモノを見ては脳を使います。そうやって脳トレなどがあるわけです。けれども、目が見にくければ外部からの情報が少なくなってしまうので、脳を活発に使うことが難しくなります。
見にくくなれば、積極的に新聞や雑誌を読んで情報収集する機会も減ってしまいます。同じく、旅行をしても得られる情報量が少ないので、楽しみが減ってしまうという事態が起きてしまいます。
さらには見にくい分、転倒しやすくなります。例えば階段です。段差を見るとき、私たちは階段の遠近感・影の具合によってその大きさなどを把握してします。白内障になると影による段差の大きさの把握が難しくなり、踏み外してしまうのです。
特に夜間、トイレに行くときに階段の上り下りが必要になる家に住んでいる方は、転倒リスクが高くなります。階段での転倒は、大きなケガや骨折につながりやすいです。特に高齢になってくると、大腿骨頸部といって足の骨の付け根を骨折しやすく、そこが折れてしまうと歩行困難となり、寝たきりになるリスクも上がってしまいます。
転倒対策として、階段の部分に明るい電気をつけるとか、段差をわかりやすくするために階段の端にテープを貼って強調するというような工夫が必要になります。
もちろん、これら以外にも、最初に挙げた「火事を起こしやすい」「運転時に事故を起こしやすい」というのも問題点として挙がります。では、そうならないために何をすればいいかというと、白内障の早期発見です。
では、白内障を早期発見するにはどうすれば良いのでしょうか?
40歳を超えたら2年に1回、70歳を超えたら1年に1回は眼科へ
早期発見するには、第一に正しい知識を持つことです。白内障は70歳以上で起きるものだと思っていると、50代、60代のときに見逃してしまいます。また、「視力が1.0あれば大丈夫」と勘違いしていては早期発見できません。
もちろん、白内障は早期発見したからといって進行が止まるわけではありません。けれども、早い段階で「自分は白内障である」という事実を知っていれば、「見にくい原因は白内障かもしれない」と疑うことができますし、仮に視力が落ちていなくても、生活に不自由を感じる場合は手術によって改善するという選択ができます。
では、人間ドックや検診を受けていればいいのかというと、そうでもありません。検診では白内障を見逃しやすいのです。正しく診てもらうには、眼科での診察が必要です。
そういうと、多くの方が「なかなか眼科に行く機会がない」と仰います。しかし、本当は2年に1回程度は、老眼鏡の度数およびレンズの劣化チェックなどのために眼科へ通った方がいいのです。眼鏡は1回作れば終わりというものではありません。劣化などしたレンズを使いつづけると目の不調を招いてしまいます。
だからこそ眼科で定期チェックをして、同時に目も診てもらえれば、白内障だけでなく緑内障も含めて多くの病気を確認してもらえるというメリットもあります。ですから、40歳を超えたら2年に1回、70歳を超えたら1年に1回は眼科を受診していただければと思います。
*2 総務省消防庁『消防統計(火災統計)』平成29年~令和3年(いずれも確定値)より算出