こぎん刺しの文化は、今、多角的かつワールドワイドに広がっています。また、従来の“土産物然”としたものとはことなる、おしゃれな商品も生み出されています。
今回は、モダンなこぎん刺し文化を牽引する人々にお話を伺いました。
1.広がるこぎん刺し人口
弘前の街中を歩いていると、手芸店の多さに驚かされます。どのくらい多いのかというと……。
右は弘前駅から弘前城にかけての地図。なんとこのエリアだけで手芸店が7店もあるのです(Google mapで検索)。左は東京都中央区の八重洲から日本橋、銀座界隈。ほぼ右の地図と同じ縮尺のエリアです。数え切れないほどの商業施設がひしめくこのエリアで、手芸店は11店舗(Google mapで検索)、人口比から見ても、弘前の手芸店の多さは顕著だといえましょう。
弘前の手芸店は、そのほとんどがこぎん刺し用の糸や布を取り扱っています。実はこの地図上に記されていないけれども、こぎん刺しの材料を扱う店もあります。弘前周辺にこぎん刺し愛好家がどれほど多いのかが一目瞭然ですよね。もちろん全国のこぎん刺しファンからの引き合いも多いそうです。
2.令和のこぎん刺し文化の仕掛人、山端家昌さんのこと
現代のこぎん刺し愛好家の輪は、津軽のみならず全国、あるいは世界にも広がっています。今、そのこぎん刺し文化を牽引しているお一人が、グラフィックデザイナーで「kogin.net(コギンドットネット)」を主宰するkoginデザイナーの山端家昌さんです。
山端さんは、前回ご紹介した温泉旅館「界 津軽」のインテリアデザインなどを手掛けたほか、こぎんモチーフをアレンジしたグッズのデザイン・開発や、こぎん刺しイベントやツアーの開催、こぎん刺し教室の講師など、こぎん刺しから派生したありとあらゆる事象の仕掛人として精力的に活躍しています。
青森県おいらせ町という南部地方出身の山端さんですが、子どもの頃はこぎん刺しのことを知りませんでした。「高校時代に、(こぎん刺し収集家、研究家の)田中忠三郎の展示会で古作こぎんを初めて見ました。そのとき『なんて恰好いいんだ!』と衝撃を受けたんです」。もともとファッションデザイナーを目指していた山端さんは、このときにこぎん刺しの幾何学文様に感化されたそうです。「遠くから見ると大胆なのに、近くで見ると細かい。この不思議さはなんなんだ?って」。
東京・渋谷の日本デザイナー学院に進学した山端さんは、3年次に講師からのアドバイスもあり、一年間、こぎん刺しを研究テーマとしたとのこと。「歴史があって、整然とした構造美があって。もうその面白さにどっぷりはまってしまったんです」。
モドコはピクセル(画素)にも通じると感じ、見せ方次第でいろいろと展開できそうだ、と考えた山端さんは、ファッションではなく、グラフィックデザイナーとして生きる道を選びました。以来、こぎんならではの技術や幾何学文様をアートやデザインとして世界中の人に楽しんでもらおうと、こぎんのさまざまな可能性を発信し続けています。
3.“かわいいこぎん”の登場
古作こぎんを研究し、こぎん模様の可能性を探る現代のこぎん文化のエキスパート、山端さんに、昭和以降のこぎん刺しの変遷をざっと解説していただきました。
民藝運動~趣味のこぎん刺しへ
柳宗悦がこぎん刺しの美を記し、民藝運動が盛んになるのにつれて、全国的にこぎん刺しが見直され、家庭のインテリアや小物の中に浸透していきました。それまで藍白でしかなかった世界に色糸が使われるようになり、菱形を組み合わせながら、りんごなどのモチーフを描くなどの新しい表現も増えていきました。
そうは言っても、昭和の手芸ブームで生み出されたこぎん刺しは、まだまだ重厚感があり、若い人たちにとっては“実家のこぎん刺し”=古臭いもの、というイメージが定着してしまった感がありました。
平成の“こぎん刺しブーム”
それが2004年、料理研究家の福田里香さんとみつばちトート主宰の束松陽子さんが「布芸展」プロジェクトを発足、『来森手帖』(国府印刷社)を著し、こぎん刺しの魅力を紹介したことで「こぎん刺しは、かわいい」という印象が浸透していきます。この本は、こぎん文化のエポックメイキングな一冊となりました。
『こぎん刺しの本――津軽の民芸刺繡』(布芸展〈福田里香、束松陽子〉著、文化出版局)
ちょうど、北欧ファブリックの人気に火が点いた時期とも重なり、「北欧デザインっぽい(=かわいい)こぎん刺し」というイメージで、一気にこぎん刺し愛好家が増えていきます。
「その頃から民藝感が薄れて、雑貨とかクラフト的なものに移行してきたと言えるかもしれませんね。おしゃれでかわいいこぎん刺しの本が続々と出てきてくるようになったんです」。伝統的なモドコを使ったデザインのまま、現代的な透明感のある色糸や色布などが普及したことで、洗練されたモダンな小物などをクラフトマーケットなどで見かけるようになりました。また、それまで弘前でしか買えなかったこぎん刺し用の布や糸が、平成の終わりには、オンラインショッピングなどを通じて手に入りやすく、一般化していったのだそうです。
世界中に広がる“こぎん刺しの輪”
今や全国にこぎん刺しグループができ、オランダやオーストラリアにもこぎん刺しのグループがあるのだとか。まさにこぎん刺しの世界はワールドワイドに広がっています。
「僕個人は、古作こぎんの着物が大好きなので、古作の文様をデザインとしてどう生かすかが大事だと思っています」。山端さんに限らず、こぎん刺しを愛する人は皆一様に古作こぎんへの敬意を持っており、その良さがあってこその“今の手芸”だ、と感じているのが伝わってきました。
山端さんは、古作こぎんを研究し、その伝統的なモドコの並びを現代のこぎん刺しにも活用できるように、と『青森市所蔵 古作こぎん着物写真集~コギン』などの図案集も数多く著しています。
「こぎん刺しは、僕のようにデザインとして取り入れている人、材料を作る人、それを売る人……経済として回り出しているんです。それが地元に還元されて、潤っていく。それが一番なんじゃないかと思います。実は西目屋村をそのひとつの拠点にしたいと考えているんです」。西こぎんのふるさと、西目屋村。しかしながら実態としては白神山地の入り口という立ち位置に過ぎない場所です。昨秋、初めて西目屋村を訪ねる機会があり、西こぎんの実物の一枚や二枚、行けば見られると思っていたのですが、結局一枚も見ることは叶いませんでした。「地元の人は自分たちの地元がこぎん刺し発祥の地だと知らないし、まだこれが商売になる、と思っていないんですよね。僕は西目屋村でこぎんを中心に経済を回して、こぎんに愛着を持ってもらったり、買ってもらったりするのがひとつの目標なんです。僕だけじゃなくって、誰かが別のアプローチでこぎんを表現して、それがどんどん広がっていけばいいなと」。
そう語る山端さんは、この冬、西目屋村で大きなイベントを開催しています。「道の駅津軽白神ビーチにしめや」を舞台に展開されている「西こぎん展」では、3月9日(木)までの間、古作西こぎんや現代作家による作品が一堂に会し、こぎんをテーマとした空間装飾、こぎん作品や材料の販売、ワークショップなど、さまざまなこぎん体験が楽しめるそうです。こぎん刺し発祥の地とされる冬の西目屋村で、こぎん刺しを体感できるまたとない機会です。
こぎん刺しを一過性のブームで終わらせるつもりはない、と語るとき、山端さんの目に力が漲りました。
4.垢抜けたおしゃれなこぎん刺しを手に入れよう
私が初めてこぎん刺しと出会ったのも、20年ほど前のことでした。青森を旅している最中に立ち寄った博物館で、たまたま展示されていた古作こぎんの圧倒的な緻密さと、藍白のモダンでおしゃれな意匠にただただ驚嘆したのです。叶わぬ夢だけれどもこれを羽織って東京・銀座を闊歩したら、どんなに恰好いいだろうか?こぎん刺しは素敵だ。何の知識もないままにそう確信し、興奮冷めやらぬ気持ちを抱えながら土産物店を覗くと、そこに並んでいるのは、あれあれ、なんだか冴えない印象のがま口やポーチ、バッグばかり。たかぶっていた気持ちがすぅっと萎えてしまったのです。
それから15年ほどが過ぎ、こぎん刺しアイテムのイメージががらりと変わったのは、弘前にあるショップを訪ねたときでした。
代官町にあるセレクトショップ「green」は、“環境と人に優しく、作り手の顔が見えるもの”がコンセプトの店。大きな窓から差し込む柔らかな光が、店内を穏やかに照らしています。扱っているのは、肌触りの良いデイリーなウェアやオーガニックの雑貨、DANSKO(ダンスコ)のシューズから、フェアトレードの食材、店オリジナル商品まで、品の良い洗練されたものばかり。こぎん刺しのアイテムやかご、津軽こけしなどの津軽の手仕事も目を惹きます。「“作り手の顔が見えるもの”を取り扱いたいと思ったら、おのずと地場のものを取り扱うようになったんです」。
5.おしゃれなこぎんアイテム開発秘話
中でもこの店で印象的なのは、こぎん刺しのアイテム。整然と並ぶそれは、ほかの土産物店のこぎん刺し商品とは一線を画した、柔らかく穏やかな印象のおしゃれなものばかり。目移りしてしまいます。
オーナーの小林久芳さんは五所川原の出身。子どもの頃から「津軽の伝統工芸が素晴らしいのは分かるけれど、民藝特有の古臭さが抜けない印象があるなぁと思っていました」と言います。「ところがあるとき、祖父の家で何十年ぶりかでこぎん刺しを見たときに『あれ、これはひょっとしたら、面白いものになるんじゃないか?』とピンときたんですよね」。
たまたま「弘前こぎん研究所」の須藤郁子さんが常連だったことから、ダメもとでこぎん刺しのオリジナル商品が作りたいと相談したところ、二つ返事で引き受けてくださることになったそうです。
淡色×淡色の新しさ
古臭い印象はどこからくるのか?それはコントラストの強さではないかと考えた小林さんは、あえて真逆のカラーリングでこぎん刺しを展開したいと思い至ります。それからはパソコン上で色の組み合わせを試行錯誤して、初めに誕生したのが淡いグレー地に薄いピンクの糸で刺したものだったそうです。
「初めて見たときに『これは面白い』と思いました」。
その後は淡色×淡色7色の展開をベースに、ときどき黒×白や黒×黒といったものを手掛けることも。「黒×黒は恰好いいんですよ。でも刺す人が大変(笑)。布目を拾いづらいんです」。この店のアイテムは「こぎん研究所」に在籍している中でも熟練の刺し手さんが手掛けてくれるそうですが、その人たちにとっても高度な要求をクリアすることで「green」さんのアイテムは生まれているのです。
モドコの配置の工夫
次に考えたのが、モチーフの配置だったそうです。「こぎん研究所」ではそれまで、高い土産物は売れない、という経験値から、ワンポイントにして低価格のものばかり展開していたとのこと。「でもこぎん刺しって、全面に刺して初めて美しいと思うんです」。少し高くなっても全面に刺しを施した“総刺し”でいきたい。小林さんはまず、地元の若い人に手に取ってもらいたいと考えたのだそうです。
総刺しで手間が掛かる分、ほかのところより若干高めではあるものの、「買っていかれるお客さまからは高いものだという意識は感じられないです」。倍も高いのならばともかく、せっかく手に入れるならば少しでも素敵なものを、と思うのが人情というものなのでしょう。
同じモドコを全面に繰り返すことにより「green」オリジナルのモダンな商品が生まれたと聞き、驚きました。使われているのは伝統的なモドコでも、同じモドコをここまで連続して使うことは、古作ではあまりないのだそうです。「同じパターンを連続で、と言ったら、最初はうぅーん、と渋られたんです」。でも、なにが伝統かと考えたときに、明治時代に一度廃れているし、古作こぎんみたいに補強のためでもなく、一子相伝だったり長年修業が必要な技術というわけでもないのだから、今の人が自分なりの解釈でモドコを刺すのはアリなのではないか、と小林さんは語ります。「古作こぎんの素晴らしさと、現代人の感覚が合わさって、初めて裾野が広がるのではないでしょうか」。
そう語る小林さんですが、藍白からなる古作こぎんは「やっぱり基本。あれが恰好いいんですよね」。
6.フランス人も認めたモダンこぎん刺しの美
試行錯誤を繰り返しながら形作られたこの店ならではの世界観。それは単なる土産物や“かわいい小物”で終わらない、今の時代に生き続ける「用の美」と言えましょう。長く日常に寄り添うものばかりです。
「コロナ前ですけれど、バスクTシャツを着てショートパンツを履いた、フランスからのおしゃれなお客さまが『トレビアン!』と言って買っていってくださったのも嬉しかったですね」。海外からの旅行客は、帰国したあとできっとこの店のこぎん刺しを自慢して見せているはずです。
今ではこのこぎん刺しを求めてやってくるリピーターも増えているとのこと。実は私も弘前に通うたびに一つずつこの店のアイテムを買い足している一人です。
弘前に行ったら、代官町の「green」をぜひ訪れてみてください。
撮影=あきばこと(kogin.net山端家昌さん)、牧田健太郎(green)
◆「kogin.net」
※「西こぎん展~時を超えたコラボレーション~」2022年12月1日~2023年3月9日(木)
場所/道の駅津軽白神ビーチにしめや 青森県中津軽郡西目屋村田代神田219-1
2023年1月31日(火)~2月1日(水)には、青森県弘前駅発着の「なるほど!西こぎんツアー」を開催。山端さんが西こぎん展、こぎん布の藍染体験、ワークショップ、古作こぎん研究会などを案内してくれる。
◆「green」
青森県弘前市代官町22
☎0172-32-8199