皆さんは、かごはお好きですか?
私の家には一目惚れして連れて帰ってきたかごがたくさんあります。数えてみたら大小18種類ありました。人にあげたものもあるので、これまでにいくつ購入したのか、もうわかりません。家の中では野菜を保存したり、雑誌やストールなどを収納したりと大活躍しています。
日本のものに限らず、モロッコやベトナムのマルシェバックなどもあります。旅先で見かけて、ためつすがめつ眺めては、手になじむか、大きさは十分か、迷いに迷って、結局諦めきれずに買ってしまいます。
浴衣や着物で出かけるときはもちろん、一時期などは通勤時にも重宝していました。出版業界に勤める人間あるあるなのですが、パソコンや本、ノートなどなど、常に荷物が多いのです。腕が抜けそうなほどの重さになることもしばしばですが、そんな荷物であっても安心して任せられるほどに、職人が編んだかごは丈夫です。
この連載のテーマである“津軽の幾何学文様”といえば、名産品である“かご”は見逃せません。数あるかご産地の中でも、津軽のかごはバリエーションに富んでいます。津軽はかご好きの“聖地”なのです。
1.津軽と“かご”の悠久のかかわり
古来、人間は植物を編んだり織ったりして活用してきたことが知られています。繊維から糸を採って布にし、また、樹皮や茎を編んで物を入れる道具にしてきました。
津軽にはその証拠が残されています。さて、この写真、なんだかわかりますか?
これは「縄文ポシェット」と呼ばれているものです。ポシェットのなかにはクルミが入っていました。
なぜ“縄文”の名が付いているのか――実はこれが作られたのは縄文前期中葉、いまから約5500年も前なのです(!)。平成5(1993)年、青森市の三内丸山遺跡で発掘されました。いまでは国の重要文化財に指定されています。
私は発掘されて間もなく、展示されていた実物を目にしました。それは350㎖のペットボトルを入れるのにちょうどいいぐらいの大きさで、上部こそ編み目がほつれていましたが、いまでも充分に使えそうでした。しかも黒褐色のなんともいえない艶があり、その編み目の美しさにうっとりしてしまったのです。5500年も前にこんな完成度の高い組成品を作り上げた縄文人、恐るべし……。
おそらくヒバの樹皮で編まれたと思われるその「縄文ポシェット」から、津軽のかご編み文化は連綿と続いているのです。なんてロマンがあるのでしょうか。
現在、現物の「縄文ポシェット」は三内丸山遺跡の出土品を展示する「さんまるミュージアム」で見ることができます。
2.青森のかご、津軽のかご
ご存知のとおり、“かご”や“バスケット”と呼ばれる組成品は、世界各国で見られます。かごは自然界からの賜りものです。そのため、松や栗が多い地域では、松や栗の樹皮を使ったかごが、水草が多い地域では水草を編んだかごが、ヤシの木が多い地域ではヤシのかごが作られます。その土地に自生しているものを自然界から頂戴し、丁寧に加工したものが天然素材の“かご”なのです。
日本国内では竹かごや藤かご、クルミかご、秋田のイタヤカエデのかごや、岡山のいぐさかご(いかご)など、特色のある“かご”文化が土地ごとに育ってきました。稲藁で編まれたかご状のおひつ入れや「えんつこ」(地域によって呼び方が異なる)という、ベビーサークルのようなかごもありました。
青森県内では津軽地方のあけびかご、山ぶどうかご、根曲がり竹かご、そして下北半島の工房でヒバかごが現在でも作られています。
特にあけびかご、山ぶどうかごは、弘前市を中心として比較的目にする機会の多いものです。
比較的、といったのは、根曲がり竹かごとヒバかごは、今となってはそれぞれ職人がお一人ずつしか残っていないからなのです。風前の灯、といってもいい状況です。
それに比べればあけびかごと山ぶどうかごの職人は多く、全国のデパートや民芸店、ギャラリーなどに卸されています。
とはいえ現在、弘前でまとまった数のかごを取り扱っているのは、「宮本工芸」さん1軒だけです。数年前には何軒かあったのですが、ここ数年でどんどん店を畳んでしまいました。そのほかは家族や個人で編む職人さんがちらほら残っているだけだそうです。
3.「宮本工芸」は津軽のかごパラダイス!
JR弘前駅から歩いて10分ほど、住宅地の中に「宮本工芸」があります。ごめんください、と中へ入ると、そこにはかご、かご、かご……。かご好きの血がたぎります。
これいいなぁ、これも素敵、と品定めしていると、店長の武田太志さんが「店の奥にあけび蔓(つる)と山ぶどうの皮のストックがあるので、見ませんか?」と声をかけてくださいました。
喜んで武田さんについていくと、バックヤードには息をのむ光景が広がっていました。
天井から吊られたあけび蔓の束に、天井までうず高く積まれた山ぶどうの樹皮の束――。圧倒されました。
4.あけび蔓(つる)とは?
山歩きを趣味にしている人ならば、秋になるとふっくらと張りのある、あるいはぱっくりと割れた紫やピンク色のあけびの実が頭上に実っているのを見たことがあるかもしれません。白い果肉は優しい甘味ととろりとした食感が特徴で、山形では栽培もされています。
かごとして使われるのは、自生しているあけびの蔓です。あけびは北海道から九州まで日本の山野に自生しています。軽く、しなやかで強い特徴があります。
あけびは全国的に見られますので、あけびかごなどの細工物の産地は東北地方(秋田、山形)や長野県など、いくつかあります。その中でも津軽の岩木山や白神山地の周辺などでは、とりわけ良質な蔓が採れるのだそうです。
そのため「あけびかご、といえば津軽」といっても過言ではありません。その昔、岩木山は“あけび山”といわれるほどあけび蔓が豊富だったのだとか。そんな津軽のあけび蔓ですが、現在は最盛期の10%ほどしか採れない、貴重な資源となっています。
あけび蔓は、9月~初雪が降る11月ごろに収穫されます。職人は山奥の藪を分け入って採取していきます。熊やスズメバチに遭遇するかもしれない、危険を伴う作業です。「宮本工芸」のようにある程度の量を必要とする工房では、採取専門の職人に頼んでいるそうです。個人でかごを作る人は、自分が作る分を採取しに山に入ることも多いのだとか。
工房に伺った日には、3日ほど前に採取したばかりのあけび蔓がありました。触ってみるとまだ瑞々しく、手で簡単にしなり、水分を内包していることが分かりました。
収穫したあけびの蔓は、かびが生えないよう風通しの良いところにまっすぐ伸ばして吊るし、1年ほど乾燥させます。完全に乾燥させないうちに編んでしまうと、編み上がったあとで蔓が痩せてしまい、形が狂ってしまうのだそうです。
5.山ぶどうとは?
山ぶどうを見たことがありますか?
山の中に入ると、木立に絡みつくように生えている山ぶどうを見かけることがあります。山ぶどうの蔓は、大きいものでは長さが20~30mにもなり、幹の太さは直径10cmほどになります。
この山ぶどうの樹皮を剥いで組成したのが、山ぶどうかごです。
山ぶどうの皮の収穫時期は6~7月の1ヵ月間のみ。その時分には山ぶどうが大地から水を吸い上げているので皮が剥ぎやすいのだそうです。その皮を屋根の上で3週間ほど乾かし、さらに室内で乾燥させます。
山ぶどうのかごが高価なのは、皮の収穫時期が1年で1ヵ月間しかないことと、山の奥まで入らないと手に入らないためなのだとか。あけび蔓の採取以上に危険を伴います。また山ぶどうにしろあけび蔓にしろ、山に採りに行くための車のガソリン代も高騰していて、必然、かごはますます高嶺の花になっています。
木肌がきれいで節やひび割れがなく、まっすぐ剥げている皮は、細工もしやすく、仕上がりも美しいのですが、自然界で生きているわけですから、人間にとってお誂え向きのものばかりとは限りません。むしろ希少といってもいいでしょう。
6.津軽のあけびかごの歴史
津軽地方のあけび細工が知られるようになったのは、江戸後期、岩木山の山腹にある嶽(だけ)温泉のお土産品として作られるようになったのが始まりだとされています。それ以前にも、農作業の道具などとしてかご編みは冬の農閑期の大切な仕事でした。
昭和40年代、それまでの団体旅行から、個人旅行が広がっていきました。昭和45年に国鉄が「ディスカバー・ジャパン・キャンペーン」を開始すると、京都や福岡、札幌などの大観光地だけでなく、津軽などの地方へも多くの観光客が訪れるようになります。
旅先の土産物店や雑貨店で見かけた手作りのかごに心を奪われた客も多く、そのナチュラルな美しさが評判を呼んで、昭和50年代ごろまでにはデパート催事などでも販売されるようになりました。もともと暮らしと密接だった道具が、現代人の“暮らしの道具”として脚光を浴びるようになったのです。
とはいえ、天然素材のかごは全国的(あるいは世界的)に、時代の趨勢によって次第に大量製造が可能なプラスチック製品やビニール製品に取って代わられるようになり、また自然環境の変化で素材の入手もままならなくなりました。津軽のあけびかごや山ぶどうかごも例にもれず、職人の数が激減しています。
7.あけびかごの作り方
「2階で職人が作っていますから、ご覧になりますか?」とすすめられるままに作業場にお邪魔しました。そこでは30代から50代の職人さんが6人ほど作業をしていました。
あけび蔓は細工をする前に、葉や枝、根や節を丁寧に取って3日間ほど水に浸けて柔らかくし、太さや色合いなどを仕分けします。
あけびかごは、そこから一気呵成に仕上げなくてはならないそうです。いったん濡らした蔓が乾く前に成型していきます。一度濡らしたあけびの蔓は、何度も乾かしたり濡らしたりを繰り返すと、表面の皮が剥げたりひび割れてしまって、商品にならないのです。必要以上に濡らしてしまうと、貴重な蔓を無駄にしてしまう恐れがあり、そのあたりの見極めも重要とのことでした。
成型は、木型に合わせていきます。底から編み始め、胴、上縁へと編み上げていきます。この木型も職人が手作りします
「機械で編むのは、無理ですか?」とお聞きしたところ、あまりにも素材の個体差がありすぎるので、指先の感覚を頼りに編むよりほかないのだそうです。
津軽のあけびかごは、その多くが可動式の持ち手なのが特徴です。
これはもともとほかの地方では見られなかった画期的な技術だそうです。
8.山ぶどうかごの作り方
山ぶどうの樹皮は、できるだけクセの少ない樹皮を選んで3時間ほど水に浸し、柔らかくしてから使います。
樹皮によっては、捻じれていたり反っていたり節が多かったりするので、そのクセを丁寧に矯正しながら使える素材にしていきます。
かごの仕上がりをイメージしながら、樹皮の幅を揃えて裁断していきます。テープ状の素材ができあがっていきます。
一枚の樹皮であっても、厚みはバラバラです。厚い部分を削いで、全体の厚みを揃えていきます。
あけびの蔓と違って、山ぶどうの樹皮は乾いたら何度でも濡らして柔らかくしながら編むことができるそうです。あけびかご同様、木型に合わせて編み進めていきます。
9.かごバックに見る幾何学文様
かごの編み方はさまざまで、あけびかごにいたっては50種類とも100種類ともいわれるそうです。平たいテープ状の山ぶどうかごはそこまでの種類はないとはいえ、それでも10種類はあるとのこと。素材の違いや、できあがりのサイズや形などと相まって、編み方がかごの個性のひとつとなります。職人によって得意な編み方、不得意な編み方があり、そこにも個性が生まれます。
9-1.あけびかごの文様
あけびかごで人気のある編み方に“こだし編み”と呼ばれるものがあります。縦の蔓に横の蔓を交差させながら縦列、横列ともに一定の間隔を開けた編み方です。透け感のある編み方なので“透け編み”とも呼ばれます。均等に編み上げるには熟練の技を要します。
“こだし”とは、もともと細縄を編んで作った袋やかごのことで、山菜採りやきのこ採り、栗拾いなどのときに腰にさげたり背負ったものでした。この袋(かご)の編み方によく見られるのが、“こだし編み”です。
こだし編みによって生まれる図形は、“こだし模様”などとは呼ばれません。しかしながら、編み目が整然と並ぶ様は、まさに“幾何学文様”。すっきりと涼やかな印象で、バックインバックなどを中に入れても、その透け感とのコラボレーションが楽しめます。
9-2.山ぶどうかごの文様
山ぶどうかごでは、基本は元禄編みやあじろ編み、最近では小松編みや花結び編みなどが見られます。
花結び編みは、山ぶどうの樹皮を細く、薄くすればするほど、細かな花に編み上がります。この技法を用いたブローチなども人気です。
あけびかごのような“こだし編み”の山ぶどうかごも見られます。また、編む素材の幅を職人の裁量で自由に変えられるので、幾何学とはまた違った、アバンギャルドなものも作られています。
9-3.根曲がり竹かごの文様
津軽のかごで忘れてはならないのが、根曲がり竹のりんごかごです。
北東北で“たけのこ”といえば、根曲がり竹のたけのこを指します。津軽でも非常にポピュラーな食材です。これが成長したものを使って作られるのが、根曲がり竹のかごです。
根曲がり竹は細く軽く、篠竹などと比べても強靭なので、このかごは、かつてりんごの収穫になくてはならないものでした。しかし現在では、弘前郊外でお一人しか作れる人がいません。津軽でりんご農家を営む知人に聞いたところ「そういえば納屋にあるなぁ」とのことで、いまではプラスチックのかごを使っているそうです。
なかなか目にする機会がなくなりつつある根曲がり竹の“りんごかご”が、この日はたまたま工房に入荷していました。持たせていただくと、その軽さに驚きました。
このりんごかごは、“六つ目編み”で編まれます。
亀甲編み同様、六角形が連なる編み方ですが、亀甲編み以上に頑丈なのだそうです。
あぁ、いつかひとつ手に入れたい。この望みが叶う日は来るのでしょうか……。
10.かごバックのお手入れ法
天然素材のかごの魅力は、なんといっても使い込むうちに艶や風合いが増していくこと。手指の脂がなじめばなじむほどにしなやかになり、味わいが出てきます。
「仕舞い込まずに、使うのが一番のお手入れです。持ったり、なでたりして愛おしんで使ってください。亀の子たわしで磨いてあげるのもおすすめです」
仮にカビが生えてしまったら……。考えるだけでもめげそうですが「山ぶどうもあけびも、植物ですから、水に強いんです。カビたら思い切って濡らして、たわしで擦ってください。カビが落ちたらしっかり陰干しすれば大丈夫」とのこと。
一方、天然素材のかごが苦手とするものは“化学物質”。ワックスやラッカー、洗剤は避けましょう。ツヤ出しのために蜜蝋などを塗りたくなるかもしれませんが「そんなことをしたら、価値がなくなっちゃう」と武田さんの顔が曇りました。
丈夫ですから多少のことでは壊れません。「仮に編み目が壊れたり持ち手が取れたりしても、修理が効きます。どうぞ長く使ってあげてください」。ふと傍らに目を向けると、修理を待つかごが置かれていました。
お話しを伺っているうちに、自宅で留守番をしている我が家のかごたちにますます愛着が沸いていきました。帰宅後、一つひとつ撫で回し、たわしで磨いたのはいうまでもありません。この愛しいかごたちに、いつかあの「縄文ポシェット」のような光沢が宿る日まで、使って使って使い込んで、いっそう味わいのあるかごに育てていこうと決意しました。
撮影=牧田健太郎(クレジット注記のあるものを除く)
▼施設データ
◆さんまるミュージアム
青森県青森市大字三内字丸山305(三内丸山遺跡内)
℡017ー766ー8282
開館時間/9時~17時(GWおよび6月1日~9月30日は~18時)
※入館は閉館の30分前まで
休館日/毎月第4月曜日(祝日の場合は翌日)、12月30日~1月1日
◆宮本工芸
青森県弘前市南横町7
℡0172ー32ー0796
営業時間/9時~18時 休/日曜