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私が見た中国の環境対策(工場編)ー中国生活体験記(その5)

私が見た中国の環境対策(工場編)ー中国生活体験記(その5)
深谷 百合子 人を動かすコミュニケーター

執筆者
深谷 百合子 人を動かすコミュニケーター

国内及び海外電機メーカーで技術者として20年以上勤務。工場の「案内人」としてメディア対応、講演、環境教育にも携わる。「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、立場の異なる人同士が理解し、協力し合えるための伝え方を工夫した。2020年に独立。「相手を動かす伝え方」をテーマに講師、コーチとして活動している。また、個人へのインタビューや企業への取材記事執筆を通じて、「知られざるストーリー」の発信を行っている。掲載媒体:WEB天狼院書店、天狼院書店WEB READING LIFEブログ

前回コラム私が見た中国の環境対策(日常生活編)――中国生活体験記(その4)では、中国でのレジ袋有料化は日本より早い2008年からスタートしていたことなど、日常生活に関わる環境対策について紹介しました。今回は、工場における環境対策についてご紹介します。

私が初めて中国を訪れたのは2013年の夏。当時はPM2.5の問題が大きく取り上げられていた時期でした。特に冬場になるとPM2.5の濃度は高くなる傾向にあり、ひどい時には小中学校が休校になることもありました。PM2.5は燃料を燃やすことで発生する物質や粉じんなどが影響しているといわれます。ですから、そうした物質を排出する工場に対して、非常に厳しい規制がかけられていました。中には日本よりも厳しい基準が求められているものもありました。今回も私が実際に体験したエピソードを交えて、中国の工場における環境対策についてご紹介します。

1.突然コンクリート工事がストップ! その理由は?

突然コンクリート工事がストップ! その理由は?

2017年のことです。私の勤めていた中国の国有企業は、四川省・成都市に新しい工場を建設中でした。普通なら2年近くかかる工事を1年でやろうというのですから、かなり無謀な計画に思えました。「本当に1年でできるのか?」と半信半疑のまま工事はスタートしました。基礎工事に取りかかる頃になって、案の定、工事は遅れ始めました。工事が遅れている最大の原因は、「コンクリートの供給不足」でした。

中国では、PM2.5をはじめとする深刻な大気汚染を改善しようと、2014年に「環境保護法」の改正が可決され、2015年1月から新たな「環境保護法」がスタートしました。新たな「環境保護法」では、規制に違反した工場に対して強制的に閉鎖を命じるなど、政府や民間企業には重い責任が課せられるようになったのです。

そうした中、四川省の環境局による査察を受けて、私たちの工場の建設現場近くにあったコンクリート工場が一斉に操業停止となり、コンクリートの供給がストップしてしまいました。いつ再開されるかも分かりません。一番コンクリートが必要な時期に、コンクリートが入ってこないという大ピンチです。そこで、他の地区にあるコンクリート工場を探すことになりました。でも、生のコンクリートは時間が経つにつれて固まってしまうという性質があるため、ミキサー車による運搬時間はできるだけ短くしなければなりません。ですから、建設現場にできるだけ近い場所にあるコンクリート工場を探す必要がありました。

しかし、そう簡単に条件に合うコンクリート工場は見つかりません。見つかったとしても、他の建設現場との取り合いになります。やっと供給してもらえても、必要量に対して全く足りません。そうした状態は半年近く続きました。結局、中国人の経営幹部が供給量確保のために奔走したり、工事の段取りを見直したりすることで、最終的に遅れを挽回することはできました。

こうした例は他にもあり、例えば地域で重要なイベントが行われる時には工事車両などの通行や粉じんの出る作業が制限されたこともありました。

工場だけでなく、商店も同様に突然営業停止を命じられることがあります。

ある日私は会社から帰宅すると、住んでいたマンション周辺がいつもと比べて暗いことに気づきました。よく見ると、ズラッと軒を並べている飲食店が全て閉まっていたのです。飲食店の排水による水質汚染が発覚したとのことで、該当区域の飲食店が軒並み営業停止になったということでした。数日後に営業は再開されましたが、こうした有無を言わせぬ措置は中国ならではですね。

事業者に対する措置は、厳しくなっているなと肌で感じた出来事でした。

2.工場にはいつも厳しい目が向けられている

工場にはいつも厳しい目が向けられている

工場は「環境の汚染源となり得る存在」として、厳しい目が向けられています。

建設現場では土埃が舞うので、散水車が水をまいたりしていました。また、ミキサー車や建設資材などを運んできた車両が構内から外に出る際には、タイヤについた泥を持ち出さないように、必ずタイヤなどの洗浄をしていました。泥がついたまま道路を走ると、道路が汚れるばかりでなく、道路についた泥が乾くと、土埃として舞うからです。

工場が稼働すると、さらに厳しい目が向けられます。

例えば、工場からの排水です。日本では、法律の定めに従って排水の水質を測定し、記録を保存しています。自治体との取り決めによっては、測定した結果を定期的に報告する場合もあります。基本的に水質は自分たちで監視し、万が一基準に満たない排水を流してしまった場合は届出をしなければならないというルールです。

しかし、中国では異なります。規制の対象となる工場では、水質測定器で排水の水質を自動で測定し、そのデータはオンラインで当局に伝送され、常に監視されています。

さらには、突然の立入検査もありました。それも人手が少なくなる長期休暇期間中です。日本でいえば、ゴールデンウィーク中に突然市役所の人が「排水処理の状況を見せて下さい」と工場にやって来るという感じです。たまたま排水処理の担当者が休日出勤をしていてスムーズに対応できましたが、日本ではそんな経験をしたことがなかったので、驚きました。

また、住民の意識も変わってきており、工場を見る目が厳しくなっています。「工場近くの川で泡が浮いている」「煙突から白い煙が出ているが、空気を汚しているのでは?」などの通報を何度か受けたことがありました。

環境汚染に対しては、発生源となる当事者の意識が大事なことはもちろんですが、かつての日本と同じように、行政や住民など周りの目が厳しくなることで、工場の環境管理もより一層の改善が進んでいくのではないかと私は思いました。地域の人たちとの関係づくりも、中国の工場にとってはこれからの課題になるかもしれません。

3.「刺さる言葉」を使って工場の省エネルギーを実現

「刺さる言葉」を使って工場の省エネルギーを実現

中国人といえば「爆買い」でお金を湯水のように使うイメージを持つ方も多いと思います。しかし、一方では「浪費は罪悪である」という価値観を持っているようです。特に、私が勤めていたのは国有企業でしたから、使うお金は「国のお金」です。従って、コストに対する意識は高く、投資をするときも「なぜそれが必要なのか」を厳しく問われました。

「浪費」は中国語では「浪費(ランフェイ)」といいます。中国人の上司や幹部が事あるごとに「浪費」「浪費」と口にするので、この言葉は私の中でかなり早い時期に覚えた中国語のうちのひとつでした。

ある時、私は工場の点検をしていて、生産をしていないのに水を流しっぱなしにしている生産装置を見つけました。すぐに担当者を呼び、つたない中国語でひとこと「浪費」と告げると、中国人担当者はものすごく恐縮した様子で「すみません」と謝り、すぐに対応してくれたのです。

実際「浪費」という言葉は、心にグサッと「刺さる言葉」のようでした。「浪費」と伝えると、対応が速いのです。

私は日本の工場で働いていたときには、省エネルギーに関わる仕事をしていたことがありますが、「こうしたらもっと省エネになって、電気代も節約できるのに」と思って生産部門に提案しても、なかなか受け入れてもらえないことが多くありました。「言いたいことは分かるけれど、それをすることによって、生産品の品質に影響が出るかもしれないから」と言われるのがオチでした。

けれども、中国で同じ提案をして「今の状態は浪費している状態だ」と言うと、改善に向けて動き出すのです。中国人担当者は「品質に影響が出るかもしれないから」で終わるのではなく、「できるところからやってみよう」という立場で考えてくれました。そして、実際にやってみると何の問題も起きないことが分かり、コストも削減できたという例がいくつもできました。日本ではなかなか進まなかった省エネルギーが、中国ではあっさりと実現してしまったのです。

日本の省エネ対策は進んでいて、中国でもたびたび事例が紹介されていますが、こうして試行錯誤を重ねていく中国でも、これから参考になる事例が沢山出てくるのではないかと思っています。

おわりに

2014年に中国人が日本の工場へ研修に来た時、「日本の空はきれいだ」と嬉しそうに写真に収めている姿が印象的でした。空は青く、水もきれいな日本に住んでいると、日本の環境対策は世界一のような気持ちになります。だから、「日本と同じことをしていれば大丈夫」と私は思い込んでいました。けれども、実際に中国に行ってみると、日本と同じことをしていては厳しい規制を守れないということもありました。中国では法律や政策の変化のスピードも速いので、今までのような「日本での経験を伝えていく」という考え方ではなく、「共に対策を考えて実行していく」という考え方に自分たちが変わらなければならないと思いました。そして、そこで得た経験を日本の環境対策に生かしていくという時代は、もう既にやってきているのかもしれません。

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