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花一輪から始める「いけばな」のすすめ~華道ことはじめ~
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花一輪から始める「いけばな」のすすめ~華道ことはじめ~

はじめまして。池田さくらと申します。30代でいけばなに出会い、その魅力にひかれてお稽古を続けています。

いけばなを敷居高く感じたり、あまりなじみのない方でも、実は身近にある草花で気軽に楽しむことができます。そのようないけばなの魅力をお伝えしていければと思っています。

「桜の開花はいつごろかしら」「今年の紅葉は遅いわね」と、移り変わる季節を日常の暮らしの中で自然に意識する場面も多いのではないでしょうか。

植物が私たちの身近にあると感じるのは、緑に恵まれた豊かな日本の環境にあるのかもしれません。

そんな親しみのある花や草木などの植物を、心を込めて生けるのがいけばなです。歴史の中で培われてきたいけばなの心に触れて、まずは花一輪を生けてみませんか。

いけばなが今日に至るまでの歴史やフラワーアレンジメントとの違いを見ながら、最後に簡単にできる花の生け方をご紹介します。ぜひ一緒に、今日から花のある生活を一緒に始めませんか。

1.神の依代よりしろが「いけばな」の源流に

いけばなの起こりは、田んぼに木などを立てて神様をお迎えする日本の農耕文化の儀礼に深い関わりがあります。

稲を収穫するには、田植えの前に田んぼを耕し、種をまいて水を与えなければなりません。では、いつ作業を始めるのかというと、かつてはコブシやサクラの花の咲く時期を目安にしていました。

また、作物を豊かに実らせるには天候をうまく利用しなければなりません。稲は梅雨の時期の雨を充分に吸収し、夏の日光を受けて丈夫に育ちます。そのため、田植えの時期も限られています。

そこで、1年を春夏秋冬の4つに区分し、それを二十四、さらに七十二に分けた暦(こよみ)を利用しました。古代中国から今に伝わる、季節の変化を表した二十四節気と七十二候です。田んぼの耕作は七十二候の「桜始開さくらはじめてひらく」のころ(3月25日~29日ごろ)、また田植えは「半夏生はんげしょうず」(7月1日~6日ごろ)までに行います。「田植えは半夏生までに終わらせないと秋の収穫が減る」といわれるくらい大切な節目でした。

そして、農作業で利用された暦の節目には、神様を迎えて作物が無事に育つよう祈願する儀式が行われてきました。種をまく時期には、田んぼにさかきや笹などを立てて神の宿る依代よりしろとし、稲が豊かに実るように祈ります。また、田植えの時期にクリやホオの枝などに田の神を迎える神事もありました。これらの儀式は、古代から今に伝わるものもあります。

このように、季節ごとに神様を呼ぶために植物を神の依代としたのが、いけばなの根底にあります。

2.仏前に花を供える花から、いけばなの基礎ができるまで

植物が神の依代としての役割を担う中で、6世紀半ばに仏教が伝来すると、仏前に花を供える供花くげの形式の影響を受けて、木や花が飾られるようになりました。

「鳥獣人物戯画」甲巻  出典元:伝鳥羽僧正作, ウィキメディア・コモンズ
「鳥獣人物戯画」甲巻 出典元:伝鳥羽僧正作, ウィキメディア・コモンズ

カエルの本尊の前にハスの花が供えられています。

京都高山寺に伝わる絵巻物「鳥獣人物戯画」に描かれているのは、本尊をカエル、和尚をサルに見立てて法要を行う場面です。カエルの本尊の前にはハスの花が供えられ、平安末期の供花の様子を知ることができます。

では、他の仏教国である韓国、中国、東南アジア諸国はどうだったかというと、仏前に花を供える習慣はあったものの、それ以前の日本にあった神を迎える依代としての役割はありませんでした。その違いが、いけばなが日本だけにしか生まれなかった理由ではないかといわれています。

さて、平安末期には、上の句と下の句を複数人で交互に詠み合う連歌が流行しました。始めは、道端で会ったときに歌を詠むという気軽なものでしたが、もっと格式を持たせようと仏の前で行うやり方が考えられます。そのときに生まれたのが、部屋に仏画を掛けて前に押板を敷き、その上に神様や仏様をお迎えするための木や花を挿した花瓶、そして香炉・燭台しょくだいを置くという形式です。押板とは、厚い板を畳の上に取り付けた床のことで、床の間の起源と考えられています。

「図説いけばな文化史①いけばなの誕生」
「仙伝抄」 出典元:「図説いけばな文化史①いけばなの誕生」主婦の友社, 1979, p66

「仙伝抄」は室町時代のいけばなの伝書とされています。

台の上に置かれているのが、花瓶・香炉・燭台の三具足です。 この花瓶・香炉・燭台の3つの道具立ては「三具足みつぐそく」と呼ばれ、形式化されます。

「慕帰絵詞」第1巻 
「慕帰絵詞」第1巻 観応2年ごろ(1351年)室町時代 出典元:「図説いけばな文化史①いけばなの誕生」主婦の友社, 1979, p42

中央奥にある押板の上に花が飾られています。

さらに、室町時代には豪華で大きい花が公家や大名に好まれ、その優美さが競われるようになります。この頃、歌会や月見などが行われる座敷の装飾を担っていたのが同朋衆どうほうしゅうという僧侶の姿をした僧体です。同朋衆が残した文献には、座敷飾りの基本として三具足が記されています。平安時代の形式と異なるのは、仏画の代わりに3つで1組になっている掛物である三幅一対を掛けることです。

「文阿弥花伝書残巻」
「文阿弥花伝書残巻」永禄2年(1559年) 室町時代 出典元:文化遺産オンライン「文阿弥花伝書残巻」

中央の台の上に、花瓶・香炉・燭台の三具足が置かれた飾りがあります。また壁には三福一対が掛けられています。

この時期に「仙伝抄」(1445年)、「池坊専応口伝」(1523年)、「賢珠花伝抄」(1558年)など、花の生け方を記した伝書が現れます。いけばなが成立したのはこの頃で、後のいけばなの基礎になります。

3.今にも伝わるいけばなの「型」

ここまでいけばなが成立するまでの歴史を振り返りましたが、次は花の生け方や形を決めるいけばなの「型」に注目してみましょう。

最初に神の依代となった木などがあり、そして仏前に花を供える供花、さらに平安時代の仏前に飾る花、室町時代の座敷飾りの花と、花を生ける場面は移り変わってきました。

「花ふ」
「花ふ」天文21年(1552年)室町時代 たて花の図。 出典元:「図説いけばな文化史①いけばなの誕生」主婦の友社, 1979, p67

室町時代の座敷飾りの花は、「たてはな」と呼ばれ、いけばなの最も古い型です。中心に「しん」という枝を立て、その足元に季節の草花「下草」を入れます。

「池坊専好立花図」
「池坊専好立花図」1628-1635年 江戸時代 江戸時代の立花の図。出典元:「池坊専好立花図」ウィキメディア・コモンズ

その後、たて花の下草を「しんそえうけ正心しょうしん見越みこしながし前置まえおき」という7つの要素で構成する「立花りっか」という型が生まれます。大名の書院を飾る華やかないけばなです。
(江戸時代にはひかえどうの2つが加わります)

挿花百規
「挿花百規(そうかひゃっき)」江戸時代後期 生花の型。コウバイとフクジュソウ。出典元:池坊専定,ウィキメディア・コモンズ

きらびやかな花に対して、形式にとらわれない自然な美しさを簡潔に生ける「抛入花なげいればな」が好まれるようになると、その中から斜めに生ける花の形式が生まれます。これは後に、高さの異なる3本の役枝で構成される江戸時代の「生花せいか」という型につながっていきます。江戸時代には儒教や朱子学の教えにより形式化された生花が中心になりますが、それに反発した詩文や書画などの風流に親しむ人が、中国の花書の風格を生け表したのが「文人花ぶんじんばな」です。

明治以降には、浅く広い水盤に草花を盛るように生ける「盛花もりばな」、大正から昭和にかけて創作的に生ける「自由花」と続きます。戦後には、フランスを中心として起こった前衛運動の影響を受けた前衛いけばなも誕生。時代と共に型が増え、また鑑賞する花としての芸術性が高まって現在に至ります。

4.いけばなとフラワーアレンジメントとの違い

いけばなは日本で生まれた花の生け方ですが、フラワーアレンジメントとはどのような違いがあるのでしょうか。

フラワーアレンジメントは、古代メソポタミアやエジプトにその起源をたどることができます。古代エジプトの壁画には、植物を束ねたブーケを神にささげ、植物をつないで輪にしたリースを死者に手向けるなど、主に宗教的な行事に花を使用していた様子が描かれています。

その後、ギリシャ・ローマ時代から中世、19世紀以降と、ブーケやリースは広まっていきました。そしてヨーロッパに広く生き渡ったフラワーアレンジメントは、アメリカに伝わり日本でも紹介されます。

フラワーアレンジメントは、シンメトリー(対称)とアンシンメトリー(非対称)の型を使い、曲線と直線で構成されます。そして、作品の前、後、左右の一方または三方から見た形が、その他の方向の形と同じであるのが特徴です。

それに対していけばなは、自然を生かすのが基本であるため、シンメトリー(対称)を意識することはありません。また、もともとは床の間に飾る花なので、正面の一方のみを考えて生けます。

5.華道の「道」は究めようとする姿勢を表す

いけばなは「華道」ともいわれ、茶道や書道、柔道などと共に「道」という言葉が使われています。「道」には、人として守るべき行いや正しい教えという意味があり ます。そこから見えてくるのは、師の教えから謙虚に学ぶ姿勢や、その道を探求していく心構えではないでしょうか。

いけばなの技術や芸術性を高める修練に終わりはないともいわれます。いつまでも志高くその道を究めることを目指す強い心が「道」には込められているのかもしれません。

6.花を生けてみましょう

これまでいけばなの歴史を中心に振り返ってきましたが、花を生けることは決して難しいことではありません。まずは「花を生けてみよう」という気持ちが大切です。

神の依代であった植物の歴史を思い出して、自分の願いや気持ちを込めて花や草木に触れてみましょう。簡単な生け方をご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。

1.花を選びます

花を選びます

フラワーショップでパッと目に入った花でも、また自分の庭にある草や枝でも、気に入った植物を用意します。(ここでは実になったヒペリカムを生けてみます)

2.花器を選びます

花器を選びます

花の大きさや色に合う器を用意します。花瓶がなければグラスやボウルなどの食器で代用するのも良いでしょう。徳利とっくりのような口の小さな器があれば生けやすいです。

徳利(とっくり)のような口の小さな器がおすすめ
針金やワイヤーを丸めて器に入れ、花を挿すという方法

 

花を固定するなら、針金やワイヤーを丸めて器に入れ、花を挿すという方法もあります。

3.花の長さを決めて切ります

花の長さを決めて切ります

花の姿や花器とのバランスを考えて長さを決めます。もし迷ったら、生けようとしている植物が自然にある様子を思い出してみましょう。背の高いヒマワリなら長めにすると、収まりが良くなります。

4.花を花器に挿します

花を花器に挿します

正面から見て、花が美しく見える向きや角度を探して花器に挿します。花が生き生きと、そして心地良くしているように見えると、なお良いでしょう。

花が美しく見える向きや角度を探して花器に挿します

 こうして生けた花は、自分の作品です。同じ花でも形は一つひとつ違います。切った長さも生けた角度もあなた独自のもので、同じものはありません。心を込めて生けた自分の作品を見るたびに、花に真剣に向き合った気持ちをすがすがしく思い出せると良いですね。

おわりに

いけばなは、植物を神の依代に立てたことがその源流にあります。「いけばなは堅苦しい」「難しそう」と感じることがあれば、いけばなの根底には、人々の願いや祈りの気持ちがあったことを思い出してみてください。自分の生けた花に神様をお迎えできれば、こんなにありがたいことはありませんね!

花はそのままでも美しいものです。最初から上手下手を考えず、気軽に花を生けて楽しんでみませんか。

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私の花修行もまだ道半ばですが、花一輪、または一茎で生けてみました。少しでもみなさまの参考になれば幸いです。

花一輪、または一茎
花一輪、または一茎
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