老後生活のスタートし、豊かな生活を送るためにペットを飼いたい。認知症予防や身体のなまりも防止したい。しかし、自身に万が一のことがあったらと思うと、飼育に踏み切れない――そんな不安を解消するのが、「ペット信託」。飼い主にもしもの事態が起きてもペットを守れる、信託契約を用いた仕組みです。
ペット信託制度の構築に携わった一般社団法人ファミリーアニマル支援協会の代表理事・磨田薫さんに、ペット信託のこと、そして老後にペットを飼ううえで押さえるべきポイントを伺いました。
飼う前に考えたい、自身が飼えなくなったときのペットの暮らし
――シニア世代がペットを飼ううえで、まず準備するべきことは何でしょうか?
単刀直入にいうと、「自身が飼えなくなったときのための備え」です。これは、年齢問わず、すべての飼い主さんに必要なことではありますが、特にシニア世代の方は、病気のリスクや施設に入所される可能性が高いからです。
そのため、飼い始めると同時に、自身がペットと一緒に暮らせなくなってしまったときのことを想定して、代わりの飼い主や保護施設など、ペットの新しい暮らしの準備をしておくべきだと考えています。
――準備せずに飼えなくなってしまったら、ペットはどうなってしまうのでしょうか?
ご家族がいらっしゃる方は、きょうだいやお子さん、お孫さんが引き取るケースがあります。ただ、どうしても事情がある等、飼うことができない場合も考えられます。
あとは、犬の場合は散歩に出る機会が多いので、「犬友(犬を通じて友達になった方)」のネットワークで新しい飼い主が見つかることもあります。
猫の場合は室内飼育を推奨されていることから、飼い主のネットワークを作りにくいので、割と大変かもしれません。ちなみに、私はそうした事情を踏まえて保護猫カフェを始めたくらいですから、新しい飼い主を見つけるのは極めて難しいと思います。
――もし頼れる家族がいなかったり独居だったりして、新しい飼い主を見つけられなかったら、ペットはどうなってしまうのでしょうか?
費用を出せば、地域の里親を探す団体や保護団体が面倒を見てくれることもあります。ただ、もし孤独死ということになると、行政の判断で多くは殺処分されます。
結局、自身が飼えなくなったときにペットをどうするのか事前に決めておかないと、飼い主の命と一緒にペットの命も失われてしまうというのが現実です。逆に、きちんと決めてさえいれば、愛するペットの命と暮らしを守ることにつながります。
次の飼い主にお金を託す「ペット信託」の仕組み
――ペットの命と暮らしを守るための方法のひとつに、「ペット信託」という仕組みがあるそうですね。どのようなものなのでしょうか?
まず、「信託」とは、信頼できる方にお金や土地などの財産を託し、契約に従って運用・管理してもらう制度のことです。
ペット信託は、この信託の仕組みを活用した制度のことです。ペット信託によって、例えば飼い主の入院や施設への入所、死亡などの事態が起きたとき、ペットの面倒を見てくれる個人や法人にお金を託して、ペットを飼育してもらえます。
――契約はどのように交わされるのでしょうか?
ペットを託す飼い主を「委託者」、もしものときにペットの飼育を依頼された人や団体に渡す財産(飼育費)を管理する方を「受託者」と呼び、この2者によって契約が交わされます。
契約にあたっては、「信託契約書」を作成し、公正証書にします。この契約書に盛り込まれるのは、主に「ペットの飼育条件」や「お金は飼育に限って使いましょう」といった約束事です。契約書の作成は専門知識が必要なので、私のような行政書士に委託するケースが多いです。
――お金はどうやって新しい飼育者支払われるのでしょうか?
まず、銀行で「信託契約専用の口座」を開設する必要があります。口座を開設したら、飼い主が飼育費を入金。口座は受託者が管理し、飼い主に万が一のことが起きた場合、口座からお金を引き出して、新しい飼育者に支払います。ただ、飼育費という少ない金額だけのために口座を開設することに難色を示す銀行も多いのも現状です。
――なかなか複雑な流れですね……。受益者と受託者は、どうやって見つけるのでしょうか?
基本的には、個人のネットワークで見つけなければいけません。受益者は家族や友人を含め、実際にペットを飼ってくれる方や保護施設などが多いですね。
――ペット信託の費用はいくらくらいかかりますか?
受益者が身内や友人の場合は、50万円から150万円と幅が広いです。施設の場合は、平均で猫は200万円、犬は300万程度です。ペットの種類や寿命、施設の提示金額によって大きく変わります。
それに加えて、信託契約書の作成費用が必要です。私が経営している行政書士かおる法務事務所の場合、作成費用は10万円〜でお受けしています。
託せる人がいないときに活用したい「ファミリーアニマルサポート制度」
――家族ならまだしも、赤の他人に委ねるとなると、本当にきちんと飼育してくれるのか、不安になりそうな気がします。
その場合は、新しい飼育者がきちんと契約を守って飼育しているかどうか監督するために、別途費用を支払って行政書士などの「信託監督人」を置くこともできます。信託監督人は、定期的に新しい飼育者に連絡をして、飼育状況を確認します。
ただ、信託監督人を置くケースは稀かもしれません。そもそも、新しい飼育者と受託者を見つけることそのものに、難しさを感じる方が多いです。
――家族なら頼みやすいけど赤の他人にお願いするのは遠慮してしまう、それよりもまず頼れる相手がいない、という方もいそうです。
その場合は、「ファミリーアニマルサポート制度」の活用もひとつの手です。ペット信託との違いは、新しい飼育者と受託者を見つけなくても良いという点です。頼れる方がいなくても、安心してペットの預け先を見つけることができます。
――それはどのような契約になるのでしょうか?
まず、飼い主とファミリーアニマルサポート制度を手掛ける協会(FASA)との間で、飼育費の管理・支払いについての委託契約を結びます。具体的には、申込書に自身とペットの情報を記入してもらい、金銭管理に関する契約書にサインをしてもらうかたちです。
協会は飼育費を専用の信託口座で管理し、飼い主にもしもの事態が発生したら、ペットを提携の飼育先(保護猫カフェや老犬ホームなど)で飼育してもらえるように手配し、飼育費の支払いも請け負います。飼育先は、飼い主さんの希望の施設や、新たに飼育をお願いしたい方に設定することも可能です。
――飼い主にとって負担が少なくて安心ですね。
飼い主が「もしものことが起きたときは、協会に連絡をするように」とご家族や信頼するご友人に伝えておいてもらえれば、連絡を受けてペットのお迎えや飼育先の手配はすべて協会で担当します。
ペット信託とファミリーアニマルサポート制度は、大切なペットの未来を守るもの
――「ペットは飼いたい、でも自身にもしものことがあったどうしよう」という方にとって、ペット信託やファミリーアニマルサポート制度の存在は心強いですね。
そうですね。これまで余命宣告を受けたことをきっかけに問い合わせをされる方もいらっしゃって、ペットへの愛情と責任を感じました。
とはいえ、元気なうちに準備しておくに越したことはありません。実際に飼い主自身が病気になってしまうと、ペット信託の契約にまで考えが及ばなかったり、行動する気力すらなくなったりしてしまう可能性も否めません。
ペット保険と同じように、ペットを守る手段として飼い主の皆さんに知ってもらうことが、私の本望です。
――実際に、ファミリーアニマルサポート制度を活用した方のエピソードを教えてください。
病気を抱えていらっしゃったAさん(50代・女性)からのご依頼は、とても印象に残っています。
その方は夫と死別後、2匹の猫と暮らしていました。お子さんはいらっしゃらず、もし自分に何かあったら猫を年配のご兄弟に任せるほかありませんでした。負担をかけてしまうということで、ファミリーアニマルサポート制度を利用されました。
Aさんは、ご自身の病気がどんどん悪化していくだろうとわかっていたようで、非常に切羽詰まった様子でした。半年も経たないうちに、やはりAさんは病気が悪化。2匹の猫は、施設が引き受けることになりましたが、Aさんは猫たちを子どものようにかわいがっていたので、「うちの子たちが路頭に迷わずに済み、本当に安心した」とおっしゃられていました。施設のスタッフが猫の元気な写真を撮ってAさんに送ると、とても喜んでくださっていたそうです。
――大切なペットの生活を考えることの重要性を感じさせてくれるエピソードですね。シニアになってペットを飼うことに及び腰になっている方にとって、ペット信託やファミリーアニマルサポート制度の存在が、背中を押してくれそうです。
そうですね。そもそも、飼い主に万が一のことが起きたあとのペットの生活を守る選択肢が少なかったように思います。海外には「ペット信託」と同様の仕組みが普及している国はあったものの、日本にはその仕組みはなかったのです。
保護団体に引き取られ、多くの場合は託す先がなく、行政の殺処分の対象になってしまう状況を変えたい。飼い主が元気なうちに、ペットの将来を考えてあげてほしいーーそんな思いから、2012年にペット信託を、2019年にはファミリーアニマルサポート制度をつくりました。
ペットという愛情を注げる相手がいると、心が豊かになります。散歩に出掛ける機会が増えると健康にもつながります。もちろん、ペット信託もファミリーアニマルサポート制度もお金はそれなりにかかってしまいます。しかし、「意識の高い人」だけのための仕組みにしたくありません。大切なペットを守るためにも、飼育前にぜひ検討してほしいと思います。
(取材・執筆=末吉陽子 編集=ノオト 写真提供=磨田薫さん)