マンションの良好な住環境と資産価値を維持するには、定期的な修繕工事が欠かせません。しかし、大規模修繕には多額の費用がかかります。
工事の際に一括で集金するのは現実的ではないため、長期修繕計画を策定し、毎月一定額を区分所有者から徴収する場合が一般的です。集められた修繕積立金は高額になるため、適切に管理・運用しなければなりません。
このコラムでは、修繕積立金の計画的な積み立ておよび運用をサポートする「マンションすまい・る債」についてご紹介します。
マンションすまい・る債とは?
「マンションすまい・る債」とは、独立行政法人住宅金融支援機構が発行している債券です。分譲マンションの共有部分は、購入者全員で維持・管理しなければなりません。そのため、区分所有者は定期的な修繕工事に関わる修繕積立金を負担する必要があります。
しかし、大規模修繕には多額の費用がかかるため、工事の際に一括で徴収するのは現実的ではありません。そこで、多くのマンション管理組合では長期修繕計画を策定し、毎月一定額を徴収するのが一般的です。徴収された修繕積立金は高額となるため、安全・確実な管理・運用が求められます。修繕積立金の貯蓄は普通口座への預金が一般的ですが、マンションすまい・る債も有効な運用方法のひとつ。
マンション管理組合は、国の認可を受けたマンションすまい・る債を定期的に購入することで、安心・安全に修繕積立金を運用できます。さらに、利息の受け取りやマンション共用部分リフォーム融資の金利引き下げなどの特典を受けることが可能です。
なお、修繕積立金の一般的な貯蓄方法である普通預金の場合、ペイオフを考慮し複数の金融機関に分散貯蓄するなどの工夫をしなければなりません。ペイオフとは預金者保護制度のひとつで、万が一金融機関が破綻した場合、預金者は預金保険機構から直接保険金を受け取ることができる制度です。ただし、全額払い戻されるわけではなく、預金者1名当たり1金融機関ごとに元本1,000万円とその利息が上限となっています。
一方、マンションすまい・る債には元本保証こそありませんが、「独立行政法人住宅金融支援機構法」に「機構債権者は機構の財産から優先的に弁済を受けることができる」と定められているため、リスクを抑えた資産運用が可能です。
マンションすまい・る債の特徴
住宅金融支援機構が発行しているマンションすまい・る債は、他のマンション管理組合向け金融商品とは異なる特徴があります。
国の認可を受けていること、マンション共用部分リフォーム融資の金利引き下げと保証料の割引を受けられることなどが主な特徴です。ここでは、マンションすまい・る債の特徴をそれぞれ詳しくご紹介します。
国の認可を受けているので安全性が高い
住宅金融支援機構は資本金の100%を政府が出資する独立行政法人で、国の認可を受けてマンションすまい・る債を発行しています。前章でもご紹介したとおり、マンションすまい・る債に元本保証はありませんが、住宅金融支援機構について定めた独立行政法人住宅金融支援機構法に基づき、機構債権者は優先弁済を受けることが可能です。
国が元本を保証する政府保証債ではありませんが、マンションすまい・る債は比較的安全性の高い金融商品といえるでしょう。
共用部分のリフォーム融資を年0.2%引下げ
マンションすまい・る債を購入しているマンション管理組合は、住宅金融支援機構が提供しているマンション共用部分リフォーム融資を利用する際に金利が引き下げられます。マンション共用部分リフォーム融資とは、マンション共有部分のリフォームや改修などの工事費用を対象とした融資です。
法人格の有無を問わず、全期間金利固定・担保不要で利用できます。マンションすまい・る債を購入していないマンション管理組合がマンション共用部分リフォーム融資を受ける場合と比較し、年0.2%の融資金利引き下げが可能です。
なお、マンション共用部分リフォーム融資は管理組合だけでなく、区分所有者が負担しなければならない一時金を対象として融資を受けることもできます。
共用部分のリフォーム融資の保証料を約2割引
さらに、マンションすまい・る債を購入しているマンション管理組合がマンション共用部分リフォーム融資を利用する場合は、保証料が2割程度割り引かれます。マンション共用部分リフォーム融資を受ける際、マンション管理組合は公益財団法人マンション管理センターによる保証を受けなければなりません。保証料は保証金額である融資額と返済期間に応じて決まります。
例えば、一般のマンション管理組合が融資額3,000万円を返済期間7年間で借りた場合、保証料は588,900円。マンションすまい・る債を積み立てている管理組合であれば割引を受けられるため、588,900円の2割に相当する117,780円が割り引かれ471,120円となります。
マンションすまい・る債を利用するための条件
マンションすまい・る債の利用には、いくつかの条件が設定されています。一つずつご紹介しましょう。
- 管理規約が定められていること
- 長期修繕計画の計画期間が20年以上であること
- 反社会的勢力と関係がないこと
- 機構融資を利用し共有部分の修繕工事を行うことを予定していること
まず、マンションすまい・る債を利用するにはマンション管理規約が定められていなければなりません。管理規約は、総会の議決事項として区分所有者の決議によって決定されるものです。マンション管理組合は、総会で決議された管理規約に従い管理業務を実行します。
修繕工事は管理規約に基づき長期修繕計画を策定して進められますが、マンションすまい・る債を利用するには計画期間が20年以上でなければなりません。なお、20年の起点は長期修繕計画を策定した時点で、マンションすまい・る債に応募する時点ではないため注意しましょう。また、マンションならびにマンション管理組合が反社会的勢力と関係ある場合はマンションすまい・る債に応募することはできません。
さらに、マンションすまい・る債の購入は、基本的に住宅金融支援機構が提供しているリフォームローンの利用を前提としています。そのため、マンションすまい・る債への応募は、将来的にマンション共用部分リフォーム融資の申し込みを検討しているマンション管理組合に限られるため気を付けましょう。ただし、結果として融資を受けずに修繕工事を行ったとしても違約金などはかかりません。
なお、総会での決議はマンションすまい・る債の応募要件に含まれませんが、修繕積立金の運用方法について規定されている可能性があるため、事前に管理規約などを確認しましょう。
マンションすまい・る債の費用や購入方法
マンションすまい・る債は1口50万円の「利付10年債」です。10年満期で、1年に1回定期的に利息を受け取ることができます。
満期まで積み立てた場合、最大10回利息を受け取ることが可能。利息は毎年2月に支払われ、満期を迎えると元本の全額が払い戻されます。購入方法はマンションごとのニーズに合わせて継続購入と一括購入の2パターンあるため、それぞれご紹介しましょう。
満期償還10年の定額購入
マンションすまい・る債は1口50万円単位で、1年に1回購入することが可能です。一度だけ購入することももちろん可能ですが、同一口数で継続して購入することもできます。
継続購入による積み立ては10年、すなわち10回が上限。定額購入は、これから新たに修繕積立金の積み立てを開始するマンション管理組合に最適な購入方法といえるでしょう。
例えば、修繕積立金が毎年500万円貯まる管理組合は、10口を10年間継続購入することで、安心・安全に資産を保管・運用することができます。
中途換金した場合でも、積立継続を希望すれば引き続き定額購入可能。なお、年1回受け取ることができる利息の利率は、発行の都度、決定されます。
単体購入
すでに修繕積立金がある程度貯まっているマンション管理組合は、まとまった口数を一括購入することもできます。例えば、修繕積立金が5,000万円貯まっている場合、100口分を一括購入するのも有効な運用方法です。
なお、購入できる口数の上限は、マンション全体の1年当たりの修繕積立金と、前年度決算における修繕積立金の残高を合算した金額の範囲内となります。利息の利率は、債券が発行された時点で確定。定額購入は2回目以降市場金利水準の影響を受けますが、単体購入は金利の変動を気にする必要はありません。
募集期間と募集口数
マンションすまい・る債は、年に1回募集されます。募集期間は毎年4月下旬頃から10月にかけてです。募集口数の上限についても毎年定められており、上限に達した場合は期限前に募集が終了することもあるため注意しましょう。
なお、2020年度までは募集口数を上回る応募があった場合は抽選でしたが、2021年度以降は応募口数のすべてが受けつけられます。抽選制度の廃止に伴い募集期間が延長されていますので、応募する際は今一度募集期間を確認しましょう。
2022年の募集はすでに終了していますが、過去5年の募集期間ならびに募集口数をまとめます。
年数 | 募集期間 | 募集口数 |
2018年(平成30年) | 4月25日~9月19日(101日) | 150,000口 |
2019年(令和元年) | 4月25日~9月19日(98日) | 150,000口 |
2020年(令和2年) | 4月24日~9月19日(99日) | 150,000口 |
2021年(令和3年) | 4月24日~9月18日(121日) | 150,000口 |
2022年(令和4年) | 4月18日~10月14日(180日) | 150,000口 |
なお、現時点で詳細は未定ですが、2023年度は春頃に募集が開始される予定です。例年に従うと、4月下旬から10月にかけて150,000口の募集があると予想されます。
マンションすまい・る債の利率
前述したとおり、マンションすまい・る債の債権者は、年に1回定期的に利息を受け取ることができます。利息の支払は毎年2月20日前後。
一般的に、債券は預入期間が短いほど利率が低く、預入期間が長いものほど利率が高くなるため、マンションすまい・る債もそれに倣って経過年数に応じて次第に利率が高くなります。
2022年度発行の債券を10年間保有した場合、10年間の年平均利率は0.208%。なお、債券の利息は源泉分離課税の対象となり、所得税ならびに復興特別所得税の合計15.315%相当額が差し引かれて支払われます。税引き後の年平均利率は0.1762%です。
- 税引き前の年平均利率:0.208%
- 税引き後の年平均利率:0.1762%(小数点第5位以下切り捨て)
2022年度発行債券の単年利率と税引き前利息額についてまとめます。
年数 | 単年利率 | 利息額(税引き前) |
1年 | 0.010% | 50円 |
2年 | 0.054% | 270円 |
3年 | 0.098% | 490円 |
4年 | 0.142% | 710円 |
5年 | 0.186% | 930円 |
6年 | 0.230% | 1,150円 |
7年 | 0.274% | 1,370円 |
8年 | 0.318% | 1,590円 |
9年 | 0.362% | 1,810円 |
10年 | 0.406% | 2,030円 |
参考:マンションすまい・る債のご案内別添チラシ(2022年度版)|(独)住宅金融支援機構
過去10年間の年平均利率と合計受取利息額の推移は下記のとおりです。ゼロ金利政策の影響で2017年に大幅に引き下げられましたが、昨年度以降は上昇傾向に転じています。決して高い金利ではありませんが、大手都市銀行の預金金利と比較すると十分有利な金利といえるでしょう。
債券発行月 | 年平均利率(税引き前) | 合計受取利息額(税引き前) |
2013年2月 | 0.459% | 22,950円 |
2014年2月 | 0.266% | 13,300円 |
2015年2月 | 0.337% | 16,850円 |
2016年2月 | 0.313% | 15,650円 |
2017年2月 | 0.080% | 4,000円 |
2018年2月 | 0.152% | 7,600円 |
2019年2月 | 0.143% | 7,150円 |
2020年2月 | 0.102% | 5,100円 |
2021年2月 | 0.080% | 4,000円 |
2022年2月 | 0.120% | 6,000円 |
2023年2月 | 0.206% | 10,400円 |
参考:マンションすまい・る債受取利息表|(独)住宅金融支援機構
途中解約について
マンションすまい・る債は10年満期の利付10年債ですが、中途換金することも可能です。途中解約には解約手数料などはかかりません。継続購入している場合は、解約時に次年度以降の購入を継続するかしないかを選択することができます。なお、下記の期間は原則中途換金ができないため気を付けましょう。
- 1回目のマンションすまい・る債が発行されて1年以内
- 2回目以降のマンションすまい・る債が発行されて2ヵ月以内
- 発行から10年後の満期償還となる年の2月
中途換金は1口50万円単位で行われます。例えば、45万円など端数のある換金はできません。中途換金可能な金額は、保有している債券の範囲内であれば一部でも全部でも換金可能です。
一部のみ中途換金する場合は、購入時期が古い債券から順番に換金されます。購入した債権は、回数制限なく複数回に分けて中途換金することが可能です。
途中解約すると、元本ならびに月割りの経過利息を受け取ることができます。なお、債券の利息は源泉分離課税の対象として、所得税と復興特別所得税が課されるため気を付けましょう。
マンションすまい・る債の格付
マンションすまい・る債は信用格付機関による個別の格付こそ取得していませんが、住宅金融支援機構は債券を発行する発行体として、債務履行能力などに関する発行体格付を取得しています。主要な格付機関による住宅金融支援機構の発行体格付は下記のとおりです。
格付機関名 | 住宅金融支援機構の発行体格付 | 代表的な同評価 |
株式会社格付投資情報センター(R&I) | AA+(維持) | 日本国債、日本政策金融公庫、東日本旅客鉄道、ブリヂストン、村田製作所 |
S&Pグローバル・レーティング・ジャパン | A+(維持) | 日本国債、東京都、東海旅客鉄道、トヨタ自動車、日本生命保険 |
日本国内における主要な格付機関であるR&Iは、新型コロナウイルス感染症の拡大によってリスク管理債権は増加したものの、決算への影響は限定的にとどまっており財務の健全性は揺るがないとの見方を示しています。
さらに、政府の住宅政策執行機関としての重要性は極めて高いと評価し、住宅金融支援機構の発行体格付は日本国債と同格の「AA+」。
国際的な格付け機関であるS&Pからも、日本国債と同等水準である「A+」の評価を得ています。東京都などの自治体や政府系金融機関、JR東日本やトヨタ自動車などの大企業と同等の評価を得ており、住宅金融支援機構は比較的信頼性の高い機関といえるでしょう。
マンションすまい・る債のメリット
マンションすまい・る債にはさまざまなメリットがあります。ここで改めてマンションすまい・る債のメリットをまとめると、下記のとおりです。
- 安全性、信頼性が高い
- マンションごとのニーズに合わせて購入方法を選択可能
- 手数料無料で中途換金可能
- マンション共有部分リフォーム融資をお得に利用可能
- 比較的金利が高い
- 機構による保護預かりで安全に債券を保管可能
まず、マンションすまい・る債は国の認可を受けて発行されており、元本保証こそないものの優先弁済を受けられると法律で定められているため、比較的安全性の高い債券といえるでしょう。
また、マンションすまい・る債はマンションごとのニーズに合わせて柔軟に購入方法を選択可能です。これから修繕積立金を積み立てていくマンション管理組合は継続購入、ある程度修繕積立金が貯まっているマンション管理組合は一括購入を選択すると良いでしょう。
購入した債権は手数料無料で中途換金が可能なので、積み立て途中の修繕工事や急なメンテナンスにも対応できます。
修繕費用が不足している場合は、マンション共有部分リフォーム融資をお得に利用することが可能。マンションすまい・る債を積み立てていないマンション管理組合に比べ、融資金利が年0.2%引き下げられ、保証料も2割程度減額されます。
さらに、マンションすまい・る債の購入者は満期まで毎年1回、定期的に利息を受け取ることが可能です。2022年度発行債券の年平均利率は0.206%で、マンション管理組合を対象とした他の金融商品と比較し、充分有利な金利といえるでしょう。
なお、購入した債券を盗難・火災・紛失などのトラブルによって失わないように、すべての債券は機構が無償で保護します。
マンションすまい・る債のデメリット
続いて、マンションすまい・る債のデメリットをご紹介します。
- 元本割れする可能性がある
- 中途換金すると利率が低い
まず、マンションすまい・る債は国が元本を保証する政府保証債ではないため、元本割れする可能性がゼロではありません。法律で定められた優先弁済を受けられるため、元本が全額戻ってこないことは考えにくいでしょう。しかし、元本保証がない以上は、資産の一部が毀損する可能性は否定できません。
また、中途換金した際の利率の低さにも注意が必要です。マンションすまい・る債は経年に従い金利が上昇するため、積立期間が短いとわずかな金利しか受け取ることができません。
通常、マンションの大規模修繕は10~15年に一度実施されるため、修繕時期と満期が重なるように債券を購入しましょう。また、債券を購入する際は単年利率だけでなく年平均利率を確認することが重要です。なお、利息には所得税と復興特別所得税が課されるため気を付けましょう。
どんなマンション管理組合におすすめ?
ここまでご紹介したとおり、マンションすまい・る債はこれから修繕積立金を積み立て始めるマンション管理組合にはおすすめの運用方法です。修繕積立金が一定額以上貯まっているマンション管理組合は、比較的安全性の高いマンションすまい・る債を一括購入するのも良いでしょう。
おわりに
マンションすまい・る債についてご紹介しました。マンションすまい・る債は、独立行政法人住宅金融支援機構が発行している債券です。国の認可を受けて発行されており、機構債権者は優先弁済を受けられると法律に定められています。国が元本を保証する政府保証債ではありませんが、比較的安全性の高い金融商品といえるでしょう。
マンションすまい・る債は、マンションごとのニーズに合わせて継続購入と一括購入が選択可能です。これから修繕積立金の積み立てを開始するマンション管理組合は継続購入を、ある程度修繕積立金が貯まっているマンション管理組合は一括購入を選択すると良いでしょう。なお、購入した債券は手数料無料で中途換金することができます。
一方、多くのマンション管理組合は、普通預金で修繕積立金を保管しているようです。しかし、ペイオフを考慮すると金融機関への預金が最善の運用方法とはいえません。修繕積立金を安心・安全に管理・運用するには、マンションすまい・る債の購入もひとつの方法です。