金融広報中央委員会の調査*によると、50代の「2人以上世帯」の平均貯蓄額は約1,253万円です。しかし他方で、「貯蓄ゼロ」の世帯が24.4%もあります。「50代・貯蓄ゼロ」から「老後の備え」もしなければならないとして、これからでも間に合うのでしょうか。シニア・プライベートバンカーの濵島成士郎氏が事例をもとに解説します。
*「家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査] 令和4年調査結果」
貯蓄ゼロ…Aさん夫妻の現状
今回、取り上げるのは、55歳・同い年のAさん夫妻の事例です。まず現状を確認しておきましょう。
【家族構成】
・夫(55歳)
・妻(55歳)
・子ども1人(中学2年生)
【職業】
・夫婦とも会社員(正社員)
【収入】
・世帯年収1,000万円(夫600万円、妻400万円)
【支出】
・生活費 27万円/月(小遣いや趣味の費用も含む)
・教育費 子どもの塾代 3万円/月
・住宅ローン 10万円/月
・保険料 生命保険7万円、医療保険3.5万円、学資保険1.5万円
【金融資産】
・なし(貯蓄ゼロ)
【その他】
・勤務先に退職金制度(一時金)あり
Aさん夫婦は共働きで、世帯年収は比較的多いものの、固定資産税や火災保険、臨時の費用や家族旅行などもあり、資産形成に回すお金は残らないようです。これから老後を迎えるにあたり、資金の準備がほとんどできていない状態です。
しかし、過度に心配する必要はありません。収支を改善して、そこから捻出できたお金を運用して増やしていくという方法をとれば、まだ十分間に合います。以下、順を追って説明します。
「無駄な支出」を見直す
収入は簡単には増えないので、まず、無駄な支出がないか見直すことから始めましょう。
ただし、家族での外食や家族旅行、大好きな趣味などを我慢することはおすすめしません。それらは「無駄」ではないからです。家族みんなで過ごす時間はそう多くありませんし、今というときは二度と戻ってきません。また、大好きな趣味に没頭する時間も大切です。価値ある時間や体験にかけるお金はケチらないようにしましょう。
たとえば、あまり通わなくなったスポーツジムの会費や携帯のサブスクアプリ、さほど視聴しない有料動画配信サービスなどがあれば、解約してしまいましょう。また、スマホを格安キャリアに変える、電力・ガスのプランや会社を変更するなど、ちょっと調べれば支出を減らすことはできると思います。
とはいえ、これだけでは劇的に支出を減らすことは難しいでしょう。
「保険の見直し」で月5~6万円を捻出
そこで、効果が高いのが保険の見直しです。Aさん夫妻が支払っている毎月の保険料は、生命保険の7万円をはじめとして、合計12万円です。学資保険(1.5万円)は子どもの大学入学に備えての貯蓄なので良いとして、問題は生命保険と医療保険です。
生命保険
保険は「必要な保障を必要な分だけ備える」というのが基本です。たとえば、夫の収入のみで暮らしている家族の場合、夫に万一のことがあれば家族はたちまち生活に困窮し、路頭に迷ってしまうでしょう。このような場合は十分な生命保険に加入する必要があります。
しかし、Aさん夫妻の場合、夫妻どちらかに万一のことがあっても、残された夫または妻の収入があります。住宅ローンも団信(団体信用生命保険)に加入していれば亡くなった方の残債は免除されます。したがって、足りない分だけ加入しておけばよいということになります。
そこで、仮にAさんが亡くなった場合のことを考えてみましょう。必要になるお金は主に以下の2つです。
(1)葬式・墓の費用
(2)妻の収入だけでは不足する分の生活費等
このうち、(1)は300万円の掛け捨ての定期保険があれば十分です。保険期間にもよりますが、月々数千円程度なので、夫婦それぞれが加入しても保険料は合計1万円前後です。
(2)については、後述する遺族年金も考慮した上で、「収入保障保険」を検討すると良いでしょう。
収入保障保険は、死亡したら遺族が保険期間中、毎月「10万円」「15万円」等の一定の金額を継続して受け取ることができる死亡保険です。子どもが大学を卒業するまでの間、加入しておけば十分でしょう。万一の場合に保険金を毎月10~15万円を受け取るプランに加入するとして、保険料は夫婦合計で月1~2万円ほどになると思います。
夫の年収が600万円なのに、保険金が毎月「10万~15万円」で良いというのには理由があります。日本には「遺族年金制度」があり、遺族は年金をもらうことができるからです。
遺族年金には、国民全員がもらえる「遺族基礎年金」と、厚生年金被保険者がもらえる「遺族厚生年金」があります。また、「亡くなった人」の要件と「もらえる人」の要件がありますが、会社員は社会保険料が天引きされているので、「亡くなった人」の要件はほぼ満たすと思ってもらって結構です。
遺族厚生年金の「もらえる人」と、もらえる優先順位は以下の通りです。
・子のある配偶者
↓いない場合
・子(18歳になった年度の3月31日まで、あるいは20歳未満で障害等級1級または2級)
↓いない場合
・子のいない配偶者(年齢等で要件あり)
以下、生計を維持されていた父母等が続きます。
もらえる金額は「遺族基礎年金」が年額79万5,000円+子の加算額22万8,700円(令和5年4月分)です。これに対し、「遺族厚生年金」は毎月の給料の額に応じて決まります。Aさん夫妻の場合、夫が亡くなったときの遺族厚生年金の額は年30万~60万円程度と思われますので、妻は、遺族基礎年金と合わせて年130万~160万円程度を(子どもが18歳になるまで)もらえることになります。
勤務先の福利厚生制度も確認しておきましょう。死亡退職金や死亡弔慰金、遺児育英年金などがある会社もあります。遺族年金に加えて、勤務先からそれらのお金がもらえるのであれば、すでに相応の保障があることになります。
医療保険
医療保険等についても知っておきましょう。実は、医療保険の優先順位はそれほど高くありません。なぜなら、日本には「高額療養費制度」があり、かかった治療費の自己負担額に月ごとの上限が設けられているからです。
自己負担の上限額は年齢と収入水準に応じて変わりますが、Aさん夫妻の場合、月8~9万円程度で済むでしょう。したがって、民間の医療保険等は、がんと診断されたときにまとまった額の「一時金」を受け取りたい場合や、入院時に個室を希望する場合(差額ベッド代が全額自己負担になる)に、必要な保障にだけ加入を検討すればよいでしょう。
こうやって保険を見直すことで、月5~6万円は浮くのではないでしょうか。これと、前述の無駄に払っている費用を削減した分を合わせれば、月6万円程度はセカンドライフのための資産形成に回せそうです。
「セカンドライフ」のプランと収支を考える
資産形成を始める前に、どんなセカンドライフを送りたいか夫婦で話し合ってみてください。それ次第で必要なお金は変わってきますし、資産形成をしていくモチベーションにもなるでしょう。
- 夫婦で素敵なカフェを開きたい
- 地方で農業を始めたい
- 海の近くでのんびり暮らしたい
こういったセカンドライフのプランを前提に、リタイア後に想定される収入と支出を考えてみましょう。
収入を確認する
まずは収入です。最初に公的年金を確認しましょう。毎年誕生月に届く「ねんきん定期便」に年金額が記載されていますし、ねんきんネットでいつでも確認することが可能です。また、退職金や親からの相続等、想定される収入を把握しておきましょう。
想定される支出
次に支出です。毎月の生活費です。リタイア後の生活費はおおむね現役時代の7割程度が目安になりますが、今の延長線上ではないセカンドライフを目指すのであれば、生活費はどのくらい余分にかかりそうか、調べてみましょう。
そのほかに必要な支出として想定されるのは、住宅ローンの残債、趣味等を楽しむための費用、リフォーム代、介護費用、葬式費用等です。
セカンドライフへの資産形成は「インデックスファンド」の「積み立て」
収入と支出の見通しがある程度わかれば、次はいよいよ資産形成です。
前述のように、Aさん夫妻が無駄な出費をなくし、保険を見直した結果、月6万円を資産形成に回せるようになったとします。
そのお金で「投資信託」を毎月「積み立て」しましょう。投資信託の商品は「世界中の株式に投資するインデックスファンド」でOKです。証券会社は「ネット証券」で、税制優遇を受けられる「iDeCo」と「NISA」を活用しましょう。
これが私のアドバイスです。
「世界中の株式に投資するインデックスファンド」とは、日本を含む先進国23カ国及び新興国24カ国の主要な株式の値動きを表す指数に連動するように設計された投資信託のことです。指数そのものの実績(過去30年間)は年平均8.1%のリターンとなっています。
また、利息が元本に組み入れられ、そこにさらに利息がつく「複利」効果が得られます。
このインデックスファンドで毎月6万円の積み立てを65歳まで10年間続けた場合(投資総額720万円)、過去実績と同等の年平均8.1%であれば積立金額が約1,000万円、うまくいけば1,200万円以上になっている可能性もあります(費用・手数料は考慮せず。なお、筆者が信頼できると判断した情報に基づき推計したものであり、将来の運用成果や元本を保証するものではありません)。
子どもの教育費がかからなくなれば、毎月の積み立て金額を増額することで、さらに資産を増やすことができるでしょう。これに退職金を加えれば、十分に豊かで素敵な人生を送ることができるのではないでしょうか。
なお、退職時に住宅ローンが残っている場合、選択肢は以下の3つです。
(1)退職金で一括返済
(2)従来の返済を継続して退職金は運用
(3)自宅を売却して完済
どうするかは、そのときの状況次第で判断するようにしましょう。
「iDeCo」と「NISA」はできれば両方使う
iDeCoとは、「拠出時」、「積立期間中」、「受取時」のすべてで税制優遇がある年金制度です。Aさん夫婦は会社員なので、掛金の上限はそれぞれ月額2万3,000円(年額27万6,000円)となります。
拠出金は全額所得控除となり、年末調整で所得税と住民税が還付されます。上限いっぱい拠出した場合、所得税率10%だとすると住民税と合わせて5万5,200円が還付されます。大きいですよね。さらに積立期間中の運用益は非課税、受け取る時は「退職所得控除」か「公的年金等控除」を利用できます。
一方、NISAは運用益だけ非課税ですが、2024年からの新NISAは年間360万円、生涯投資枠1,800万円まで非課税枠のある、とても良い制度です。
iDeCoは非課税メリットが大きい反面、原則として60歳までは受け取ることができません。これに対し、NISAは運用益のみが非課税ですが、いつでも解約が可能です。さらに最大月30万円(新NISAで毎月積み立ての場合)まで投資可能です。可能な限り両方活用しましょう。
ここまでみてきたように、Aさん夫妻のように「55歳・貯金なし」でも全然遅くはありません。大事なのは「すぐ始める」ことです。投資期間が長いほど複利効果は大きくなるので、資産形成に最も必要なのは「時間」なのです。すぐに家計を見直して、できる範囲で積み立て投資を始めていくことをおすすめします。