起業や事業拡大に不可欠な「資金調達」。しかし、借り入れ、出資、資産現金化――それぞれの手段には明確なメリットとデメリットがあり、選択を誤ると事業の成長を阻む要因にもなりかねません。本記事では、公認会計士の岸田康雄氏が3つの代表的な資金調達手段の特徴を整理し、起業スタイルや事業フェーズに応じた最適な選び方を成功事例とともに解説します。
資金調達方法の選び方で事業が変わる

起業や事業拡大を目指すにあたって、避けて通れないのが「資金調達」です。とくに個人事業主や中小企業経営者にとっては、資金調達の方法が経営戦略そのものに直結します。
資金調達の手段は大きく分けて以下の3つです。
- 負債(借り入れ)
- 資本(出資)
- 資産の現金化
それぞれの特性を理解し、目的や状況に応じて最適な手段を選ぶことが重要です。
負債(借り入れ)のメリット・デメリット

借り入れは、比較的手続きが簡単で、短期間で資金調達が可能なため、創業時や一時的な資金不足への対応など、多くの場面で活用されています。
負債(借り入れ)のメリット
負債(借り入れ)のメリットとして、まず、「迅速に資金調達できる」という点が挙げられます。金融機関との関係が整っていれば、数週間以内に資金を調達することができます。これは、開業目前に設備投資が必要になった飲食店経営者などにとって非常に有利です。
次に、「レバレッジ効果」があります。少ない自己資本であっても、それに借り入れを加えることで、より大きな事業展開が実現できます。これにより自己資本利益率(ROE)を向上させることが可能となります。
また、「利息の損金算入による節税効果」も見逃せません。支払利息は損金として計上できるため、法人税等の負担を軽減できます。
そして、「経営権を維持できる」というのも借り入れの大きな特徴です。出資ではなく借り入れを選ぶことで、経営者の意思決定が外部から干渉されることなく自由に経営を行うことができます。
なお、金融機関との取引実績が増えることで「信頼関係が構築」されていきます。これにより、将来的な融資条件の優遇や緊急時の資金支援にもつながります。
負債(借り入れ)のデメリット
一方で、「返済義務と利息負担」は大きなデメリットです。収益が不安定な時期に元利返済が重くのしかかると、資金繰りに悪影響を与えることがあります。
また、「倒産リスク」も挙げられます。返済不能に陥れば、債務超過により金融機関からの追加融資が受けられなくなり、倒産のリスクが高まります。
そして、「財務健全性の低下」も懸念されます。借り入れが増えれば自己資本比率が下がり、企業の信用力にもマイナスの影響を及ぼします。緊急時の資金調達が難しくなるかもしれません。
さらに、「精神的なプレッシャー」が経営判断に影響する場合もあります。常に返済を意識しながらの経営は、長期的な視点を持ちにくくなることも否定できません。
なお、「経営感覚の鈍化」にも注意が必要でしょう。借り入れで手元資金が増えると、不要な投資や交際費などの浪費につながるおそれがあります。
資本のメリット・デメリット

出資による資金調達は、成長を目指す企業にとっては魅力的な手段です。
資本(出資)のメリット
「返済義務がない」というのが、出資による資金調達の最大のメリットです。利息も発生せず、長期的な事業展開が可能です。出資によって「財務体質が強化」され、自己資本比率が上がることで、金融機関や取引先からの信頼が高まります。
「資金の用途に制限がない」ため、人材採用や広告費、既存の借り入れ返済にも柔軟に対応できます。
なお、「株主層の拡大」によって一部の株主の意見に偏らない経営が可能となり、「株式の上場」によって証券市場での売買も可能となります。
資本(出資)のデメリット
しかし、資本(出資)には「経営への介入リスク」があります。株主は議決権を持ち、重要な経営判断に影響を及ぼす可能性があります。
「株主へのリターンの負担」も避けて通れません。配当金の支払いや自己株買いなどの手段を通じて利益を株主へ還元する必要があり、資金繰りを圧迫します。
また、「株主総会の運営コスト」が増加し、事務負担も大きくなります。
なお、新株発行による「株式の希薄化」には注意が必要です。新株を発行すれば既存株主の持株比率が下がり、反発を招く場合があります。
ベンチャー企業には「成長へのプレッシャー」が常につきまといます。とりわけ、ベンチャーキャピタルからの出資を受けた場合には、IPOやM&Aといったイグジット(EXIT)を前提とした投資であることが多く、短期間での成果を強く要求される傾向にあります。
資産現金化のメリット・デメリット

資産を現金化する手法も、近年注目を集めている資金調達方法です。主にファクタリングと手形割引があります。
資産現金化のメリット
資産現金化のメリットは、「迅速な資金調達」が可能となることです。特に売掛債権のファクタリングでは即日資金化が可能なケースもあり、緊急時には非常に有効です。
「自社の財務状況に左右されない」点も特長です。売掛先の信用があれば、赤字企業や創業直後の企業でも利用できます。
また、「貸借対照表に影響を与えない」ため、負債が増えず、財務体質を維持したまま資金を調達できます。
さらに、「売掛先の倒産リスクを回避」できる点も魅力です。万が一、売掛先が支払い不能に陥っても返済義務は発生しません。
同様に、手形割引についても、「早期資金化」「信用審査の通過しやすさ」「手数料の低さ」といった点で有利です。
資産現金化のデメリット
資産現金化のデメリットは「手数料の高さ」です。ファクタリングでは最大18%もの手数料がかかることがあり、長期的な利用はコスト負担が重くなります。また、調達額に限度があります。売掛金や手形額が上限となるため、多額の資金調達には向いていません。
「現金化のスピード」にも注意が必要です。即日対応が可能な一方で、銀行経由の手形割引では数日かかることもあります。
そして、「取引先への通知による信頼低下」も懸念されます。3社間ファクタリングでは、売掛先に通知する必要があるため、経営状況を不安視されることがあります。
なお、「償還請求リスク」は手形割引特有の問題です。万が一不渡りになれば、手形を買い戻さなければなりません。
起業スタイルに応じた資金調達成功のヒント

資金調達の検討においては、単なる理論や制度の知識だけではなく、現実に行われた成功事例から学ぶことも非常に有益です。3つのケースを取り上げます。
定年後のシニア起業家のケース
定年後にこれまでのキャリアや専門知識、人脈を活かして法人を設立するケースでは、「経験の資本化」という考え方が鍵を握ります。
たとえば、横浜市で開業した米粉パン店の事例では、職業訓練プログラムを受講したあと、公的支援制度を活用して500万円の融資を日本政策金融公庫から受けました。自己資金500万円と合わせて1,000万円の創業資金を確保し、「米の消費拡大」という社会的意義を前面に押し出すことで、融資審査を有利に進めたのです。
このようなシニア起業では、「女性、若者/シニア起業家支援資金」などの制度を活用することで、最大7,200万円までの融資が可能です。固定金利1%以下の制度も存在し、返済期間は平均7年と短めですが、堅実な資金戦略が実現できます。
副業でECショップを展開するデジタルネイティブ世代のケース
副業としてECショップを始めるケースでは、ファクタリングやクラウドファンディングが注目されています。あるIT企業では、売掛金の80%を即日で現金化し、広告費に再投資することで、営業利益率を10%向上させました。この戦略のポイントは、Shopifyの売上データとGoogle Analyticsを連携させ、資金需要を正確に予測したことにあります。
小規模な飲食店を開業した事業者のケース
小さな飲食店を開業する際には、有形・無形の資産をどれだけ的確に評価・活用できるかが資金調達成功の分かれ目です。
あるワインスタンドの事例では、経営者がミシュラン掲載店での勤務歴をアピールすることで、500万円の融資を引き出すことに成功しました。融資審査においては、厨房レイアウト図を活用し、1坪あたりの投資効率を「2.5万円/坪」と数値化した点が、融資の決め手となったようです。
まとめ:事業フェーズに応じた最適な資金調達手段を選ぼう
資金調達方法には、それぞれ特徴があり、向き不向きがあります。事業のフェーズや資金の使い道、経営者の意向などを踏まえて、適切な手段を選ぶことが重要です。
いずれにしても、資金調達は単なるお金集めではなく、経営戦略の一環です。各手段のメリットを最大限に活かし、デメリットを理解した上で適切に管理することで、持続可能な成長につなげることができます。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。