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事業承継で資金不足に陥る理由──後継者が越えるべき「経営」と「資金」2つの壁【税理士が解説】

事業承継で資金不足に陥る理由──後継者が越えるべき「経営」と「資金」2つの壁【税理士が解説】
村木 謙介 (村木謙介公認会計士事務所 代表/グロース株式会社 代表取締役/公認会計士/日本証券アナリスト協会認定アナリスト)

執筆者

村木謙介公認会計士事務所 代表/グロース株式会社 代表取締役/公認会計士/日本証券アナリスト協会認定アナリスト

村木 謙介

慶應義塾大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。卒業後、KPMG有限責任あずさ監査法人にて国内及び外資系大手金融機関に対する法定監査業務(IFRS含む)、内部統制体制の整備・構築、上場企業への税務及び経営コンサルティング業務に従事。

アカウンティングのみならずファイナンスの分野においても専門性を高め、日本証券アナリスト協会認定アナリスト資格を取得し、外資系生命保険会社でシニアポートフォリオマネージャーとして、資産運用業務に従事。金融機関のフロントオフィサーとして債券運用に係る投資意思決定、ポートフォリオ管理や、長期的な債券投資家の観点からのESG投資を実行。

現在は、「日本をグロースさせる」という想いの下、グロース株式会社代表取締役、村木謙介公認会計士事務所の代表を務める。
企業の成長の阻害要因の一つである「CFO人材の不足」に対してのソリューションとしての「社外CFO」サービスを上場企業・IPO準備企業・ベンチャー企業に提供。具体的には事業計画の策定、資金調達(Debt/Equity)、予実管理、資金繰り管理、会計制度構築支援や投資家や金融機関を含む外部とのコミュニケーション、IPO支援等サービスをクライアントに提供。
口だけ出すアドバイザーではなく、経営者の右腕として実際に手を動かし、経営メンバーと対話し、自走する社外CFOとして活躍。

中小企業にとって避けて通れない2大課題が、「事業承継」と「資金調達」です。一見すると別々の課題に思えるかもしれませんが、実際には密接な関係があります。

後継者は経営面と資金面の双方から大きな負担を強いられるため、これらの課題をどう乗り越えるかが企業の命運を左右する“分岐点”となることも少なくありません。

そこで本記事では、事業承継における「2つの壁」を乗り越えるコツについて、実践的なポイントとともに税理士としての支援現場の視点からわかりやすく解説します。

事業承継に潜む“二重の壁”

事業承継に潜む“二重の壁”

(1)経営権の壁

後継者が最初に直面するのは、事業の将来を左右する経営権を安定的に確保できるかという課題です。たとえ親族内承継であっても、過去の増資や相続を通じて株式の分散が進んでいるケースは少なくありません。

兄弟姉妹や親族がそれぞれ一定の株式を保有している場合、経営方針をめぐって意見が対立し、重要な意思決定が遅れるリスクが生じます。

後継者が安定的に経営権を維持し、迅速な意思決定を行うには、分散した株式を整理し、議決権の過半数(一般的には3分の2以上)を確保することが重要です。

しかし、安定株主の形成や議決権比率の確保に必要な株式の取得は、多額の資金を要します。経営権を守るための“株式取得”自体が、すでに第一の大きな壁となるのです。

(2)お金の壁

そして、より深刻なのが「資金の壁」です。経営権の確保に伴い、以下の3つの資金需要が同時に発生し、後継者に大きな負担をかけます。

  • 自社株の買い取り資金:親族や関係者から株式を買い取るための資金。
  • 相続税・贈与税の納税資金:先代からの資産移転に伴う税金の支払い。
  • 運転資金・成長投資資金:承継後の事業継続と成長のための資金。

たとえば、自社株の評価額は、近年の好業績や内部留保額の増加により高騰しており、同族間承継であっても数千万円から億単位の資金が必要になることは珍しくありません。

さらに、相続税の納税期限は相続開始から10ヵ月以内(相続税法第27条)と定められており、贈与税についても贈与の翌年3月15日までに納付が必要です。

現金化しにくい、あるいは現金化に時間を要する資産(土地、設備、非上場株式など)が多い場合、納税資金の確保は極めて困難となります。

このように、「経営権の壁」を乗り越えるための行動が、結果として「お金の壁」をさらに高くする、この“二重の難関”が、後継者の前に立ちはだかります。

後継者が直面する資金負担の実際

後継者が直面する資金負担の実際

株式買い取りの「逆説」

後継者が親族や役員から株式を買い取る際の評価額は、中小企業では市場価格が存在しないため、主に税法上の評価方法(類似業種比準価額法または純資産価額法)によって算定されます。

なかでも「純資産価額法」は、会社の資産総額から負債を差し引いた純資産、すなわち内部留保の厚さを反映する評価方法です。

したがって、業績が好調で内部留保が積み上がっている企業ほど、自社株の評価額が高く算定される傾向があります。結果として、業績が良いほど承継コストが増大するという、いわば逆説的な現象が起きているのです。

資金を十分に準備できなければ、後継者は安定的に経営権を取得できず、承継後の事業継続に支障をきたすおそれがあります。

相続税の納税資金と期限の壁

相続税の納税期限は、相続発生から10カ月以内と短く設定されています。この間に、会社の事業資産である非流動資産を急いで現金化しようとしても、容易ではありません。

また、納税資金の調達を銀行融資に頼る場合も、短期間での審査が求められ、担保余力が乏しい中小企業にとっては高いハードルとなります。

急な資金調達の必要性から、やむを得ず事業とは関係のない不動産や、場合によっては会社の重要な資産を売却し、結果的に事業基盤を弱体化させるリスクもあります。

運転資金の枯渇リスク

承継後、経営者として最初に直面し、最も重要なのが資金繰りの安定です。

「株式取得や相続税支払いに多額の資金を費やした結果、日々の運転資金が枯渇した」という事例も少なくありません。

特に、事業環境が急変するなかで、後継者が新たな戦略に基づき成長投資や設備投資を行おうにも、資金の余力がなければそれも叶いません。承継時の資金計画は、単なる一時的な課題ではなく、承継後の経営安定を左右する“生命線”なのです。

資金調達の選択肢と限界

資金調達の選択肢と限界

銀行融資(既存の信用力に依存)

中小企業にとって最も一般的な資金調達手段が銀行融資です。ただし、審査では「信用力(返済能力)」と「担保力(物的保証)」の2点が重視される傾向があります。

後継者がまだ十分な経営実績を持たない段階では、個人保証を求められることも多く、心理的・財務的な負担が重くなります。また、承継前から既存の借入金が多い企業では、新規融資が難航する傾向にあります。

ベンチャーキャピタル(VC)(適合性の問題)

高成長を目指すスタートアップ企業には有効なVCですが、事業承継期にある既存の中小企業にはなじみにくい側面があります。

VCは株式を取得し、経営に関与することを前提とします。そのため、後継者が安定的に経営権を維持したい場合や、株式の希薄化を避けたい場合には適さない選択肢となります。

自己資金・親族支援(限界と税務リスク)

最も柔軟で迅速な方法ですが、株式評価額が高額な場合、個人資金や親族の支援だけでは到底賄えないという限界があります。

また、親族間の資産移転を行う場合、贈与税や相続税の課税対象となり、結局は税務問題を引き起こすリスクも伴います。

解決策の1つ「アセットファイナンス」

解決策の1つ「アセットファイナンス」

既存の資金調達手段に限界があるなかで、近年注目されているのが「アセットファイナンス」です。

これは、企業が保有する不動産や設備、在庫、売掛債権(ABL:Asset Based Lending)などの「保有資産」を担保に資金を調達する仕組みです。

日本語では「資産担保型融資」とも呼ばれます。これらの資産はバランスシート上にあるにもかかわらず、従来の銀行融資では評価されにくかった側面がありましたが、これを有効活用することで、承継時の一時的な資金需要に対応しやすい柔軟なスキームを提供します。

メリット

経営の独立性維持:株式や経営権を手放すことなく資金を確保できるため、経営の独立性を維持できます。

短期資金需要への対応:相続税の納税や株式買い取りといった、緊急かつ一時的な資金需要に迅速に対応しやすい特性があります。

用途の柔軟性:確保した資金を、承継資金だけでなく、老朽化した設備の更新投資や新規事業の立ち上げといった成長投資にも柔軟に活用できます。

デメリット

資産評価の正確性:担保とする資産価値の正確な評価が欠かせません。評価が不十分だと十分な資金が得られず、また過剰な評価に基づく借入は財務リスクを高めます。

財務柔軟性の損失:資産を担保とした借入は将来の返済義務を伴います。短期的な資金繰りに頼りすぎると、資産の利用が制限され、将来的な財務の柔軟性を損なう恐れがあります。

したがって、アセットファイナンスは、あくまで「一時的な橋渡し」として位置づけ、長期的な財務戦略の中で慎重に活用することが極めて重要です。

公的支援制度・事業承継税制との組み合わせ

公的支援制度・事業承継税制との組み合わせ

資金不足に悩む後継者にとって、国や自治体の公的支援制度を上手に活用することは、資金戦略における重要な柱の1つとなります。

事業承継税制の特例措置

中小企業の後継者が一定の条件を満たす場合、贈与税や相続税の納税を猶予、最終的に免除できる「事業承継税制の特例措置」は、資金の壁を大きく下げる最も強力な支援制度の1つです。

2018年度税制改正により創設された「特例承継計画制度」では、対象株式・猶予割合が大幅に拡充され、令和9年(2027年)12月末までに計画を提出した場合に適用を受けられます。

従来の「一般措置」では、

  • 対象株式が発行済議決権株式の 3分の2まで、
  • 納税猶予割合が 贈与税・相続税ともに最大80%

という制限がありました。

これに対し、特例措置では発行済株式の100%が対象となり、贈与税・相続税ともに納税猶予割合が100%に拡大されました。

これにより、承継時点での実質的な税負担をゼロに近づけることが可能となっています。

また、後継者の人数についても、1名から最大3名までに拡大され、持株会社を通じた承継も認められるなど、親族内承継を中心に柔軟な対応が可能となりました。

さらに、かつては承継後5年間にわたり従業員数の「平均8割維持」が義務付けられていた雇用維持要件についても、特例制度では実質的に撤廃されています。

経営環境の変化など合理的な理由が認められれば、一時的に雇用が減少しても猶予は取り消されず、実務上も柔軟な運用が行われています。

ただし、制度を利用するには「特例承継計画」を期限までに都道府県へ提出し、承継後も代表就任や株式保有の継続などの要件を満たす必要があります。

そのため、適用を検討する際は、税理士や認定経営革新等支援機関などの専門家と連携し、株式評価・贈与時期・資金計画を慎重に設計することが重要です。

中小企業庁「事業承継・引継ぎ支援センター」

全国の都道府県に設置されている同センターでは、事業承継に関する無料相談や、専門家(弁護士、公認会計士など)の派遣を行っています。

資金繰り、税制、M&A、後継者教育など多方面の支援を包括的に受けられるため、後継者が初期段階で活用する価値は非常に大きいでしょう。

地域金融機関の承継特化型融資

地域に根差す地銀や信用金庫も近年、事業承継向けの特別融資を積極的に拡充しています。

株式買い取り資金や納税資金を目的とした「事業承継資金ローン」や「承継支援ファンド」を設ける動きも広がりを見せています。

地域金融機関は、地域企業の事業継続が自らの顧客基盤維持に直結するため、伴走型支援の姿勢を強めています。

まとめ──経営と資金、2つの壁を越えるために

まとめ──経営と資金、2つの壁を越えるために

事業承継は、単なる「世代交代」という一言では片付けられない、複雑な挑戦です。経営権の確保と資金確保という“二重の壁”をどう乗り越えるかが、企業の未来を決定づけます。

後継者に求められるのは、承継後の事業継続と成長のビジョンを描くと同時に、資金戦略をいかに現実的に、そして多角的に組み立てるかという経営者としての力量です。

そのために、以下の3つの戦略的視点が鍵となります。

三位一体の資金計画:株式・相続・運転資金の三つの資金需要を切り離さず、統合された計画を早期に立てること。

調達手段の適切な組み合わせ:銀行融資、アセットファイナンス、公的制度(特に税制)を単独ではなく、相互補完的に適切に組み合わせること。

専門家との早期連携:税理士、金融機関、公的支援センターといった専門家と、承継の早い段階から連携を図り、戦略的なアドバイスを得ること。

「事業を継ぐ」とは、単に経営のバトンを受け取ることではなく、企業が社会に提供してきた価値と、その継続への責任を引き継ぐ行為です。将来の成長と安定を見据え、税制・金融・専門家支援を早期に活用することが、二重の壁を乗り越える第一歩となります。

※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。

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