スタートアップの資金調達には「ラウンド」と呼ばれる段階があり、企業の成長フェーズに応じて目的や求められる基準が大きく変わります。
本記事では、架空のスタートアップ事例を用いて、各ラウンドで企業が直面する課題と資金調達のポイントを体系的に解説します。
資金調達における「ラウンド」とは?

資金調達の「ラウンド」とは、単に資金規模を示すものではありません。企業がどのような課題に取り組み、社会にどう受け入れられていくか。その成長の軌跡そのものです。
こうしたラウンドの意味や役割をより具体的に理解するために、今回は、建設現場向けのIoT安全センサーを開発する名古屋発のスタートアップ「X社」の架空事例をもとに、資金調達のプロセスとそれぞれのフェーズで企業が直面する課題について確認していきましょう。
1.シードラウンド…事業の芽を育てる共感者を見つける

――創業から7年。X社は、建設現場の「安全」という身近で切実な課題を軸に、着実に資金調達ラウンドを重ねながら、現在はIPO※を視野に入れるまでに成長しています。
※ IPO……「Initial Public Offering(新規株式公開)」。企業が初めて株式を証券取引所に公開し、一般の投資家がその株を売買できるようになること。
創業者の田島さんは、もともとゼネコンの現場監督でした。ある日、後輩が足場から転落して大けがを負ったことをきっかけに、「人の注意力に頼らない安全管理」の必要性を痛感。
手持ち資金と親族からの借り入れを元手に、2人のエンジニアとともにX社を立ち上げました。
そして創業直後、最初の一歩として着手したのが、加速度センサーを内蔵した「ヘルメット型デバイス」の開発です。
とはいえ、創業したばかりのこの段階では出資者も限られており、資金調達というよりは「信頼してもらえる範囲で資金を集める」という位置づけです。
目的は「あくまで動く試作品を作り、事業の“可能性”を具体化すること」に絞りました。調達した資金は少額でしたが、センサーの精度やデータ送信の安定性を検証することができ、次のステージへと進むための土台を築くことができました。
2.プレシリーズA…現場での実証と信頼構築

試作機の動作確認が進むと、田島さんは建設会社にモニター導入を打診。製品を本格展開する前に、協力企業に試験的に使ってもらい、実際の現場で性能や有効性を検証してもらおうと考えたのです。
地方の中堅ゼネコンが協力を申し出てくれたことで、現場での実証がスタートしました。
この段階では、エンジェル投資家に出資を打診し、資金を調達。製品の改良やデータ分析基盤の開発に充てました。
「エンジェル投資家」とは、創業初期の企業に対して、将来性を見込んで個人で資金を提供する投資家のこと。資金だけでなく、事業経験や人脈などの支援を行うこともあります。
この段階での資金調達の目的は、「技術を事業へと転換する」ための実証費用の確保です。
さらに、田島さんは次のラウンドを見据え、より広い範囲の投資家層との交渉にも乗り出します。試作機による実証結果をもとに、事業計画書や収益モデルを言語化し、「どの市場規模に、どのペースで拡大できるのか」を定量的に説明する力が求められました。
実証を通じて得たデータと、改善された製品の精度が、田島さんにとって次の資金調達ラウンドへの信用につながっていきます。
3.シリーズA…大手ゼネコンとの連携で全国展開へ

プレシリーズAの実証を経て、X社の安全管理用センサーは複数の建設現場で採用されるようになりました。
そして、これが名古屋の有力ベンチャーキャピタルの目に留まり、田島さんに出資の打診が届きます。これをきっかけに、X社は本格的な資金調達フェーズに突入しました。1億円の出資を受け、量産体制を整備。事業の展開は全国規模へと広がっていきました。
このフェーズの目的は、「事業を再現性をもって拡大できる“スケーラブルな仕組み”の確立」です。投資家は、売上の伸びだけでなく、導入コストに対してどれだけ長く使われ続けているか(継続利用率)や、1現場あたりの契約単価といった指標も厳しく見ています。
そこで、X社は営業組織を強化し、製品の導入先をさらに拡大する体制を整備。あわせて、現場ごとのデータ収集・分析方法を統一(標準化)することで、どの現場でも安定して成果が出ることを示せるようにしました。
「1人の現場監督が管理できる労働者の数が増える」といった定量的な効果を示すことで、安全対策が「必要経費」ではなく、「現場の生産性を高める手段」として評価されるようになりました。
4.シリーズB/C…製品を「売る」から「活かす」への転換

シリーズAで製品の普及が進むと、X社は次の課題に直面しました。求められたのは、センサー本体の販売にとどまらず、そこから得られるデータを活用して新たな価値を生み出すという発想の転換です。
すなわち、製品販売を中心としたモデルから、データ活用やサービス化によって収益を積み上げる「継続課金型モデル(サブスク)」へと事業を移行していくことが求められるフェーズに入ったのです。
そこで、X社は次の成長に向けて、さらなる資金調達を開始。新たな調達では、大手企業が自社の事業と関連するスタートアップに投資する「事業会社系CVC」や保険会社ファンドが加わり、出資額は10億円規模に到達しました。
この資金を元手に、X社は収集したデータをAIで解析し、事故の「予兆検知」を行う新サービスを開始。さらに、建設業界団体や労働局との協議を通じて、安全データの標準化にも取り組みました。
このフェーズで求められるのは、事業のスケールに耐えうる体制の整備です。契約形態の整備や個人情報保護への対応、労働安全法との整合など、技術だけでは乗り越えられない課題が山積し、田島さんは頭を抱える場面もありました。
それでもX社は、法務・会計・IR体制を整え、社外取締役を迎えてガバナンスを強化。企業としての「格」が問われるフェーズへと進んでいきます。
IPOを目前に控えたこの段階では、新たなベンチャーキャピタルよりも、これまで支援してきた既存株主や主幹事証券系のファンドなど、上場を見据えた安定的な資本が中心となります。
社会的信頼を確かなものにするため、資本面でも「安定性」が重視されるのがこの時期の特徴です。
5.Pre-IPO…安全を社会インフラに変えるために

そして今、上場準備に入ったX社が注力しているのは、財務・内部統制・ガバナンスを含む「上場企業としての説明責任を果たせる体制の構築」です。
監査法人との連携、IPO審査に向けた内部統制整備、サステナビリティレポートの策定など、信頼性を高める取り組みを進めています。
このフェーズでは、調達した資金は成長投資だけでなく、社会的信頼を築くためのコストにも充てられます。
X社は「事故ゼロの現場」を実現するパートナーとして、業界内外から注目を集める存在となりました。
現在、X社はIPOに向けて投資家向けの説明活動(ロードショー)を進めています。これは、経営陣が機関投資家を訪問し、事業内容や成長戦略を直接プレゼンすることで、株式上場後の投資判断につなげてもらうための重要なプロセスです。
また、同業大手からのM&Aの打診も受けているといいます。
近年ではこのように、上場だけでなくM&Aを選択するスタートアップも増えており、出口戦略の多様化が進んでいます。
資金調達ラウンドが進むほど、「成長」だけでなく「確実性」が問われる

X社の歩みを振り返ると、下記のように、ラウンドが進むごとに経営課題が明確に変化していることがわかります。
![[図表]資金調達ラウンドの種類と目的、主たる投資家](https://life.saisoncard.co.jp/wp-content/uploads/2026/01/a448d1a6066efce6a31e6edda0828902.jpg)
出所:筆者作成
スタートアップの資金調達では、初期と後半で投資家が重視するポイントが大きく変化します。
創業初期は、技術の独自性や市場の伸びしろなど、将来の成長可能性が中心です。製品やサービスに魅力があれば、組織体制が整っていなくても資金が集まるケースも珍しくありません。
しかし現実には、シード期に大きな資金を集めながらも、組織化やプロセス整備、管理体制の構築に対応できず、成長が止まってしまう企業も存在します。初期の成功が、必ずしも継続的な成長を保証するわけではないことを示す典型例です。
一方で、ラウンドが進むにつれて、投資家の期待は“成長速度”に加えて、事業の再現性・財務健全性・リスク管理・ガバナンスといった「企業としての持続可能性」が厳しく問われるようになります。
これは単に「管理が厳しくなる」という話ではなく、企業が長期的に価値を提供するための土台となる力が問われるフェーズです。
その結果、関わる投資家も、初期の「成長の可能性を評価する投資家」から、後半では「安定性・信頼性を重視する投資家」へとシフトしていきます。
また近年では、上場だけでなくM&Aも現実的な出口として位置づけられるようになり、企業がどの段階で、どの期待に応えていくかが、出口戦略の選択に大きく影響するようになりました。
資金調達ラウンドを理解するということは、自社に向けられる“期待の範囲と質”がどのように変化しているのかを把握することにほかなりません。
これを踏まえることで、企業は次のステージでなにを優先すべきかを見誤らず、継続的な成長へとつなげることができるのです。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。