年金制度が最初に整えられたのは、昭和36(1961)年のこと。それから60年以上経ち、日本社会は平均寿命も延び、働き方や生活スタイルも大きく変化しました。年金制度もその時代の変化に合わせ、都度変更がなされています。今回は、年金制度の始まりと変遷について見ていきましょう。株式会社アセット・アドバンテージ代表取締役の山中伸枝ファイナンシャルプランナーが解説します。
1.“えっ、俺はもらえないの?”…年金の「制度変更」に憤るTさん
Tさんは59歳。定年後はゆっくりしたいと考えていらっしゃいます。社交家で、学生時代の野球仲間とは半世紀近くのお付き合いです。コロナも落ち着いたことから、最近ようやく仲間たちで集まる機会がありました。
そこに姿を見せた先輩方は、悠々自適な暮らしをしている様子。聞くと、65歳までは「特別な年金」があり、バイト程度の働きでも十分だとか。「1日中家にいると妻の機嫌が悪くなるだろ? 定年後は“キョウイク”が大事って納得だよ。教育じゃないよ!“今日行くところ”」。先輩の話ぶりに、Tさんは圧倒されてしまいました。
「そんなものがあるのか!」とひどく驚いたTさんは自宅に戻り、さっそくご自身の「ねんきん定期便」を確認してみました。しかし、そこには先輩のような「特別な年金」の記載はありません。不安に駆られた Tさんは、筆者のFP事務所に相談にいらっしゃいました。
1-1.先輩が語る「特別な年金」とは?
「特別な年金」とは「特別支給の老齢厚生年金」のことで、会社員の老齢年金開始年齢が60歳から65歳に引き上げられた際に移行措置として取られた仕組みです。男性会社員の場合、昭和36年4月1日までに産まれた方については、その生まれ年に応じて調整が行われます。
しかし、Tさんは移行措置終了後の生まれなので、特別支給の老齢厚生年金は一切ありません。FPがそれをお伝えすると、「えっ、そんなこと聞いていませんよ」と少し憤慨された様子。なんとなく一部年金が「60歳から」、満額年金が「65歳から」だと、先輩からの話を元に幻想を抱いていたようです。
実はTさんに限らず、年金支給開始年齢の引き上げスケジュールを知らないという方は少なくありません。
特別支給の老齢厚生年金は、平均的には月10万円程度です。60歳からその収入があるのかないのかでざっと600万円ほど受け取れる年金額が変わってしまうのですから、わずかな生まれ年の違いで自分はもらえないのかと思うと、「不公平」だと思ってしまうのも無理はありません。
しかし、年金制度はこれから先も持続可能なように、その時代に合わせて変更を重ねています。かつて60歳から支給開始だった会社員の年金は、現在65歳からになっています。これは、超高齢社会にあっても終身で年金を支給するための制度変更です。
2.「年金制度」は時代にあわせて変化している
年金制度が今の形に整えられたのは、昭和36(1961)年のこと。当時は「サザエさん」のような家庭をモデルとして制度設計されました。波平さんは54歳ですが、当時の平均寿命は60歳後半だったといわれていますから、老後の生活は10年程度だったのでしょう。
当時の54歳は、もしかしたら波平さんのようなルックスだったのかもしれませんが、今の54歳は見た目も精神も若々しく、まだまだ現役。さらに当時より長生きなのですから、年金の支給開始を65歳に引き上げたとしても「そんなこと聞いていない!」と憤ることではないはずです。「制度持続のための前向きな変更」と理解すべきところではないでしょうか。
2-1.専業主婦がみな「第3号被保険者」なわけではない
サザエさん一家は、波平さんとマスオさんがいわゆる「大黒柱」として働いています。フネさんとサザエさんは専業主婦です。これもまた、年金制度のモデルとなった当時の日本の典型的な家庭の姿です。
サザエさんの時代は、「結婚して一人前」とお見合いで結婚し、男性はそのまま24時間闘うビジネスマンに、女性は専業主婦として内助の功に専念しました。こういう時代背景からできたのが、「第3号被保険者」です。ここに属する方たちは、「特別待遇」として保険料の負担をすることなく年金が受給できますが、これも今いくつかの変更が検討されています。
年金の被保険者には3つの区分があり、会社員と公務員を「第2号被保険者」、その扶養の配偶者を「第3号被保険者」、そして2号でも3号でもない方を「第1号被保険者」と呼んでいます。すべての方が国民年金に加入していますが、「第2号被保険者」のみ、同時に厚生年金にも加入しています。
年金制度に詳しくない方は、ざっくりと「専業主婦はみんな第3号」と思っているかもしれません。しかし、同じ専業主婦でも夫が自営業で第1号被保険者であれば、その専業主婦の妻も第1号被保険者になります。つまり第3号とは、会社員あるいは公務員の配偶者になっていて初めて成立します。
したがって、夫が会社を辞めて独立した、あるいはリストラされて失業中となると、専業主婦の妻は第3号被保険者から第1号被保険者に異動します。第1号被保険者になると、それまで免除で良かった国民年金保険料を負担しなければならなくなります。
国民年金保険料は、ひと月あたり約1万7,000円です。いくつかの支払い方法があり、それにより割引になるのですが、ざっくり20歳から60歳までの40年間、約800万円の支払いが発生すると思ってください。
800万円を負担して、受けられる老齢基礎年金は約80万円です。国の年金は、100歳まで生きても“長生き保険”として終身受け取れますから、その場合支払った保険料の3.5倍もの年金を受け取ることになります。
一方、第3号被保険者は、この保険料を一切支払う必要がありません。仮に20歳から60歳まで、40年間専業主婦だった場合、保険料負担0円で、65歳から終身で約80万円の年金を受け取れます。
よく、「会社員の夫が専業主婦の妻の分の保険料を支払っているのだ」と誤解されている方もいますが、会社員の保険料は報酬に連動しています。給与額が同じであれば、男性も女性も、扶養家族がいようといまいと、負担する保険料の金額は、皆様、同じです。
3.保険料免除の扱いも、社会背景に合わせ少しずつ改善
保険料が免除になる方は第3号被保険者以外にもいます。例えば、会社員女性の産前産後と育児休業期間中です。会社員の男性も、育児休業期間中は同様です。また、この免除期間は「保険料を支払ったもの」と見なされるので、第3号被保険者の仕組みと同様、将来の老齢年金は減額されることなく支給されます。
第1号被保険者の女性も産前産後の保険料は免除となり、その期間については将来の年金額を減額されることなく受給できます。
しかし、会社員や第1号被保険者の女性の免除の扱いは、ここ最近整備されてきたものです。昭和から平成になり、共働き夫婦が増えると同時に、労働力不足と少子化が問題となり、その対策として働く女性、子どもを産み育てる女性の待遇が少しずつ改善されてきたのです。
他にも、重い障害を負っている方の場合、法律で保険料支払を不要とする「法定免除」という扱いがあります。また経済的な困難に直面している方は、「申請免除」をすることで保険料の支払を不要とする制度もあります。しかしこれらの免除では年金が減額されてしまいます。
たとえば、20歳から60歳まで障害によって働けない方は40年間保険料が免除ですが、65歳からの老齢基礎年金は約40万円です。一方、前述のように40年間第3号被保険者だった場合、同じ保険料免除にも関わらず老齢基礎年金は満額の約80万円です。
年金制度は、時代とともに変化するので、これからも変わっていく可能性があります。するともしかしたら、第3号被保険者の存在自身も見直されていくかも知れません。
おわりに
Tさんは、「うちには26歳になる娘がいましてね。なんとなく早く結婚して家庭に入って子どもを産むのが幸せなのではないかと思っていましたが、年金の話を聞きながら、当たり前は変わっていくし、私の当たり前を押しつけちゃいけないんだと思いました」と打ち明けてくださいました。
確実ではない未来に備えるのは非常に難しいことですが、長い老後を幸せに暮らすためには、いまの制度が変わることを受け入れたうえで、将来について考える必要がありそうです。