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クラシックの楽しみ方に正解はない。ピアニスト・YouTuberの石井琢磨(たくおん)さんが語る「自由な聴き方」とは

クラシックの楽しみ方に正解はない。ピアニスト・YouTuberの石井琢磨(たくおん)さんが語る「自由な聴き方」とは
セゾンのくらし大研究 編集部

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クラシック音楽を聴いてみたいけど、なんだか難しそう。そんな、多くの人たちが感じる高いハードルを軽々と飛び越えさせてくれるのが、ピアニストの石井琢磨(たくおん)さんです。国内外を飛び回りながら演奏活動を続ける石井さんは、登録者数31万人超を誇るYouTubeチャンネル「TAKU-音TVたくおん」も運営。海外のストリートピアノやカフェピアノでの演奏を配信し、クラシック音楽の楽しみを多くの人に伝えています。

「クラシックの魅力を伝えたい」という気持ちが原動力だという石井さんに、クラシック音楽の楽しみ方やもっと身近に感じる方法、演奏家として大切にしていることをインタビュー。目をキラキラ輝かせながら楽しくお話ししてくださいました。

《インタビュー》

石井琢磨の画像

ピアニスト・YouTuber

ピアニスト・YouTuber

石井琢磨

1989年、徳島県鳴門市生まれ、名古屋育ち、ウィーン在住のピアニスト。東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を経て、ウィーン国立音楽大学および同大学ピアノ科修士課程を満場一致の最優秀で卒業。演奏活動だけでなく、「クラシックをより身近に」をコンセプトにしたYouTubeの動画配信も行っている。2025年6月より、「ベルリン交響楽団」との共演で全国ツアーを開始予定。

母にかまってほしくて始めたピアノ

まず、石井さんがクラシック音楽に興味を持ったきっかけを教えてください。

2人の姉がピアノを習っていて、その音色が響いている家で育ちました。そういう環境だったので、自然とクラシック音楽が身近なものになっていたのかもしれません。姉たちがレッスンに行くときは母が付きっきりで、それが幼い僕にとっては本当に悔しくて(笑)。

母にかまってほしくて「ピアノをやりたい!」と思ったのがピアノを始めたきっかけでした。僕が3歳のときのことです。

母にかまってほしくて始めたピアノ

ピアノを始めた3歳のころのことを覚えていますか。

初めてピアノに触れたときの感触は忘れられません。どうしてピアノの鍵盤は黒と白の2色ででこぼこしているのだろう、と不思議に思っていましたね。姉のようにうまく弾きたくて、早く追いつきたい一心で必死に弾こうとしていました。姉も東京藝術大学からウィーンに留学したのですが、昔からその姿に大きな影響を受けてきました。もちろん、今もリスペクトしています。

ピアノを習い始めて影響を受けた曲はありますか。

中学生になって初めて一人で、アレクサンダー・ガヴリリュクというウクライナのピアニストの来日公演に行きました。その日、彼が弾くショパンの音楽を聴いて、かっこよくて雷が落ちたような衝撃を受けました。「こんなピアニストになりたい!」と強く思ったのを覚えています。

その日をきっかけに、クラシック音楽を仕事にしようと思ったのですか。

もちろんその衝撃も大きかったのですが、プロを目指す決意に繋がったのは、中学3年生のときの発表会での出来事です。ラヴェルのソナチネを演奏した際、聴きに来ていた見知らぬ方から「あなたの演奏で幸せな気持ちになったわ」と声をかけられたんです。

それまでは「上手に弾けたね」とか「よく頑張ったね」と言われることはあっても、まさか誰かを幸せにできるとは想像していませんでした。人を喜ばせることができるという音楽の力に、初めて気づいた瞬間でした。

中学3年生のころの演奏、聴いてみたいです。やはり昔からピアノは上手かったのですか。

習熟の速さは抜群でした。不思議に思われるかもしれませんが、楽譜を見た瞬間に、音楽の流れや響きが直感的にイメージできたんです。まるで道しるべが示されるように、どのように弾けばどんな音が生まれるのか、当時から自然と理解できました。そのため、最初はうまく弾けなくとも、「ここからどうすれば理想に近づけるか」が自然とわかっていたんです。

既にピアニストとしての片鱗が見えていたんですね…!

クラシック音楽は想像力をかき立ててくれるもの

今では、クラシックの魅力を多くの方に伝える活動を広げていますね。石井さんにとって、何回も聴きたくなる曲はどんな曲ですか。

よく聴くのは、ロシア人の作曲家ラフマニノフの交響曲第2番第3楽章です。クラシックって、すごく長い時間の作品も多いのですが、これは15分という長さがちょうどいい。ちょっと休憩したいときに流すようにしています。曲が終わるとともにスイッチが入って気分転換できます。

音楽の雰囲気的にも美しくて、気持ちが落ち着くんです。リラックスタイムにぴったりですよ。最近、抹茶を淹れられるマシンを買ったので、抹茶を飲みながら聴いています。これを聴くと、より抹茶がおいしくなるんです。

あと、この作品に限らずクラシック音楽全般にいえることですが、指揮者やオーケストラによって、新たな発見があるのも興味深いです。

クラシック音楽は想像力をかき立ててくれるもの

抹茶とクラシック、いい組み合わせですね。石井さんはクラシック音楽の魅力を伝えるためにYouTubeを始められたそうですが、石井さんが考えるクラシックの魅力とは何ですか。

クラシック音楽は私たちの想像力をかき立ててくれます。いろんなシーンがあって、「ここは登場人物が寂しい思いをしているんじゃないか」とか、「好きな人を思い浮かべているんじゃないか」とか、イマジネーションできる。

日常の生活の中で、何かを考えたり想像したりする時間は、意外と少ないと思います。忙しい現代社会を生きていると、ふと立ち止まって、何かをきれいだなと感じる5秒がない。椅子に座って、クラシック音楽を聞いていると、自由に想像を広げる時間が生まれます。それを意図的に作ってくれるのがクラシック音楽の魅力ではないでしょうか。

一方で、クラシックは敷居が高いと感じる人も多くいます。どうすればもっと気軽に楽しめると思いますか。

クラシックの楽しみ方には、正解がありません。もちろん作品には書かれた背景がそれぞれありますが、聴く人が自分の人生の出来事や思い出と重ね合わせることで、音楽の意味も大きく変わってきます。曲を聴いて、楽しい、悲しいと感じるまま、自由でいいのです。

僕のコンサートでは、楽曲の背景などをもそれをお話ししてから演奏します。でも、それはみなさんの想像力を助ける道しるべに過ぎません。

たとえば、チャイコフスキーの『眠りの森の美女』の「アダージョ」は、「オーロラ姫やその周辺の人々で、いろいろあったけど、なんとかなってよかった」というあらすじで演奏される作品です。それを知って聴いた上で、「あのとき好きな人と別れてしまったけど、今の夫に出会えたからよかったわ」と自分の思い出を重ねてもいいんです。

その先に感じるものは、それぞれの自由です。あまり難しく考えずに、まずは聴いてみることから始めてみてください。

とはいえ、「正解がない」「自由」と言われると、手を放されたようで不安になる人も多いのかもしれません。ついつい、正解やわかりやすい答えを求めたくなるというか…。

それなら、家族や友人とコンサートに行って、コンサートの感想を「答え合わせ」するといいかもしれません。おそらく、感じるものって本当に人それぞれだと思うので、「あの箇所、すごくきれいだったよね」「この曲、自分には何もわからなかった」を共有してみてはどうでしょう。

一人でコンサートに行くならば、SNSを見てみてもいいかもしれません。自分はどう思ったのか感想を書いてみる。さらに検索をして他の人の感想を見てみます。よりコンサートを楽しめると思いますよ。

クラシック音楽は想像力をかき立ててくれるもの

では、クラシック音楽は何から聴いたらいいのでしょうか。

「何を聴いたらいいのかわからない」という方には、YouTubeで今の自分の気分に合ったキーワードで検索してみることをおすすめします。たとえば、「もっと元気が出るクラシック」「泣きたくなるクラシック」と検索してみると、プレイリストが見つかります。

それを聴いてみて、いいなと思う曲があれば、さらに曲名で検索する。気になった作曲家がいたら、他の曲も調べてみる。そうすれば、自分好みの曲とたくさん出会えるはずです。

だんだん聴き込むうちに、より深い聴き方や楽しみ方も出来そうですよね。

そうですね。たとえば、徐々に「同じ作品であるはずなのに、演奏者によってまったく違う演奏になっているな」といった気づきがあると思います。「この演奏者はこういうタッチで弾くんだな」とか。僕自身、「え、この人はこんなふうに弾くんだ!」なんて考えながら聴いていますよ。そこから好きな演奏家も見つかるかもしれません。

ほかにも、「この作品は、この旋律が大切なんだな」とか、「最初に演奏されていたこの旋律が、また再現されている。どうしてだろう?」と深く聴き込めるようにもなるかもしれません。

石井さんのYouTubeを見てコンサートに行きたくなる方も多いと思います。クラシックコンサートをより楽しむコツは何でしょうか。

僕のおすすめはコンサートの演目の予習をすること。一度でも聴いたことがある曲が演奏されると、「あ、この曲知ってる!」と感じて、より楽しめます。僕のYouTubeでは、コンサートで演奏する曲をあえて公開しています。コンサートを楽しむ手助けになれば、僕もうれしいです。

石井琢磨さんが運営しているYouTubeチャンネルは、2025年3月時点で31万人もの登録者数がいる
石井琢磨さんが運営しているYouTubeチャンネルは、2025年3月時点で31万人もの登録者数がいる

お客様とのキャッチボールを大切にしたい

石井さんはファンの方に、おすすめのクラシック音楽家を紹介されることもあるそうですね。石井さんが影響を受けた音楽家は誰ですか。

僕が今住んでいるウィーンでは髙木竜馬くん、YouTubeでは菊池亮太くんなど、同じピアニストからたくさん影響を受けました。数え切れないほどの音楽家に影響を受けているのですが、一番はウィーンでの師匠のローランド・ケラー先生とアンナ・マリコバ先生です。音楽との向き合い方を教えてくれました。

舞台での演奏に正解はないので、究極的な話、どんな演奏をしてもいいし、サボろうと思えばいくらでもサボれるわけです。でも、でも常に僕の心の中に先生方がいて、僕の演奏を見ています。日々鍛錬しなさい、向かうべき方向に精進しなさいと言ってくれる存在。先生の教えを守るようにしています。

お客様とのキャッチボールを大切にしたい

クラシックを演奏することの難しさと楽しさとは。

難しさは、どこまでいっても完成形がないことです。理想の演奏は常に頭の中にあるけれど、ここには一生たどり着けない。でも、その分、演奏するたびに新しい発見があるのが楽しいですね。理想の音楽に近づこうと努力し続けることが音楽家の宿命なのかもしれません。

石井さんが演奏する際に心がけていることはありますか。

自己中心的に僕だけが100%楽しむのではなく、お客様との“キャッチボール”を大切にしています。たとえば、自分のことをずっと話し続けている人と、もう一回一緒にカフェに行きたいと思わないですよね。だから、一方的に音を届けるのではなく、お客様の気持ちを感じながら演奏することで、より心に響く演奏ができると思っています。

お客様との関わりの中でうれしかったことはありますか。

初めてスタンディンオベーションをしていただいたときは、本当に感激しました。演奏後のスタンディングオベーションや拍手は、お客様からの最高のギフトです。自分の演奏が誰かの心に届いたと感じる瞬間は、何ものにも代えがたいですね。

ファンの方からいただいたお手紙もすべて読んでいます。1公演あたり100通、多いときで400通ほどいただいていて。お手紙を読むときに、「活動を続けていて良かった」と思いますね。中には「辛い状況だったけれど、石井さんの演奏が生きる気力になった」と書いてくださった方もいて。毎回、「今、この会場にはそういう人がいるかもしれない」という心づもりで演奏しています。

最後に、クラシックをこれから楽しみたい人へのメッセージをお願いします。

一度ぜひコンサートに足を運んでみてください。生の音楽の迫力や臨場感は、録音では味わえない特別な体験です。

クラシックのコンサートにはいろんなものがあります。プロのオーケストラが毎月開催しているような定期演奏会から、クラシックを扱った漫画作品の関連コンサートまで。前者はちょっと敷居が高ければ後者のようなコンサートに行くなど、いろんな形で楽しんでみると好きな演奏家と出会えるかもしれません。クラシックの世界に少しずつ触れながら、ぜひ楽しんでみてください。

お客様とのキャッチボールを大切にしたい

取材・執筆=寺田愛、写真=品田裕美、編集=桒田萌(ノオト)

◎告知情報

<ベルリン交響楽団 with 石井琢磨>

▼出演

  • ベルリン交響楽団
  • 指揮・オーボエ:ハンスイェルク・シェレンベルガー
  • ピアノ:石井琢磨
    ※石井さんはシューマン/ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 を演奏予定

▼日程

  • 6/21(土)アスティとくしま【徳島】
  • 6/22(日)呉信用金庫ホール(呉市文化ホール)【広島】
  • 6/23(月) 福岡シンフォニーホール【福岡】
  • 6/25(水)市川市文化会館【千葉)
  • 6/26(木)札幌コンサートホール Kitara大ホール【北海道】
  • 6/28(土)ふくしん夢の音楽堂(福島市音楽堂)大ホール【福島】
  • 6/29(日)横浜みなとみらいホール【横浜】
  • 6/30(月)サントリーホール【東京】
  • 7/2(水)盛岡市民文化ホール【岩手)
  • 7/4(金)愛知県芸術劇場 コンサートホール【名古屋】
  • 7/5(土)ザ・シンフォニーホール【大阪】
  • 7/6(日)倉敷市民会館【岡山】

※各公演詳細はイープラスのチケットページにてご確認ください。

<石井琢磨 ピアノリサイタルツアー 2025 たくおん 5th ANNIVERSARY>

▼出演

石井琢磨
※リスト/スペイン狂詩曲、ショパン/英雄ポロネーズ、モーツァルト/ラクリモーサなどを演奏予定

▼日程

  • 8/2(土)三島市民文化会館 大ホール【静岡】
  • 8/9(土)ザ・シンフォニーホール【大阪】
  • 8/11(月・祝)千葉市文化センター アートホール【千葉】
  • 8/19(火)・8/20(水)電気文化会館 ザ・コンサートホール【愛知】
  • 8/24(日)札幌コンサートホール Kitara 大ホール【北海道】
  • 8/27(水)サントリーホール 大ホール【東京】
  • 8/30(土)FFGホール【福岡】
  • 9/7(日)倉敷市芸文館 ホール【岡山】
  • 9/21(日)電力ホール【宮城】

※各公演詳細はイープラスのチケットページにてご確認ください。

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