「最近、重いものを持つのがつらい」「階段を上るとすぐに息が切れる」。そんな体の変化を“年のせい”と思っていませんか?
確かに、年齢を重ねるとともに筋力は徐々に低下していきます。しかし、なぜ筋力は衰えるのでしょうか?そしてそれは、本当に避けられないものなのでしょうか?
本記事では、「国立長寿医療研究センター」理事長の荒井秀典さんに、加齢と筋力低下の関係について、今日から実践できる予防・対策法を解説していただきました。
ずっと自分の足で歩き、好きなことを楽しむために、まずは「なぜ」を知ることから始めてみませんか?
加齢による筋力低下とは?

年齢を重ねると「なんとなく疲れやすくなった」「階段がつらい」といった身体の変化を感じる方も多いのではないでしょうか。それは、筋力の衰えが関係しているかもしれません。
ここからは、加齢とともに起こる筋力低下がもたらす身体への変化や具体的なサインについて解説します。
筋力低下は30代から始まっている?
筋力の低下は、実は早い人で30代からすでに始まるといわれています。見た目ではわかりにくくても、階段で息切れしたり、重いカバンを避けるようになったりと、日常のなかにサインは潜んでいます。
もちろん個人差はありますが、30代前半から筋力が落ち始める方もいますし、逆に運動習慣がしっかりあって、筋トレも継続されている方は、かなり長く筋力を保たれているケースもあります。
疫学的な研究でも、一般的には30代後半ごろから筋力の低下が見られるという傾向が示されており、特に運動習慣がない方には、その変化がより顕著に現れやすいといわれています。
加齢で起こる身体の変化とは
加齢によって起こるのは筋力の低下だけではありません。代謝の低下、心筋機能の衰え、柔軟性の低下、神経系の衰えなども並行して起こり、全身の動きが徐々に鈍くなっていきます。「前よりも疲れやすくなった」と感じるのは、こうした複合的な変化の現れなのです。
筋肉の代謝、関節の機能、神経系の働き。これらは互いに影響し合いながら、全体として年齢とともに機能が低下していきます。
ゆっくりと進む変化だからこそ、“気づいたときには思った以上に落ちていた”というケースも少なくありません。ある程度年齢を重ねたら、“まだ大丈夫”ではなく、“今から備える”意識が大切です。
筋力低下のサインに気づいていますか?
実際にこうした変化が自覚されるようになるのは、だいたい50代から60代にかけて。30代後半から少しずつ始まってはいるのですが、進行が緩やかな分、ある程度まで進まないと“違和感”として気づきにくいもの。実際にどのようなことが“サイン”として現れるのでしょうか。
たとえば、以前は普通にできていた全力疾走ができない、ジャンプ力が落ちるなど、瞬発力の低下は、比較的早く表れます。
日常生活の中では、「片足立ちで靴下を履けない」「階段を2段飛ばしで駆け上がれない」「少し走っただけで息が上がるようになった」なども気づきやすいポイントです。
普段あまりやらない動作だからこそ、ふとしたときに「あれ?」と気づくことがあります。意識して身体を動かしてみると、変化に早く気づけるかもしれません。
なぜ加齢で筋力が落ちるのか?その原因

筋力は年齢とともに少しずつ低下していきますが、その背景にはどんな原因があるのでしょうか。
この章では、加齢による筋力低下(サルコペニア)の主な原因や、「運動不足」「神経機能の衰え」「栄養不足」などについて、分かりやすく紹介します。
筋肉の減少(サルコペニア)のメカニズム
「サルコペニア」とは、加齢にともなう筋肉量と筋力の減少を指す言葉です。筋肉は使わないと自然と減っていき、高齢になるほど再生能力も落ち、回復もしにくくなるため、何もしなければ筋肉はどんどん減っていくのです。
サルコペニアは単に筋肉が減るというだけでなく、それによって転倒や骨折など、さまざまな健康リスクが高まる状態としても定義されています。
30代頃から筋肉量がじわじわと減り始めるといわれていますが、その理由は完全には解明されていません。
ただ、一般的には、栄養面と運動習慣が大きく影響していると考えられています。たとえば、たんぱく質やビタミンDといった栄養素の摂取不足。また、加齢に伴って運動の機会が減ることで、筋肉を使わなくなるのも一因です。
運動不足と代謝の低下
加齢に伴い、日常生活の中で身体を動かす機会が徐々に減っていくと、筋肉を使わない時間が増え、筋力が低下していきます。特に、年齢的に日常的に筋トレのような動作をする機会は少ないため、運動習慣がない方ほどその影響を受けやすくなります。
また、運動不足によって筋肉量が減ると、基礎代謝も落ち、身体全体のエネルギー消費が少なくなってしまいます。その結果、体重の増加や生活習慣病のリスクが高まったりと、健康への影響が現れやすくなります。
ホルモンバランスや神経の衰え
加齢による筋力低下の背景には、ホルモン分泌の変化や神経系の衰えも関わっていると考えられています。
筋肉は、脳からの神経伝達によって収縮する仕組みですが、年を重ねるとこの神経伝達の精度やスピードが低下し、筋肉がうまく動かなくなることがあります。
筋肉の動きは、神経からの信号があってこそ成り立つもの。加齢にともなってその伝達機能が変化することで、筋肉の働きも徐々に落ちていくのです。
さらに、筋肉の維持や増強に関わるホルモン(成長ホルモンやテストステロンなど)の分泌量も年齢とともに減少するため、以前と同じ生活をしていても筋力が付きにくくなるという側面もあります。
食生活・栄養不足の影響も
加齢に伴って筋力が落ちていく背景には、栄養の偏りや不足が大きく関与しています。特に問題となるのが、たんぱく質やビタミンDの摂取不足です。
高齢者において、筋肉の主要な構成成分であるたんぱく質と、筋肉機能を調整する働きを持つ栄養素を持つビタミンDの摂取量が不足すると、筋力の維持が難しくなります。
加齢とともに食が細くなったり、特定の食品を避ける傾向が強まることで、これらの栄養素が不足しやすくなってしまうのです。
筋力不足が招くリスクを知ろう

筋力の低下は、見た目や運動能力の問題だけにとどまりません。転倒や骨折といった直接的なケガのリスクに加え、糖尿病や認知症の発症リスクの増大、要介護状態の引き金になることもあります。
ここからは、筋力不足がもたらす健康への影響や、生活の質(QOL)への関係について解説します。
転倒・骨折から引き起こされるリスク
筋力が低下すると、まず起こりやすくなるのが「転倒」です。そしてその転倒がきっかけで骨折し、介護が必要な状態に移行するケースも少なくありません。
転倒・骨折はもちろんですが、筋力の低下は糖尿病や認知症などのリスクも高めるといわれています。
たとえば、筋力が低い人は糖尿病になるリスクが2倍程度に上がるという研究結果もありますし、歩くスピードが遅くなると、認知機能の低下とも関連するというデータも出ています。
日常生活での支障が心の健康に影響することも
加齢に伴う筋力の低下は、単に「身体が動かしづらくなる」という身体的な問題にとどまりません。日常のちょっとした不便や制限が、やがて心の健康にまで影響を及ぼすことがあるのです。
階段がつらい、外出が面倒になる、人に会うのが億劫になる。そうした気持ちの変化は、筋力の低下による“動くのがしんどい”と感じることから始まります。
身体を動かすことが減れば、外出や交流の機会も自然と減少し、社会的な孤立や気分の落ち込みにつながる可能性も。つまり筋力の低下は、心身両面の“生活の質”を下げてしまう要因になり得るのです。
今日からできる!筋力低下を防ぐための対策

筋肉は、加齢とともに落ちていくもの。しかし、骨量を増やすためには薬が必要ですが、筋肉は生活習慣の改善だけで回復が可能な点が大きな特徴です。
筋力は正しく向き合えば、今からでも確実に改善できます。ここからは、運動や食事など、今日から無理なく始められる具体的な対策について紹介します。
たんぱく質とビタミンDを意識した食事
筋肉を維持・強化するうえで、とくに意識したいのが「たんぱく質」と「ビタミンD」の摂取です。
まずは、肉や魚、乳製品、大豆製品などをバランスよく食事に取り入れることが重要です。
たんぱく質は筋肉の材料となる栄養素なので、毎日の食事からしっかり摂ることが大切。また、ビタミンDも重要な働きを担っており、魚やきのこ類を意識的に食べることや、日光を適度に浴びることでも補うことができます。
最近では、食事内容を入力するだけでカロリーやたんぱく質量を自動で計算してくれるアプリもあります。毎日でなくても、1週間ほど意識してみるだけで、摂取量の目安が見えてきますよ。
“負荷をかけた運動”を取り入れる
運動習慣として人気のウォーキングですが、「歩くだけで筋肉が増える」と考えるのは誤解だといいます。
ウォーキングは心臓や血管などの循環器系には非常に効果的ですが、筋肉を増やすには不十分。やはり、筋肉にしっかりと負荷をかける“筋トレ”が必要です。
たとえば、腕立て伏せやスクワット、片足立ちといった動作は、特別な器具がなくても自宅でできる基本的な筋トレ。特に、片足立ちの状態を1分ほど保つだけでも、筋肉にしっかり効くのでおすすめです。
さらに本格的に取り組みたい場合は、パーソナルトレーナーをつけるのもいいかもしれません。自分の筋力や目的に合った適切な負荷やフォームを教えてもらえるため、安全かつ効率的に継続しやすくなります。
続けるためのコツとモチベーション維持法
筋肉は、正しい方法で運動と栄養に取り組めば、3ヶ月ほどで目に見える変化が出てくるといわれています。骨と違って、筋肉は比較的短期間で改善が期待できるのが特徴です。
特に自覚症状がない方にとっては、そうした変化に気づきにくいこともあります。一方で、「階段で息切れする」「片足立ちで靴下が履きづらい」といった日常のささいな不調がある方にとっては、改善を実感しやすいはずです。
変化を感じるまでには少し時間がかかることもありますが、毎日コツコツと継続することが何より大切です。たとえ劇的な変化がなくても、「少し体が軽くなった」「疲れにくくなった」と感じられたなら、それは確かな前進だと思います。」
まとめ:加齢と上手に付き合いながら、動ける身体をキープしよう

筋力低下は、誰にでも起こる自然な変化です。しかし、何も対策をしなければそのスピードは加速し、やがて転倒や要介護といったリスクへとつながってしまいます。
できれば、人の手を借りず、自分の足で立ち、歩き、自由に動ける人生を続けたい。それは多くの人にとって共通の願いだと思います。
ただし、“何もしないで長生き”は一部の特別な遺伝子を持つ方以外には難しい。だからこそ、自分の身体に少しだけ“負荷”をかけて鍛える習慣が必要です。
未来の自分のために、日常の中で“筋肉を育てる時間”を意識してつくる。 それはまさに、未来への自己投資といえるでしょう。 今日の小さな積み重ねが、5年後、10年後の自分の自由と自立を守ってくれます。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。