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不動産の相続には「多額の現金」が必要になる理由【弁護士が解説】

不動産の相続には「多額の現金」が必要になる理由【弁護士が解説】
山村 暢彦(山村法律事務所 代表弁護士)

執筆者

山村法律事務所 代表弁護士

山村 暢彦

実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社からの複雑な相続業務の依頼が多数。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。

不動産の相続には、現金が必要になるケースが多くあります。一体なぜでしょうか? 本記事では、不動産相続で現金が必要になる理由と、相続発生後のトラブルを防ぐための対策について不動産相続に精通する山村暢彦弁護士がわかりやすく解説します。

揉めたくなかったのに…「実家・収益不動産」の相続を巡りトラブルに

揉めたくなかったのに…「実家・収益不動産」の相続を巡りトラブルに

不動産が絡む相続では、揉めたくなくても、現金不足が原因で揉めてしまうケースが非常に多いです。特に、住居が絡むケースです。なぜ不動産の相続では多額の現金が必要になるのでしょうか。

物理的に分割しにくい

土地や建物はケーキのように分けることができません。収益不動産の場合は、「共有」にして管理するという選択肢が浮かぶかもしれません。しかし現実的に、修繕、賃借人の入退去等の「管理・処分」のたびに共有者への説明や同意が必要となり、まず現実的な選択肢ではないでしょう。売却や大規模修繕をしなければならない場面で、完全に紛糾してしまうのは目にみえています。

では、売却してお金で分ければよいのか?

売却して金銭にしてしまえば、分けられるのは間違いありません。ただ、これにもなかなか難しい問題があります。それは、売却時にかかる諸費用です。

不動産を売却するために、仲介手数料が「売却価格の3%+6万円(宅建業法上の上限)」、これに加えて名義変更のために司法書士への登記手数料、登録免許税等が必要になります。加えて土地が絡む物件では、「確定測量費用」などが発生します。数百万円単位になることも珍しくありません。

特に、確定測量費用は売却代金がもらえる前に発生する費用なので、相続人の誰かが50~150万円程度の費用を肩代わりする必要がでてきます。近年では隣地の確定測量の際にトラブルが発生して、売却までなかなか進まないというケースもありました。

さらに決定的なのが、相続人の一部の世帯が親と同居しているケースです。実家を売却しないと分けられないのに、売却すると同居していた相続人が居所を失うので、事実上売却できないような状況です。ここまでいくと、それまで仲の良かった兄弟姉妹であっても、相続を契機に紛争化してしまうことが少なくありません。

追い打ちの「相続税申告期限:死亡日から10ヵ月」

そしてさらに追い打ちをかけるのが、相続税の申告期限です。「10ヵ月もあれば、十分話し合いをする時間があるじゃないか」と思うかもしれませんが、それは早計です。被相続人の死亡後、①戸籍の収集、②金融機関口座の残高の確認、③不動産の簡易査定などを行っていると、早くても3ヵ月、実際は半年以上かかることも多いです。

そのうえ、相続人たちは本業の仕事を抱えながら、せっかくの休みの土日に、慣れない・よくわからない相続の話をしなければなりません。しかも、一つ屋根で育った兄弟姉妹とお金のやりとりの話をしなければならないのです。非常にストレス過多な状態になり、そのストレスはほかの相続人に向けられていくことも少なくありません。

揉めないための対策法

揉めないための対策法

では、揉めないためには事前にどのような対策をしておけばよいのでしょうか?

遺産分割を想定して現金割合を高める

同連載の記事では、「現金で保有していると相続税がそのままかかるので、不動産にしておけば評価減が受けられ、相続税上有利になる」といった趣旨を記載しました。それと逆のことをいうようですが、“揉めないため”には、現金割合を高めておく必要があります。

先ほどご紹介したように、不動産割合が多くなっていると、うまく分けられないですし、売却するにも困難が生じます。そのため、誰かが不動産を単独取得して、その他の相続人に代償金を支払う代償金分割ができるように現金割合を高めておくのです。

収益不動産を持つような方は「現金を寝かせておくのが嫌だ」という方も多いでしょう。現金を寝かせておくのが嫌な場合は、生命保険や投資信託や株式の活用などが考えられます。

「保険」というと抵抗を感じる方もいるかもしれませんが、生命保険の受取には税金控除の枠があります。適度な生命保険は相続税対策としても有効です。

投資信託や株などは、節税対策的な側面は薄いです。加えて手続きが煩雑で、価格が上下動しますし、デメリットもありますが、現金に換価しやすいため、投資信託や株などの収益性のある資産として保有しておくのもよいと思います。

つまり、資産の配分において収益不動産の比率を多少は抑え、現金、保険、投資信託や株等の分割しやすい資産割合を増やしておくべきだといえるでしょう。

遺言書を残す≒遺産分割シミュレーション

相続の紛争対策となると、結局、財産を残す側が遺言書を残さないと始まらないので、だいたい「対策は遺言書」となってしまいますが、もう一点、最低限やっておくべきことがあります。遺産分割シミュレーションです。これをやっているかどうかだけでも残された世代の揉めにくさに大きな違いが生じます。

たとえば、

  • 自宅の戸建ては長男が近くのマンションに住んでいるから長男に譲る。
  • 代わりに、長女にはその代償金分の投資信託を渡せるようにしておく。
  • 収益不動産を複数保有しているので、子どもらはそれぞれ一棟相続させる。
    →そのアパートごとに価値の上下がでてくるため、それは手元の預貯金や投資信託で分けられるようにしておく。

など。相続人が動かずに揉めてしまうケースもありますが、まったく分け方の絵が描けないような相続財産構成よりも幾分マシです。

ここでシミュレーションした遺産分割内容を、相続発生時にも実現させようとすると遺言書が必須となります。「誰々に〇〇を残すつもりだった」という口約束だけだと、むしろ相続人同士の対立を招くこともあります。ただ、遺言書を作成するというのは、二つの点で非常に大きなストレスになると感じます。

一つ目は、自分の死んだときのことに向き合うという辛さです。遺言書を作る以上は、自分が亡くなる際のことをイメージしながら向き合わねばなりません。これは、非常に大きなストレスです。

もう一つは、「自分が決めた相続財産の配分」に責任が生じるというストレスです。残す側は「財産が残っているんだから、相続人で好きに分けてくれ」とすることも当然できます。あとは相続人らの責任だということで、残す側は問題から目を背けることも可能なわけです。

筆者は、遺言書作成にはこの二点が大きなハードルだと感じます。公正証書を作成するために数十万円のコストが発生するといったコスト面の問題よりも、残りの余生をゆっくり過ごしたいという高齢の方にとって、このような二つのストレスと向き合うことがしんどく、遺言書を作成する大きなハードルになっているようです。

節税を優先しすぎると揉めやすい

節税を優先しすぎると揉めやすい

筆者も弁護士として多数の「争続」トラブルをみてきました。トラブルの直接的な原因は「仲良く分けたくても現金比率が不足しており、綺麗に分けたくても分けられず揉めてしまう」という事態が非常に多いと感じています。

そのため、節税も大事ではありますが、筆者としては限界まで節税を意識して現金比率を下げてしまうと、残された方が相続トラブルに巻き込まれてしまうので、節税するなら現金比率の調整が必須だと考えます。

また、「相続対策≒遺言書」を作成するということでいうと、大きなストレスを感じる場面もあるかもしれません。残された世代の方のことを考えると「最後の大きな仕事」として向き合う覚悟も必要なのではないでしょうか。

※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。

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