不動産は大切な資産である一方、相続においては税負担や管理の面で課題も生じがちです。数々の相続の現場を目の当たりにしてきた司法書士の近藤崇氏が、不動産相続に必要な準備と対策をわかりやすく解説します。
「想い」を「カタチ」に…不動産をスムーズに承継するための3つの準備

大切な想いが詰まった不動産を、次世代へ円滑に承継するためには、事前の準備が不可欠です。相続は時に複雑な手続きや税金の問題を伴いますが、早めに備えることで、自身の意思を尊重したスムーズな承継が実現できます。ここでは、不動産をスムーズに承継するために有効な3つの準備を順に紹介します。
生命保険を活用した納税資金の確保
死亡保険金を納税資金に充てることは、相続税対策の基本中の基本といえます。相続人が受け取る生命保険金のうち、「500万円 × 法定相続人の数」までは非課税です。たとえば父親が死亡し、法定相続人が妻と子ども2人の合計3人なら、1,500万円まで生命保険金を非課税で受け取れます。
厳密な話をすれば、よほどの極端な額でない限り生命保険金というのは、法律的には相続財産ではありません(≒遺産分割協議の対象ではない)。ですがこれを無条件に認めると、多くの相続税が課されるような人が自身の資産の大半を生命保険金にしてしまうのではないでしょうか。このため、上記の「500万円 × 法定相続人の数」を超える生命保険金は相続税法上「みなし相続財産」として扱われます。
高齢の方から「保険にはもう入れないのでは」と相談されることも多いです。相続対策の保険は「一時払い終身保険」が主流です。通常の掛け捨て型保険は毎月少しずつ保険料を支払いますが、一時払い終身保険は最初に保険料を一括で支払います。本人が亡くなったときに保険金を受け取れる点が特徴です。
このため、高齢になり相続税の対策が必要になった段階で、手元に余剰の金融資産がある人は最も取り掛かりやすい相続対策といえます。
一時払い終身保険は、外資の保険会社などにおいては、加入者の年齢が80代でも加入できる商品もあります。逆に一部の日本の保険会社では、そもそも取扱いをしていないこともあるようですので、保険会社選びでは注意が必要です。
また「相続税の非課税枠」を利用できるようにするため、受取人を法定相続人に指定しておくことも忘れないようにしましょう。
暦年贈与(年間110万円の非課税枠)
生命保険による相続税の非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)は多くの人にとって1,000万~2,000万の範囲となります。これを活用することが、相続対策の第一歩となります。この生命保険による相続対策の次のステップとして考えるのが、年間110万円の非課税枠を用いた暦年贈与による贈与です。
暦年贈与とは、毎年1月1日~12月31日に1人当たり110万円までの範囲であれば非課税で贈与可能という制度です。複数人相手それぞれに贈与することができます。たとえば子ども4人にそれぞれ110万円ずつ贈与すれば、年間440万円を非課税で贈与することも可能です。
ただこうしたケースでよくみられるのが、あげる側(贈与者)が、もらう側(受贈者)の子どもや孫の名義で預金口座を開設し、その口座に単に110万円ずつ入金するというケースです。この場合、通帳や印鑑を贈与者が管理し、受贈者が預金口座の存在を知らないケースも多くみられます。
贈与は双務契約による法律行為であり、贈与者の意思表示と受贈者の認識が必要です。通帳や資金の管理は原則として受贈者が行うべきです。受贈者が未成年の場合には、親権者が贈与契約や通帳の管理を行わなければなりません。
家族信託による柔軟な財産承継と管理
不動産資産は、家族信託の活用も多くのメリットがあります。高齢になると、認知症リスクが上昇します。認知症になってしまうと取引行為ができないため、財産の処分ができなくなるリスクがありますが、家族間で信託契約を結んでおけば、本人が判断能力を失っても、受託者(管理を任されている人)が代行可能です。
また不動産と家族信託は、とても相性がよい点も見逃せません。不動産には登記制度があるためです。信託登記を行うことで、その不動産が信託財産であること、受託者が誰であるかが登記簿謄本に記載されます。
このため、第三者に対しても信託の存在が明らかになり、売買などの手続きの際もスムーズに行えます。
家族信託では成年後見制度と異なり、不動産の売却などに家庭裁判所の許可が不要ですので、自由な管理・処分を受託者に委任でき、柔軟な対応が可能です。
さらに家族信託の利点として、信託終了時の残余財産の帰属先を決めることで、実質的に信託財産、特に不動産についての遺言の代用ができる点が挙げられます。
家族信託は、親族の誰かに財産の管理・運用を任せる制度です。信託終了時の多くは、委託者(任せる人)が亡くなったときということが多いため、残った財産を誰に渡すかを明確にしておく必要があります。
加えて家族信託においては、通常の遺言では実現できない二次相続以降の承継先の指定も可能です。たとえば信託終了後は、受託者である長男に財産を帰属させるが、さらに長男死亡時には、長男の子である孫に承継――このような受益者連続型の信託設計もできます。
不動産特有の性質を生かした活用法

「相続対策をしていきたいが、家族信託まではハードルが高い」という人もいるでしょう。基本的に現金債権株券などの金融資産から不動産に換えるだけでも、さまざまな相続対策のメリットがあります。
賃貸経営による収益化と相続評価額の圧縮
不動産を賃貸物件として活用することで、家賃収入という安定収益が得られます。また相続税の面においても、相続発生時(正確には相続税の申告期限時点)まで不動産を賃貸物件として活用していた場合、「貸家建付地」として相続税評価額の評価を下げるというメリットがあります。
そもそも都市部の場合、不動産を購入した時点でおおむね購入価格に比べて相続税評価である路線価のほうが低いことが一般的です。現金を不動産に換えるだけでも相続税対策として有効でしょう。
相続を見据えた賢い売却戦略
不動産を相続前に売却し現金化したほうがよい場合もあります。たとえば親が自宅として使っている不動産です。子どもは別に不動産を所有し、将来的にそこには住む予定がないケース。
なおかつ、不動産を売却した場合、譲渡所得が発生する見通しがあるケース。この場合、親が不動産を売却した場合、自宅の売却にあたるため、居住用不動産の3,000万円特別控除などを活用できる可能性が高いです。
一方で、子世代へ相続後に売却した場合、子世代にとっては自宅扱いではありませんので、この特別控除はおそらく使えないでしょう。
例外的に、相続後に「空き家」を売却した際、いわゆる「空き家の3,000万円控除(正式名:被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除)」が使えるケースもあります。
しかし建物が旧耐震時代であること、区分マンションでは使えないなど要件が相当に厳しいです。この制度を前提にして生前から売却を計画するのは、リスクもあると思われます。
いずれにしても売却市況がいい地域で、不動産が売れるような立地であれば、税制面のメリットを最大限確保しつつ、不動産を現金化することも可能でしょう。金銭化した不動産の現金で、前述の保険金などの対策を取る人も多いです。
「リバースモーゲージ」による資金調達と自宅の活用
リバースモーゲージとは、自宅を担保にしてお金を借りながら、そのまま自宅に住み続けられる主に高齢者向けのローン制度です。老後の生活資金や医療・介護の費用を確保する手段として注目されています。
メリットとしては、なんといっても自宅に住み続けながら資金調達ができる点です。自宅を担保にしながら、住み慣れた家を手放すことなく、まとまった資金を得ることが可能です。
借り入れた資金は原則、介護施設入居や生活関連費用などで自由に用いることができます。返済については、一般的には死亡後に担保不動産を売却し、一括で返済するため、毎月の返済負担も少ないです。
一方で、デメリットとしてあげられるのは、当然のことながら自宅を将来的に子どもなどに相続できなくなる可能性があること。多くの場合、借入の返済については、契約者の死亡後に自宅を売却することで一括返済します。
相続人が返済をすれば所持し続けることも可能ですが、一括での金銭負担となるため、大半のケースでは契約者の死後に売却することになるでしょう。
商品の性質上、どうしても対象物件が将来の売却価格の下落の少ない都市部に限定されやすいため、そもそもお住まいの地域によってはリバースモーゲージが使えないケースもあります。
また昨今の金利上昇局面のため、金利上昇により借入可能額が減少・返済額が増加といったリスクも考えられますし、家を売却するわけではないですから、固定資産税、修繕費などの維持・管理費は自分で負担しなければなりません。よく理解したうえでの活用が肝です。
「リースバック」による住み慣れた家での安心した暮らし
リバースモーゲージと似たような仕組みとして、リースバックがあります。リバースモーゲージとの一番の違いは、リバースモーゲージは自宅を担保にして融資を受ける(抵当権を設定する)のに対し、リースバックは所有権そのものを売却により第三者に移転する点です。
リースバックの場合、リバースモーゲージよりもやや郊外部の不動産であっても対象となることが多いです。まとまった現金を一括で得られるという点ではリバースモーゲージと同じく大きなメリットとなります。
登記簿謄本上の所有権は変わりますが、売却後も買主と賃貸契約を結び、もとの自宅にそのまま住み続けられるため引っ越し不要で住み慣れた地域で生活を送れます。このため、売却が第三者にわかりにくいのもメリットといえるでしょう。
子のいない人にとっては一種の生前の財産整理として、リースバックを選択するケースもあります。換価や相続に手間のかかる不動産を現金化しておくことで、将来の相続にかかる手間の省略を目的とすることも可能です。
一方でデメリットとしては、どうしても売却価格が相場より安くなりやすい点が挙げられます。買主(投資家や不動産会社など)としては、家賃に対する利回りで価格を計算するため、売却価格を上げてしまうと、その分もとの所有者から受け取る毎月の家賃を上げざるを得ないという事情もあります。
このため、おおむね市場価格より2割ほど安い価格で取引されることが多いようです。また当然のことですが、売却後は賃借人となるためもとの所有者は毎月家賃を支払う必要が生じます。
自分がいつ死亡するのか、明確にわかる人はいません。長生きした場合、支払う家賃が多くなる可能性もあります。所有権は買主にあるため、大きな修繕や改築は勝手にできないですし、もとの自宅ということもあり家賃は払っていても日常的な修繕費を借主側が一部負担するケースもあります。
おわりに…メリットだけでなくデメリットを理解し、万全の準備を

以上、生命保険や生前贈与による活用、また不動産の家族信託やリースバックなどの制度について説明をしてきました。いずれも便利な制度で、不動産相続の対策に効果的ではありますが、それぞれのデメリットにも注意を払いましょう。
たとえば保険や贈与による対策は、どうしても手元の現金は減少してしまいます。またリバースモーゲージやリースバックなどの制度は、自宅に住み続けられるというメリットがある一方、次世代に残せる資産が減少してしまうというリスクもあります。
どんな相続対策にも、メリットとデメリットが存在するのは事実です。こうしたメリットとデメリットについては、どうしても当事者だけだと気づきづらいものです。このため相続対策を行う場合、士業などの専門職やフィナンシャルプランナー、また銀行の相談などを活用し、第三者の目から中立的な視点でアドバイスをもらうことをお勧めします。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。