将来やってくる不動産相続。「生前贈与」は、家族への想いをカタチにし、スムーズな承継を実現するための有力な選択肢となります。早めに家族と話し合い、準備を始めることで、税負担を抑えたり、遺産分割のトラブルを未然に防ぐことも可能です。本稿では、不動産相続における生前贈与のメリットや注意点、そして家族で話し合うべきポイントまで、不動産投資と不動産専門の税理士・MK Real Estate 税理士事務所の川口誠氏がわかりやすく解説します。
なぜ「いま」生前贈与を考えるべきなのか

2015年に相続税の基礎控除が縮小したことにより、これまで対象となっていなかった家庭にも相続税がかかるようになりました。あわせて相続税率も引き上げられたため、税負担は一層重くなっています。このような背景から、生前贈与により相続税の負担を減らす意識が高まっています。
2024年以降は、相続開始前に贈与した場合に加算される期間が、従来の3年から7年へと段階的に延長されることになりました。
したがって、相続直前の贈与による節税を行うことが難しくなり、より早い段階から生前贈与の計画を立てる人が増えています。政府は相続税と贈与税を一体的に捉えて課税することを検討しており、将来的には暦年贈与の基礎控除である年間110万円の非課税枠が廃止される可能性も指摘されています。
「できるだけ早めに贈与を始めなければ、節税効果が薄れる」という危機感から、生前贈与を積極的に活用する傾向がみられます。また、空き家対策として2024年から相続不動産の登記が義務化されたことも関係していると考えられます。
こうした環境の変化により、元気なうちに早めに不動産を贈与や譲渡で整理する動きが広がっています。
生前贈与には、相続税の節税や遺産分割トラブルの回避といったメリットがあります。自分の死後に家族が揉めないよう、いまのうちから相続や贈与の話を家族とすることが大切です。
不動産相続における生前贈与のメリット/デメリット

ここでは、不動産が絡む相続において、生前贈与を行うメリットとデメリット、注意点について説明していきます。
メリット①相続税の節税効果
生前に贈与を行うことは、贈与する人の相続財産を減らし、将来の相続における相続税の節税につながります。特に賃貸不動産を贈与すると、その不動産から生じる家賃収入もあわせて贈与できます。
また、贈与した不動産がのちに値上がりした場合でも、値上がり前の価格で贈与したことになるため、実質的にはその値上がり益も贈与したことになります。生前贈与は早く行うほど、相続税の節税効果が期待できるのです。
メリット②自由な相手への贈与と意思の反映
遺言書がない場合、法定相続人以外の人に財産を相続させることはできません。遺言書がある場合でも、法定相続人には最低限の財産を保障する「遺留分」を請求する権利があります。
しかし生前贈与であれば、誰になにをどれくらい贈与するのかを自分で自由に決定でき、自身の意思を明確に反映させることができます。
メリット③遺産分割トラブルの回避
現時点では相続時の争いが想定されていなくても、実際に相続が発生し、お金が絡むと遺産分割の際に揉めてしまうことは少なくありません。生前贈与はそのような争いを未然に防ぐ効果が期待できます。
メリット④贈与税の特例活用による非課税贈与
贈与税の特例である「相続時精算課税制度」や「配偶者控除の特例」を利用すると、一定額まで非課税で贈与することができ、贈与税の大きな負担を軽減できます。
デメリット①高額な贈与に対する贈与税負担
贈与税には年間110万円の基礎控除がありますが、贈与金額が大きい場合は贈与税の負担も重くなります。
たとえば、3,000万円(父母や祖父母などの直系尊属からの贈与では4,500万円)を超えると、贈与税率は最高55%に達します。
デメリット②相続開始前7年以内の贈与の持ち戻し
相続開始前7年以内の贈与は、相続財産として相続税の課税対象になります。いわゆる「持ち戻し」といわれるものです。相続が近づくに連れて、持ち戻しのリスクは高くなります。
デメリット③遺留分侵害のリスク
相続人が複数おり、一人の相続人に偏って贈与すると、「特別受益」として相続後にほかの相続人から遺留分の請求を受ける可能性があります。この点の配慮が必要になるでしょう。
たとえば、子ども2人に相続する場合には、遺留分として1/4を請求する権利があります。
デメリット④贈与者の将来的な生活資金不足
先述の相続税の節税メリットと裏腹になります。やみくもに急いで贈与すると、贈与する人の生活資金が不足するリスクも。贈与する人の将来の生活設計を十分に考慮する必要があるでしょう。
デメリット⑤不動産贈与に伴う諸費用
不動産を贈与すると、名義を変更するために登記費用や登録免許税がかかります。また、あとから通知が届く不動産取得税の負担は忘れがちです。
注意点
贈与を受けた人は、贈与税を納付する必要があります。相続税の納付は不動産等による物納が認められていますが、贈与税ではできません。
また、名義預金や定期贈与とみなされないよう、贈与契約書を作成し、贈与の事実と内容を明確に残すことが大切です。登記簿、通帳の写しなども残しておきましょう。
不動産の贈与税はどのように計算する?

不動産を贈与する場合、法律には時価で評価して贈与税を計算することが記されています。
相続税法第22条(評価の原則)
この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の評価から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。
しかし時価といっても、その算定方法に明確な決まりはありません。そこで評価を画一的に行うため、財産評価基本通達という運用ルールによって、相続税評価額の基準が定められています。
一般的に土地は「路線価方式」または「倍率方式」、建物は「固定資産税評価額」をもとに評価されます。建物の評価額は、毎年送付される固定資産税の納税通知書を確認すると把握することが可能です。
一方、土地の路線価は国税庁のホームページで公開されており、この路線価に面積を乗じて計算します。ただし、土地の形状(たとえば不整形地であるなど)といったさまざまな要因によって評価額が補正され、減額されることもあるので注意しましょう。
そして不動産を賃貸している場合は、他人に貸していることによる利用の制約を考慮して、以下の計算式により評価額が下がります。「借地権割合」も路線価と同様、国税庁のホームページに掲載されており、借家権割合は全国一律30%と定められています。不動産は、このように計算した相続税評価額を使って贈与税を計算します。
土地:路線価×(1−借地権割合×借家権割合)
建物:固定資産税評価額×(1−借家権割合)
たとえば、親から相続税評価額3,000万円の不動産の贈与を受けたとします。贈与した場合でも基礎控除として110万円を控除することが可能です。110万円を控除したあとの2,890万円に税率をかけるため、贈与税は1,035万円(=2,890万円×45%-265万円)になります。
この金額をみて、税負担の大きさに驚いた人も多いのではないでしょうか。そのとおりで、マンションなどの不動産は評価額が高額になることが多いため、暦年贈与の範囲内だけでも不動産を贈与して、相続税率に比べて贈与税率が高くなると、節税対策として有効とはいえません。

出所:国税庁No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)より、筆者作成
相続時精算課税制度の選択

先ほどの例で確認したとおり、単純に不動産を贈与しても贈与税の負担が重くなることがあります。そこで有効な選択肢となるのが「相続時精算課税制度」です。不動産の生前贈与を検討する際には、この相続時精算課税制度を重要な選択肢の一つとして覚えておくとよいでしょう。
相続時精算課税制度を利用すると、基礎控除110万円に加え、特別控除として最高2,500万円まで非課税となります。これらの控除を超えた場合には控除後の金額には一律20%の税率を掛けて贈与税を計算します。
先ほどの例では、相続税評価額3,000万円から2,610万円を控除した390万円に20%をかけるため、贈与税は78万円(=390万円×20%)となります。このように、高額な不動産を贈与する場合でも、贈与税の負担を20%の税率で抑えることができるのです。
相続時精算課税制度を利用するメリット
ただし、相続時精算課税制度を利用して不動産を贈与した場合でも、その財産は相続時に相続財産に含めて相続税を計算する必要があります。相続時精算課税制度は、その名のとおり生前に支払った贈与税を相続のときに精算する制度です。
では、最終的に相続税の対象となるのに、なぜこの制度を利用して生前贈与をする必要があるのかと、疑問に思う人もいるでしょう。
それは、相続財産に含めて計算した結果、相続税がかからない場合、あるいは相続税がかかっても生前贈与した金額に相続税がかからない部分がある場合には、この相続時精算課税制度を利用することで、生前贈与時の税負担を大幅に抑えられるというメリットがあるからです。
また、相続時精算課税制度の利用によって不動産を贈与するほかのメリットとしては、贈与後に不動産の価格が上昇した場合でも、その値上がり益に対しては相続税がかからない点が挙げられます。相続税を計算する際に不動産の贈与時の価格に基づき計算するためです。
したがって、都市部の資産価値の高い物件など、将来的な価格上昇が期待できる不動産を対象とすればこのメリットは大きくなるでしょう。もちろん、賃貸不動産を贈与すれば、家賃収入も次の世代に引き継ぐことが可能になります。
相続時精算課税制度のデメリット
一方でデメリットとしては、相続時精算課税制度を利用すると、一定の面積の限度内で50%または80%減額される「小規模宅地等の特例」を適用することができません。
また、贈与であるため不動産取得税もかかります。さらに、相続であれば登録免許税は0.4%で済みますが、贈与は2%と高くなります。
一度相続時精算課税制度を利用すると、その後暦年贈与には戻せません。相続発生までに時間的な余裕がある場合には、暦年贈与を活用して現金を計画的に贈与し、相続税の課税対象とならないように財産を移転していくことをお勧めします。
長期間にわたって暦年贈与を続ければ、それなりの金額を非課税で移転できます。また、孫への暦年贈与は、一世代飛ばして財産を移転できるため、子の相続税対策としても有効です。
さらに開始前7年以内であっても、持ち戻しが行われないため、晩年になってからでも孫への贈与を行うことが可能になります。
どちらの制度を選択したほうが有利になるかは、個々の状況によって異なるため、シミュレーションが必要です。専門家である税理士に相談するようにしてください。
配偶者控除の特例の適用

結婚して20年以上経っていると、配偶者に居住用の不動産、あるいはその不動産を取得するためのお金を贈与しても、基礎控除110万円に加え最高2,000万円まで控除することができます。これはいわゆる「おしどり贈与」と呼ばれる制度です。
ただし、配偶者への贈与は同世代間での財産移転となるため、近い将来に配偶者自身の相続が発生する可能性も考慮し、贈与のメリットを慎重に検討しなければなりません。また相続時精算課税制度と同様に、不動産取得税や登録免許税のコストがかかります。
家族で話し合うべきこと

人は自身の死を具体的に想像することを避けがちで、相続の話をつい先送りにしてしまいます。しかし、死は誰にでも訪れるものです。
相続税を実際に支払うのは、残された子どもたちであることが一般的です。子どもたちが円満に相続を終えられるよう、親が主体となって生前贈与を含む相続の準備を進めていくことが重要です。家族が集まる機会に、少しずつでも構いませんので、相続について話し合うことを始めましょう。
まずは、どの不動産を誰に贈与するかを具体的にします。その際には、現金や株式等のほかの資産との配分バランスも考慮に入れましょう。
そして、遺留分にも配慮し、ほかの相続人との間で不公平が生じないかなど、分配方法について家族全員で話し合い、合意と理解を深めることが不可欠です。
また、親の意向を踏まえて、贈与を受けた不動産を将来どうしていくかといったことも話し合う必要があります。贈与後は子どもたちが不動産を管理することになり、手間や固定資産税などの維持コストもかかってきます。
不動産の贈与税だけでなく、不動産取得税、登録免許税の税金を負担することも考慮してください。将来の相続税も含めて、それぞれの子どもたちが税金をいくら払うかを家族全員で共有することが大切です。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。