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“手残り”を最大化するために…物件売却時の「税金対策」と「確定申告」の注意点【税理士が解説】

“手残り”を最大化するために…物件売却時の「税金対策」と「確定申告」の注意点【税理士が解説】
田中 康雄(税理士法人メディア・エス 社員税理士)

執筆者

税理士法人メディア・エス 社員税理士

田中 康雄

法人税、消費税を専門とし、上場企業から中小企業まで税務業務を担当。資産税関連も含め、税務専門誌に多数執筆。

不動産を売却する際、税金の知識が不足していると思わぬ形で手残りが大きく減ってしまうことがあります。所有期間の数え方で税額が数百万円変わる「5年の壁」をはじめ、見落としがちな譲渡費用の範囲、申告ミスが招く追徴課税のリスクなど、これらを知らないと本来得られたはずの利益を失いかねません。そこで今回、税理士の田中康夫氏が不動産売却の税金対策について詳しく解説します。

物件売却時の税金対策

物件売却時の税金対策

不動産の売却は「譲渡所得」として確定申告を行います。これは自宅用であっても賃貸用であっても同様です。また、譲渡所得の申告は、給与所得や年金などの他の所得とは合算せずに税額を計算する「申告分離課税制度(分離課税)」を採用しているのが特徴です。

不動産売却の申告に関しては、同じ譲渡所得であっても長期譲渡と短期譲渡に区分されます。それぞれの税率は、長期譲渡が15.315%、短期譲渡が30.63%と、保有期間によって異なるため注意が必要です。

さらに、住民税の税率も長期譲渡が5%、短期譲渡が9%となっており、所得税と住民税の合計で約2倍の税率の差になります。

このうち、税率の低い長期譲渡に該当するかどうかは、その不動産を売却した年の1月1日現在で所有期間が5年を超えるかどうかで判定します。「取得した日から売却した日までの期間が5年を超えるか否かで判定するわけではない」ということを理解しておきましょう。

たとえば、2020年4月1日に取得した不動産を2025年7月31日に売却した場合、所有期間は5年を超えますが、売却をした年の1月1日現在に相当する2025年1月1日時点で所有期間を判定すると4年9ヵ月であるため、5年以下となります。

この判定方法は見落とされがちなので、売却タイミングが「年末年始」をまたぐ場合には特に注意しましょう。

たとえば、年明けすぐに売却するのか、前年末に売却するのかで、税率が大きく変わるケースもあります。迷ったときは必ず事前に税理士や専門家に相談し、最も有利な売却時期を検討することをおすすめします。

では、長期譲渡と短期譲渡では、実際にどの程度の税負担の差が生じるのでしょうか。
1,000万円の売却益が出る場合、長期譲渡と短期譲渡とでは住民税も含めて約193万円(≒1,000万円×(39.63%-20.315%))の手残りの差が生じます。ほんの数ヵ月違うだけで課税される税率が大きく変わるため、売却のタイミングには注意が必要です。

また、土地は実際に購入した価額がそのまま取得費となる一方、建物はその購入価額から売却時までの減価償却部分を除いた残額が取得費となります。譲渡所得は、これらの取得費を必要経費として売却代金から差し引いて計算しますが、これ以外にも不動産の売却のために直接要した費用(譲渡費用)も必要経費に含めることができます。

譲渡費用とは、仲介手数料や契約書への印紙代、登記や登録に必要な諸費用などです。また、売却価格向上のためのリフォーム代なども譲渡費用にできる余地はあります。

なお、リフォーム代については、事業用として賃貸中に実施した退室に伴う原状回復費用はその年の不動産所得の必要経費です。

他方、リノベーションなど資本的支出として減価償却の対象とした工事代金は、その物件を売却する際、譲渡所得の申告時に未償却部分を建物の取得費に含めることができます。

このほか、更地のほうが売却しやすいという理由で建物を解体するときの取り壊し費用や、売却のために実施した土地の測量費なども譲渡費用に含めることが可能です。

実際に譲渡費用が100万円かかっても、これを申告しなかった場合には、長期譲渡に該当する場合であっても手残りは20万円以上(=100万円×20.315%)減少してしまいます。

税金対策としては、「売却のために支出したものが譲渡費用になるかどうか」をしっかりと見極め、必要経費になるものは忘れずに申告しておきましょう。

手残りに大きな影響を与える「確定申告」の注意点

手残りに大きな影響を与える「確定申告」の注意点

不動産所得を申告している個人が賃貸用のアパートやマンションを売却したとしましょう。この場合、売却損益は不動産所得に反映させることなく、譲渡所得として申告しなければなりません。

仮に売却損が生じた場合、譲渡所得から生じた赤字は、分離課税による制約によって他の所得と相殺(損益通算)することはできません。この売却損を青色決算書上で必要経費に含めると不動産収入と損益通算されてしまうため、申告誤りとなります。

また、本来は譲渡費用に含めるべき諸費用を、不動産所得の必要経費に含めてしまった場合、分離課税の譲渡所得総合課税の不動産所得との間でそれぞれ適用税率が異なるため、これも申告誤りです。

さらに、売却物件の取得費がわかる当時の契約書や、譲渡費用も含めた支払いに関する領収書等を整備しておらず「必要経費として認められない」と判断されてしまった場合、追加で納税する事態にもなりかねません。

そうなれば、本税部分の追徴だけではなく、延滞税、ときには過少申告加算税といったペナルティが課される場合もあるため注意が必要です。

とくに取得時の売買契約書や支払い関係の領収書は、売却後もしばらく(最低10年程度)は大切に保管しておくことが重要です。

これらの原本がない場合、再発行や代替書類の用意は非常に困難ですので、申告や将来のトラブル回避のためにも、しっかりファイリングしておきましょう。

追徴課税の具体例

実際にどの程度の追加負担が発生するのか、具体的な例で見てみましょう。

当初の期限内申告の税額が1,000万円であったケースを想定します。

実はこれが申告誤りで、売却益の申告漏れがありました。このミスに気づくことなく税務署から指摘されたことで「100万円の追徴」となった場合、本税の100万円はもちろんのこと、数千円~2万円弱ほどの延滞税が課されます。

それに加え、場合によっては10万円(=追徴税額100万円×10%(加算税割合))の過少申告加算税が課されるなど、のちのち思いもよらない出費になりかねません。

特に、譲渡所得と不動産所得の申告が混在する年度では、申告前にそれぞれの経費をしっかりと仕分けしておくことが大切です。

また譲渡所得の申告では、不動産を購入した当初の売買契約書のほか、その購入代金や売却時の譲渡費用の領収書の写しをすべて申告書に添付し、事前に必要経費の提示を済ませておくことをおすすめします。

これにより、申告後の税務署からの問い合わせを回避しやすくなります。

特例の適用による節税対策

特例の適用による節税対策

前述のとおり、不動産の売却による譲渡所得は分離課税のため、その売却によって損失が生じても他の所得と損益通算することはできません。

しかし、同じ年に複数の不動産を売却したときに生じた利益と損失は損益通算することが認められています。これは長期譲渡のものと短期譲渡のもの、あるいは居住用のものと賃貸用のものなど、その組み合わせは問いません。

通常ならば切り捨てられてしまう不動産の売却損に対し、その年の他の物件の売却益とぶつけることができれば、節税効果は大きく、手残りも充実するでしょう。

また、賃貸用不動産の売却益と損益通算できる売却損がない場合、一定の期間内に不動産投資を実行すれば、その売却益に対する課税を繰り延べることができます。

これは「特定事業用資産の買換特例」という制度です。

具体的には、対象の物件を売却した年の1月1日現在において、その所有期間が10年を超える賃貸用不動産等の事業用資産で、原則として、その年に一定の事業用資産(一定の建築物の敷地の用に供されている300m2以上の土地等、建物又は構築物)を買い換え、これを1年以内に事業の用に供していれば、最大でその売却益の80%相当の課税を繰り延べることが認められています。

この制度は、あくまでも課税が将来に繰り延べられるだけであって、非課税になるというわけではありません。ただ、次の不動産投資への資金繰りとしては有効的だといえるでしょう。

なお、この特例の適用を受けるには、一定の要件をクリアしたうえで必要書類を添付し、原則として売却した年の翌年3月15日までに確定申告することが必要です。利用する場合は、「売却後に慌てて準備する」のではなく、売却前から税理士などの専門家に相談し、要件や書類、スケジュールを事前に確認しておきましょう。うっかり申告期限を逃してしまうと適用できないこともあるため、早めの準備が失敗回避のポイントです。

将来の売却に備えていなかったらどうなる?

特例の適用による節税対策

申告にあたっては、当初の取得価額を確認できる書類が整備されていることが理想です。

ただ、もしこれを紛失していた場合でも、売却直前まで不動産所得の申告をしていれば、青色決算書等に添付する減価償却費の計算による未償却残高(期末残高)から賃貸用建物の取得費を把握できます。

また、土地の取得価額に関しては、不動産所得が事業的規模に達していなければ青色決算書等に計上されません。さらに相続等により引き継いでいる場合も少なくないため、これを証明するものが見当たらないケースは実務上珍しくないです。

このような申告に必要な取得費が計算できない場合、みなし取得費を使って譲渡所得を計算することになります。

ただ、みなし取得費を使う場合、必要経費に算入できる部分が売却代金の5%相当額に過ぎず、つまりは収入金額の95%相当分が課税対象となるため非常にもったいないです。

なお、古い物件や相続物件などで「取得費がわからない」という場合でも、過去の登記簿や金融機関の履歴、家族の記録などから取得費を推定できる場合があります。

みなし取得費だけで諦めず、まずは専門家に調査を依頼し、できるだけ正確な取得費を把握する努力をしてみましょう。

たとえば5,000万円で売却した土地について、取得費の根拠資料がなにもない場合、単純に5,000万円-5,000万円×5%(みなし取得費)=4,750万円が課税対象となります。

これが長期譲渡の場合でも、所得税と住民税を合わせて4,750万円×20.315%≒965万円の納税となり、売却代金の5分の1ほどが税金として消えてしまうのです。

先祖代々からの土地であれば、みなし取得費を適用したほうが有利な場合もあります。

しかし多くのケースはそうではありません。書類の不備によって不利な申告をせざるを得ず、税金の負担が大きくなってしまうケースが少なくないのです。

こうした不備によって手残りを減らすことがないよう、不動産売買に関連した書類等はきちんと保管しておきましょう。

「手残り」を最大化する方法

「手残り」を最大化する方法

不動産を売却すると、税務署から“お尋ね”という形で書面や電話による接触があり、追加で資料の提出が求められるケースがあります。

その際スムーズに資料を準備できるのが理想ですが、どうしても書類の保管状態には個人差があります。

不動産購入時はもちろん、維持・管理費など、所有不動産に関係する領収書等は捨てずに「とりあえず残しておく」ことを習慣化しましょう。これにより、売却時に現物の根拠資料をそろえてきちんと申告することができます。これが手残りを最大化するための基本です。

※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、最新情報はホームページ等でご確認ください。

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